77 十一対二
「待たせたな」
俺が仲間の背中へ声をかけたが皆は魔物二体から視線を外さない。
緊迫した状態のまま俺達三人も後ろにつき武器を構える。
「あー、ダルいなぁ。【チューヴァン】、どうするよ?ゴブリン達にも逃げられたし、まーた仲間も増えたし。こいつらを奴隷にした方がグレンヴァ様も喜ぶかなぁ?」
翼の生えたライオンの背に乗り、フードを被った小さな魔物が首を傾げながらそう呟く。
どうやらライオンはチューヴァンという名らしい。
「くくく。笑わせるな【ヴァーシックス】よ。こんな虫けら同然の人間など、配下に収めようともグレンヴァ様が喜ぶわけがなかろう」
「ふふふ、はははっ!そうだろうなぁ」
4メートルほどの身体を震わせ笑うと、ヴァーシックスと呼ばれた魔物も一緒になって見下した笑いを見せた。
「やはりあなた達はグレンヴァの手下ね。あなた達を倒し、私は……、私は父の敵であるグレンヴァを討つ!」
ゆうなは抑えきれない感情を表に出し、相手に臆せず堂々と言い放った。
剣を握る手にも自然と力が入る。
それを嘲笑うかのようにヴァーシックスは余裕の笑みを浮かべた。
「ふっ、グレンヴァ様を討つだと?無茶苦茶だなぁ。お前みたいなクソガキは今すぐ殺してやりたいけど、僕ちゃん達はグレンヴァ様に無駄な力は使うなと言われてるからねぇ。お前らを殺しても殺さなくてもどっち道人間は敗北するからさ、今日は見逃してやろうか?」
「ヴァーシックス、口を慎め。無能の手下が全員死んで、今日はえらく機嫌がいいようだが、我らの目的はあくまでも人間の排除」
は?手下が死んで機嫌が良いだと?
驚きすぎて、一瞬時が止まったと勘違いするほどだった。
この発言は、俺の魔王としての流儀を真っ向から否定していた。
気付けば沸々と怒りがこみ上げてきていた。
それは自然をも恐れをなし、一点を睨むその景色が次第に揺れ動く。
「何だ!?幹部の連中でも来たのかっ!?」
大地は発作を起こし震え、空気は酷く落ち込む。
その異様な変化に、チューヴァンは自軍の幹部が放つ威圧だと感じたのか、辺りに視線を泳がせ驚き戸惑っていた。
ゆうな達も同様、この異変に成す術なく、身体にのしかかる重圧に悪寒を抱いていた。
漏れ出そうな感情を俺は必死となり制御し、心を落ち着かせる。
徐々に淀んだ空気が澄み始め、何事も無かったかのように大地も静まり返った。
「何なんだ今のは?一瞬幹部が来たかと思ったのだが。まぁよい。ヴァーシックスよ、こやつらを手下同様、葬り去るぞ」
不自然な脅威が去り多少の疑問を残しつつも、皆はヴァーシックスらに向ける視線をより一層尖らせていた。
「分かった分かった、無能の排除の後は人間の排除ね。今日は大掃除だ、楽しくなるかもねぇ」
ヴァーシックスはフードの下から不敵な笑みを見せる。
思い返してみると、俺がゴブリン達を救出している時にヴァーシックスは雷属性の魔法を放っていたが、精度が低いのか自分達の手下に当たっているように見えた。
しかしそれは、この混沌の状況下で手下の排除を楽しんでいたに過ぎなかったのだ。
怒りを通り越し、それは笑みへと変化する。
何て楽しい日なのだ、今日は。
こんな虫けらを排除出来るとは。
「くくくっ、おい皆聞いたか?こいつらは仲間が死んでも何とも思わない馬鹿らしい。こっちも大掃除の仕上げと行くか」
「珍しいですね、出野さんがやる気を全面に出すなんて。皆さん、一気に攻め落としましょう!」
仲間と共に戦いをするようになってから、これほどまでに目の前の相手に好戦的になるのは初めてかもしれない。
「いざ!」
ゆうなが飛び出したと同時に、剣児、銀次、ナックル、刺子が横並びとなり二体への魔物へと向かう。
この二体を取り巻く雑魚どもはもういない。
数的にはこちらが圧倒的に有利ではあるが、並の冒険者が苦戦を強いられるほどの魔物を牛耳っていた親玉だけあって、俺以外の仲間は油断してはいけない状況ではある。
チェリーと法子がそれぞれ火属性魔法、氷属性魔法を二体に向けて放つ。
それを表情一つ変えずに飛び跳ねて躱すと、待ってましたと言わんばかりに狙いを定めた真弓の弓矢がチューヴァンの元へと風を切り裂き迫り行く。
チューヴァンの顔へと当たるかと思えた弓矢は、大きな口を開け待ち構えていた強靭な顎により噛み砕かれた。
「いいよいいよ人間共!久々に戦ってるという感じだよ!」
ヴァーシックスはフードの下から笑みを漏らし、下で待ち構えるゆうな達に向け雷属性の魔法を放った。
それを躱しつつ、二体が着地するタイミングに合わせ各々が武器を振るうべく勢いをつける。
「ふっ、人間風情が!我らに勝てると思うてか!」
宙に浮かぶチューヴァンがヴァーシックスを背中に乗せたまま身を反り大きく息を吸い込み、地上に向けて一気に吐き出すと、強力な風が五人に降り注ぐ。
ほう、ただの風ではないようだな。
「侶春、侶子!結界張れ!」
俺は咄嗟に二人に向け声をかけるが、動きが追いつかない様子の二人は焦るばかりで肝心の魔法が唱えられない。
俺が結界を張るしかないか、と思った矢先の事。
「マクレープ!」
法子がそれを察し、自らが前線へと結界を張った。
この者は結界も張れるのかと感心した。
一見、真下で待ち構える相手を吹き飛ばす為に吐いたブレスだと判断してしまいそうだが、匂いに敏感な俺には分かる。
これは、一種のガスだ。
人間では気付かぬほど匂いが絞られた、引火性を伴う厄介な類いであろう。
次なる攻撃に備える為の防御線を張らねばならないのだ。
そのブレスによりバランスを崩した五人は攻撃の手を止められた。
しかし刺子はその風を利用し、素早く鎧の翼を起動し空中へと飛び上がる。
ゆうな、剣児、銀次が地に足を付けズズズッと後退りをする中、体幹に優れたナックルは顔の前で腕を十字にし、強大な風圧に己の身体一つで一人耐え忍ぶ。
「ほーら、特等席で花火を見せてやるよ」
「ガスだ、引け!」
俺の声も虚しくヴァーシックスが地上に向けて雷魔法を放つと、バチバチと音を立てた後に、その音をかき消すほどの爆発音が鳴り響く。
チューヴァンのブレスと雷による一種のガス爆発が炸裂したのだった。
「ナックル!早く引け!」
ゆうなは益夫から貰ったマントで防ぎ、剣児と銀次は後方に飛び跳ね直撃を回避したが、ナックルはクロスさせた自らの腕に視覚を奪われ、判断が遅れていた。
結界魔法を張っていたので大丈夫だろうと思っていたが、予想以上の爆発により一気に辺りは火の海と化し、その燃え盛る炎の中、ヴァーシックスを乗せたチューヴァンは地に降り立った。
黒焦げになったナックルは腕を十字にしたまま、微動だにしなかった。
法子の結界魔法により威力は軽減されているはずだが、それをも優に上回るほどの爆発により、端から見ると、立ったまま息絶えてしまったかのように見える。
「ははは!花火の燃えカスがそのままだ!」
チューヴァンに乗ったままヴァーシックスはナックルに近付き、指を差し声高らかに笑う。
そこへ翼を広げた刺子がどこからともなく現れ、背後からレイピアで攻撃を仕掛けるが、チューヴァンの尻尾が鞭のようにしなり刺子をそのまま突き飛ばした。
着地した刺子は、予想外の挙動に困惑したような表情を浮かべている。
どうやらチューヴァンの尻尾の部分は蛇になっていて、独立しているのか奴の意思なのかは分からないが、通常の尻尾よりも融通が利きそうではあった。
「くっ、あのブレスが原因ね!皆さん、ナックルさんを!」
ゆうな達が態勢を整え救助に向かうと共にチェリーと法子も杖を構え、牽制するための魔法を繰り出そうと杖先を二体に向ける。
俺も瀕死のナックルを守るためにも地を蹴った。
と、その時だった。
「……加速拳!」
スダンッ
「は?」
焦げた拳がチューヴァンの鼻先にめり込んだ。
堪らずチューヴァンは後方に跳ね距離を取ると、前足で顔面を拭いブルブルと顔を震わせ睨み付けた。
ナックルはニヤッと口角を上げると、爆発の衝撃で肺に溜まった煙を勢い良く口と鼻から出してみせた。
「こんなんで俺を倒そうなんて無駄無駄。タフだぜぇ、俺は」
結界を張っていなければ恐らく即死していただろう。
強がってみせてはいるが、相当のダメージを負っていることは見る者全てが理解している。
そして当の本人も例外ではない。
俺は意識を失い崩れ落ちそうになるナックルを即座に担ぎ上げ、侶春と侶子の元へと運び込む為にその場を離れようとした。
「我の獲物ぞ。渡さぬっ!」
チューヴァンが大きな口を開き、白く濁った牙を剥き出しにしながらこちらに襲いかかってくるが、チェリーと法子の放った魔法が足元に飛んできたことにより阻まれ、更に怒りを露にする。
「くそぉぉぉお!人間共め、皆殺しだ!」
咆哮を上げるかの如く大きな口を開き、全身の毛を逆立たせていた。
「あーあ、チューヴァンを怒らせちゃったよ。お前ら、早く逃げたら?獲物を取られた獣は危険だぞぉ?」
ヴァーシックスは人差し指を立て、子供を扱うように俺達へ警鐘を鳴らした。
次回予告
圧倒的な力の前に早くもナックルが傷を負った。怒り狂ったチューヴァンの矛先はハーデスとナックルへ。そしてヴァーシックスの矛先は法子へ。勝利の悪魔はどちらに囁く?
次回 ~五対一、四対一、余り二~




