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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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龍峰の過ち

「嘘だ。父上はそんな残酷なこと・・・」龍希は呆然となる。

「龍峰は昔からそうよ。あんたは溺愛されてたからわかんなかっただけ。キーラちゃんは気づいてた。だから・・・」竜湖の顔が曇る。

「キーラ?誰ですか?」

初めて・・・聞く名前だ。

「竜湖様!」竜紗が眉間にしわを寄せて竜湖を見る。

「龍希は知っとくべきよ。息子が産まれたら来年の今頃はもう族長。龍峰を反面教師にしてもらわないと。それに龍峰は龍希の無知を利用、ううん悪用し始めたのよ。」

「そうですが・・・でも・・・」竜紗は妻をちらりと見る。

「・・・私は龍陽をリュウカの部屋で寝かしつけて参りますね。」妻は立ち上がろうとする。

「え?芙蓉?」龍希は慌てて妻の腕をつかんだ。

怪我をしている妊娠中の妻を側から離せるわけがない。

「芙蓉ちゃんはほんとに察しがいいわね。でも一緒に聞いてちょうだい。私からのお願い。もしもなんて考えたくないけど、母として娘を守る日が来るかもしれないから。」

竜湖は真剣な顔で妻を見る。


『どういうことだ?意味が分からないが・・・妻にはそばにいてもらわないと困る。』


妻が龍希の隣に座り直したので、龍希は黙って話を聞くことにした。


「キーラは孔雀の奥様。あんたの母親よ。まああんたが驚いてるのも無理ないわ。もう亡くなって10年以上・・・忘れるなっていう方が無理よ。私は覚えてる。彼女は賢くて愛情深い母親だった。

あんたが産まれて龍峰が族長になって、やっと後継争いに決着がついた。けど、すでに一族は子どもの減少という重大な課題を抱えてた。だから孔雀族に無理を言って、若くてかつ産卵経験のあったキーラちゃんに来てもらったの。

キーラちゃんはそれを理解しててあんたの次の子もって・・・なのにあの竜帆が!」

竜湖は歯ぎしりする。

「あの馬鹿娘が独断で熊を龍峰のいる本家に連れてきて、一族は大混乱に陥った!特に混乱したのは紫竜の妻たちよ。

離婚して実家に戻っても子を利用して無理やり連れ戻されるのかと実家が強い妻たちは怒り、息子を産んだら用済みにされるのかと実家が弱い妻たちは不安がった。

その結果・・・なんと妻たちは自ら卵を割ったり、堕胎するようになったのよ。

キーラちゃんは必死で妻たちをなだめてた。あれは馬鹿娘がやったことで紫竜一族が無理やり連れ戻したわけではないし、自分は族長の妻のまま、捨てられることはないから安心してって。

なのに龍峰は・・・娘可愛さにキーラちゃんをリュウカの部屋から追い出して2人とも妻だと言い出した。

その上、竜帆になんの責任も取らせず、キーラが次の子を産めば妻たちの気も変わるなんて吞気なことぬかして!」


「は?」龍希は理解が追い付かない。

「いや、そんな母上だって卵を・・・」龍希はあの光景を思い出して真っ青になる。

「ええ、私たちはそんなこと求めてなかった。でもキーラは龍峰を許さなかった。

紫竜族長として竜帆に責任を取らせて、熊を実家に戻して妻たちの不安を解消しろ!

キーラは何度もそう言って龍峰を説得したのに、龍峰は聞かなかった。これから生まれてくる竜の子たちよりも自分の娘をとったのよ。

キーラがリュウカの部屋から追い出されて、孔雀族は激怒したわ。当然よね。紫竜の詐欺だと言われても、誰も・・・反論できなかった。

孔雀族はキーラに離婚して戻ってくるよう言ったけどキーラが拒否したの。あんな無責任男のもとに龍希一人を残していけない、息子はまともに育てなきゃって。それにあの馬鹿娘たちに龍希がいじめられるかもって心配してた。」

「いや、いじめるって龍栄殿は一度もそんなこと・・・」

「ええ、幸いにも龍栄はまともに育てることができた。あの子は熊のことを完全に忘れたから、龍栄の守番で母代わりの竜夢の教育のおかげよ。

馬鹿娘は何度か本家の使用人使ってあんたに嫌がらせしようとしたけど、毎回あんたが雷で容赦なく殺したから、使用人の方がビビっちゃって。」

「ええ・・・」龍希は絶句する。

全く記憶にない。だが、本家の使用人に嫌われているのはそういう理由か。


「じゃあ母上が父上を嫌っていたのは・・・」

「あのバカが族長の責務よりも娘をとったからよ。でも一番は、キーラが次の子を産めば全て解決するなんて馬鹿言って尻拭いを押し付けたから。キーラちゃんには何の責任もないのに。でも救いだったのは生まれたあんたの力が強かったこと。

当時、族長後継で一番力が強かったのが龍峰で、先代族長は代替わりの半年後に死んだから龍峰を族長から降ろせるものが居なかった。だから力の強い龍栄とあんたが成獣になるのを待つしかなかったのよ。

龍栄はあの馬鹿娘をそばで見てきたから、自分の役割を察したのか成獣と同時に結婚して子作りを頑張ってた。」

「なんで・・・俺には今まで隠して・・・」

「龍栄にはこの話はしてないわ。あの子は自分の判断で自分の道を選んだ。こんな話して政略結婚して子どもを作って族長になることが義務だなんて言われて、大人しく従う奴は族長には向いてない。私たちはあくまで相談役であって指示役じゃないの。族長は自分で決めて、その全責任を負わなきゃならない。

だからキーラもあんたに何も言わなかった。ただ、あんたが将来困らないようにカカと疾風をつけて、紫竜に恨みを抱く孔雀族から遠ざけて、あんたをしっかりと教育したの。10歳になって龍峰の下で修業を始めてもあいつから悪い影響を受けないようにと。」


 龍希はもう言葉がでない。とても受け入れられない。

だって龍希は父を・・・

「あの竜湖様・・・お伺いしたいことが・・・」隣の妻が恐る恐る口を開いた。

「何でも聞いて。答えられる範囲で答えるから遠慮はいらないわ。」竜湖は妻ににこりと笑いかける。

「あの・・・熊の奥様は無理やり連れ戻されたのではなく自分の意思でお戻りになった・・・のですよね?人族では離婚した妻が子のために復縁することは珍しくないのですが、紫竜ではほかの妻たちが激怒するほど許されないことなのですか?」

「・・・ああ、なるほどね。妻たちは熊が無理やり連れ戻されたと信じてるのよ。我が子とはいえ転変した竜の子よ。獣人の母が逆らえると思う?」

「・・・。もう一つ、族長が変われば妻たちの不満・不安は解消され、子どもが増える・・・ということなのですか?」

「さすがね。芙蓉ちゃんの思ってるとおりそんな単純な話じゃないわ。妻たちと娘を嫁がせた取引先の不信・不満を龍峰は放置しすぎた・・・私にはもう解決策が分からない。」竜湖は悲しそうな顔になる。

「は?じゃあ次の族長は何をすれば?」

妻の不安そうな声を聞いて龍希はやっと頭が動き始めた。

「私はその答えをあんたと一緒に探すわ。龍栄が族長になっても、あんたが族長になっても。」


 竜湖と竜紗が帰った後も龍希はソファーから立ち上がることができない。

妻は龍希を横目に見ながら膝の上で息子をあやしている。

来年1月には子どもが生まれる・・・もし息子だったら・・・無理だ。

自分には族長なんて・・・父の尻拭いなんてとても。

『どうか娘であってくれ!』

龍希はそう祈るしかなかった。


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