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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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扉の花

ドンドン


何かがぶつかる音で芙蓉は目を覚ました。寝室には朝日が差し込んでいる。


「あ・・・龍陽!?」


芙蓉は音の鳴る方・・・寝室の扉を見る。

芙蓉は相変わらず旦那様が寝たらリュウカの部屋に戻るようにしているのだが・・・旦那様はそれが不満らしく昨晩はなかなか寝てくれなかった。

寝たふりをしているうちに芙蓉は寝落ちしてしまったようだ。


芙蓉は転変した息子には近づけない・・・旦那様に戻してもらわなければ、だが・・・


「もう起きたのかよ。早く母離れしてくれないかな。」


旦那様はあくびをしながら芙蓉を抱き寄せる。

「龍陽を戻してくださいませ。」


「ヤダ!まだいいだろ。いつも起きたら妻が横にいないんだ。あいつだってたまには俺と同じ気分を味わえばいい。」


「もう!大人げないですよ。自分の息子に。」

芙蓉は思わず顔をしかめてしまった。

「俺だって息子のように芙蓉に愛されたい。」

旦那様は不満げな顔で芙蓉を見る。


『うわ・・・また始まった。』


噓でも愛していると言えばいいのだろうか・・・


芙蓉が顔に出したのがまずかった。

旦那様は芙蓉の身体を下にすると唇をふさぐ。


「ん・・・んん」


息ができないほど濃厚なキスに芙蓉の全身は熱くなる。旦那様の手が芙蓉の太ももの間を滑っていく・・・


「ん~ん~」


芙蓉は身をよじって逃れようとするが、与えられる快感に逆らえない。どんどん抵抗ができなくなる。


「ずっとその顔でいてくれ」


唇を離した旦那様が満足そうな顔で、芙蓉の足を開こうとした時だった。


「ん?」


旦那様が驚いたような顔で寝室の扉を見る。


「?」


あれ?音が止まってる?

って焦げ臭い!

芙蓉も寝室の扉の方を向いた。

木の扉からわずかに白い煙が上がっている。


「嘘だろ・・・あいつもう雷出しやがった。」


旦那様は呆然として呟いた。



「まあ!この扉はもう交換ですね。」

息子の雷で焦げた寝室の扉を見る鶴のばあやは嬉しそうだ。

「さすが若様です!」

ククとシュンも嬉しそうに芙蓉に抱っこされている赤子を見ている。


息子は涙目で芙蓉の袖をぎゅっと握り、芙蓉の胸に何度も頭を擦り付けている。


「さみしかったのね。ごめんね。」


芙蓉は息子のおでこにキスをした。甘える息子が愛おしくて仕方ない。


「今度は焦げない扉にする。」

旦那様は不満げだ。

「紫竜の雷に耐えられる素材となると・・・朱鳳の毛か藍亀の甲羅ぐらいですが・・・」

カカは困っている。

「・・・さすがの俺でも無理だ。」

旦那様は忌々しそうに息子を見てきた。


「そんな顔を息子に見せないで下さいませ。」


芙蓉は息子をぎゅっとする。

「う~。せめてもう少しましな素材にするか。胎生の妻が居る奴らはどうしてるんだ?」

「幼い子と奥様を同室にしておられます。」

シュンが顔をしかめながら答えた。


「俺は扉の話をしてるんだ!」


「藍亀の甲羅を買えるくらい稼いではいかがです?」


「無茶いうな!」


どうやら旦那様でも買えないほどの値段らしい。

というかアイキってなに?



結局、同じ素材で扉を作り直すことになり、この日の午後、紫の髪をした初老の男性がやってきた。


「龍希様。ご無沙汰しております。奥様。若様。お邪魔致します。龍流りゅうりゅうと申します。」


龍流は深々と頭を下げる。


『え!リュウリュウってもしかしてあの悲劇の人じゃない竜!?』


「あの・・・もしや新年会に?」

「はい!末席に居りましたのにまさか奥様に覚えていただいていたとは。」

龍流は嬉しそうだ。


『ごめんなさい。覚えてないです。竜紗が言ってたから・・・』


とは言えないので芙蓉は笑顔を作った。


「若様はまた大きくおなりに。それにもう雷を。」


龍流は息子を見て涙ぐむ。

「しかし巣の中で雷の練習とは。龍希様は相変わらず豪快でいらっしゃる。」


「違いますよ。若様に意地悪をなさったのです。奥様を寝室に閉じ込めて。」


シュンが口を挟んだ。

「ええ!それはまた・・・胎生の母子に酷いことを。」

龍流は呆れた顔で旦那様を見る。

「転変して4ヶ月も経つんだぞ。もう母離れしてもいいだろ。」


「何を仰います!?龍栄様は3歳の時に母上と離れたショックで菖蒲亭あやめていを雷で焼いておしまいになったのですよ。

胎生の母子の愛着は深いのです。お館様のように巣を捨てることにならぬようお気を付けください。」


「は?なんだその話?」

「ご存知ないですか?熊の奥様が離婚して実家にお戻りになった際のことです。お館様は不在で、お姉様が転変してお止めになったそうですが、龍栄様は相当ショックだったようで・・・菖蒲亭はほぼ全焼、使用人たちはみな・・・もう巣は使い続けることができないほどの被害だったそうです。」


龍流の話に旦那様は絶句している。


「あの・・・熊の奥様はお子様たちを実家にお連れにならなかったのですか?」


普通は母親が幼い子たちを引き取るのではないか?


「竜の子は父竜と一緒でなければ巣から出ないのです。胎生の子といえどもです。」


シュンが答える。


「・・・熊の奥様は幼い子を置いてまで離婚を?どうして?」


孔雀との再婚は熊が出て行って1年近く後ではなかったか?紫竜の雄は浮気はできない・・・はずだ。


「私どもにはわかりかねますが、まあ有力な実家を持つ紫竜の妻にはよくあることです。」


シュンが旦那様をちらりと見ながら答える。

「なんで俺を見るんだ?」

「いえ、前妻のことはもうお忘れでしたね。」

「悪かったな。芙蓉が居るんだから当然だろ。」

旦那様はシュンを睨む。


「さあ昔話はこれくらいにいたしましょう。扉の木はリュウレイ山にちょうど良いものがございます。扉の柄は何になさいますか?枇杷の実ですか?紫陽花・・・はあちらの扉に描かれておりますね。

それともマンゴーにされますか?」


龍流が旦那様に尋ねる。

「マンゴーってなんだ?」


「龍陽様の誕生の実とお聞きしましたが?」


龍流は不安そうな顔になる。

「そうです。昨夏、旦那様が神殿からお持ち帰りになったではありませんか。」

芙蓉が答える。

「あ~あのオレンジ色の果物か。俺はなんでもいい。芙蓉、何がいい?」

「アヤメでなくてもいいのですか?」

「アヤメってなんだ?」

芙蓉は呆れた。


「アヤメの扉は旦那様のお祖父様がお作りになったものです。お館様がお生まれになった時にこの枇杷亭、当時は白梅亭はくばいていと呼ばれておりましたが、庭にアヤメが咲き誇っていたので記念に作られたのです。」


カカが教えてくれた。

「え!そんな歴史があるものだったのですか?」


「はい。旦那様のお祖父様は家族思いの方でしたから。龍栄様がお生まれになったのは紫陽花が美しい時でしたので、庭にたくさんの紫陽花を植えて、それを見るための四阿をお作りになり、執務室の扉を紫陽花に作り換えられました。

旦那様の誕生の実が枇杷だとお聞きになると庭に枇杷の木をいくつもお植えになって屋敷の名前を枇杷亭にお変えになりました。」


カカは懐かしそうに目を細める。

「すごい・・・」


なのにその孫ときたら・・・花の名前もろくに知らない。


「・・・芙蓉の好きな桜にするか?」

「私が決めてもよろしいのですか?」

「ああ、もちろんだ。俺と芙蓉の寝室なんだから。」


「では、向日葵がいいです。」


「ヒマワリ?」

旦那様は首を傾げるが、龍流と侍女たちはにっこりと笑う。

分かっていないのは旦那様だけだ。


愛息子にぴったりの太陽の花なのに。


「畏まりました。ご用意いたします。」


龍流は嬉しそうな顔で頭を下げると帰っていった。

「なあ芙蓉。ヒマワリってなんだ?」

「あと数ヶ月で見られますよ。それよりも旦那様、庭の枇杷の実を取りに行きましょう。旦那様がおじい様に愛されていた証を息子にも食べさせてあげたいです。」

「それはいいけど、じいさんのことなんてもう覚えてないよ。それより俺は芙蓉から・・・」


「さ、龍陽。お庭に行きましょう!お父様の実を教えてあげる。」


旦那様が言い終わる前に芙蓉は愛息子を抱いたまま庭に向かった。

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