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89 再会

 冒険者で賑わう一階や二階といったフロアとはまるで真逆の地下通路。

 鍛冶職人達の奏でる無機質な金属音が、先ほどまでいた世界とは別世界のような感覚をもたらす。


「装備品工房内にこんなところがあったとはな。なんかワクワクするぜ」


「……この音嫌い」


 ナックルは立ち止まり、自分と正反対の反応をする刺子を威嚇するように横目でジロッと見やったが、刺子はそんなおっさんを無視して歩き続けていた。


 一階は受付フロア、二階~四階はそれぞれ下級職、上級職、最上級職の装備品が展示されている。

 地下一階では鍛冶職人達がオーダーを受けた装備品を懸命に製造している。

 前回来た時よりも金属を叩く音の層が強く、冒険者が増えたことにより職人を増やして急いで対応しているのが垣間見える。


 益夫がいるのは地下二階だ。

 地下二階は特別職専用のフロアで、益夫しかいないという。

 ゆえにこの地下二階の存在すら並の冒険者は知らない。


「ここは地下二階まであるのね。全然知らなかったわ」


「まままま魔物は出ないよね?ねぇ?ねぇーっ!?」


「あんたうるさい!」


 真弓がチェリーの兜を叩くと、その乾いた金属音が通路内に響いた。


 俺とゆうなと刺子は特別職の為ここを訪れたが、他の仲間は一般職であるため、どれだけ望もうが受付に弾かれるのでまずここに来ることは不可能である。

 地下二階へと続く階段を下りるとすぐに、とりわけ質素な扉が目の前に現れた。


「こちらが益夫様がいらっしゃるお部屋です。では私はここで失礼致します」


 案内人が一礼をしてその場から立ち去った。

 静寂の中、ゆうなが扉をノックする。


「益夫さーん、以前お世話になった小笠原ゆうなです!入ってもよろしいでしょうかー?」


 扉の向こうにいる益夫に声をかけた瞬間、扉がガチャッと鳴り少し開いたかと思えば、その隙間から益夫がチラッと顔を覗かせた。


「前回は勝手に入ってきたというのに今日はずいぶんと行儀がよろしいですねぇ、子猫ちゃん」


 ゆうなと目を合わせ囁くように話すと、後方にいる俺達の方へと視線を向けた。

 そして扉を勢い良く開き、右手を前へ払いながら深々と礼をした。


「ようこそ我が工房へ。お待ちしておりましたよ。皆様には少々窮屈かもしれませんがどうぞ中にお入りください。はぁぁぁあいっ!」


 天高く振り上げた拳をキュッと握り、何事も無かったかのように振り返り部屋の奥へと入っていった。

 俺達も後に続きぞろぞろと中へ入る。


「うわぁー、すげぇ! かっけぇ!」


「私のコレクションですよ。せっかく来ていただいたのですから、どうぞ好きに見てください」


 剣児は壁に埋め込まれるように展示された数々の国宝級の装備品に目を輝かせていた。

 剣児だけではない、以前この部屋に入ったことのある俺とゆうなと刺子以外の仲間は例外なくこの光景に目を奪われていた。


「師匠、これ一つで一生好きなもんが食えるでやんすよ! あー! これは本でしか見たことがねぇ鎧でやんす! やんすすぎるでやんす! あー、マジでこれやんすの塊でっせ!」


 いつも冷静な銀次でさえもキャラ崩壊するほど興奮を隠しきれないでいた。

 もう「やんす」という言葉を本人ですらいじっている。


 皆の高ぶりを半分呆れたように見守るゆうなも最初は皆と同じ反応だった。

 刺子はあまり感情を出さないので反応が薄かったのは覚えているが、それでも視線があちこちにいっていたので内心関心はあっただろうと推測される。


 前回装備を新調した時は、益夫が「はぁぁぁあい」の連発により急に体調を崩し、残された俺達は見飽きるほどこの国宝級の装備品を見ていたから今更驚きはない。

 俺は時間をかけてじっくり見たからというわけではなく、最初からこの国宝級といわれるの装備品の数々に全然興味が沸かなかった。

 確かに今まで見た装備品の中では質は良さそうではあるが、俺が魔王時代に纏っていた鎧や兜、大剣のほうがそれらを超越していたのは言うまでもない。

 鎧は魔王として生きるのをやめようと決意したから魔王城跡地に埋めているが、兜や大剣は未だに行方不明ではある。

 グレンヴァと直接戦う時が来たら鎧は掘り返そうと考えているが、兜と大剣はどこにあるかも分からないからその時までに何かの拍子で見つかればいいなと思っている。

 寝込みに魔王城を破壊され、起きたら忽然と消えていたからグレンヴァに奪われた可能性が高いが実際のところは分からず終いだ。


 益夫は椅子に腰掛け、ティーカップで茶を飲みながら皆の反応を楽しんで見ていた。

 目の前にあるテーブルのような鉄床(かなとこ)にティーカップを置いたところで、俺は個人的に気になることを聞くために益夫へと近づいた。

 それに気付いた益夫はもう一つの椅子を引き、俺を誘導した。

 椅子を引くこの動作、何気ない動作といえばそうなのだが、なぜここに益夫の分も合わせて二つ椅子があるのかふと疑問に思った。

 それは明らかに来客用ではない質素な椅子だったからだ。


「レディース&ジェントルメン、私は少し出野殿とお話させていただきますのでこの子達をどうぞご自由にご覧ください」


「っしゃあ! これから先こんな見れることそうそうねぇぞ! 野郎ども、手分けして見るぞ!」


 益夫が国宝級の装備品の数々を見て興奮状態の仲間達に声をかけた。

 ナックルは興奮しすぎて謎の人格が出ていたし、すぐ横にいる剣児も中指を立てながらベロに自分の剣を当てて案の定口から血が出ていた。


 皆の注意が益夫のコレクションにむかったところで、益夫は改めて俺に視線を戻した。


「出野殿、この間は助かりましたよ。おかげでこの通り、ピンピンのビンビンですよ、はぁぁぁあいっ!」


 相変わらず謎のテンションだったが、構わず椅子に腰掛け今思った疑問を投げかけてみた。


「ここに椅子が二つあるけど、何か意図でもあるのかー? ここ一人でやってんだろ?」


「えぇ、ここは私一人で担当してますよ、今は」


「今はってことは、昔は他に鍛冶職人がいたのか?」


 益夫はティーカップに口をつけ、何かを思い出すように目を閉じゆっくりと傾けた。

 そして、ふぅーっと息を吐き、そっとティーカップを置いた。


「そうです。私には一人だけ弟子がいましてね。その弟子はそれはそれは優秀な人材でしたよ。その弟子になら私の技を継承出来ると思っていましたがねぇ。今は病を発症しましてね、一線を退いてしまいました」


 そんな話をする益夫は、どこか寂しそうな目をしていた。


「ほう、益夫に認められるとはなかなかの変人なのかもしれんな」


「何を言いますか。それではまるで私が変人かのようではないですか」


 冗談交じりに交わすこの会話もどこか覇気がないようだった。


「それだけの人間だ、会ってみたいもんだな」


「会える可能性はそう低くはないですよ。名は似糸(にいと)、姓は宮嶋。そう、彼女の父親なのです」


 そう言うと視線が刺子に向いた。

 宮嶋刺子、彼女の父親か。

 確かに刺子の装備品を作る時に、刺子の武器を見て「宮嶋殿のレイピア」だと益夫は言い、作るのをやめていた。

 刺子の場合、家族の話はおろか、自分の話さえしないからまさか鍛冶職人の父親がいるなんて誰も知らなくて当然だ。


「さてさて、私に聞きたい事はそんな事ではないはず」


「そうだった。俺の装備についてだ。この間はあんたが倒れたおかげで、この色々ある中から適当にこの装備をもらったけど、本当はどんな装備品を作るつもりだったんだー?」


「あーそうでしたねぇ。あの時は失礼致しました。何分、どなた様かが私の体に染み付いたリズムを崩してしまいましたからね、はぁぁぁあいっ!」


 前回のことをちょっと根に持っているみたいだ。

 剣をぶっ壊された英雄といい、この益夫といい、結構プライドが高めなのがいちいち鼻につく。


「あの時は、あなたが一番欲しているであろう装備を作ろうと思っていましたよ。趣味嗜好は受け付けていませんので、基本的にはその冒険者の瞳に宿った心を装備品に映し出していますからねぇ。あなたの目を見た時に感じましたよ、そう、あなたが一番欲しているものを」


 俺が一番欲しているもの?

 口を紡ぎ、ややしばらく考えてみたものの答えは出なかった。


「おやおや、ですね。ご自身が一番分かっているはずですが、近すぎて少々視界がぼやけてらっしゃるようで。そんな深く考えずとも答えはベリーイージーです。あなたが欲しているもの、つまりそれは『スリル』。戦いにおけるスリルではないですか?」


 図星だった。

 最強が故に、久しく味わっていない生命と生命のぶつかり合い。

 人間界にきて冒険者になってからは、魔王グレンヴァへのリベンジが最大の目的で、戦闘における駆け引きなど目的を達成するために必要な要素ではないのだが、戦いを重ねていくにつれ知らず知らずのうちにその潜在的な不満が顕著に現れていた。


「……確かにそうだな。でもそんなの装備一つで変わるもんなのかー?」


「実に良い質問です。そう、基本的には変わらない、というか変えれない。でもしかしバット! はぁぁぁあいっ! 私の作り出す装備品に不可能はない」


 鍛冶職人だけあって、装備品の話になるとさっきのシリアスな雰囲気はどこへやら、気付けば彼はノリノリになっていた。

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