凰鈴の責任
8月、枇杷亭の庭では桜の木がある池の周りに向日葵が見事に咲き誇っている。優秀な犬の庭師はちゃんと息子の花を植えていてくれた。
「旦那様。これが向日葵の花ですよ。太陽に似ていません?」
芙蓉は満面の笑みで話しかけるが旦那様はすねたような顔をしている。
龍流は先月、大輪の向日葵が描かれた扉を届けてくれた。寝室の新しい扉は今のところ無事だ。
龍陽は今月で1歳になる。すでに断乳したが、龍陽は離乳食と雷気をしっかりと食べて順調に育っており、朝までぐっすり寝てくれるようになった。
「さ、旦那様。涼しい部屋に戻って3人で冷たい果物を食べましょう。」
「もしかしてマンゴーか?」
「あら!息子の実を覚えてくださったんですね。昨日、本家から贈ってくださったそうですよ。息子の誕生月ですから。」
「・・・覚えたよ。妻が教えてくれたから、向日葵もマンゴーも。」
旦那様は右手に龍陽を抱き、左手で芙蓉の右手を握って屋敷に向かって歩き始めた。
「お疲れ。外はもう8月よ。」凰蘭は朱鳳の巣の地下にある懲罰房の扉を開ける。
「最悪。太陽の光も風も入らないのよ。発狂するかと思った。」中から疲れ切った顔をした凰鈴が出てきた。
凰鈴の豊かだった胸はしぼみ、艶やかだった深紅の羽毛は汚れて色褪せ、所々が円形脱毛症になっている。
約4ヶ月前の代替わりの儀の日、人族が紫竜に殺気を飛ばしてけんかを売り、主催の朱鳳は紫竜に対して多額の賠償金を支払うことになった。
人族を招待した凰鈴は、朱鳳族内での責任を問われ、人族を含む全ての取引先をはく奪された上、無期限の懲罰房行きを命じられたのだ。
「誰が負担したの?」凰鈴は弱弱しい声で尋ねる。
紫竜に支払う賠償金は相当な額だったが、それを誰かが負担することを条件に凰鈴の釈放を願い出たのだろう。そうでなければ4ヶ月で出られるわけがない。最低10年は覚悟していた。
凰蘭は足元がふらついている凰鈴に肩を貸して地面まで上がってくると大樹の根元に凰鈴を座らせ、水の入った水筒を渡しながら答えた。
「お父様が2割、鳳雁叔父様とあんたの夫が1割ずつ、母さんが0.5で龍希殿が2.5」
「はあ?なんで紫竜の2人が・・・冗談じゃないわ。」凰鈴は驚きのあまり飲みかけの水を噴き出してむせた。
「返済は金じゃなくてあんたの労働のみ。母さんには1年、龍希殿にはその5倍の期間。頑張ってね。」凰蘭はにやりと笑いながら、大樹の木の実を差し出す。
「つまり私は奴隷として紫竜に売られたってことね。」
凰鈴は4ヶ月ぶりの食事だったが、木の実の味などしなかった。
『なんという屈辱・・・』
「仕方なかったのよ。紫竜の祝いに代替わりの儀でただでさえ出費がかさんでいたところに多額の賠償金でうちの財政は破綻寸前だった。そこに竜湖が提案を持ち掛けてきたの。条件を飲むなら賠償金の合計3割を前金で朱鳳に支払うって。誰が断れる?父さんだって2割の金を一族に支払うのに2年以上かかるのよ。」
「分かってるわよ。私に文句を言う権利すらないって。私のミスだもの。自分で責任をとるわ。いつからなの?」
「来月から。」
「やっぱりね。」
凰鈴は2つ目の木の実にかぶりつく。4ヶ月間、水しか口にできなかったせいで体は弱り切っている。1ヶ月弱で回復させなければならない。
「期間限定で紫竜の花嫁にされるわけじゃないわよね?」
「それは大丈夫。さすがの族長もそこだけは譲れないって紫竜に確認取ったから。龍希殿は今の妻にぞっこんらしいし。」
「ああ、すごい匂いだったものね。」凰鈴は安堵のため息をついた。
「あ、そういえば人族の商人たちは?」凰鈴は3つ目の木の実をかじりながら尋ねた。
「4匹とも殺して紫竜に渡したわ。馬鹿な獣人・・・喧嘩して勝てる相手じゃないって分からないのかしら。」
「まさかここまで馬鹿だとは思わなかった。龍希殿の妻とは大違い。」凰鈴は笑うしかない。
同じころ、人族の首都では貴族院の会議が開かれていた。
「このところ奴隷売買が横行しているらしいな。それも獣人相手に。」
「ええ、獣人に対する人身売買は極刑ですが、認知件数が数十倍に・・・獣人の子を産んだ人族の娘が居ると聞いて獣人たちが若い娘の奴隷を買いあさっているらしいです。」
「そんな馬鹿な」会場中から笑い声があがる。
「奴隷を高く売るための嘘でしょう。獣人は馬鹿しかいませんから。そういえば南の商人たちは?春前に真偽を確かめると息まいていましたが・・・」
「赤い鳥の巣に行ったきり行方不明です。」
「赤い鳥?フラミンゴ族か?」
「さあ・・・まあ馬鹿なデマは放っておいて、問題は行方不明者の急増です。特に若い娘は誘拐された可能性が高い。商人たちが騒いでいますので何かしらの対策は打たねば。」
「誘拐対策なら町の警備を増やすくらいしか・・・」
「誘拐と言いつつ、娘を売っている商人も相当数いるかと。堺町の大火災は広範囲に大損害をもたらしましたから。」
「ああ、あれは酷かった。あれほどの雷なのに天気予報士たちは何の役にも立たなかった。」
「そういえば獣人たちは竜神の怒りだと騒いでいましたな。」
「馬鹿馬鹿しい。」再び会場が笑いに包まれる。
「ああ、いいことを思いつきました。」
会場が静かになる。
「行方不明者の調査と言って主要な町の戸籍調査をしましょう。娘を売った商人を人身売買で断罪すればよい。そこから人身売買業者を摘発できればなおよし。警備を増やしても誘拐をいくら防げたのか数値化しようがないですが、断罪者の数は非常にわかりやすい。」
「おお!」会場のあちこちから感心したような声があがる。
「質問です。戸籍調査からどうやって人身売買を探すのです?」
「簡単ですよ。行方不明者や死者のうち特に若い娘について戸籍の届け出に不自然な点がないか調べるのです。例えば店が傾いた商人の娘がある日急にいなくなった、家族はろくに探しもせずに死亡届をだしたとなると売られた可能性が高い。」
「なるほど・・・しかしそれなら町より農村の方がいいのでは?若い娘の大半は農村から売られているらしいですぞ。」
「農村はそもそも娘の戸籍を作らなかったり、近所のつながりが強いので村ぐるみで隠す可能性が高い。それにそれでは商人の不安を解消できない。」
「確かに。ではこの案で採決をとりましょう。」
「・・・賛成多数で可決します。早速この秋から調査を始めるよう手配しましょう。」




