うーちゃんはやっぱりすごい人ですね
ひとまず、話は落ち着き。私は短期留学生のような扱いを受けることになりました。
……海を渡るの、すごく苦労したんですけど、いまだと飛行機で簡単に渡れるんですね。千年の進歩すごい。
海を渡ってまで勉強しよう、という意志もすごいですけどね……やっぱり、知識欲って大きいんですね。
「しかし、留学生となると避けられないのは……自己紹介ですね」
うーちゃんがそう深刻そうにつぶやくのは、おそらく私のリエ=ウヴァロヴァイト・アマツジとしての設定を固め損ねているのが大きいでしょう。
本当なら移動の車中で話したのかもしれませんが……私が上機嫌であの三人にさんざんな思いさせたことを話してしまったから……。
いまは横にあやめ先生がいるから設定がどうので話し込むこともできませんし……あ、そうだ。
「うーちゃん、日本語にはそれなりになじめていると思うのですが、万が一間違いがあると大変なので、話すことをまとめてもいいですか?」
こういえば、まさか今から実在しない人物の設定を練り上げますよ、とは思われないでしょう。
「そうですね。聞かせていただけますか?」
「えーっと……私は日系のドイツ人で、うーちゃんのお父さんと、私のお父さんが仕事のつながりがあって、知り合った。ここまではあってますよね?」
「はい、間違いありません」
「ほかにお話した方が良いことって、何があるんでしょう?」
「うーん……日本語が上手なので、どこで勉強したのかは聞かれるかもしれませんね。アニメをドイツ語字幕で見て少しずつ覚えたのでしたっけ?」
「はい、重厚なる世界譚である程度。そこからはうーちゃんと話しながら、間違っている場所を直して」
そうしてあくまで日本語に間違いがないかの確認、という体でいろんなことを聞いては答えてもらって、リエ=ウヴァロヴァイト・アマツジという人物像を作りあげていく。
アニメで日本語に触れ、日本全体に興味を持ち、父の仕事に同行。父はトオル=ウヴァロヴァイト・アマツジで母はリサ=アルカディア・ヤツガエ。ただし、父の仕事内容は聞いていないから詳しいことは分からない。などなど……。
基本的過ぎることまで確認したので、少し怪しまれているかもしれませんが、留学してきたばかりの緊張からだと思ってもらえるようにふるまいましたし、大丈夫! ……大丈夫、ですよね? たぶん……。
「それじゃあ、天野さん、アマツジさん。ちょうど朝礼の時間だから、時間を取るから自己紹介でも。しっかり確認していたようだし、したいでしょうから」
あ、大丈夫そうですね! 良かったぁ……。
「はい、皆さん席について静かに……してるわね。どうしたの? 普段ならこんな……ま、まあ、とにかく。今日から留学生がこのクラスに入ることになりました。急な話だけど、おどろ……いて、無いわね。ひょっとして、もう情報いき渡ってるのかしら……とにかく! 天野さん、アマツジさん、入って」
あやめ先生、少し動揺してますね……普通、留学生となるともっと騒がれるものなのでしょうか?
とはいえ、いつまでも廊下にいるわけにもいかず、私たちは教室の中に入ります。
「初めまして、リエ=ウヴァロヴァイト・アマツジともうしま──」
「天野さんと付き合っているって本当ですか?」
自己紹介を最後までさせてすらもらえず、飛んでくるのはそんな質問。
「親の仕事のつながりなのにそんな簡単にくっつくものですか?」
「ハニートラップなんですか?」
「娘同士で付き合うなんて双方のご両親に反対はされなかったのですか?」
質問は矢継ぎ早に飛んできて、答える隙を与えてくれません。う、うう、これどうすればいいんでしょう。
「皆さん。私はかまいませんが、リエさんに失礼なことを言わないでいただけますか」
まだまだ質問は飛んできていましたが、うーちゃんがそう怒気を込めた声で言うと、教室内は静まり返ります。
「まず、私たちが付き合っていること。それは事実です。きっかけは親の仕事でしたが、出会って意気投合してからは関係なしに連絡を取るようにもなりました。私の意見が家に影響を与えることがないのは皆さんご存知の通り。つまり仕事上の潤滑剤になりえませんし、跡取りが別にいるからか少なくとも私の両親は何も言っていません……失礼な質問は以上ですか?」
すごい……さっきまであんなに騒いでいたのに、うーちゃんの一声でこんなに静かになるなんて。今も、まだ何か聞きたそうな顔をしている人はいますが、失礼な質問、と切り捨てられたからか口には出せない様子です。
「……さ、リエさん。改めて自己紹介を」
「あ、はい……皆さん、初めまして。リエ=ウヴァロヴァイト・アマツジと申します。皆さん、よろしくお願いします!」
あらかじめしておいた打ち合わせが吹っ飛んでしまうほどでしたが、それでも一応拍手で皆さん迎えてくれました。
「席は……天野さんの近くがいいでしょうね。少し道と場所を作ってあげてもらっていいかしら?」
教室の片隅に、とりあえず置かれている、といった様子で積まれていた机を下ろしてくれる人、その机に行くまでに通る道を開けてくれる人……最初こそどうなることかと思いましたが、一応皆さん受け入れてくれたのでしょうか……。
場所は、今いる黒板前から見て右奥の隅。隣の席がうーちゃんとなると、雑談をすることは、よほど相手の方から声をかけてこない限りないでしょう。現代のことなんてほぼわかりませんから、助かりますね……ちょっとだけ、寂しい気もしますけれど。
「はい、それじゃあ皆さん、新しいクラスメイト、アマツジさんとも仲良くしてあげるのよ。それでは、朝礼を始めます」
あやめ先生の言葉で、学校での一日が始まりました。