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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第6章 望郷編
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カバ族長の策士

 5月のある日、一角獣の馬車が紫竜本家の正門前に降りたった。馬車から降りてきた熊族長のレイラを龍海が出迎える。

レイラが単身、竜の巣にきたのはカバ族長の尋問に立ち会うためだ。

 ヌーから手に入れた龍雲のカバ妻の診断書を紫竜に売りつける条件の1つとしてレイラから要求したのだ。カバ族長が雄ワシにカバ妻を誘拐させたと聞いて、熊領から竜色の娘がワシに誘拐された件にカバ族長が関わっているのかどうかを問いただしたいと思っていたので、紫竜を利用することにしたのだ。


「お待ちしておりました。熊族長殿」龍海に案内された部屋で、営業スマイルを張り付けた紫竜族長が待っていた。


『なんともまあ露骨な作り笑顔だこと。機嫌が悪いのがバレバレ』


レイラは呆れと恐怖を半々に感じながらも、作り笑顔で軽く頭を下げた。熊族長の矜持にかけて怯えた顔など見せるわけにはいかない。

「カバは隣の部屋です。」

紫竜族長に続いて隣の部屋に入ると、そこは窓がなく、絨毯も壁紙もないむき出しの石造りの部屋だ。老カバの獣人が壁に埋め込まれた鎖に繋がれている。


 カバ族に潜入させている熊族の間者によれば、5日前、龍雲と龍景が紫竜族長の使者としてカバ族本家を訪問し、龍景が本家に雷を落としたらしい。

理由はもちろん、龍景の元妻カバの誘拐を隠していたことと、龍雲の後妻カバがヌー領から誘拐された上、不妊だったからだ。

龍景たちはカバ族に対し、落とし前として、

①龍雲が支払った結納金の倍返し

②カバ族長と後妻カバの処分を紫竜に委ね、カバ族長を生きたまま紫竜に引き渡すこと

を要求し、直ちに応じればカバ族とは絶縁で済ませてやると脅したそうだ。


 カバ族長は反発したそうだが、龍景の雷にビビったカバ族長の側近たちはその場で結託してカバ族長を捕らえ、カバ族の責任で紫竜本家までカバ族長を生きたまま届けると約束したらしい。

そして、昨日、カバ族長は紫竜本家に届けられたとのことで、今朝、熊族本家に紫竜の馬車がレイラを迎えに来たのだ。


「おい!」

紫竜族長の怒気を含んだ声に老カバは怯えて震えている。

見たところ両足を折られている以外には拷問の跡はない。紫竜にしては随分手ぬるいが・・・これから族長自らするのかしら?

「お前が雄ワシに命じてヌー領から娘を誘拐させたのか?」

やはり紫竜族長自らやるようだ。

「は、はい・・・」

カバは怯えた顔で震えながら答える。

「なんでそんなことをした?」

「へ?いや、紫竜のご希望だったではありませんか。」

「うちはお前の娘との縁談を要求したが、ヌーとまだ離婚してない娘を無理矢理拐うことは求めてねぇよ。それに娘は龍雲との再婚を知らされないまま、こちらに引き渡されたと言っているが事実か?」

「え?はい。し、紫竜との縁談を知らせたところで嫌がるに決まっていますから。ヌーとの離婚をやっぱり止めると言われても困りますし、ヌーが手切れ金を要求してくるのも面倒ですので、ワシに拐わせました。何か問題でも?」


『はああ!?』


レイラは信じられない。

『このカバは何を言ってんの?他ならぬ紫竜との縁談なのよ!ヌーときちんと別れさせて、娘に龍雲との再婚を承諾させてから嫁がせないと!』

案の定、紫竜族長は激怒している。


「うちに嫁ぐ覚悟もねぇ娘なんか花嫁として何の価値もねぇよ!しかも娘がもう子を孕めない身体だと知ってたんだろう!?なんでこちらに知らせなかった?」

「え?え?不妊の妻など紫竜には沢山いるではありませんか。紫竜がお望みなのは族長娘との縁談でしょう?龍雲殿が子をお望みになるなら、側室を作ればよいではありませんか?先代の紫竜族長のように」


『ひえ!』


レイラは今度こそ作り笑顔が壊れ、恐怖で身体が震え出してしまった。

この状況で紫竜族長に喧嘩を売ってんの?

紫竜族長の怒気が恐ろしくて仕方ない。


と、龍海が無言でレイラの後ろに椅子を持ってきた。

レイラは感謝しながら座る。恐怖で腰が抜けて床に座り込む三秒前だった。


 龍海は紫竜族長を宥め始めた。

老カバは、紫竜族長の怒気で気絶したようだ。

紫竜族長は舌打ちすると恐ろしい顔のまま部屋を出ていった。

「申し訳ございません。族長が戻りましたら、カバをたたき起こして再開しますので、しばしこちらでお待ちください。今、飲み物を持ってこさせます。」


龍海がレイラに話しかける。

レイラは無言で頷いた。

まだ恐怖で身体が震えている。

紫竜の恐ろしさを改めて実感していた。


 20分ほどして紫竜族長が戻ってきた。怒気はおさまっているが、顔は恐ろしいままだ。

龍海が雷をカバの左腕に落とした。カバの悲鳴とともに肉の焦げた臭いが漂ってくる。


「おい!」

「あああ!痛い!なんで?」

痛みで目を覚ましたカバは大声をあげる。


「うるせえ!次は右腕だ。龍景の元妻カバをワシに拐わせたのもお前か?」


紫竜族長はカバを睨み付けながら尋ねる。

「は?え?違います!私は何も!うちのワシでもありません!」


カバの答えを聞いて、族長と龍海は顔を見合わせている。

どうやら、嘘ではないらしい。


「お前のとこのワシは今どこにいる?」

「わ、分かりません。3月に2匹とも退職して出ていきました。ですが、この2匹はキララの誘拐とは無関係です!あの日、2匹とも別の場所で働いていたことを確認しています!」

「・・・」


族長と龍海はまた顔を見合わせている。

これも嘘ではないらしい。


「おい!」

「ひ!ほ、本当でございます!」


「お前にクーデターを唆したのはどいつだ?」


「へ?」

カバは予想外の質問だったのか、ポカンとした顔になる。

だが、レイラは全く同じ質問をしようと考えていた。


このカバはどう考えても族長の器ではない。

クーデターで実権を握って、縁談によって紫竜の後ろ楯を得ようとした割には、紫竜のことを知らなさすぎる。というか常識すら知らないバカだ。

先代のカバ族長は暗君ではなかった。普通に考えれば、こんな老カバのクーデターが成功するわけがない。


「えっと、その・・・」

「龍海、右腕をやれ!」

「ま、待ってください!言います!熊族です!」

「はあ!?」

レイラは驚きのあまり立ち上がった。


「ふざけんな!嘘も大概にしやがれ!」


レイラは怒りと恐怖で素が出た。


「・・・なんて名前の熊だ?」

紫竜族長はレイラを無視して質問を続ける。

「ほ、本名は知りません。策士と名乗る雄熊です。」

「どこで知り合った?」

「さ、昨年の秋に取引相手が連れてきたのです。し、紫竜のことに詳しい熊で、役にたつからと。そ、その熊の言う通りにしていたら、反族長派が私を頼りにして集まってきて、く、クーデターが成功したのです。」


「その熊はどこにいる?」


「わ、分かりません。む、娘をそちらに嫁がせた翌日から行方不明です。ほ、本当です!」

「その熊はお前になんと言ってクーデターを成功させたんだ?」

「え?えーと、し、紫竜をクビになったワシを探して雇え、族長後継のクララを暗殺して、紫竜に嫁いだ姉のキララの返還を求めろと。

反族長派たちはなぜかキララ返還に賛同して、先代族長はその声を無視できなくなって紫竜に返還を求めました。その結果、あんなバカ娘のために多額の賠償金を支払うのかと族長派の中から反発する声が大きくなってきて・・・熊がそいつらとの密談をした翌日に、き、気づいたらクーデターが起きていて、わ、私は気づいたら新しい族長に祭り上げられていたのです。」


レイラは開いた口が塞がらない。

期待をこめて紫竜の2人を見たが、族長も龍海も呆れた顔をしている。

どうやら・・・このカバは嘘をついてないらしい。


熊1人の介入でカバ族のクーデターが成功した?

嘘でしょう?

そんな優秀な策士がいるなら、私が側近に欲しいわ!

というか私が知らないはずがない!


「熊族長、その雄熊に心当たりは?」

紫竜族長がレイラに尋ねる。

「残念ながらありません。だ、誰の紹介なのですか?」

「答えろ!」紫竜族長がカバを睨む。

「じ、人族です!」

「はあ!?」レイラと紫竜族長の声が重なった。

「な、なんで人族が熊を?」レイラと紫竜族長は同時に尋ねる。

「く、詳しいことは・・・そ、その熊は優秀なのに熊族の政争に負けて殺されそうになったところを逃げてきたと。熊を雇って、匿ってくれるなら人族の商品を安く売ると言われて、さ、最初はそれにつられて熊を雇ったのです。で、でも確かに有能な熊で・・・」

レイラは真っ青になった。


「ま、まさか・・・カリナの兄?」


レイラの呟きに紫竜族長と龍海ははっとした顔になる。

「おい!その熊はなんで紫竜(うち)に詳しいんだ?」紫竜族長がカバに尋ねる。

「え?確か、実妹が紫竜に嫁いでいると。だから、うちの娘と紫竜の縁談をうまく進められると言ってました。」

「・・・」

レイラは紫竜族長と龍海と顔を見合わせた。


と、とんでもない情報が出てきた!


「おい!その人族はどこにいる?」

「え?どこ?し、鹿領の向こうにある人族町の商人らしいです。キララが誘拐された後、うちで内紛が始まったせいでしばらく来ておりませんが・・・」


「ちっ!」


レイラと紫竜族長は同時に舌打ちした。

紫竜も熊族も鹿族とは絶縁しているため、その人族町に行くことができない。


「カリナの兄はもしやその人族町に?」

「その可能性は十分あるな。」

龍海の問いに紫竜族長は不愉快そうな顔で答える。

レイラは頭を抱えていた。


『またうちが巻き込まれてる!なにしてくれてんのよーあのくそ雄熊(おとこ)!』


「おい!ほかにその人族の情報はないのか?名前は?」

「え?人族の名前?え~と、えと・・・あ!策士はスミレと呼んでいました。あ、あと、その人族の顔には火傷の跡があって変な色になってました。」

「スミレ?もしや雌か?」

「え?はい、雌の人族です。た、確かカイホグン?とかいう店をやっていると」


「カイホウグンか!?」


紫竜族長と龍海は同時に大声をあげて驚いている。



レイラは何のことか分からないが、後で調べればいい。それよりも・・・

「あんた、我が熊領での誘拐について何か知ってる?」レイラはカバに尋ねる。

「え?熊領?誘拐・・・」

「そう、雌の子熊が誘拐されたのよ!ワシに!」

「誘拐というか・・・その策士が熊領に置いてきた娘を取り戻したいからと言って、うちのワシに連れてこさせてましたね。」

「はあ!?」

レイラは驚きのあまり大声が出た。


「娘!?あいつに娘なんていないわよ!」


「え?いや、あの熊は自分の娘だと。」

「このカバは嘘は言ってないぞ。」

紫竜族長が口を挟む。

「その子熊の名前は?どんな熊だったか何か覚えてないか?」

龍海が尋ねる。

「な、名前?えーと、シーなんとかって、どんな熊?2メートルもない子熊で、えーと、あ、黄色の宝石がついた星形のペンダントをしてました。子どものくせに」


「シーラン!?」


レイラはまた大声が出た。

「嘘でしょ!?カリナの兄が竜色の娘を拐わせたの!?なんで?」

「あ!それです!シーラン!策士はそう呼んでました!」

カバははっとした顔でそう言った。

「その子熊はどこにいるの?」

「え?知りません。策士がワシに指示してどこかに運ばせてました。内紛中のカバ領は危ないからと。」

紫竜族長と龍海の顔が険しくなる。


「そのシーランって子熊は何か言ってなかったか?」

「いえ、ワシが連れてきた時には気絶してました。」

「嘘はついてないな。」


紫竜族長はそう言ってため息をついた。


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