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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第24章 豊編
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餞別

「そんなに警戒しないでよ。言ったでしょ!?お詫びだって。今の豊の反応は人族には伝えないわ。明日、解放する場所もね。」


「・・・数年前、僕を誘拐したワニの残党と偶然遭遇しましてね。そいつは僕の顔を覚えていた。」


「ふーん。だから策士の部下ワシは知ってたの?」


「ええ。貴族の息子としての僕の顔を覚えている人間はもう居ないのに、皮肉なもんです。」


「誘拐ワニが豊の実家を襲ったらしいわね。」


「・・・父や異母兄弟は自業自得ですけど、僕の妻まで巻き込まれてしまった。」


「それが解放軍に参加した理由?」


「ええ。よくある話ですよ。」


「今の人族ならワニ族に報復できるんじゃない?」


「僕は貴族じゃない。弔い合戦を獣人にしかけるつもりはありませんよ。僕は解放軍として生きて、死ぬつもりです。」


豊の言葉には迷いなんて感じられないけど、竜礼は理解できない。



「不思議ねえ。族長筋の獣人って、自分の血筋に固執するのに・・・でも、まあ、いいわ。族長も兄ちゃんも、豊の素性には興味ないのよね。2人とも豊の能力を評価してるから。」


「・・・」


「ふふ。別に信用しなくていいけど~そうね。族長も兄ちゃんも知らない私の秘密を教えてあげる。」


「いや、別に・・・」


「私のことも後押ししてくれない?でないと、私は兄ちゃんのこと嫌いになりそうなの・・・」


豊は怪訝な顔のままだけど、竜礼の話は聞いてくれるようだ。



「今ね~私にまた縁談が来てるの。」


「また?」


「そう。私は出来が悪くてね~政略結婚なのに何度も離婚してるの。」


「政略結婚だから、では?メリットがなくなれば離婚は珍しくないと思いますけど。」


「ふふ。メリットがなくなればそうね。でも私は違うのよ。どの夫のことも受け入れられなくて、それが態度に出ちゃうの。嫁ぎ先の獣人に気付かれるくらいにね。

最初の夫は子どもが産まれてすぐに暗殺されたわ。もう名前も顔も覚えてないけど。

次の夫も子どもが産まれたら、暗殺されたか、向こうから離婚を希望してきたんだっけ?

もう覚えてないわ~その繰り返しでね。

私は子どもができたらすぐ離婚する女って思われるようになった。

別に離婚を狙ってやった訳じゃないんだけど、まあ、でも離婚は嬉しいのよね。」


「獣人たちは分かっていて、次の縁談を持ちかけてくるんですか?」


「そうよ。自分の種族からなら、私に気に入られる夫を差し出せるって謎の自信なのか、簡単に離婚できるからラッキーって考えなのか、獣人の考えなんて分かんないけど、私が悪いのよ。

他の女たちみたいに政略結婚だからと割りきらなきゃいけないのに、自分の夫だと受け入れなきゃいけないのに、こんな雄の子なんか欲しくないって思っちゃうのよね~」


「それでも政略結婚して子を成したなら役割としては十分では?」


「ふふ。皆そう言ってる。」



「・・・補佐官殿は違うわけですか?」



豊は本当に察しがいい。


「なんでそう思うの?兄ちゃんが私を怒ると思う?」


「次こそ相応しい夫を見つけてやる、って意気込むと思います。」



「あはは!!だ~いせいか~い!」



竜礼は素で大笑いしてしまった。

豊は竜礼だけでなく兄のことまでよく理解している。



「再婚するたびに苦しいの。ドレスと一緒。

兄ちゃんは私に似合うと思って用意してくれるのに、私はその思いに答えられない。」


今回のワシ族からの縁談も兄の差し金らしい。

兄は嫌なら拒否すればいいとは言うけど、なら初めから勧めないでほしい。

兄の進言でなければ、竜礼は罪悪感なく拒否できるのに。

兄は竜礼の苦しみなんてまるで理解していないのだ。



「人の世界では、結婚が女の幸せだって考え方がありますね。」


「ふふ。兄ちゃんも似た考えよ。40代で夫がいないと、年寄り連中からの風当たりは強くなるからね。」


「次の結婚でも子どもは必須なのですか?」


「ううん。私は年齢的にもう出産はキツいから、子どもはなくていいって縁談を兄ちゃんが用意したの。」


「・・・」



「ふふ。さすがの豊も兄ちゃんのフォローは無理?」



「僕には紫竜の考えも、兄としての思いも分かりませんけど、男嫌いのユリが再婚して幸せそうにしてるなら、次こそいい出会いがあるかもって、竜礼様も期待されてもいいのかなとは思います。」


「え!?ユリちゃんって男嫌いなの?元遊女なのに?」


竜礼は初耳だ。



「・・・やっぱり妻の素性は調査済みなんですね。」


「ううん。これは龍景から聞いたの。ユリちゃんが結婚前に言ってたらしいわ。」


「え?知ってて?」


豊はなぜか驚いている。


「なんで驚いてるの?」


「いや、人の中には元遊女との結婚を嫌がる男もいるので。政略結婚なら尚更。人の世界の話ですけど。」


「あ~知ってる。人族の雄って未経験の雌を好むらしいわね。うちの一族と真逆だわ。妊娠出産経験のある雌のほうが相性いいの。

ユリちゃんはよくできた妻よ~再婚早々に息子を生んでくれたんだもの。今も二人目の子作りに熱心だしね。」



「どこに運命の出会いがあるか分からないものですね。」



「そうね。」


「・・・次の縁談相手にも魅力を感じないなら、兄君に伝えて断ることはできないのですか?」


「断るのは簡単よ。でも、兄ちゃんはまた次の縁談を探すの。」


「・・・兄君は竜礼様が自分で買ったドレスを着ても、文句なんて言わないのでしょう?」



「兄ちゃんは『やっぱりお前はそういうのが好きか~』って笑うの。私の好みを知ってるのに、違うものばかり贈ってくるの。

兄ちゃんのドレスを着たら、『似合ってるけど、無理はしなくていい』って笑うのよ。ならもう贈ってこないで欲しいのに。」



「さすがに結婚相手を自分で選ぶことはできないのでしょうけど・・・失礼ですけど、気負いすぎでは?

そのドレスは竜礼様の好みとは違っても、よくお似合いですよ。お顔の華やかさを引き立ててる色ですし、繊細な刺繍はとても上品に見える。

兄君はたぶん、

自分じゃ選ばないけど着てみたから悪くないかもと、竜礼様が喜んでくれたらいいな~くらいの思いなのでは?」


「そう?兄ちゃんの縁談を嫌がったら、嫌われないかな?」


「兄君に嫌われるかもってご相談だったのですか?」


「なんだと思って聞いてたの?」



「兄君に、もう縁談(しんぱい)は要らないと伝えたいから後押ししてほしいとのご相談かと。」



「大正解」


竜礼は不覚にも感動していた。


どうして豊はこんなにも竜礼の話を、思いを理解してくれるのだろう?


竜礼を赤子の時から育ててくれた守番も、口だけは達者だった竜湖も、誰も竜礼の真意を理解してはくれなかったのに。



兄はこんなことで竜礼を嫌いになったりしない。

そんなことは竜礼は分かっている。

いつだって、兄は竜礼の気持ちを尊重してくれるのだから。


兄からの縁談も、ドレスも、断るのは簡単なのだ。

もう竜礼は大人になったから、竜礼から望めば、兄は離れてくれる。


竜礼はそれが怖い。

兄がそばにいない世界が。



「ダサいでしょ?まだ兄離れできないの。もうこんな歳なのに。」


「僕は35の男ですけど、身内でもない解放軍の司令官から精神的に離れられませんよ。でも、それをダサいとは思ってないです。

尊敬できる人との出会いがあって幸せだと思ってます。あの出会いがあったから僕は今も生きていられる。」



「他の女の話?」


「口説いてません!」


今度の豊の反応は予想どおりだ。



「あ~面白い!なんで今ので分かるの?」


竜礼は吹き出してしまった。


「分かりますよ。僕はそういう嗅覚には自信があるんです。」


豊はまた嫌そうな顔だ。

やっぱり人族の異種族嫌いはそうそう変えられない。

帰る場所のある雄なら尚更だ。



なんという皮肉だろうか。

やっと、運命の出会いとやらが見つかったのに。

竜礼の初恋は叶いそうにない。



「警戒しないでよ。言ったでしょ?族長の客人に乱暴なことなんてしないわ。」


「分かってますよ。命を助けて下さったことも、僕を対等な話し相手と認めて下さったことも感謝してます。でも貴女の想いには答えられない。

僕の生物的なものというか、本能的なものが原因です。」



豊は律儀な雄だ。

竜礼の気持ちを分かった上で、ちゃんと断ってくれる。

それも竜礼を傷つけないように理由を選んで。



「知ってるわ。私は人族のことを沢山研究したから。

でも、芙蓉ちゃんとユリちゃんがその本能を乗り越えて夫竜を受け入れた秘密を知りたくない?」



「・・・」


「ふふ。やっぱり同族のことには興味があるのね。でも、秘密なんて大層なものじゃないわ。豊も知ってるでしょ?シリュウ香」


竜礼はにっこり笑ってドレスの胸元から族長のシリュウ香を取り出して、豊に見せた。



「僕が知っているのは、その匂いで紫竜と子どもを作れる身体になるということです。」


「うん、正解」



「人の心にまでは干渉できないのでは?」



「そうよ。だから紫竜の妻はみ~んな夫が嫌い。」


「・・・芙蓉さんとユリはそうは見えなかった。」


「豊がそう感じるなら、きっとそうなんでしょうね~」



「その秘密を教えてくれるんですか?」



「人族は特別なんじゃないの?シリュウ香で身体だけでなく心まで狂っちゃうの?」


「・・・疑問形ですか?」


「うん。豊はどうだった?シリュウ香で心まで狂った?」


「使ったことなんてありませんよ。」


「そうなの?獣人同士でも媚薬の効果はあるでしょ?」


竜礼は意外に思った。

解放軍はかつて孔雀族本家からシリュウ香を盗んでいる。

一部は象の宿で龍陽たちを眠らせるのに使われたようだけど、その他は今も行方不明だ。

転売されてはいないので、解放軍が使ったのだと思っていた。



「・・・僕には必要ないです。子どもは求めてませんから、女の相手をするのは仕事なんで。」


「不思議。子どもを求めてないのに、子作りするなんて。避妊ってやつ?」


「よくご存知で。仕事でも、子を望んでいない女性しか相手にしないと決めてるんですよ。相手の協力もないと完璧な避妊はできないんで。」



「な~んだ。餞別(せんべつ)にあげようと思って持ってきたのに、私にもプレゼントのセンスはなかったのね~」



「なんで火を点けるんですか?」


豊はまた警戒した顔になった。



「そんなに警戒しないでよ~私が発情してユタカを襲うことなんてないんだし。」



「え?そうなんですか?」


なぜか豊は驚いている。



「これは知らないの?シリュウ香は獣人にしか効かないのよ。」


「初耳です。じゃあ、紫竜はどうやって獣人相手に発情するんですか?」


「豊はどうやって人族(どうぞく)の雌相手に発情するの?ってきかれたらなんて答えるの?」



「・・・あ~そっか。えーと・・・」


豊はしばらく考え込んでいたけど、突然、体勢を崩して床に膝をついた。

竜礼の元夫よりは反応が遅かった。



「大丈夫?」

竜礼は微笑みながら豊に近づいた。


「・・・もう一人にしてもらえませんか?」

豊はもう立ち上がることも難しそうだ。



「なんで?」


「乱暴なことはしないんですよね?」


「私は豊を襲ったりしないわ。餞別に持ってきたのよ。シリュウ香は危ないから、悪~い女に使われないように匂いを覚えておいてね。」


竜礼は火のついたシリュウ香をテーブルに置いて、豊に手を差し出した。


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