88 居残り
南の洞窟で一夜を過ごし、俺達はゴブリンを洞窟内に残しタンナーブに向かった。
ゴブリンの長老には、この戦いが終わるまでこの洞窟で生活しろとだけ言い残してきた。
長老は耳が遠いので、理解したかどうかは不明だが多分大丈夫だろう。
食料については、洞窟内は生物や野草なども皆無な為、時折配給しなければ食料を求め洞窟を出てしまう可能性があり、最悪の場合餓死してしまう。
しかし、ゴブリンも含め、魔物は人間のように毎日何かを食べなければすぐに衰弱してしまうといった事はない。
魔物の種類にもよるが、ゴブリンであれば数ヶ月くらいであれば何も食べなくとも問題はない。
ゴブリン達が今どれだけ食料を口にしていないか分からないが、極論を言えば洞窟の出入り口を塞いで出られないようにして放っておいても良さそうではある。
ただ、洞窟内は何もない為、さすがのゴブリン達も何もすることがなく飽きもくるだろう。
元魔王として、それは見過ごすことはできない。
定期的に差し入れる食料を楽しみにして生活してほしい。
食料の調達は、俺と銀次が行うことに決まった。
長老は俺がハーデスだということを知っているがゆえに、他の仲間を行かせることは避けたかったからこれはこれで良いのだが正直面倒な気持ちはある。
ゆくゆくは銀次に全てを任せよう。
今は何も考えていないが、いっそのことこの洞窟内で何かしらの作業を与えることでゴブリン達はもっと有意義に暮らせるかもしれない。
そのあたりも銀次に任せよう。
ゴブリン達がこの人間軍と魔王軍の戦いに加勢できるような戦力になれば少しは状況に変化はあるかもしれないな。
魔物にはレベルという概念はないので能力値が上がるといったことはないが、鍛えると強く可能性はある。
要は戦闘における『技』の部分である。
このへんも銀次に任せよう。
そうなると言語の理解が必要だな。
今は長老しか共通言語を話せないので、他のゴブリン達と意志疎通が出来ない。
これに関しては申し訳ないが銀次に任せよう。
あと洞窟内は空気が籠りやすく、ゴブリン達の生活臭が充満して臭いがすごいことになりそうなのが懸念の一つである。
わりとゴブリン達は臭い。
食料を与えると結果的に排泄物が出ることになり、より悪臭が漂ってしまう。
その臭いの根元をしっかりと処理しなければ、大変なことになる。
幸い俺達冒険者は、ほぼ無限に物を収納出来る巾着を持っている。
銀次も例外ではない。
これだけは外せない、銀次に任せよう。
俺が遠くの空を眺めながらそんなことを考えていると銀次が声をかけてくる。
「師匠、色々と考えてらっしゃいやすね。あっしに出来ることがあれば何でも言ってくだせぇ。弟子として全力で応えやすから!」
あっし何でも出来やす的な雰囲気を出しながらそんな事を言ってくるもんだから、俺は頭で考えていたことを全部伝えた。
へいへいと途中まで威勢良く返事をしていたが、ゴブリン達を鍛えたいと言ったあたりから、銀次の威勢は徐々に鳴りを潜めていった。
生活臭の件に関しては、明らかに何か言いたそうな顔をしていた。
銀次の巾着に排泄物を入れることを提案したときは更に不満そうな顔をしていた。
確かに銀次の気持ちも分からなくはない。
要は匂いだ、ゴブリン達の排泄物の匂いが巾着から漏れ出るかもしれないというのが気になるのだ。
だから俺は優しく銀次の不安を拭い去る。
「大丈夫だ。巾着の紐をキュッと絞れば匂いは出てこないはずだ。こう、キュッとな」
「そういう問題じゃないでやんす。あっしの巾着がゴブリンの汚物まみれになってしまうのが嫌なのでやんす。しかも何かを取り出す時にそれが手に触れるかもしれねぇでやんす」
その言葉を聞き俺は自分を恥じた。
反抗的な態度を見せた銀次に対し、内心イラッときてしまったが、弟子として師匠に対して言いづらい事をしっかりと伝える、これは逆を言えば俺が信頼されている証だ。
そう考えると、申し訳ないという気持ちが自然と生まれてきた。
「確かにな。すまん、銀次。俺はこんなことも想像出来ずに、横暴な願いを銀次に託そうとしていたとはな」
そう素直に伝えると、銀次も不満そうな顔を取り下げ、いつもの銀次の表情になった。
「師匠、あっしこそ弟子のくせに師匠に口答えするなんて、すまなかったでやんす」
俺は首を横に振り、銀次は何も悪くないと反応した。
弟子の思いを汲み取ってこその師匠。
俺に足りない部分はここだ。
「そうだよな、汚れるの嫌だよな。とりあえず、汚れてもいいように手袋用意しておくわ」
この俺の一言に銀次は俺の顔を二度見した。
そんなこんなで色々と話ながら、俺達はタンナーブへ舞い戻ってきた。
ゴブリン達の排泄物の処理は、何個か冒険者用の巾着を用意し、それを彼ら自身で使い回し処理するというところで落としどころがついた。
タンナーブへ戻ってきてすぐに、ゆうなと銀次と法子が国王へゴブリン達の現在の状況を説明しに行くと、再度他の国民にこの事実を漏らさぬよう釘を刺されたという。
そして俺達は、益夫に改めて礼を伝える為、そしてあるもう一つの目的の為に装備品工房へ足を運んだ。
といっても、益夫に会える確証はない。
セキュリティ上、受付を済ませて案内されるまでは益夫がいる地下にも通常の冒険者が利用する二階や三階などにも立ち入れないのだが、何かと理由を付けて益夫の元に案内してもらおうとしている。
相変わらず金属音が響き渡る装備品工房は、以前にも増して活気があった。
それもそのはず、タンナーブ以外の諸国からも、冒険者として魔王を討つために血気盛んな人間達がここへ集ってきているのである。
津島家のルーツである陸奥や貧民で溢れているとされているチッカガなどの大きな国はもちろんのこと、小さな集落やそれなりに人間がいる村などからも有志が自然とここへ集まってきていた。
全ては人間界を守るため。
俺達魔物には到底考えられない。
魔物界では、人間界との戦いになると半ば強制的に戦える者戦えない者区別なく召集される。
俺が魔王だった時代は例外であるが、基本的には全員参加だった。
妖精系などの戦いを好まないか弱き魔物が人間の強き勇者に向かっていくなど無駄死にもいいところだが、魔物界ではそれが当たり前とされてきた。
もちろん、弱いからといって戦闘に参加するのが悪いわけではない。
戦う意志があるものは体は弱くとも、心は強く、戦闘に大きく貢献することだってある。
ある目的があり、その目的を果たす為に自らの命をもって果たそうとするものもいれば、中には目的を果たそうと思ってもそうは出来ない者もいる。
この縮図を理解し、戦いに挑む人間軍は過去もやはり強かった。
魔王軍の圧倒的な数に対し、少数ではあるが精鋭を送り込む人間軍は、剣が折れようとも骨が折れようとも、心が折れることがなかった。
そんな心の強い有志達が一堂に会している。
この命の力こそがこの装備品工房の活気に拍車をかけていた。
中へ入ると受付係がいて、今回の用件を訪ねてきた。
無理を承知で地下で特別職の装備品を作っている益夫と話がしたいと伝えると、案外すんなりと通してくれた。
実はここでも益夫が一枚噛んでいた。
事前に俺達が来ると踏んで、受付に話を通しておいたそうだ。
俺達は肩透かしを食らいながら益夫のいる地下へと進んだ。




