芙蓉の嘆き
翌朝、宿で妻子と朝ご飯を食べてから、宿の近くにある広場?のようなところに散歩に出てきた。
一面雪が積もって何もないのに、子どもたちは大はしゃぎで雪で遊んでいる。今年2歳になる龍風も兄たちと一緒に走り回っている。
昨晩、怯えさせてしまった妻は笑顔で子どもたちと遊んでいるが、龍希はまだ自己嫌悪に陥っていた。
最愛の妻に一瞬とはいえ怒気を向けてしまうなんて!
一族の奴らだって怯えるのにあんなか弱い獣人の妻に・・・あ、獣人扱いしたら怒られる。
あの後、必死で謝って慰めたが、妻の震えはなかなかおさまらず・・・
あ~嫌われたらどうしよう!?
また夫扱いしてもらえなくなったら?
そうなったらもう立ち直れない~
「ママ~みてー」
龍陽は朝から元気だなぁ。
「まあ!すご~い!お花を描いてくれたの?」
妻の嬉しそうな声に龍希はそちらを向いた。
平らな雪の上に息子は桜の花を描いたようだ。
「これみてげんきだしてーぼくがママのそばにいるからね」
「ありがとう、龍陽。大好きよ。」
「ぼくも!だーいすき!」
妻は本物の笑顔で息子を抱き締めている。
うらやまし!
俺には作り笑顔ばっかりなのに~
「ん?」
龍希が匂いに気づくのとほぼ同時に3人の子どもたちにも緊張が走る。
「芙蓉!」
「ママ!」
「え?」
龍希はすぐに妻の元に駆け寄って肩を抱いた。
妻の足元に子どもたちは集まり、龍希と同じ方向を睨む。
『嘘だろ?気づかれたのか?』隊長は焦った。
20分ほど前、見張りの交代に向かった隊員から獣人の宿の近くで人の子の声がするとの報告を受け、見張りと留守番以外の隊員を連れて様子を見にきた。
高価な着物を着た若い夫婦と3人の子ども・・・探していた長女家族に違いない。
長女の子は小学生の息子1人と聞いていたが、おおかた下の2人は夫が妾か何かに産ませた子だろう。奴隷売買で儲けた商人たちにはよくあることだ。
子どもに罪はないが赤子まで一族皆殺しにせよとの命令だ。
逃げられないように広場を取り囲んでから行動に移すつもりだったが、どういうわけか夫に気づかれたようだ。妻に駆け寄ると俺の方を真っ直ぐに見ている。
仕方ない。
隊長は立ち上がって広場に向かって歩いていった。
妻は隊長を見て驚いた顔になったが、夫の方は顔色を変えずに睨んでいる。
度胸だけはあるようだ。
「おい!お前が水洞町の商人の長女だな?」隊長は妻の方を睨みながら尋ねる。
「は?何いってんだ?お前?」
夫はたいした役者だ。だが、妻の方は隊長の言葉を聞いて驚いた顔で夫と隊長を交互に見た。
やはりこいつが探していた長女で間違いない。
「ふん!子どもも一緒に皆殺しだ!」隊長がそう言うと、7人の隊員たちが一斉に立ち上がり、円形になって若い夫婦にジリジリと近づいていく。
妻の方は怯えた顔をしているが、夫は顔色を変えることなく隊長を睨んでいる。
「お前、熊とカバと・・・リュウケイの匂いがするな。ワシの誘拐犯の仲間か?」
「は?」
夫の言葉に隊長は驚いた。
なんでこいつが獣人たちのことを知ってる?
だが、ワシの誘拐犯?
リュウケイって何だ?
「お前たち、生け捕りにしろ!」
「は?誰に言って・・・」
きゃああ!
う、うわあああ
隊員たちの悲鳴が方々から聞こえた。
隊長が驚いて悲鳴がする方を見ると、
ヒョウの獣人!?
オラウータンの獣人に黒猫の獣人も?
なんでこんなところに?
一体どこから?
隊長は隊員の1人に襲いかかっているオラウータンの獣人に銃を向けて撃とうとしたのだが、
何かが近づいてくる音が・・・
「う、うわ!」飛んできたフクロウの獣人にふき飛ばされた。
「ご苦労。」龍希が声をかけると、4人の執事と2人の侍女は龍希に向かって頭を下げた。
8匹の人族たちは足や腕の骨を折られて気絶したり、呻きながら雪の上に転がっている。
「芙蓉、もう大丈夫だぞ。」龍希は腕の中で震えている妻に優しく話しかけたのだが、
「うっうっ」妻は真っ青な顔で泣いている。
「どうした?怖かったか?あ、ごめんな。ここでは殺せないんだ。でもこいつらは後で確実に殺すから機嫌をな・・・」
「パパ!」龍陽が怒った声で龍希を遮る。
「なんだ?今、芙蓉を慰めて・・・」
「ママなかせないで!」
「はあ?俺は慰めてんだ。」
龍希はそう言って龍陽を睨んだのだが、
「ママ!ママはわるくないよ!なかないで!」
龍陽は龍希の睨みを無視して心配そうに妻に話しかける。
「は?」
何いってんだ?息子は?
芙蓉が悪くないなんて当たり前・・・
「ご、ごめんね。」妻が泣きながら小さな声で謝る。
なんで?
「芙蓉?どうした?」
「わ、私のせいで、子どもたちまで命を狙われて・・・私が、私が悪いの」
妻は崩れ落ちるように地面に跪くと大声で泣き始めた。
「え?どした?」
龍希はパニックだ。
~タンチョウの宿 離れの客間~
「芙蓉ちゃんは無事?」
サーモに呼びに行かせた竜湖がようやくやってきた。
龍景と龍兎もいる。
「伯母様!芙蓉はまだ泣いてて・・・でも理由を教えてくれないんですよ!」
龍希は落ち込んでいた。
温かい宿に戻っても妻は泣き続け、食べ物も飲み物も拒否で・・・龍希はなんとか慰めたいのに、邪魔だと侍女たちと子どもたちに部屋から追い出されたのだ。
泣いている妻から離れたくないが、昨晩怯えさせてしまったばかりなので、渋々隣の部屋に移ったが、妻が落ち着く様子はない。
「サーモから聞いたわ。まさか本当に子どもたちまで狙うなんて!芙蓉ちゃんは悪くないのに自分を責めてしまうんでしょうね。」
「へ?どういうことです?」
龍希は訳がわからない
のに、竜湖だけでなく龍景と龍兎まで呆れた顔で見てきた。
「嘘でしょ?人族たちは、芙蓉ちゃんがあんたの子を産んだと知って殺しにきたんじゃないの?」
「え?そうなの?」
竜湖の質問に龍希は目をぱちくりさせる。
「え?サーモからそう聞いてるけど。そうじゃなきゃ、子どもたちの命まで人族が狙う理由がないでしょ?」
「あ、そっか。」
龍希はやっと理解した。
のだが、
「ん?それでなんで芙蓉が泣くんです?」
「はあ?芙蓉ちゃんはそういう性格じゃない!あんた本当に分かってないわね~
もう!芙蓉ちゃんを慰めるのは龍陽たちに任せときなさい!」竜湖は怒り出した。
「え?性格?」
「龍景、龍兎。執事たちが見張ってる人族たちを連れて帰るわよ!」竜湖は龍希を無視して指示を出す。
「はい!」龍景と龍兎はもう一度呆れた顔で龍希を見ると、部屋を出ていった。




