49 王とは
俺が洞窟内部に結界を張ると賢太郎は驚いていた。
人間はこんな広範囲に結界を張ることができないのだろうか。
でも地下訓練所の模擬戦会場には舞台と観客席の間に結界が張られていたような気がするけどなー。
んー。
考えても答えは出ないので俺は英雄とデュラハンキングの戦いに再び意識を向けた。
「英雄!ハーデスが結界を張ったから遠慮なくやるんじゃ!」
「ハーデス、礼を言う!」
賢太郎が英雄に向かってそう言うと、爆炎に包まれながらも果敢に攻撃する英雄は返事を返した。
デュラハンキングは突然口を閉じ、炎を吐き出すのを止め、血飛沫をあげながらもその巨体で英雄に体当たりをした。
「おっと」
今までのような大剣での攻撃ではなく、突然身体を当ててきたことにリズムが狂い反応が遅れた英雄は、その体当りを食らい、衝撃で後ろに飛ばされた。
しかし賢太郎の補助魔法で能力が上昇している英雄は、ダメージを負っているような素振りも見せず宙でくるりと回転をしスタッと着地してみせた。
一方のデュラハンキングは、肩で息をし、欠損した鎧の隙間から紫の血が漏れ出している。
胸当ての顔は原型を保っておらず、眼が一つ潰れ、大きく裂けた口からは血が垂れ流されているほどだ。
その裂けた口は血を吹き出しながら話し始める。
「ハ、ハーデスだとぉっ!?今お前らハーデスと言ったなぁ?」
「あぁ、そうだな」
「嘘も大概にしろやぁ!」
あっさり答える英雄に更に声を張り上げるデュラハンキング。
「嘘ではない、ほらあそこにいるだろ?」
英雄が俺を指さすと、デュラハンキングは後ろに二、三歩後退りする。
それもそうだ、俺は魔物にしか感じ取ることの出来ない魔物独特の魔力を放出したからだ。
「お、お前が魔王ハーデスかぁ!?」
鎧も無ければ剣も無い俺の見た目では説得力に欠けるのか、デュラハンキングは信じられないといった表情で俺を見ていた。
俺はそちらに歩きだし、デュラハンキングの目の前に立った。
「俺がハーデスだ。今は元魔王だ」
「元魔王でもなんでもいい!助けてくれよぉ、俺達魔物だろぉ?なぁ、一緒に目の前の勇者をぶっ倒そうぜぇ」
俺の腕を掴み、懇願をしてきた。
英雄はその様子を横から哀れみにも似た目で見ていた。
「んー、勇者をぶっ倒すってのは共感できないなー。新しい魔王グレンヴァを一緒に倒すんだったら考えてやってもいいけど」
「えっ!?」
英雄は俺の返答に戸惑いを隠せない様子だった。
俺はこの条件を飲めるのであれば、別に救ってやってもいいと思った。
今は出野ハーではなくハーデスだ。
魔王として君臨していた時は、こうして数々の魔物に手を差しのべて配下としていったものだ。
稀にその手を弾く者もいたが、俺の配下達は嬉しいことに揃いも揃って俺に忠誠を誓ったので、グレンヴァに敗北するまで配下に支えられる形でその地位を不動のものとしていた過去がある。
「わ、分かった!分かったから俺を見逃してくれ!」
デュラハンキングは頭を垂れて俺の意向に同意した。
「おーい、賢太郎!こいつに回復魔法かけれるかー?」
「ハーデス、本当にそれでいいのか!?」
英雄が俺を止めようと牽制したが、俺はただ頷き賢太郎に向けて手招きをした。
賢太郎はゆっくりと歩いてくると、髭を触りながら俺を見た。
「ハーデスよ、お主は魔物を統べていた身じゃ。単刀直入に聞こう。この者はわしらが信じるに値するのか?」
「んー、それは分からん。しかし俺は今までこうやって配下を増やしてきた。人間もそうだろ?救うべき命は救ったほうがいい。責任は俺が取る」
「ほう、そうかい、そうかい。ならばわしの魔法でこの者を全回復させようかのう。【ダイテキシュ】!」
ファー……
賢太郎が魔法を唱えると、デュラハンキングの傷が次第に癒えていく。
鎧も身体の一部なのか、柔らかく白い光と共に元通りになっていった。
「こ、これは何だぁ!?」
生まれて初めて回復魔法をかけられたデュラハンキングは、光に包まれ体力を取り戻す自分の身体に驚きを覚えていた。
俺もその光景を、少年のような目で見ていた。
素晴らしい。
そして何と理不尽な魔法だ。
「全回復したようじゃな」
それを聞いたデュラハンキングは、感覚を確かめるように自らの関節を動かした。
「おぉ、すごいなこの魔法は。我の身体が傷一つなくなったぞ。……さてと」
デュラハンキングは大剣を手に取り、目の前の俺に剣先を向けた。
「ぶははははっ!ハーデスも落ちぶれたもんだなぁ!このデュラハンの王である我が、魔王ではないお前についていくわけがないだろぉ!」
「「なっ」」
英雄と賢太郎は危険を感じ一旦距離を取った。
俺の顎に剣先がつくが、俺は一歩も引かない。
「傷を治してくれて感謝してるんだぜぇ?だがお前らは生かしちゃ帰せねぇ。魔王ハーデスだぁ?魔王グレンヴァだぁ?俺がぶっ倒して真の魔王になってやるからなぁ!」
そう言い放つとデュラハンキングはスゥーっと息を吸い込んだ。
「ンガァァァア!」
俺に爆炎の息を吐き出し、大剣を勢いよく振り落とす。
「ハーデス!」
俺を呼ぶ英雄の声が聞こえた。
スッ
爆炎は俺の全てを飲み込む。
熱く真っ赤に染まるその空間はまさに生き地獄。
ものの数秒で心の質量までも奪うそれは地獄よりも地獄らしさがある。
……俺でなければの話だが。
地獄はこんなぬるま湯であるはずがない。
「ぐぬぬ、なぜ動かぬのだぁ!?」
爆炎が止み、口から煙を出しながらデュラハンキングは困惑を言葉に出した。
俺は右手で掴むデュラハンキングの大剣を決して離さぬようにし問う。
「王とは?」
「そ、それがどうしたぁ!?」
「もう一度問う。王とは?」
「知らねぇよぉ!そんなもの強い奴がなるんだろうがぁ!」
「ふっ、違うな。王とは『期待を裏切らない者』だ。それを理解せぬお前に王としての器はない」
大剣を上へ押しやって離すとデュラハンキングは勢いで後退りした。
「英雄、賢太郎、責任は俺が取る」
俺はそう言うと、ゼロの腕輪をはめた。
「私の剣を使え」
それを見た英雄が剣を投げ渡してきた。
片手で受け取り、鞘に納まったその剣をすっと抜き、下から上にかけて剣身を見やる。
ほう、良い剣だ。
しかしどこまで耐えられるか。
「英雄、使わせてもらうぞ」
「あぁ。あなたの力が見たい」
俺は尚も後退りするデュラハンキングに向け剣を構えた。
「今からお前を斬るのは魔王ハーデスではない。冒険者、出野ハーだ」
剣を強く握りしめ、振り落とす。
「【一刀両断】」
スッ
英雄と賢太郎、そしてデュラハンキングでさえこの静かな一振りの太刀に戸惑いを感じていた。
俺は剣を鞘にぐいぐい納めデュラハンキングに背中を向け歩き出す。
「終わった」
「な、なんだぁ?斬れてな……」
斬られたことも理解できずデュラハンキングは真っ二つとなり息絶えた。
俺は気分が晴れないでいた。
元はと言えば、俺達がデュラハンキングの縄張りに足を踏み込んだのが発端だ。
あんな卑怯な奴だが、デュラハンキングは本来殺されるはずのなかった魔物だった。
俺が元魔王ではなく魔王だったら正しい道に導けたのかもしれない……、そう考えると感慨深いものがあった。
都合の良い時だけ、人間を語る。
斬ったのはハーデスではなく出野ハーだと。
俺に魔王が務まるのか。
甚だ疑問に思った俺は、英雄に剣を返すと共に聞いてみた。
「英雄、俺の行動は間違っていたのか?」
英雄は返す。
「いえ、何を選択するかは自分次第。ハーデスもデュラハンの王も間違ってはいない。ただ……」
「ただ?」
「ただ、正しさと正しさが衝突した場合、どちらかが間違いになりうる。自分を守るか皆を守るか、そう問われたら、私はあなたと同じく皆を守りたい」
嬉しかった。
それは同意されたことに対してではなく、俺の信念を理解していたことに対してだ。
それと共に、英雄に申し訳ない気持ちになった。
俺はそれを素直に伝える。
「英雄、すまん」
「どうした?」
「もうその剣使い物にならない」
「えっ?」
俺の一刀両断により英雄の剣は原型をとどめておらず、それを誤魔化す為に力ずくで鞘に納めたのだ。
英雄はこの後、必死に剣を抜こうとしたがびくともせず、「大丈夫、貸したのは私だから」と言って笑顔を作って見せたが、目は笑っていなかった。
次回予告
デュラハンキングを倒したハーデスは帰路へつく。仲間を外で長時間待たせているので反応が気になるところだが、何だか騒がしい。何が起きているのか。
次回 ~二回目の冒険終了~




