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78 五対一、四対一、余り二

「あーあ、チューヴァンを怒らせちゃったよ。お前ら、早く逃げたら?獲物を取られた獣は危険だぞぉ?」


 ヴァーシックスは人差し指を立て、子供を扱うように俺達へ警鐘を鳴らした。

 俺への忠告など百年早い。


 俺が瀕死のナックルを侶春と侶子の元へと運ぶと、二人揃って回復魔法をナックルへ施した。


「ヴァーシックスよ、存分に暴れさせてもらうぞ。お主を背中に付けていると気が散る。さぁ、今すぐ我が背中から降りよ」


「はいはい」


 チューヴァンが俺達へ鋭い眼光を放ちながらそう呟くと、ヴァーシックスは背中に乗りながらその場で立ち上がり、尻尾の蛇を踏みつけながらスタッと降りた。


「僕ちゃんにも少しは殺らせろよぉ。僕ちゃんは……あの女の魔法使いがいいなぁ。人間のくせに調子に乗ってるからね!」


 離れた場所にいる法子を指差し、ニヤリと笑ってみせた。

 法子は表情一つ変えずに杖を振る。


「【ゴウゴ】」


 法子の放った魔法は、村の外で使用した火属性魔法のゴウゴウに比べ範囲は劣るが、威力としては引けをとらない。

 ゴウゴウは全体に向けて、ゴウゴは単体に向けてといったところか。


 法子の杖から放たれた火の玉がヴァーシックスへと飛んでいった。

 その高速の火の玉を体を仰け反らせ躱すと、ゆっくりと体勢を元に戻す。


「お主の獲物は随分と威勢がいいものだな。構わん。我の獲物はあの黒焦げと黒いローブだ、手を出すでないぞ。無論、あの人間の血肉を貪り喰ってしてもこの怒りは収まらぬがな」


「くくく。僕ちゃんの獲物にも手を出すなよぉ?ここまで甘く見られたら、僕ちゃんだって張り切っちゃうぞぉ」


 戦闘態勢に入ったのか、ヴァーシックスが自身のローブを剥ぎ取ると、作務衣を着た頭の大きな老人が姿を現した。


「ぬらりひょん!?」


 その姿を見るなり、ゆうながいち早く反応し声を上げた。

 俺はこの『ぬらりひょん』という聞き慣れない言葉がゆうなが何かの魔法を放ったのだと思い、周りの変化に気を配った。


 しかし何も起きない。

 何かが起きているのだろうが、魔法の名称と効果など目に見える変化がなければ、流石の俺でも認識出来ない。

 若干ではあるがヴァーシックスの動きが鈍くなった気がしたが、老人の出で立ちが俺の感覚を翻弄していなくもない。

 この時の俺は真相は迷宮入り状態であったことは確かだ。


 後に聞くと、ぬらりひょんとは、人間界で幼い子に魔物の脅威を教える目的で表現する妖怪の一種だとゆうなは言っていた。

 多数の妖怪を引き連れて先頭を歩く様は、妖怪を統べる者そのものであると。


 そんな事などこの時の俺は露知らず、ぬらりひょんと口にしたゆうなとその周りを無駄に警戒していると、横たわっていたナックルがムクッと起き上がった。

 仄かに焦げが残る自身の身体を見て溜め息を一つつくと、こめかみに青筋を立てた。


「お前らありがとな。それにしてもあの野郎、俺をこんな姿にしやがって。あームカムカするぜ」


 侶春と侶子の魔法により回復したナックルは立ち上がると、相手を見据えつつすぐに攻撃の構えに転じた。


「ナックル、あの獣は俺とお前を狙っているみたいだぞー。でもあいつは翼が生えてるから空に浮かれるとお前じゃ分が悪いかもな」


 このまま戦ってもナックルは勿論、遠距離攻撃が出来ない仲間は苦戦を強いられるかと思い俺なりに助言した。


「んなこたぁ分かってる。翼だ。まずはあの翼を使いものにならなくするんだよ」


 確かに空を浮遊しなければナックルでも戦えるかもしれないが、力の差は明らかだ。

 翼を封じるなど言葉では簡単だが、実際のところは飛ばれたら最後、翼をどうにもこうにも出来ないだろう。

 まぁしかし当の本人が意気込んでいるから付き合ってやろう。

 丁度チューヴァンの言葉遣いも気になっていたところだ。

 我だとかお主だとか、所謂強者が使用するような言葉を平気で並べているのが気にくわない。

 どこからどう見ても、あいつは弱者の部類に入るはずだ。


 俺とナックルが一言二言交わしていると、チューヴァンは体勢を低くし、今にも踏み出そうとしていた。


「この死に損ないの人間風情がー!」


 雄叫びを上げながらチューヴァンが勢い良く俺達に向かい突っ込んでくる。


「侶春、侶子!お前らは離れてろ!」

「オーガアタァァァック!」


 ナックルは正面からやり合うつもりか、腰を落とし集中し始めたので、とりあえず俺も攻撃に参加する為にオーガをしょうかんし待ち構えた。


「あわわわわ、シャ、【シャキン】!」


 猛スピードで移動するチューヴァンへ向けてチェリーが氷属性の魔法を放つと、一際大きな氷の刃が突進する獣へと差し迫る。

 チューヴァンはその氷の刃を走りながらも器用に噛み砕き防いでみせた。

 法子もチューヴァンへ向け魔法で追撃しようと杖を構えるが、頭上から降り注ぐ一本の稲妻がそれを制御した。


「お嬢ちゃんのお相手は僕ちゃんだよ」


 法子の元へと襲いかかった稲妻は、ヴァーシックスが放った一撃であった。


「刺子さん!」

「……ん」


 ゆうなと刺子がヴァーシックスの背後に回り攻撃を仕掛けるが、軽快なステップでそれを躱してみせた。

 そこに真弓が射る弓矢がここぞとばかりに飛んでくる。

 ヴァーシックスは即座に身を捻って回避をするが、真弓の攻撃を把握していなかった為か、既(すんで)の所で避けきれず弓矢が腕をかすめた。


「おぉ、良いね良いねぇ」


 拍手をして真弓を称え笑ってみせるが、その目の奥には冷たい感情が垣間見えた。


「二手に別れて戦いましょう!」


 ゆうなが皆に向けてそう指示すると各々動き出した。

 誰がどの魔物を相手するなど、そんな悠長な事など言う隙もなかった為、各々は状況を鑑みて自らの意思で動く。

 ヴァーシックスに対してはゆうな、真弓、刺子、法子が、そしてチューヴァンに対しては俺とナックルに加え、剣児、銀次、チェリーが対応する。

 侶春と侶子に関しては両持ち場の中央よりやや後ろで、どちらにも対応出来るような位置に向かって待避した。


 周りなど気にする素振りも見せず、純粋に目の前の獲物のみに狙いを定め突進してくるチューヴァンはもう目と鼻の先にいる。

 剣児と銀次も追うように全速力で走り出したが、鋭い牙が俺とナックルに襲いかかるのが先だ。


 チューヴァンは足を前に出し勢いよく飛びかかると、糸を引く尖鋭がまずはナックルへと向けられた。

 ナックルは決死の覚悟でその脅威の到達まであと数センチというところまで引き付け、素早い動きでそれを躱しそのまま懐へ入った。

 ハエが止まるようなこの程度の遅い動きであれば、俺なら1ミリもあれば十分余裕をもって躱せるし、何なら触れた瞬間でも躱せる。

 触れた瞬間に躱した瞬間、また触れに行き、そしてそれに触れた瞬間に躱した瞬間、また触れに行くことも可能だ。


「加速拳!」

スダンッ


 ナックルの拳がチューヴァンの腹部にめり込むと一瞬空中で動きが止まった。

 そこへボサボサ頭と白塗りが左右両側から飛び込みながら剣を振るう。


「*▼▲#$○●!」

「【一文字斬り】!」

「【クリムト】!」


 俺のしょうかんしたオーガもここでチューヴァンの喉元へ体当たりを決めた。

 剣児が放った一文字斬りはチューヴァンの脇腹を文字通り真横に斬る大技だったが、銀次の放った意味不明な名前が付いた技は、一見普通に短剣で斬りつけたような攻撃だった。

 普段やんすやんすと言うわりに、やんすの欠片もない名前に違和感を覚えたが、銀次は大盗賊という職業に就き、予め決まっている名称を口にしているだけだ。

 こればかりは否が応でも納得せざるを得ない。


 しかしこのクリムトという技だが、実に盗賊の名に相応しい効果を発揮していた。

 その効果とは、攻撃した相手の素早さを奪うというものだった。

 後に気付くことだが、ゆうなの放ったぬらりひょんとは違い、明確に素早さが落ちていることが分かる。

 普通の攻撃といったが、確かにクリムトを繰り出した剣先からは若干ではあるが魔力が漏れ出ていたのを確認していた。


 仲間の攻撃が見事に決まり、流石のチューヴァンもやや苦悶の表情を浮かべるが、そこまで傷は深くない事から実力の差が甲斐見える。

 これくらいの攻撃力であれば、後数十回は同じような攻撃を食らわせなければ勝利することはできないだろう。


 そんな中、俺はというとチューヴァンの背中に立ち、左右の翼を両手に掴んでいた。

 皆が戦いやすいよう、サポートをするのも俺の役目だ。


「これで良いんだろナックルゥゥゥェー!!」

ぶちっ、ぶちぶちぶちぶち!


「ア゛、アオォォォオンッ!」


 俺が翼をもぎ取ると拍子抜けした犬の雄叫びのような女々しい声を出したチューヴァン。

 なんか痛みが理性を上回っていたっぽい。

 我だとかお主だとか散々偉ぶっていたくせに、この滑稽な様といったら無様である。


 連携攻撃を終えた俺達は、チューヴァンから一旦距離を取った。


「よ、よくも我の翼を!」


 強がってはいるが、背中から大量の血を流し明らかに動揺していた。

 音を聞けば分かるが、切ったのではなく根元から引っこ抜いたのだ。

 この手の魔物は中途半端に処理をすると、再生されてしまう恐れがあるので当然のことだ。


「で、出野!?お前、どうやってその翼を!?」


 ナックルも同じく、動揺していた。

 俺は両手に持った翼を紙切れ同然に破り捨て、凛とした表情で言う。


「翼は根元からいった」


 多分噛み合ってはいないが、大事なアピールポイントの為にどうしても伝えたかった部分だ。


「ぐぬぅっ、仕方がない。奥の手を見せてやる!はぁぁぁあ!」


 チューヴァンはどうやら奥の手があるようで、叫びながら気合いを入れているが何も起きる気配はない。

 チューヴァンが奥の手と言っていたのは、おそらく両翼の間に格納されていた牛みたいなもう一つの頭であろう。

 翼をもぎ取るときにその牛みたいなものと目が合ったので、気持ち悪いと思い咄嗟に蹴り飛ばしておいたので多分その奥の手は死んでいる。


 牛も出てこないし、翼はないし、素早さも下がったことで、それからはもうこちらの一方的な展開となった。

 銀次が素早さを下げ、動きが鈍ったところへ各々が全力の一撃を叩き込む。

 これを何度も繰り返す。

 為す術なしのチューヴァンは防戦一方で次第に弱っていった。


 しばらくすると剣児が好奇心からか悪魔的な発想を口にする。

 悪魔系統の種族から、無垢な悪魔ほど怖いものなどないと聞いたことがある。

 多分こういうことなのだろう。


「このライオンの腹に爆発するガスが溜まってるんだべ?それに火をつけたらどうなるんだべ?」


 その悪魔の囁きを聞いた者は総じて一瞬動きが止まった。

次回予告

 ハーデス達はその残酷な仕打ちに否定的な反応を示すが、次第に悪魔の囁きに支配されていく一同。そして拘束されるチューヴァン。果たしてそんな事で死ぬのか!?死んでしまうのか!?一体どうなってしまうんだー!?


次回 ~八九四~



面白い!続きが楽しみ!

と思った方は是非ともご評価のほど宜しくお願いいたします!

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