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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第24章 豊編
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男の意地

「あーひでぇ」


豊は笑いが止まらない。


ユリの不細工なあの顔を見た時には、何も変わってないと思っていたのに、変わらぬかつての仲間を前にほっとしていたのに、


急に裏切られた



目の前のユリは本物だけど、

もう豊の知ってるユリではなかった。



「何?なんで笑ってるの?」


ユリは困惑した顔だ。

紫竜たちを前によくこんなに自然体でいられるものだ。



「いや、何だろ?自分が情けないというか、回りの女たちがすごすぎるというか・・・なんか上手く言えないよ。

ユリは変わってないと思ってたのに・・・」



「変わってないわよ。見てのとおりね。」



ユリは自覚がないのだろうか?



「変わったよ。俺の知ってるユリなら、記憶を捨てる方は選ばない。選べないよ。」


「何?どういうこと?私は今も昔も、忘れられるなら忘れたいわよ。ツラい記憶なんて要らないわ。」


「昔のユリはそうだね。死んだら全部忘れられる。でも息子を探し出すまでは死ねない。そう言ってた。

だから昔ユリのままならもう死んでるよ。」



豊の指摘にユリは驚いている。

本当に自覚がなかったらしい。



「一度は死のうとしたわよ。別の死ねない理由ができただけ。」


ユリはそう言いながらちらりと隣の夫を見る。

夫は、以前オウコの犬を捕らえにきた狼補佐官だ。

こいつが犬たちがうわさしていた龍ケイだったという訳だ。


龍ケイがカエデとの会話に付き合っていたのは、ユリを連れ戻されないかを気にしていたからだろう。



どうやってこんな女を口説いたのやら



豊は気になるけどとてもきけない。

豊にはユリを口説く気なんてないと、龍ケイだって分かってるだろうに、それでも殺気を含んだ目でずっと豊を睨んでいるのだ。



「俺はまだ別の理由なんて見つけられないんだ。忘れたいけど忘れられないツラい記憶に囚われている。自分で捨てようと思えるまで、自分では手放せないんだよ。俺はそう思ってる。」




「私だって手放せてないわ。今だって、豊相手でも身体が反応しちゃうもの。」


ユリはなおも困惑した顔だ。


「そりゃ、好きでもない男に口説かれたってキモいだけさ。男が本気じゃないと分かってるなら尚更ね。」


豊はもう説明するのが馬鹿馬鹿しい。


ユリがお飾りの妻ではないことは、2人の雰囲気から明らかだ。

豊はそういう嗅覚には自信がある。



「・・・」

ユリの照れた顔を見て豊はまた吹き出しそうになったけど、今度は堪えた。



「やっぱ私はダメね。励ますどころかおだてられてる。口でも豊には敵わないわ。」



「いや、ユリに会えてよかったよ。」



これは豊の本音だ。

会いに来たのがユリでよかった。


芙蓉にいくら鼓舞されても豊の心は動かなかっただろう。 

芙蓉のことは全く知らない。

だから、芙蓉に対しては凄いという感情しか沸いてこなかった。



だけど、豊はユリのことはよく知っている。

知りすぎているくらいに。 


ユリはすぐ泣く弱い女だった。

元遊女の特技を使って解放軍で活躍することもできず、体力をつけて戦士として戦うこともできず、でも大して役にたたない後方支援に徹することもできず、身の丈に合わない危険な仕事を引き受けて、なんとか解放軍の前線に居続けようとするバカだった。


解放軍で生き残れるのは自分の強みと弱みを理解している強かな女だけなのに。



豊はそう思っていたのに、早死にすると思っていた女はツラい記憶(トラウマ)を乗り越えて、新しい人生を歩んでいる。



豊は平静を装っているけど、内心は悔しくて仕方ない。

こんな女よりも俺は弱いのかと。


猛烈な悔しさが豊の全身を焼いていた。



「豊?どうしたの?突然立ち上がって?」


「会えてよかったよ。俺は帰るよ、人の世界に。」


豊はユリに微笑みかけると、奥のテーブルに向かった。

テーブルの上には、あの小刀が置いたままになっている。

豊が恐怖で手から落とし、竜礼が拾ってテーブルに置いたきり、豊は手を触れることもできなかった。



今もこの小刀が怖い。

だけど、それ以上に、ユリに負けたくない。

その思いが勝っていた。



豊は右手を延ばして小刀を掴んだ。

まだ手は少しだけ震えているけど、今度はしっかり掴んだ。



小刀が赤色の光に包まれた。

だけど全く熱くない。



「え!?ちょっ!?大丈夫?」

ユリだけが狼狽えている。

豊が落ち着いていられるのは芙蓉のおかげだ。

豊は一度この光景を見ているから。

にしても、



「どんな仕組みだよ?」


豊は笑ってしまった。



この小刀は豊の覚悟が分かるのだろうか?

芙蓉のように自然体ではいられないけど、



「ふ~」



豊は大きく息を吸い込むと、勢いをつけて小刀を自分の心臓に向けて突き刺した。



「つ・・・」



手応えも、小刀が刺さった感覚もないのに、身体の中、たぶん心臓が急に痛くなった。

あまりの痛みに豊は声も出せない。


膝から崩れ落ちて、床に倒れて・・・そのまま意識を失った。




~???~


「う・・・」


豊が目覚めると、ベッドに寝かされていた。

顔を覗き込んでいるのは、アイキの族長と竜礼だ。


「目覚めましたね。口封じの呪いは完璧ですが・・・およしなさいと言ったのに。」


アイキの族長は渋い顔だ。


「よかった~ご足労おかけしました、藍亀族長」


竜礼はすぐにアイキ族長を追い出したが、その理由はすぐに分かった。



「も~びっくりしたじゃない!?」



ユリはまだ居た。

隣には相変わらず怖い顔の龍ケイもいる。


豊はベッドから起き上がった。

もう身体の痛みはないし、胸には傷ひとつない。



「何?まだ痛いの?」


「いや、もう大丈夫です。僕はどのくらい寝てました?」


「もう僕とかいいから。2時間くらいよ。も~あれが呪いなら先に言ってよ!

驚いて悲鳴あげちゃったじゃない!?」


ユリは相変わらず口うるさい。



「別に待ってなくても・・・」


「何言ってんのよ!?私も豊に用があるの。」


「なんですか?」



「ジュウゴが芙蓉を狙ってる話は聞いた?」


「ああ。だから司令官は紫竜と手を組んだ。」

豊は素直に答えた。



「ジュウゴはどこにいるの?」


「それを知りたくて僕らも動いてる。ワニと繋がってたはずなのに、すぐ近くまで来たのに見つけられなかった。」


豊は悔しい。

龍サンたちが妻を探していなければ、ジュウゴの匂いを辿って捕まえられたかもしれないのに。



「ジュウゴを誘き出せない?」


「どうやって?」



「例えば、私が芙蓉のふりをして水連町に行くとか。」



「は!?」

誰よりも早く声をあげたのは龍ケイだ。


「そんなこと許さないけど!?」


「例え話よ。解放軍が得意なのはこういうのよ。」


「ユリはもう解放軍じゃないだろ!?」


ユリが夫婦喧嘩を始めた。

どうやら龍ケイと打ち合わせなく提案してきたらしい。



「まあまあ、龍景落ち着いて。ユタカ、奥様からのご質問よ。」

竜礼も参戦してきた。



「無理ですね。獣人たちは紫竜族長の匂いは特別だと言っています。匂いの違いに気付くのでは?」



豊はきっぱり否定した。


「う~ん。匂いかあ。じゃあ、匂いがついた芙蓉の着物を借りるとかは?」


「他の雄の匂いがついたら龍景が怒り狂います。」


これは竜礼が拒否した。



「じゃあやっぱ解放軍の女が囮になるしかないかな~戻ったら司令官に提案してみて」


ユリは事も無げに言うけど


「司令官は知ってるのか?ユリのこと?」


「知らないんじゃない?サヤかケープが洩らしてなければ。」


「サヤ?ケープは知ってるのかよ!?」

豊は驚いた。

ユリとケープって仲良かったか!?



「うん。ハクトウワシ族は夫の取引先だからね。」


「ああ、なるほど。ケープが洩らすはずないな。司令官も知らないだろう。

話はそれだけ?」


「うん。元気でね。」


ユリはあっさり引いた。

てっきり息子のことを頼んでくるかと思ったのに・・・ようやく見つけた息子は解放軍には関わらせたくないということだろうか?

 それとも紫竜の監視がついている?



「ありがとう。ユリもね。」


豊が答えると、かつての仲間は手を振りながら夫とともに部屋を出ていった。

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