女の友情と決意
今日は、水連町で年に一度の祭が開かれている。色とりどりの鯉のぼりが空を泳ぎ、子どもたちは屋台で売っているかしわ餅やちまきを親にねだっている。
そんな中、明日香はこっそりと町の倉庫地区に居た。ほとんどの商人が仕事を休んで祭に参加しており、倉庫地区はひっそりとしている。
明日香はすずと祭に参加したかったが、ある人物に呼び出されてここに来ていた。
「明日香さん」
待っていたのは芙蓉の義姉だ。
「ごめんなさい。こんなところに呼び出して。」
「いいのよ。お久しぶり。どうしたの?」
「どうしてもお別れを言いたくて。私、離婚して実家に戻るの。」
「え!どうして?」
「・・・私、騙されていたの。あの殺人鬼たちに。」
「は?」
予想外の言葉に明日香は大声が出た。
「義妹の戸籍・・・この町の役所に残ってたわ。私が嫁入りする数ヶ月前に死んだって。」
「そんな馬鹿な!」
だってあれは・・・香流渓で会ったのは間違いなく芙蓉だった。
「遠くに嫁に行ったなんて嘘っぱち。あいつらが殺して隠してるんだわ。夫は、義妹は結婚が嫌で家出したから・・・薬屋の名誉を守るために嘘をついたって言ってたけど意味不明よ!それなら行方不明届を出せばいい。よそに嫁がせたなんて嘘をついて取引先の信用を失って、それに嘘の死亡届を出すのは重罪よ。夫の嘘だってすぐにわかった。」
芙蓉の元義姉の目から涙が流れる。
「ずっとずっとおかしいと思ってた。でも義妹が嫁に行ったというのが嘘だと分かって辻褄があったわ。義妹を殺してないって夫は言ってたけど・・・警察に噓の死亡届を告発するって言ったらあっさり離婚に同意したの。私・・・私・・・あんな殺人鬼と夫婦だったなんて・・・」
芙蓉の元義姉は膝から地面に崩れ落ちて大泣きする。
明日香は真っ青になった。
違う。芙蓉は殺されていない。
死亡届は嘘だがその理由はおそらく・・・芙蓉が言っていたとおりだった。
「しっかりして。あいつは、あなたの元夫はくずで嘘つきだけど、殺人鬼じゃないわ。黙っててごめんなさい。私、あなたが嫁に来た後、芙蓉と会ったことがあるの。」
「え?」
芙蓉の元義姉が驚いて顔をあげる。
明日香は芙蓉と会った時のことを全て話した。
『彼女のせいだなんて思わせたくないけど・・・』
殺人鬼の妻だと誤解したままではあまりに気の毒だ。
「うそ・・・じゃあ義妹は・・・私の結納金のために売られたの?そんな・・・なんで・・・だってそこまでして私と結婚するメリットなんてなにも・・・」
芙蓉の元義姉は呆然と呟く。
明日香にだって分からない。
なぜ芙蓉の兄がそんなことをしたのか・・・芙蓉はもう嫁ぎ先が決まっていた。それも薬屋にとって重要な取引先と。
かたや芙蓉の兄には家族を売ってまで結婚する理由なんてなかったはずなのに。
だが、おそらくこれが真実だ。
なんてひどいことを・・・一体芙蓉が何をしたというのだ?
気づけば明日香も泣いていた。
「でも噓の死亡届はなんで?」
「家族を売ったことがばれないようによ。人身売買は重罪だもの。」
「義妹は奴隷として売られたの?」
「分からない。なんであんな危険な場所に居たのか・・・でも鎖も何もされてなかった。むしろかなりいい着物を着ていたし・・・」
芙蓉がどこに売られ、あそこで何をしていたのか?
一番の謎だ。
「でも、義母は?夫は義母も騙してるの・・・」
「どうかしら。あなたがおかしいと思ったことをあのおばさんが何も気づいてないなんて・・・」
明日香が吐き捨てるように言うと、元義姉は黙って俯いた。
明日香は、まだ元夫と結婚していた時、香流渓に向かう途中のある宿場町で芙蓉の母と会ったことがある。数年ぶりだったが、水連町の商人たちと一緒に食堂に居たので気づいた。
明日香は芙蓉の母から、薬屋の店主である芙蓉の父が死んだこと、芙蓉の兄が芙蓉を遠方に嫁がせたこと、そのせいで亡き父が進めていた縁談が破談になり、取引先を怒らせて芙蓉の母が謝罪に向かっている途中であることを聞いた。
明日香は驚いた。兄の愚行はもちろんだが、その兄が謝罪に行かず、年老いた母に長旅をさせるとはどういうことだろうか?それも11月のもうすぐ雪が降り始めようという時期に。
芙蓉の母に同行している商人たちも同意見だった。
薬屋を一時閉めてでも、新店主の兄が謝罪に行け!
どんな事情があったにせよ破談はひどい裏切りだ。賠償金を包んで土下座しに行け!
主要取引先を怒らせたら最悪、店がたちいかなくなるぞ。
水連町の商人たちは連日、芙蓉の兄を説得したらしいが、兄は聞く耳を持たず、芙蓉の母は兄をかばうばかりだったという。
そして商人たちが町の外に買い付けに出発する日、やってきたのは兄ではなく母一人だった。取引先に謝罪に行くから同行させてくれと霜の降りた冷たい地面に土下座して頼み込んだらしい。
夫を亡くし、娘は遠くに行き、残った長男を大切に思うのは分かる。
だが、芙蓉の母はやり方を間違えている。昔からそうだったと明日香の父母は漏らしていた。
明日香だってそう思う。
明日香にも兄がいて、跡継ぎの兄の方が大切にされていたが・・・父母は明日香のことも愛してくれ、嫁ぎ先を見つけてくれ、娘と出戻っても明日香の味方になってくれた。なのに芙蓉は・・・母も兄も芙蓉に愛情はなかったのだろうか?
元義母の話を聞いて、芙蓉の元義姉はあんぐりと口を開けている。もう涙も出ないようだ。
「私・・・何も知らなかった。誰も教えてくれなかった。私がよそ者だから?あんな薬屋に嫁いだ馬鹿だから?」
「違うわ。ごめんね。あなたの幸せに水を差すようなことを言いたくなかったの。それに・・・芙蓉のことだって何も・・・」
明日香はうつむく。
真実が分かったところで何もできない。芙蓉にはもう二度と会えないだろう。
「そっか。明日香さん、ごめんなさい。八つ当たりなんかして・・・」
芙蓉の元義姉は立ち上がると明日香に頭を下げた。
「いいのよ。気にしないで。」
「明日香さん。お礼をさせて。あなたの新しい旦那さん、元夫の薬屋とも取引があるのよね?早めに縁を切った方がいいわ。」
「え?」
「私に言えるのはこれだけ。本当にありがとう。また会えるかどうかは分からないけど、私、私、この恩は・・・あなたのことは絶対に忘れない!」
芙蓉の元義姉はまた泣き出した。
「私は何もしてないわ。あなたが勇気を出して行動したからよ。お礼を言うのはむしろ私の方。出戻って肩身が狭かった私にあなたは普通に接してくれた。そのやさしさにどんなに救われたか。せめてあなたは・・・三輪はどうか幸せになってね。」
明日香の目からも涙が溢れる。
「もう行くわ。実家の兄が迎えに来てくれてるの。最近、実家のある隣町では誘拐事件が多発しているらしいから。じゃあね。」
「あ、待って!これ!」
明日香は懐から取り出したものを三輪の手に押し付ける。
「え!きれい・・・なあにこれ?」
「幸運のお守りよ。私とすずは一度これに助けられたの。三輪にあげる。今度はあなたが幸せになる番だからね。」
「ありがとう。明日香さんとすずちゃんの幸せを祈ってる。」
三輪はそう言うと、振り返ることなく走っていった。
いつかの幼馴染のように・・・
夫とすずの待つ店に帰ろう。
そして・・・夫は20も年下の明日香の話を聞いてくれるだろうか?
だが、夫と娘を守るため明日香も行動しなければならない。
芙蓉の母と同じ過ちはしない。
『私は果たすわ!商人の妻の役目を、娘の母としての役目を』
明日香は決意した。




