07(完)
<side レイチェル>
雲一つない晴れ渡る空の下、その権力を誇示するような豪勢な葬列を見送る。彼の婚約者でなくなった私は彼の葬列に参加することは叶わず、ただ遠くからその葬列を見送っていた。
あの葬列はユリウス様のものだ。
不慮の事故だった。降りしきる雨の中、婚約解消の事を告げに私の元に急ぐ途中、馬車がぬかるんだ道に車輪を取られ、崖から転落しこの世を去ったのだ……。
「レイチェル様」
「……ええ、今行くわ」
婚約を解消されたことで、父は費用の高い精鋭の護衛を解雇し新しく賃金が安い護衛を雇い入れた。その”彼”を伴い、その場をあとにする。
「”ユリウス様”の人生はこれで終わった」
「はい」
「次は私の番ね」
そう言うと彼は優しく微笑んだ。
自宅で遺書を書き、引き出しに入れておいた小瓶を取り出す。小瓶の中身は毒薬だ。私の知識をすべてつぎ込んで作成した渾身の毒薬。これを飲み干せば、私の人生も終わる。ユリウス様のいないこの世界で、レイチェルは生きていく事ができないから。
翌朝「殿下を亡くし、失意の元婚約者はその命を絶った」という記事が、小さく新聞に載る事になるだろう。これがレイチェルの終わり。
化け物であった私が化け物としてではなく、彼の元婚約者としてこの世を去るのだから、前よりは良い結末だったと思う。
たくさんの愛と友人に囲まれ、ユリウス様の愛を余すことなく受け止めてきた。だからこそ、私はユリウス様無しでは生きられないと痛感している。
「愛した人に先立たれる、というのはこのように悲しいものなのですね……」
そう言葉にして私は毒薬を飲み干した。
◆
「レイチェル!!!」
その声に目を開ければ護衛の”彼”が心配そうに私を覗き込んでいた。
「……どうにも慣れませんね、そのお顔は」
「よかった、意識ははっきりしているね?」
「はい。よく眠りました」
「また失ったのかと思うぐらいにはぐっすりだったよ」
「それはご心配をおかけして申し訳ありません」
「目覚めると分かっていても、冷たい骸の君を知っているとどうにも落ち着かなかったよ。さ、動けるかい?動けなければ抱き上げてあげるよ」
「問題なく動けます」
「なんだ、残念」
そうして私に手を差し出した護衛の”彼”こそ、私の王子様であるユリウス様だ。
婚約が白紙となった際、ユリウス様は王子という身分だけではなく、国を捨てる選択をし、私と駆け落ちする計画を立てた。
ただ国から出て逃げただけでは、外交に影響があるということで死を偽装することになり、私は知識と魔力を総動員して準備を整えてきた。ユリウス様の事故、彼の棺の中に眠る”人形”、護衛姿のユリウス様も、すべて私の魔法と魔道具によるものだ。
そして、私が飲んだ毒薬も私の魔法や魔石の技術を応用し、仮死状態となる物を作成した。自害した娘に関して両親が大騒ぎするわけがないと思っていたが、案の定、私は葬儀も開かれず、墓も立てられず隠されるように森に埋められ、それを掘り起こしてくれたのがユリウス様だった。
二人の死の偽装はうまくいったが、国を出るまでは油断できない。自身にも姿を変える魔法をかけて、容姿を男性に変えればユリウス様は面白そうに笑った。
「どことなく僕に似てるのは気のせい?」
「私の想像力の問題です……」
「ふふ、そっか。さ、行こう」
最初に行く国は決めていた。
魔獣が多く生息し、それを討伐するための冒険者を装えばなんの問題もなく入国できる国。そこで冒険者として身を立て、二人で暮らしていく。
私の魔力と魔法さえあれば稼ぎなんてどうとでもなるけれど、ユリウス様がそれを良しとしなかったため、相談した結果、冒険者を選ぶ事にした。
「後悔はありませんか」
国境を越えようとするユリウス様にそう声をかけると手を差し出された。
「君を失った以上の後悔は僕にはないよ。レイチェルは?」
「全てを捨てでも私はあなたのお傍にいたいと思っています」
差し出された手に手を重ねれば、ぐっと引っ張られ二人で国境を越えた時、涙がこぼれた。
「レイチェル!?」
「申し訳ありません。化け物と呼ばれた私がこうして普通であれたのはユリウス様のおかげなのだと思ったら……」
「僕だってそうだよ。無能な僕を愛してくれてありがとう」
「私こそ、こんな私を愛してくれた事に感謝しています」
そうしてしばらく街道を歩いたところで、私はお互いの変装を解いた。
「レイチェル」
「はい」
「愛してるよ。次に死んだらまた巡り合えるように、”巡り合い”の道具でも作ってよ」
「違う人生で、違うユリウス様に出会うのも楽しそうですね」
「だろう?君ならそう言ってくれると思った。でも、その前に……」
さびれた教会の中に入り、神へ互いへの愛を誓い、口づけを交わす。
もう二度とこの幸せを奪われないよう、私は強く彼を抱きしめた。
完結までお読みいただきありがとうございました。