呪い
~鶯亭 庭~
「はあ。」龍希はため息をついた。
明日から12月になるが、竜縁が転変する気配はない。
「龍希殿お疲れ様です。奥様のご出産が近いのに申し訳ありません。」龍栄がトリの死骸を踏みながら近づいてきた。
「いえ、一族の大切な姫様ですから。ただ明日からは休ませてもらいます。竜冠も神殿に戻りましたし、俺もどうにも落ち着かなくて・・・」
「ギリギリまでありがとうございました。奥様と若様のおそばにいてあげてください。私も、竜縁が転変すれば枇杷亭の守番に参りたいと思いますが、まだいつになるか・・・」龍栄は眉をひそめる。
龍希も険しい顔になった。
一族の少子高齢化は守番業務にも悪影響を及ぼしており、2ヶ所の守番をどうこなすかずっと会議が続いているが、備えは十分とは言えない。
「龍緑はまだリュウカを見つけられないのか・・・」龍希は唇を噛む。
龍緑は今年20歳。身体は成熟し、雷の力も強いのだが、守番になれるのは成獣だけだ。龍緑はこの一年、取引そっちのけでリュウレイ山に通っているがまだリュウカを見つけられない。
『俺が居れば大丈夫だとは思うが・・・』
龍希は雪の降る中、帰路についた。
~枇杷亭~
年が明けてすぐ、妻に陣痛が来た。
シュシュと守番の竜紗がやってきて1時間もしないうちに産声が聞こえた。息子の時より随分早い。
『頼む!娘であってくれ!』
その祈りながら龍希はリュウカの部屋に入る。
「・・・芙蓉。この子は・・・」
龍希は涙が出そうになった。
妻から渡された子は龍陽より一つ足りない。
「女の子ですね。」
「やった!よかった」龍希は思わず大声が出た。
やっぱり竜神は龍希が族長になることなど望んでいない。
「龍希様・・・その喜びはお子様が無事にお生まれになったことですよね。」竜紗が龍希を睨む。
「え?あ、ああ・・・芙蓉も大丈夫か?」
「若様の時よりも出血が多く、奥様にはお休みいただかなくては・・・旦那様、族長たちがいらっしゃるまで若様をお願いいたします。」
竜紗と同じく険しい顔をしたフクロウ母子に部屋を追い出された。
『なんで皆あんな怖い顔をしてるんだ?』
夜明けとともに族長と一緒にやってきた守番は龍海と龍緑だった。
龍希は驚いた。
「なんで龍緑が?」
「一昨日、ようやくリュウカを見つけまして、本日、父とともに姫様の守番を務めさせていただきます。」龍緑は泣きながら笑っている。
「そうか!お前が居るなら安心だ。龍海はだいぶ年を取ったからな。」
龍希は喜びのあまり龍緑の肩を強く叩いた。
「いたた・・・力は龍希様に及びませんが、命がけでお守り致します。」龍緑は涙を拭って真面目な顔になる。
「頼んだぞ。龍海、龍緑」
龍希は族長とともに神殿に向かう。
~竜神の神殿~
「おめでとうございます。龍希様、族長。」竜冠は真っ白の巫女服を着て、神殿の最奥にある祭壇の前で待っていた。
竜冠の目の下にはくまができ、頬はこけている。
龍希は申し訳なくて仕方ない。
「名前はもう決まっております。姫様ですね。父の龍希様からお生まれになった子の名は、竜琴です。雌竜を示す竜に、美しい音色を奏でる琴の字。この子はその名のとおり・・・ええ!」
竜冠は突然神殿の方を振り返り悲鳴をあげた。
「どうした?」龍希と族長が同時に声をあげる。
「ああ!そんな!あの子たちは関係ない!罰なら全て私が」
竜冠は目を見開き、両手で紫の髪をつかんで絶叫する。竜冠の身体がぐらりと傾き、膝から床に崩れ落ちた。
「竜冠どうした?」龍希は慌てて竜冠に駆け寄って身体を支える。
竜冠の顔は真っ青で両目からは涙が溢れている。
「龍希様!すぐに巣にお戻りを!龍緑と竜琴が危ない!私もお連れください!早く!」
竜冠は龍希の袖をつかむと必死の形相で訴える。
「は?あ、ああ。」
龍希は訳が分からないが、竜冠を抱えると馬車に走って戻る。
族長も走って追いかけてきた。
「一体何があったんだ?」疾走する馬車の中で竜冠に尋ねるが、竜冠は両手を合わせてぶつぶつと呟き、龍希の声など耳に入っていないようだ。
龍希は向いに座る族長を見るが、同じく首を傾げている。
巫女の尋常ではない様子から枇杷亭で・・・龍緑と竜琴に何かあったことは間違いないが・・・
まさか?
いや、守番が居るのだ。妻と竜琴は安全なはずだ。
龍希はそう祈るしかない。
~枇杷亭 庭~
枇杷亭は吹雪になっていたが、もうトリは飛んでいなかった。庭には黒い死骸が積み重なり、龍海と龍緑が地面に座り込んでいる。
屋敷には傷一つなくトリが侵入した形跡はない。
『よかった・・・』
龍希は急いで馬車を降り、二人のもとに走る。
と、血の匂いがした。
龍希の全身に鳥肌が立つ。
「怪我をしたのか?」
2人のもとに駆け寄ると龍緑はぐったりとして目の焦点が合っていない。左肩からは・・・血が流れている。
「も・・・申し訳ご、ございませ・・・」隣に座り込む龍海は息も絶え絶えだ。
「龍希!2人を屋敷の中に運ぶぞ。シュンは外に出てこられない。急ぐぞ!」
族長の大声で龍希は我に返り、龍緑を肩に担ぐと屋敷の客間に運び込んだ。
シュンがリュウカの部屋から飛んできてすぐに手当を始めたが、龍緑は気を失っている。
龍希が隣の客間に行くと、カカが龍海に水を飲ませていた。
龍海はぐったりと布団に横たわっているが、意識はある。
「何があった?」族長が龍海に尋ねる。
「トリを始末している途中、急に龍緑が左肩が動かなくなったと言い出して・・・何があったのか私にも。それでも龍緑は雷でトリを始末しておりましたが、なぜかトリたちは龍緑の左肩を集中攻撃して・・・おそらくトリの毒に・・・」龍海は真っ青な顔で泣き出した。
龍希には意味が分からない。
龍緑の肩が突然動かなくなった?そんな馬鹿な・・・
「!」
龍希は客間を飛び出してリュウカの扉を開ける。
「ちょ!龍希様、そんな乱暴に」竜紗が驚いた顔で声をあげた。
妻も驚いた様子で上体を起こして龍希を見る。
妻にもその横で眠る娘と息子にも変わった様子はない。
『なんだ・・・竜冠のやつ脅かしやがって』
「芙蓉、すまない。起こしたな。名前をもらってきたよ。竜琴だ。楽器の琴」龍希は笑顔を作る。
「竜琴ですか?可愛いらしい名前ですね。」妻は愛おしそうに娘の寝顔を見る。
「芙蓉にも子どもたちにも変わったところはないか?」
「え?3人で寝ていましたが・・・何かあったのですか?」妻は不安そうな顔になる。
「いや、大丈夫だ。俺が帰ってきたから何も心配いらない。」
龍希は妻の唇にキスをした。いつもよりも妻の体温が低い。
妻がぎゅっと龍希の袖を握る。
「もしもの時は私よりもこの子たちを守ってくださいね。」
「もしもなんて俺が起こさせないよ。大丈夫だから芙蓉もゆっくり休んでくれ。」
龍希がそう言って微笑むと妻は再び横になった。
龍希は、今度はゆっくりとリュウカの扉を閉めた。
~廊下~
「おい、竜冠はどこだ?」
龍希の質問に使用人たちは驚いた顔になる。
「え?竜冠様もいらしているのですか?」
「あ!」
龍希は慌てて庭の馬車に戻った。
「すまん竜冠!遅くなった」
竜冠は相変わらず両手を合わせてぶつぶつと呟いており、龍希の声など聞こえていないようだ。
だが、寒さで竜冠の顔と唇は真っ青になっている。
龍希は仕方なく竜冠を抱えて屋敷に戻ると、空いている客間に竜冠を降ろしてタタに預けた。




