第五宙 第一夢 灼紅の双眸
狼子に導かれながら、祁翔は空を飛んでいた。
祁翔は眼下に広がるヘルム大陸の景色を見下ろした。高空から眺めるヘルム大陸には、川や森林、草原が広がっており、その景色はなかなか美しいものだった。祁翔は笑顔を浮かべながら、目の前に広がる景色を眺めていた。
「でも、噩夢蛇の巣って、本当に遠いね。」
祁翔が景色を眺めながらそう言った。
しばらく飛び続けた後、狼子は後方の祁翔に向かって言った。
「もうすぐ着く。あと百メートルくらいだ。そろそろ着陸の準備をしよう。」
祁翔はうなずいた。
「ふぅ、やっと着くんだ。ずいぶん長い間、飛んでいた気がする。」
一行が地上へ降り立つと、祁翔は身体を伸ばしながら言った。
「疲れた……。飛ぶのも、意外と疲れるんだね。」
それを聞いた狼子は、目を細めた。
祁翔が狼子を見ると、その眼差しがまるで笑っているように感じられた。
雁羽は楓葉をそっと地面へ下ろした。
楓葉は左右に身体をぶるぶると震わせた後、身体をぐっと曲げるようにして伸びをした。
陸達は蔚沁の盾を手にし、周囲を警戒していた。一瞬たりとも気を抜くつもりはないようだった。
「ここからは、もう少し歩く必要がある。地図によると、この辺りが一番開けていて、着陸に適しているらしい。」
狼子はそう言うと宙語を唱え、宙之曆を書の形態から宙武の形態へと変化させた。いつでも戦闘に入れるよう準備を整えたのだ。
狼子と祁翔は、これまで通り先頭を歩いていた。
すると遠くに、二体の噩夢蛇らしき姿が見えた。
二人が迎撃しようとした時、ゆっくり近づいて確認すると、それが巨大な噩夢蛇の彫像であることが分かった。
「噩夢蛇に彫像まであるんだ……。それにしても、この彫像、でかすぎない?」
祁翔は驚いた表情で手を伸ばし、彫像に触れた。
そして見上げると、目を大きく見開いた。
まるで本当に生きているかのような噩夢蛇の彫像に、祁翔は圧倒されていた。
突然。
二体の噩夢蛇の彫像の目が、かすかに動いたように見えた。
祁翔は目をこすり、自分の見間違いではないか確認する。
次の瞬間。
二体の噩夢蛇の彫像の目が光を放ち、まるで命を宿したかのように、ゆっくりと動き始めた。
二体は身体を左右に揺らした。
「う、動いた……?」
祁翔は何歩も後ろへ下がった。
「早く宙語を唱えろ! 戦闘だ!」
狼子は湛滅の剣を手にし、焦った様子で祁翔へ大声を上げた。
祁翔は狼子の声を聞くと、すぐに宙語を唱えた。
宙之曆が紫色の光を放つ。
祁翔も宙之曆を書の形態から宙武の形態へと変化させた。
雁羽と陸達も宙武を手に取り、四人は全神経を集中させて戦闘に備えた。
噩夢蛇が先に動いた。
二体は祁翔たちに向かって猛スピードで突進してきた。どうやら、そのまま体当たりを仕掛けるつもりらしい。
祁翔と狼子は素早く空へ飛び上がり、攻撃を回避した。
「気をつけて、陸達!」
空へ飛び上がった祁翔が、陸達たちへ叫んだ。
陸達はうなずき、祁翔に心配はいらないと伝えた。
突然、噩夢蛇が漆黒の濃霧を吐き出した。
一瞬にして周囲は闇に包まれる。
噩夢蛇が濃霧を吐き出した瞬間、狼子はその隙を逃さなかった。
宙語を唱える。
次の瞬間、周囲に氷晶が瞬時に形成された。
攻撃を受けた噩夢蛇は徐々に動きを止め、ゆっくりと凍りついていった。
祁翔も宙語を唱えた。
強力な紫靈砲を一発放つ。
その瞬間、漆黒の濃霧は徐々に消えていった。
濃霧が完全に晴れた時、祁翔たちの目の前に現れたのは――。
狼子の氷結を解除した二体の噩夢蛇だった。
それを見た狼子は、思わず目を見開いた。
「まさか……。」
狼子が何が起きたのか考えている間にも、噩夢蛇たちは次の攻撃を開始した。
二体の噩夢蛇は再び濃霧を吐きながら、祁翔へ向かって突進してきた。
攻撃が祁翔に届こうとしたその瞬間。
狼子が再び宙語を唱えた。
再び二体の動きをわずかに凍結させる。
祁翔も続けて数発の紫靈砲を放った。
しかし、ほとんど効果がなかった。
祁翔は心の中で思った。
――どうやら、かなり厄介な夢怪らしい。
しばらく戦闘を続けるうち、祁翔たちは気づいた。
噩夢蛇の彫像には、氷属性への耐性があるのだ。
危機が迫ったその時。
空中から飛来した一人の人物が、宙語を唱えた。
「夢よ――鮮紅の血は、救済の息吹を流し出す。
殺戮は救いのためにあり、幻影の中で道を見失った者たちよ。」
宙語を唱え終えたその人物は、炎をまとった矢を放った。
赤い髪を持つ、謎の夢宙者だった。
祁翔が見上げると、赤い光を放つ矢が二つに分かれた。
そして一瞬のうちに、二体の噩夢蛇の頭部を同時に撃ち抜いた。
噩夢蛇は一瞬で炎に包まれ、霧となって消えていった。
祁翔は驚き、心の中で思った。
――誰だ?
「すごい……。矢を一発撃っただけで、二体の噩夢蛇を倒した。」
祁翔は思わず口にした。
狼子も、目の前で倒された噩夢蛇を見ながら、祁翔と同じことを考えていた。
祁翔は後ろを振り返った。
しかし、誰もいない。
祁翔は考えた。
――矢は、空から放たれた。声も同じだ。
祁翔はゆっくりと矢と声が聞こえた方向へ視線を向けた。
そして空を見上げる。
そこには、鮮やかな赤色の弓を持った一人の青年がいた。
その瞳もまた、燃えるような赤い色をしていた。
二体の噩夢蛇の彫像から生まれた霧が、ゆっくりと弓を持つ青年の元へと漂っていく。
「あなたは……?」
祁翔はゆっくりと降下してくる青年を見ながら、困惑した様子で尋ねた。
祁翔と狼子を助けた、赤い瞳の青年は一言だけ答えた。
「たまたまだ。」
祁翔は、その灼けるように赤い瞳の中に、どこか他の人とは違うものを感じていた。
鋭い鮮紅の双眸の奥に隠された――。
それは、どこか優しさを感じさせるものだった。
「噩夢蛇の彫像には耐寒性がある。次から気をつけろ。」
赤い服を着た青年はそう言うと、再び空へ飛び上がった。
そして、祁翔たちの目の前から格好よく、あっという間に姿を消した。
「彼、どこへ行くんだろう?」
祁翔は青年が消えた方向を見上げながら尋ねた。
狼子は宙之曆を開き、噩夢蛇の表示を確認した。
すると、赤い青年が向かった方向は、残っている噩夢蛇の巣穴の一つと一致していた。
「たぶん、別の噩夢蛇の巣穴へ向かったんだ。」
狼子は宙之曆を確認しながら答えた。
「でも、あの武器は何だったんだろう? ものすごい破壊力だったよね。」
祁翔が好奇心いっぱいに尋ねる。
その問いに、宙之曆が答えた。
「血艶の弓。
嗜血。
付属効果は炎。」
「血艶の弓……。名前からして、すごく格好いいし、めちゃくちゃ強そう。」
祁翔は言った。
「じゃあ、彼は誰なの?」
祁翔は続けて尋ねた。
しかし。
今度は宙之曆から返事がなかった。
「おかしいな。どうして宙之曆は答えてくれないんだろう。でも、あの赤い瞳は本当に鋭かったな……。ちょっと格好よかったかも。」
祁翔がそう言うと、狼子は言った。
「行こう。迷宮に入るぞ。」
狼子は、祁翔が少し憧れのような眼差しを浮かべているのを見て言った。
「うん、今行く! 待ってよ!」
祁翔は狼子と雁羽、陸達たちの後を追いかけた。




