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第1話:それより護衛って何?

 俺は、どこにでもいる高校一年生だ。


 成績は中の上。運動は普通。顔もたぶん普通。少なくとも、入学初日から女子に囲まれたり、廊下を歩くだけで振り返られたりするような人間ではない。


 友達は少ない。


 正確には、まだ高校で友達と呼べるやつがいない。


 入学式を終えたばかりなのだから仕方がない。そう自分に言い聞かせているが、中学の頃も似たようなものだった。


 話しかけられれば返す。班を作れと言われれば、近くにいる余ったやつと組む。昼休みはスマホを見て、放課後になればさっさと帰る。


 ただの量産型陰キャ。


 それが俺、小鳥遊(たかなし)(はやと)である。


 名字は珍しいが、俺はいたって普通だ。


 だから昨日の出来事も、家に帰ってから考え直せば、何かの間違いだったのだと思えた。


 首席入学。


 男子からも女子からも注目を集め、入学初日だけですでに何人もの男子を振ったらしい高嶺の花。


 その神代が、俺を護衛すると言い出した。


 寝て起きれば、全部なかったことになっている。


 そう思って教室へ向かった俺は、入口の前で足を止めた。


「おはようございます、小鳥遊さん」


 神代がいた。


 教室の扉の横に立ち、登校してくる生徒を一人ずつ確認している。廊下の邪魔にならないよう端に寄っているあたり、最低限の常識はあるらしい。


 ただし、首席入学の美少女が教室前で仁王立ちしている時点で、十分おかしかった。


「……なんでいるんですか」


「護衛です」


 なかったことにはなっていなかった。


「昨日、普通にしてくださいって言いましたよね」


「はい」


「これは普通なんですか」


「教室の中で待つと目立つと思ったので、外にしました」


「発想が一歩しか進んでないんですよ」


 神代は納得していない顔をしていたが、反論はしなかった。


 俺が教室へ入ると、当然のようについてくる。


「外で待つんじゃなかったんですか」


「護衛対象が移動したので」


「俺に合わせて待機場所まで移動しないでください」


 朝の教室には、すでに半分くらいの生徒が集まっていた。


 神代が入ってきたこと自体は珍しくない。同じクラスなのだから当然だ。


 問題は、俺の後ろをぴったりついて歩いていることだった。


 何人かと目が合った。


 全員、気まずそうに逸らした。


 俺も逸らした。


 たぶん誰も悪くない。


 自分の席へ着いて鞄を下ろす。神代も止まった。


「神代さんの席、あっちですよね」


「分かっています」


「じゃあ、なんで俺の後ろに立ってるんですか」


「背後を確認しています」


「誰もいませんけど」


「今は」


「その言い方やめてもらえます?」


 俺の後ろには窓があるだけだ。二階なので、外から誰かが飛び込んでくる可能性も低い。


 低いというか、普通はない。


 神代は窓の鍵を確認し、カーテンの裏まで覗き込んだ。


「異常ありません」


「あるとしたら神代さんの行動です」


「私は正常です」


「正常な人は登校二日目にクラスメイトのカーテンを調べません」


 前の席の男子が笑いをこらえるように肩を震わせていた。


 気持ちは分かる。俺もそっちの席に座って笑いたかった。


「それより護衛って何ですか」


 昨日から何度も聞いているのに、まともな答えをもらっていない。


「護衛は護衛です」


「同じ言葉を二回使って説明した気にならないでください」


「危険がないように守ることです」


「辞書の意味を聞いてるんじゃないです。俺が何から守られてるのかを聞いてるんです」


「分かりません」


「分からないんですか?」


「何が起こるか事前に分かっていれば、護衛は必要ありません」


「いや、必要な場合もあるでしょうけど」


 妙なところで理屈っぽい。


「俺、誰かに狙われてるんですか」


「確認されていません」


「事件に巻き込まれてるとか」


「今のところは」


「その『今のところ』が怖いんですよ」


「安心してください。何かあっても私がいます」


「何もないようにする話だったのでは?」


 神代は少し考えたあと、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。


「昨日、必要なことをまとめました」


「何をですか」


 見せられた画面には、メモが開かれていた。


 見出しは『対象護衛時の注意事項』。


 本気で作っている。


「まず、登下校は同行します」


「嫌です」


「校内では、なるべく単独で行動しないでください」


「無理です」


「人の多い場所では、私から離れないように」


「もっと無理です」


「緊急時には私の指示に従ってください」


「全部却下で」


 神代が画面から顔を上げた。


「どうしてですか」


「俺の自由が一切ないからです」


「安全には代えられません」


「そもそも危険が確認されてないでしょう」


「確認されてからでは遅いです」


 ここまで堂々と言われると、俺のほうが間違っている気がしてくる。


 いや、間違っていない。


「連絡先も必要です」


「それも嫌です」


「緊急時に連絡できません」


「どんな緊急事態を想定してるんですか」


「遅刻」


「寝坊です」


「体調不良」


「学校に連絡します」


「不審者」


「警察に通報してください」


「雨」


「それは天気です」


 神代の指が止まった。


 昨日も聞いた。


 雨の日。


「……雨の日は、特に気をつけてください」


「何をですか」


「全部です」


「また全部」


 具体的な説明を避けるとき、神代は必ず範囲を広げる。


「神代さん。昨日、昔助けてもらったって言ってましたよね」


「はい」


「それと雨の日に関係があるんですか」


「あります」


「何があったんです?」


「まだ言いません」


「なんでですか」


「自分で思い出してほしいので」


「そんな宿題みたいに言われても」


 小学生の頃まで遡れば、神代と同じ学校だった可能性はある。


 途中で隣町へ引っ越したため、中学は別だった。ただ、小学校時代の同級生を全員覚えているかと聞かれれば、正直かなり怪しい。


 とはいえ、神代ほど目立つ女子なら覚えていそうなものだ。


 今とは雰囲気が違ったのか。


 それとも、俺が人の顔を覚えていなさすぎるのか。


「今日一日、私と行動すれば思い出すかもしれません」


「それは関係ないでしょう」


「試してみないと分かりません」


「護衛したいだけですよね」


「はい」


「認めるんだ」


 始業前のチャイムが鳴った。


 神代はスマートフォンをしまい、ようやく自分の席へ戻ろうとする。


「授業中は護衛しなくていいんですか」


「先生がいるので、危険度は低いです」


「先生を何だと思ってるんですか」


「責任者です」


 間違ってはいない。


 神代は数歩進んだところで振り返った。


「休み時間になったら迎えに来ます」


「来なくていいです」


「では、見えるところにいます」


「もっと嫌です」


 今度こそ神代は自分の席へ戻っていった。


 ようやく解放されたと思い、机の中から教科書を取り出す。


 そのとき、前の席の男子が振り向いた。


「小鳥遊、お前、神代さんとどういう関係?」


「俺が聞きたい」


「昨日、告白したやつ全員振られたって聞いたけど」


「お、俺は告白してないぞ」


「なのに護衛?されてんの?」


「だから理由(わけ)は俺が聞きたいんだって」


 男子はしばらく俺の顔を見たあと、神代のほうを見た。


 俺もつられて見る。


 神代は何事もなかったように教科書を開いていた。


 こちらには目も向けていない。


「……なんか、お前めっちゃ見られてない?」


「どこが?」


 前の男子が、神代のほうを見た。


「神代さんだっけ。教科書、逆さまだぞ」


 前の男子は、笑いをこらえきれない様子で言った。


 よく見ると、本当に逆だった。そんな漫画みたいなことあるかよ。


 俺と目が合うと、神代は何事もなかったように教科書を回転させた。


 見なかったことにしておこう。

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