85 条件
村で益夫とヴァンセカンドの熾烈な攻防が繰り広げられる中、俺と銀次と侶春は作戦の最終確認を行った。
個人の動きもそうだが、死亡フラグを上書きするための情報や、それに現実味を帯びさせるための演技指導も受けた。
バチバチに繰り広げられる攻防の音を聞く限りでは五分五分といった感じだが、益夫の気迫というのか生命力というのか何とも表現し難いその何かが薄れていっているのは感じ取れた。
残された時間はさほどない。
「あっしと師匠は中に入って益夫はんの救出を、そして侶春はんはあっしらが益夫さんを連れてきたら回復するでやんすよ」
「はい!でもMPが残り少なくて全員分を回復できるか分かりません」
「その場合は益夫はんを優先的に回復してほしいでやんすが、あっしらも益夫はん以上にダメージを負ってる可能性があるんで、その辺は状況を見てあっしが指示を出しやす」
侶春は緊張した面持ちでこくりと頷くと、気付かれないよう姿を隠すために村の入口横に一人移動を始めた。
その小さな背中からは不安が溢れ出そうに見えたが、それ以上に背負う使命感が侶春のそれをカバーしていた。
俺が皆に益夫を助けると言った際も、皆が反対をするなら一番先に名乗りをあげて同行すると言ったのが侶春だった。
僧侶の上位職業である賢者になった侶春はパーティ内での自分の役割を考えた上で、命の危険を省みず手をあげたのだ。
ここにくるまでに手持ちの薬草類は全て消化していたので、回復役がいなければ益夫を助け出せたとしても、傷付いた身では逃げきれる可能性は低くなる。
そこまで考えた上での決断であろう。
その小さく勇敢な賢者の意思を尊重したいと判断した俺に、危険だからやめておけなどと止める選択肢はなかった。
「それと、こっちがやばそうになったらあっしの持ってる発煙筒で合図を出すんで、そん時は侶春はんだけでも逃げてくだせぇ」
侶春は振り返り無言で頷くと再度歩を進めた。
「では師匠、行きやしょう!」
「おう」
俺と銀次は侶春の背中に心の中でエールを送り、村へと走り出した。
ハンマーと小手が混じり合う金属音は鳴りを潜め、代わりに鈍い音が微かに聞こえている。
「師匠、ゴブリンを出すMPはあるでやんすか?」
「あぁ、それくらいなら問題ない。しかし銀次、俺の無茶に付き合わせてしまって申し訳ないな」
「何をおっしゃって。あっしは弟子、師匠に一生付いていきやすから」
銀次はいつもブレない。
俺を師匠として、いや一種の神のような存在として崇めている。
忠誠心は俺の魔王時代の配下とも引けをとらないほどだ。
「そうは言っても相手は強敵だぞ?怖くはないのか?」
俺にはその忠誠心とやらが分からない。
気付けば俺は魔王として君臨し、誰かに仕えることも経験していない。
「そりゃあ怖いでやんすよ。でも何ですかねぇ、師匠がいたら負ける気がしねぇでやんす。もしも師匠がやられそうになったらあっしが身代わりになりやすから、その時はお逃げになってくだせぇ」
自らを犠牲にしてでも俺を守る……、あいつらもこんなこと思ってたのかな。
「そうか。万が一つもそれはない。俺が死ぬこともお前が死ぬことも」
「心強いでやんす。師匠の強さはピカイチでやんすからねぇ」
銀次になら言ってもいいよな?
「あぁ。……というか、お前に言っておきたいことがある。俺、本当は人間じゃない」
「確かに色々と人間離れしてやすからねぇ。そういう意味では納得できるでやんす」
「そうじゃない。俺は普通に魔物だ。そんでもって普通に魔王ハーデスだ」
「えっ!?」
仲間にはひた隠しにしてきた事実。
それを俺は今伝えた。
「俺はグレンヴァに負けた。いや、正確に言うと、あいつと戦えなかった。魔王時代の城も配下も全部失った。だからグレンヴァに復讐する為に人間界で冒険者になったんだ」
「師匠、それ本当でやんすか!?」
「あぁ、全て本当だ。英雄パーティの英雄と賢太郎だけはこの事実を知っている。というか、俺の正体に勝手に気付いた。その二人からは、俺がハーデスだということを隠せと言われているがな」
「頭の整理が追いつかねぇでやんす。でも、言っちゃいけねぇことなのに何故あっしに?」
「お前も目の前で見たから分かるとは思うがヴァンセカンドは今までの相手とは一線を画している。出野ハーのまま動いてたら益夫を救い出せるか正直分からん。その時はハーデスとして自由に動かせてもらうぞ。それに……」
「それに何でやんすか?」
次の一言を言葉に出すか一瞬迷った。
これは銀次に対しても、俺の配下に対しても配慮が欠けているのではとそう頭に過ったからだ。
「弟子のお前が魔王時代の配下と重なった。これ以上仲間を失いたくはない。恐怖は人の行動を制限する。お前が恐れていては作戦も成功しないだろう」
「師匠……。あっしに言ってくれてありがとうございやす。正直、気持ちは変わらねぇっす。師匠が出野だろうとハーデスだろうと、師匠は師匠っすから、最初から怖さよりも安心の気持ちが大きかったでやんすよ」
「そうか。ありがとなー。優秀な弟子を持てて俺は嬉しいぞ。おっ、益夫が見えてきたな」
俺達の視線の先には背を向けたヴァンセカンドとそのやや奥に益夫がいた。
ヴァンセカンドが至近距離から無数の魔法を放ち、それを益夫はハンマーを振り回し四方八方へ跳ね返していた。
益夫が防戦一方なのは誰の目から見ても分かる。
「師匠、ゴブリンをしょうかんしたらあっしは気配を消して益夫はんを引っ張り出すでやんす。師匠はヴァンセカンドをやるんすか?」
俺が元魔王ハーデスだという情報が銀次の頭に入ったというのに、まったくと言っていいほどそれを感じさせない。
いつもの銀次だ。
それでいい、いや、それがいい。
「んー、作戦が上手くいってる間は力を隠しておきたい。相手に俺がハーデスだと悟られたら面倒だからな。益夫の救出が最優先だ」
「了解でやんす。ヴァンセカンドは放置でやんすね」
「そうだな。じゃあいくぞ!ゴブパン!」
死亡フラグ上書きの為の条件、益生よりもカッコいい登場方法は俺がゴブリンを引き連れる形で行われる。
これは益夫の登場よりもカッコいいはずだ。
そして、強大な敵に一人で立ち向かう。
と言っても俺がヴァンセカンドよりも強大なので必然的にこれも打ち消される。
残す条件は、「俺が食い止める。ここは俺に任せて皆は逃げろ」の上書きだ。
色々と条件については聞いたが、戦いが終わった後に結婚するというのがあった。
結婚とは愛する者同士が一緒に暮らすとかそういう類いのものだ。
俺達魔物にはそんな制度などない。
しかしこれが死亡フラグを立たせる上で絶大な効果を発揮するという。
愛する者などいない俺にとって、結婚という理解不能な人間側の行事など現実からかけ離れすぎた行いだ。
イメージすら出来ないので表情も作れない。
その場合、死亡フラグの条件の上書きが成されない場合もある。
魔物に置き換えて、より現実味を帯びた『結婚』という人間界の常識に近しい表現をしなければ。
頭の中でその効果的な表現を探しながら俺は益夫とヴァンセカンドの戦闘に割って入る。
「っとう!」
俺は横っ飛びでヴァンセカンドの脇腹を超優しく蹴った。
猫を撫でるような優しい一撃は、ヴァンセカンドを1ミリも動かすことが出来ないほどの優しさである。
「とんだ馬鹿だな。まさか戻ってくるとは」
ヴァンセカンドは見下した目を俺に向け、そのまま足首を掴み腕の力だけで乱暴に投げた。
益夫の背後まで投げられた俺は着地するや否や、益夫に声をかける。
「益夫ー、助けに来たぞー」
肩で息をする益夫は、一度深呼吸をして息を整えると、燕尾服と称される纒の襟を掴み着衣の乱れを直した。
「うーん、美しくないですねぇ。私は部外者は席を外せと申したはずですが」
涼しい顔で言ってはいるが、ヴァンセカンドと死闘を繰り広げていた益夫は満身創痍の状態であった。
どのタイミングで条件の上書きをしていいのか分からず、取り急ぎ先程練りに練った言葉を益夫に向け言う。
「俺、この戦いが終わったら子作りに励むんだ」
魔物に置き換えると人間界でいう結婚とは多分そういうものだろう。
実際、銀次も「結婚した人間には大体子供がいる」と言っていたからな。
そして「照れ臭そうに言うのも効果的」とも言っていた。
「あぁ……、え、えぇ!?」
チラッと振り向く益夫は、俺が照れ臭そうな顔をしていたことに更に驚いていた。
やばい、現実味が欠けている……のか?
益夫の顔を見てそう分析した俺の脳裏に浮かぶは銀次の演技指導。
――「照れ臭そうにする時は鼻の下を指でこすると、よりそれっぽくなるでやんす」
俺は銀次に言われた通り、親指以外の四本の指を鼻の下に垂直に当て、高速でこすった。
さっきまで死ぬか生きるかの瀬戸際の戦いをしていたのに、いきなり現れた男が照れ臭そうに「子作りをする」と宣言したかと思えば、何故か自分を直視しながら鼻の下を高速でこすっている。
俺自身意味が分からない。
でもこればかりは、条件の上書きの為には絶対的に必要な事だと自分に言い聞かせ、時間の許す限り益夫を見ながらこすり続けた。
何故かお尻をキュッとしぼめ、吐く言葉すら失っていた益夫は、そのまま左右に揺れる俺の指を時間の許す限り目に焼き付けているようだった。
俺は益夫の顔から視線を外し、ぼやけた背景を鮮明なものとすると、そこに写るはヴァンセカンドの怪訝そうな顔であった。
「見せものじゃねーぞ」
俺が威嚇すると同時に、しょうかんしたゴブリン達がヴァンセカンドの背後から攻撃を開始した。
銀次に自分の正体を明かしたハーデスは、益夫を助けるべくヴァンセカンドの前に舞い戻ってきた。益夫救出作戦は意外な形で終わりを迎えるのであった。
次回 ~情熱的なワルツ~




