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86 情熱的なワルツ

 俺が威嚇すると同時に、しょうかんしたゴブリン達がヴァンセカンドの背後から攻撃を開始した。


 ヴァンセカンドは嘲笑いながらゴブリン達を一気に排除すべく彼らに向け黒い球体状の魔力を放った。

 しかししょうかんされたゴブリンはあらゆる攻撃を無効化し突撃する。

 何事もなかったかのように一体のゴブリンちゃんが全力のゴブリンパンチをヴァンセカンドに放つと、ペチッと小さな音が聞こえた。

 まったく効いていない。

 双方、まったくダメージのない世紀の凡戦がそこに存在していた。


 自らの役目を終えたその一体はヴァンセカンドの目の前で煙となって消えると、ヴァンセカンドは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにこの状況に納得した様子で小さく頷き俺に向けてニヤリと笑ってみせた。


「くくく、さすが人間だ。こんな愚かな攻撃でどう俺を倒すと?」


 押し寄せるゴブリンの集団をまるで空気の一部かのように気にも止めないヴァンセカンドは、右手を俺へ向けて黒い魔力の塊を練り上げる。


「益夫ー、ちょっと借りるぞ」


「え、これ持て……」


 俺は固まっている益夫の手に握られていた小振りなハンマーを手に取り、迫りくる魔力へと備えた。


 ほう、この小さなおもちゃがこれほどの重さとはな。

 ハンマーなんて握ったことなどないが、この小さな塊に対して、この質量が異常だということは俺でも分かる。

 例えるならそこそこのドラゴン一匹分であろうか。

 俺であれば摘まんで持つことも可能だが、並の人間が平気な顔をして持てるような代物ではない。

 しかもこの中に入っているものは何だ?

 どうやらハンマーの中は空洞になっており、右へ左へ傾けると内部で振り子のようにその異常な質量の塊が移動している。


 ハンマーの感触をじっくりと確かめる間もなく、ヴァンセカンドから放たれた黒の魔力は一直線に俺へと加速する。


「はぁぁぁあい!」

ッギンッンッ!


 益夫の真似事をしながら振り抜いた一撃で空高く打ち上がった黒の魔力の行方を、皆は固唾を飲んで見守っていた。


 その場には敵や味方といった境界線など存在しない。

 そこにいる者はただただ、黒い粒が遠くへ行く様を時間も忘れ眺めていた。

 加速し小さく消え行く粒はやがて、夕暮れの星空に浮かぶ微かに光る小さな星に当たり、一瞬光を強くして同時に消滅した。


「おい」


 星が消えたなーなんて感傷に浸っているとヴァンセカンドの声が聞こえた。


「お前、何者だ?」


 俺は上に捻った首を真っ直ぐにし、目を合わせた。


「んー、難しい質問だな。まぁよく分からんが俺は人間界の最終兵器ってところかな」


 ヴァンセカンドは首を傾げ、顎に手を当て何かを考える素振りをした。


「警戒すべき人間は津島英雄という勇者と、もう一人、人間軍の統率者だと聞いていたが……。身なりの情報が一致しないところを見るとそのどちらでもない。想定外だな」


「何を一人で言ってんだ?気持ち悪い」


 俺と益夫を目の前に、目を瞑り数秒間沈黙した。

 余裕な態度をしているが、俺達を目の前にここまで隙を作る動作をしているところを見る限り、俺達が余程舐められているか、ドラゴン変身後の自分の強さを過信している節があるな。


「おっ、そろそろ時間だな。ここでお前を殺してもいいが少し長引きそうだ。こちらにも予定というものがあるものでな、一度引こう。言っておくが、俺は実力の半分も出していない。俺の本物の姿を見れば、お前達は恐れおののくだろう」


 あー、こいつやっぱりドラゴン種の悪いところ出てるわ。

 プライド高いし、自分を良く見せようと嘘ついてるし。

 実力の半分も出していないという言葉は完全に嘘だ。

 益夫のハンマーを受け止めすぎてめちゃくちゃ小手のところ腫れてるし。


 不気味な笑みを浮かべながらヴァンセカンドはゆっくりと空へ浮かび始めた。

 これから転移を使って魔王城へ帰るのだろう。

 俺は共に空を見上げ星の爆発を共有した友として、一応助言する。


「おい、腕の怪我治しておけよー。あと、首筋の刻印隠しておかないとドラゴンだってバレるからなー」


「!?」


 転移で姿を消す前に見せたあの驚きの顔はこの上なく滑稽だった。


「そこのあなた、今回は助かりました。素直にお礼を言いましょう」


 ヴァンセカンドが消えてからすぐ、益夫は身の砂埃を払いながら俺へと視線を向けた。


「あれほどまでに実力のある魔物が敵とは、こちらも骨が折れますねぇ。久々にこんなに情熱的なワルツを踊りましたよ。次は負けません(・・・・・・・)。はぁぁぁあい!」


 いつもよりキレがないリズムのような気がするが、そもそもいつもキレがあるかと問われれば明確な回答は出せない。


「そういえば、益夫ってただの鍛冶職人だと思っていたが戦えるんだな。こんなに強いのに何で冒険者じゃないんだー? あっ、そういえばこれ」


「おっとっと! あなた、このハンマーの取り扱いには気を付けてくださいね!」


 俺は手に持っていたハンマーを益夫に向けて軽く投げた。

 益夫は焦ってぎこちない動きになっていたが、相当な重さのハンマーを落とすことなく片手でガシッと掴んでみせた。


 工房で初めて益夫の動きを見た時に感じてはいたが、鍛冶職人でありながら動きは冒険者の中でも最上位に位置付けられる益夫がなぜ国の工房内に留まっているのか疑問だった。

 確かに職人としてのスキルは他を圧倒的に凌ぐものがあるが、国でただ装備品を作っているだけではもったいない気がしたのだ。


 益夫は一呼吸をおき、俺の疑問に答え始める。


「ヒデ……、いや津島英雄、あなたもその名前はご存知でしょう。私は津島英雄の幼馴染みでしてねぇ。私は彼のことをヒデと呼んでおりますので、ここではヒデと呼ばせていただきましょう。私とヒデは、かつてパーティを組んでおりました。あまり知られていませんが今の英雄パーティのメンバーは初期のメンバーではないのですよ」


「ほう」


 パーティではメンバーの入れ替えなどがあると聞いていたが、英雄のところもかつては入れ替わりがあったことは知らなかった。


「ヒデ、私、そして今オーダラで軍を率いている【新渡(あらと) 心己(しんき)】」、この三人が元々の英雄パーティ……、それはまさにカリスマ性の集結、言わばドリームパーティ!はぁぁぁあい!」


 勇者のトップ、そして人間軍のトップとパーティを組んでいたのか。

 なかなか興味深い集まりではあるが、魔王時代の俺の軍のほうが夢があるだろう。

 なんせ魔王が俺含め四人もいたのだからな。

 しかしなぜ解散をしたのだろうか。


 些か気になった俺は疑問を投げかける。


「で、何でそのパーティは無くなったんだ?」


「簡単に言うと、個々が強すぎたのです。えぇ、私を含めましてね。ですので、戦力を必要とする各国から解散を提案されました。当時は色々な問題がありましたからねぇ。ヒデはそのまま冒険者として、心己さんは圧倒的な強さがゆえにオーダラの遺跡調査へ、私は鍛冶職人としてタンナーブにて未来の冒険者への装備提供と守護という名目で」


 まだ話の途中だが、遠くから足音が聞こえ、俺と益夫はその方向へ顔を向けた。

 銀次が所々陥没した地面を器用に跳び跳ねながら向かってきたのであった。


「師匠!益夫の旦那!大丈夫でやんすか!?」


 益夫の血に汚れた服を見てやや不安そうな面持ちで銀次は心配の声をかけたが、益夫が澄まし顔でシルクハットを被り直して姿勢を正すと、その心配もどこかに吹き飛んだかのように銀次の表情が和らいだ。


 銀次が来ると、益夫はそそくさとタンナーブの方向へと歩きだした。


「益夫の旦那、あっしらもタンナーブに一度戻るんでご一緒しまっせ」


 銀次がそう声をかけたが、益夫は手の平をこちらに向けてその提案を拒否した。


「私は一人で帰れますのでお気になさらず。私にはリズムもいうものがありますので、集団行動が苦手でしてね。ご提案ありがとうございます、はぁぁぁあいっ!」


 俺と話して少し疲れが取れたのか、拳をギュッと握るその姿は装備品工房でのあの姿と同じであった。


「ではまた会いましょう、ハー出野(・・・・)殿」


 少し笑みを見せながらそう言って立ち去る益夫は、おそらく俺がハーデスだと知っているのだろう。

 英雄とも繋がりがあるとなると、何らおかしいことではない。


 むしろ、俺がハーデスだという絶対的秘密事項を英雄が益夫に伝えていたとしたら、英雄から見た益夫は絶大なる信頼を寄せる一人だということに他ならないだろう。


「あぁ、今度会う時は一戦交えるかー?」


 俺の好戦的な言葉を背中で聞いた益夫は、振り向きもせず、シルクハットを軽く上げてそのまま立ち去っていったのであった。

次回予告

 無事に益夫を救出したハーデス達は、別行動をしている仲間達と合流をするためタンナーブへ向かう。かつてデュラハンと戦った南の洞窟でゴブリン達を匿うことは出来たのか?


次回 ~一時帰還~

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