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エナは小さくため息をつき、目の前の瓶をつついた。
少し大きめの瓶に入ったシロップは漬けられた果物の色に染まって綺麗なロゼ色をしていた。
漬けられているのは、十字の筋が入った艶やかな赤い果物。スタープラム。
「なんで生で食わせたし」
かつての舌を抉るような強烈な酸味をエナは忘れていない。
あのとてもじゃないが食べるには不向きだと思っていた果物はシロップ漬けにすれば酸味がまろやかに甘味に溶けて非常に食べやすい果物になるのだとは後々に知ったことだ。
ジャムやコンポート、ブランデー漬けなどにしても後を引くほどに程よい甘さとなって、そればかりか栄養も豊富で実は女性に人気の果物なんだそうだ。
それを聞くとますますあの時の強烈な酸味にちょっとした不満が募る。
「何故って……あれは紛れもなく嫌がらせだったな」
「求愛で嫌がらせとか何考えてるん、レオニス様」
「あの時も言ったが、俺はあの時腹が立っていたからな」
あっさりと告げるレオニスにエナは白々とした目を向ける。
レオニスはエナの手からスタープラムのシロップ漬けの瓶を取り上げ、そのシロップで水割りを作る。
スタープラムのシロップが溶けた水は爽やかなロゼ色に変わる。
そしてそのグラスをエナに差し出した。
「甘えもあったんだ。俺の話を聞いて、食べる君ならばそのくらいで拒否などしないと」
「でもそれが今ヘソ曲げさせてるんですよ。後々に禍根を残すの良くないと思うんですよねえ」
レオニスに差し出されたグラスを受け取り、エナはひと口する。
爽やかな甘味と酸味のバランスが調和した水割りは、今のところエナのお気に入りの飲み物だ。
「それに関しては悪かった、と許しを乞うことしかできないな。そこまで気に入ったか、これが」
「気に入ってしまいました。悔しいことに」
エナの言葉にレオニスは苦笑をし、もうひとつ同じ水割りを作ってエナの傍らで口をつける。
それから窓の外を見て目元を緩める。
美しく整えたベルトゥリー伯爵邸の庭で草花を手入れしているのはルルだ。
以前の病気のせいで青白く小さかった少女は今やすっかり健康になった。
車椅子も杖も要らずに外を自由に駆け回ることのできるようになった彼女が今執心しているのは薬草やハーブのこと。
将来医者になるのだと懸命に勉強に励み、ベルトゥリー伯爵領にできた医学校の入学を目指している。
と、二人が部屋から自分を見ていることに気がついたのだろう。
ルルがくるりと振り返って手を振った。
そんなルルに手を振り返していると、ルルにひとりの少年が花冠を手にして駆け寄った。
ルルよりもずっと幼いその少年は、小さなその手で不器用に編んだのだろう。ぐちゃぐちゃの花冠を誇らしげにルルに見せつけて、彼女の頭に乗せようと懸命に背伸びをしている。
そんな少年の様子にルルは微笑ましげににっこりと笑って、恭しく跪いた。
その様子に少年も冠を授ける王の振りをして、その頭に花冠をかける。
とても仲良しな二人の子供の姿にエナは口元を綻ばせ、レオニスも優しく見守っている。
「一時期、ルルちゃんが赤ちゃん返りしてしまった時はどうなるかと思いましたけれど」
ふとエナがそう口を開く。
「ユージンと仲良くなってくれて良かった」
「ああ」
エナの言葉にレオニスがそう頷く。
亜麻色の髪に、レオニスそっくりの面差し。
少年ーーユージンは二人の間に生まれたベルトゥリー伯爵家の跡取り息子だ。
彼が生まれた時、一番荒れたのがルルだった。
病が治りかけの時期に薬を拒否したり、仮病を使ったり、とにかく我儘を喚いたり。
妊娠中には特に問題行動はなかったから、二人して驚いたし、とかく手を焼いた。
それでも周りの手を借りながら根気強く向き合って、乗り越えることができた。
「今度はユージンが暴れる番かもしれないな」
「そうなったら大変だなあ」
レオニスの言葉にエナは苦笑をして自分の胎にそっと手を当てた。
そこはずいぶんと大きく膨れ、手を当てるとうっすらと鼓動を感じる。
今、ここにはレオニスとの間にできた二人目の命が宿っている。
「そうなっても何とかなるだろう」
そっと自分の胎に手を当てるエナの手の上からレオニスの手が重なった。
エナがレオニスを振り返れば、彼は穏やかに笑んでそっとエナのこめかみにキスをする。
「珍しく楽観的なご意見」
「そうだな。正確には何とかするよ。それが親の責任というものだ」
「頼もしい〜」
「他人事のように言っているが、君の責任でもあるからな」
おどけるエナにレオニスは厳しく告げ、言葉の強さとは裏腹に優しくエナの肩を抱き寄せた。
寄り添うレオニスにエナも体を預け、どことないくすぐったさに微笑んだ。




