75 救出
「▼¥$○、&∂‡♯︎●◇☆! ◎‡○@★♪︎!」
この中で一番声が大きいナックルが、村へ向けてゴブリン語で叫び散らす。
法子から教えてもらったこのフレーズは、ゴブリン達に『助けに来たからとりあえず村の外に出ろ』という意味合いだという。
ナックルが叫ぶが、中からの反応はない。
しかしこれは法子からしたら予想通りの展開だという。
捕らわれたゴブリン達に向けた、これから起きる混乱への心構えの為というわけだ。
そしてチビゴブリンが一匹村へと入る。
チビゴブリンからの情報では、俺達が来る二、三日前に人間の冒険者がこの村に足を踏み入れたという。
その際、ゴブリン達を盾に使い戦っていたらしい。
魔王軍にとっては、この村のゴブリンなど捨て駒にしかすぎない。
人間もゴブリンは敵だと認識しているので、魔物達の身代わりとなり次々と殺されたという。
それでもまだこの村にはゴブリン達が残っている。
チビゴブリンの視線の先には、予想通りゴブリン達が前方へ並び壁を作っている。
そこに現れた救世主、チビゴブリン。
その姿を見ると、村のゴブリン達に衝撃が走ったことであろう。
さっき人間の声で俺達を助けると聞こえたが、本当に俺達を助けに来たのか?と。
チビゴブリンちゃんが怯えながら壁になっているゴブリン達に向け一言二言何か口にし、小さな拳を前に突きだし皆へ向け突撃の合図を送った。
それを陰から見ていたゆうな達は、一気に村の魔物へと強襲する。
「じゃあ俺もそろそろ行ってくるわ」
侶春と侶子にそう言い残し、俺も村へと向かう。
ナックルにゴブリン語を話させ、チビゴブリンを登場させる流れには理由がある。
全てチビゴブリンに任せてしまうと、ゴブリン達からしたらいきなり人間が入ってきたら以前殺された嫌な記憶が蘇ってしまい、かえって動揺してしまうと考えたからだ。
これは法子の案だ。
作戦通り、ゆうな達は村のゴブリン達には手を出さず、ゴブリンの壁の後方にいる魔物達へと攻撃を開始する。
何匹かのゴブリンが村の外に出てきたのを横目に俺も作戦を実行する。
「混乱へと導け!ゴブパンいっぱい!」
十、いや百、いや千、いや万ものゴブリンちゃん達が村へと雪崩れ込む。
◇◇◇◇◇◇
時を少し遡ること数分前、作戦会議の時のこと。
「ゴブリン達救出の際ですが、師匠のしょうかんしたゴブリン達を中に入れて魔物の動揺を誘うのはいかがでしょうか?もしかしたら魔物達も驚いて、後ろに引くかもしれやせん」
作戦会議の中、村を占拠している魔物達が一気に押し寄せてきた場合、ゴブリン達にも多少の被害が及ぶかもしれないという話題が出た時の銀次の一言だ。
確かに奇をてらった行動ではある。
俺自身も出来ないことではない。
「いいかもしれませんね。しかし出野さんのMPの問題もあります。出野さん、その後の戦闘の事も考えた上で、どれだけの数のゴブリンを出せそうですか?」
法子が銀次の提案に同意した上で、俺のMPについて疑問を投げ掛けてきた。
俺自身、ゴブリンパンチがどれだけのMP消費量かが分からないので答えに困った。
「では質問を変えましょう。そうですね、大体50匹ほどのゴブリンはしょうかんできそうですか?村の面積を考えると、最低でもそれくらいの数がいたほうが相手の心理に変化はありそうですが」
50匹か、全然大丈夫だ。
ヴァーセブンが襲撃してきた際も、100匹以上はしょうかんしたのだから。
「大丈夫だ。むしろそれ以上も可能だ」
「さすが師匠!」
その答えに、法子は黙って頷き作戦の成功を見据えた。
「では、出野さんは後方に待機をして、タイミングを見計らって仕掛けてください。数は多ければ多いほど相手は混乱すると思いますから。お願い致します」
◇◇◇◇◇◇
数は多ければ多いほど相手は混乱する。
この言葉を信じ、俺は入口手前にて十万ものゴブリンをしょうかんした。
当初50匹とお願いされていたが、俺の底知れないMPが唸りを上げる。
法子に大きな借りを作ったんだ、これくらいはさせてくれよと言わんばかりに。
「「えっ!?」」
何か村の中から仲間の声がする。
何故か魔物が混乱する前に、仲間達が混乱し始めていた。
ど、どういうことだ!?
ゴブリン達の行進の隙間から微かに見えるその光景に俺自身も混乱する。
いや待て、よく考えろ、作戦会議で話し合ったではないか。
これは混乱したフリをしているに過ぎない。
相手を騙すならまずは味方からとどこかで誰かが言っていたような気がする。
この状況の中、しっかりと奇をてらうことに死力を注いだ皆の演技には本当にあっぱれである。
皆の頑張りを無駄にはできない!
自分自身を奮い立たせ、思考のネジがバカになる。
「更に混沌と化せ!ゴブパンもっといっぱい!」
更に万ものゴブリンを追加しょうかん、合計二万ものゴブリンが魔物へと襲いかかる。
さすがにこれだけの数をしょうかんすると、体にも疲れに似た虚脱感がぐっと押し寄せてくる。
これがMP消費による負担だと頭では理解しているが、人間界に来てからはここまで使ったことは初めてだったので余計に重たく感じた。
「出野君、これやりすぎ!」
「ちょっと多すぎるわね」
これは最初の一万匹のゴブリン達をしょうかんした時に聞いた台詞だ。
今はもう、足音とゴブリンちゃん達のパンチの時の掛け声しか聞こえない。
だいぶ頭がおかしくなっていくような壮大なガヤつき具合である。
仲間の姿は見えない、村のゴブリンも魔物も見えない、もう目の前はゴブリンしか見えない。
少し興奮が落ち着いたあたりで、若干この異常な光景に自分でもちょっとやりすぎたかなとか感じるようになってきた。
多すぎた……!?
なんなら村の入口には、しょうかんしたゴブリン達が律儀にも列を作って村への入場を心待ちにしている。
皆に申し訳ない気持ちになったが、全ての責任は法子にあると自分に言い聞かせながら、経過を見守った。
ドクンッ
ドクンッ……
何度レベルアップを重ねたのだろう。
ゴブリン達の攻撃力が低いとは言え、絶対数で圧倒しているのか、村の中の魔物達をなぶり殺しているようだった。
村の中にいる仲間達も攻撃してるような雰囲気だが、実際のところは分からない。
後方にいた侶春と侶子も俺の元へとやってきて、今は一緒に柿ピーを食べて事態が収束するのを待っている。
村の中に入ろうとも入れないのだ。
救出対象のゴブリン達も、最初の数匹は村の外へと出れたみたいだがその他のゴブリン達は未だ行方不明だ。
どうしようか思案を巡らせていると、魔物に追われるチェリーらに向けて法子が魔法を放った時の事を思い出し、ある策が頭に浮かぶ。
これならいけそうだ。
思いつくや否や、俺は早速行動へ移す。
「ちょっとここで待っててくれ。中のゴブリン助けてくるわ」
侶春侶子がそれに反応する間もなく俺は村を取り囲む外柵を伝って、誰にも見られないような村の裏手側を目指した。
距離があったので、途中低空飛行をしてようやく裏手側に到着した。
「んー、この辺からならばれずにいけるだろう」
俺は目立たず村全体を見渡せるギリギリの高さまで体を浮かせ、村全体に目をやった。
「おっ、こいつらがチェリーの言っていたライオンとフードを被った魔物か」
翼の生えたライオンと、それに乗り、戦いの行く末を見ている小さい魔物の背中が俺の目に映った。
ライオンの背中の上から時々雷属性の魔法を放っているが、精度が低いのか自分達の手下である魔物に当たっている。
しかし今の目的はそちらではない。
「おー、結構ゴブリン達いるなー」
俺のしょうかんしたゴブリンに混じって、救出対象のゴブリンがざっと数えて30匹ほどいた。
見た目は似ているが、大きさや体格、表情で何となく見分けは付いた。
「よし、じゃあやるか」
この輻輳する戦況の中ゴブリンを村の外へと出す為には、対象を見つけ出し一匹一匹を捕まえて外へと移動するか、しょうかんしたゴブリンが消え去るまで待つかの二択かに思えた。
しかし俺は先程思い付いたのだ、第三の選択肢を。
それは衝撃を与えてゴブリンを吹き飛ばすという選択だ。
しかし何も考えず吹き飛ばしてしまうと、俺の力だとゴブリンを殺しかねない。
だが、これから起こる現象は、法子がチェリーに対して行っていた事をヒントに俺が改良した方法。
俺は救出対象である一匹のゴブリンに向け結界術を施す。
「えいっ」
そして俺とゴブリンの線に障害が一切無くなったタイミングで風属性の魔法を放った。
強力な後進回転を伴った風が、一直線となりゴブリンに向かっていく。
結界を張っていたので切り刻まれることなくゴブリンはその場から村の外へと吹き飛んでいった。
「ふっ、成功だ」
自信をつけた俺にもう怖いものなどない。
それから俺はこの作業を繰り返し、ゴブリン達を次から次へと村の外へ吹き飛ばしていった。
その光景を見た仲間達が、強力な魔法を受けゴブリン達が頭上を通過していくこの様を、敵の統率者によるものだと勘違いして緊張が走っていたということは知る由もない。
次回予告
次々とゴブリンを救出していくハーデスは全てのゴブリンの救出に成功した。村の外で待機しているゴブリン達に念のためもう一度結界を張ろうと近づくと、ハーデスを知る老いたゴブリンに出会った。
次回 ~老ゴブリン~




