第9話 初めての城下町
町は家からとても近い場所にあった。
林の道なき道を歩き出して20分くらいで周囲を深い堀で覆う大きな壁にぶち当たったのだ。
「この壁はなに?」
「なにってこれは城壁だ」
堀に沿って歩きながら聞くと、キロがさらっと答えてくれた。
「城壁って...町に行くんじゃなかったの?もしかして城があるの?」
「?あるに決まっているだろ」
「キロさんさーもうちょい言葉足して答えてあげないと伝わらないさよ?」
「あ、ああ。すまん。このご時世で城壁がない町などない。あるとすれば農村くらいだ」
「そうなんだ!ありがとうキロ!」
この世界では町といえば城下町のことを指すのだろう。
僕の考えていた普通の町とは違ったようだ。
いい意味で期待を裏切られた。
僕は人生で初めての城下町に心臓の高鳴りが早まるのを感じた。
テンション上がってきた!
「早く行こう!みんな!」
「まてまて慌てるなハクト。もうすぐ正門だ。フードを被れ」
「うー」
歩いて来る途中で町に入る前の注意事項をキロ達に言い聞かされた。
1. 異能力を隠すこと
2. 龍人族であることをできるだけ隠すこと
3. 町中では許可がない限り離れないこと
この3つを守れば町に連れて行ってくれるという条件だった。
理由はそれぞれちゃんとある。
条件1は異能力の強さでどこまでも成り上がれるこの世界において、むやみやたらに異能を披露するのは大金を抱えて歩いているのと同じで、トラブルを引き込み易くなるらしい。
条件2は今から行く町が人族の町だからだ。
亜人系の種族がいないわけではないが、奴隷や農奴が多いため、目をつけられると厄介だという。
条件3はせっかくだから四人みんなで仲良く町を見て回ろう!を遠回しに言っているようだ。
なんせキロが照れ臭そうに言っていたから。
「よいしょ。うわっこれ前見えづらいなー」
キロから受け取ったタオルのようなフードを頭に巻いてオレンジの髪を目立たなくする。
ちなみに服装についてもダボついた地味なものを着て、鱗が見えないように気を使っている。
「文句を言うな。お前のためでもある」
「はーい!」
テンションが高いままだったのでニカッと笑い、ギザギザの歯とエクボをキロに見せつける。
「歯は...しょうがないな。大声はだすなよ?」
「うん!」
「良い感じに親子してんじゃねーか!がっはっは!」
「そうさねーうらやましー」
「揶揄うなお前達...反応しづらいだろ」
親子か...
上から目線かもしれないが、僕は実際にキロと親子といっても良いと思っている。
キロは不器用でダメなところを言い出すとキリがない。
だが一つだけ、僕のことを一番に置いて常に行動していることは伝わってきている。
その所為か前世の父親はキロよりもずっと良い性格をしていたが、一緒にいる時間は既にキロの方が長い気さえする。
ふと、見上げるとキロがそわそわしながら先を見据えている。
きっと何か見つけて早く話題を変えたいのだろう。
「キロだけじゃないよ!レックスもニーミママも僕の親でしょ!」
「おうっ。そっそうだな!そうだったな!!ボン」
「えへへっハクトはいい子さねー」
なんとなくこれは不平等かなと思い、後ろからキロを揶揄っていた二人にも味わってもらうことにした。
案外二人とも照れているようだ。
トンッ
「着いたぞ」
キロが僕の背中を軽く叩いた。
前を振り返ると
「!...うわぁ」
思わず目を見開いた。
本物の城壁に吊り橋がかかっており、門の奥には僕がテレビや映画でしか見たことのないような風景が広がっている。
数人の商人と思われる人達が馬を引いたり、徒歩で大荷物を抱えて正規ルートから門を潜って行くのが見える。
僕はゆっくりと橋を踏む。
ギシッと重量を感じさせる音が響き、堀に流れている水の湿気った匂いが充満している。
「ファンタジー...」
感極まった。
先ほどのやりとりを完全に忘れて世界観にふけった。
「おい、ハクト置いてゆくぞ?」
「えっちょっ待ってよ!」
ぼーっと橋の上で立っていた僕にどんどん進むキロ達から声がかかった。
もう少し浸っていたかった。
「ハクトさ大丈夫?」
「うん!ちょっと感動しちゃって」
「はっはっは!ボンは橋が好きなのか?物好きだな!」
別に橋が好きなわけではないが...
でもこれで感動しない日本人はいないと僕は信じたい。
「あの人達は何?」
橋には少し列ができていた。
ちゃんとした観察を始めて疑問を口にする。
「あれは関所さね。キロさんがもう先に行っちゃったのさ。合流しようか!」
「うん!見てみたい!」
「本当にボンは好奇心旺盛だな!しかもどんどん吸収しちまう!」
「だって気になるんだもん!」
三人でキロが並んでいる場所に行くと、もう順番がきていた。
「今日は四人で来たんだ」
「おー。あんたが人を連れているのは珍しいな。家族か?」
すっとレックスの後ろに回り込んでから眺める。
見るとキロはキロよりもひと回りガタイのいい兵士風のおっさんと話し合っていた。
「ああそう...いや、違う。友人二人と預かっている子供一人だ」
「へーあんた友人いたのか?」
結構普段からこの兵士とやりとりをしているようだ。
キロへの言葉遣いがかなり砕けている。
「悪いか?」
「おっと失礼。じゃあまたあんたの寄越した鎧から引いとくぜ」
「頼む」
キロは相変わらず言葉足らずだが、どうやらかなり出入りしているため、税金は鎧でいっぺんに払っているみたいだ。
遊園地の年パスみたいな感じだろう。
「あっと。ちなみにどっちがガキだ?」
「おいテメェそりゃぁ俺のこと言ってんのかぁ?」
「あー。おう!そっちのフードの方がガキか。了解!」
レックスが割とガチめに啖呵を切った。
圧が篭っており、いきなりのことで僕はかなりビビった。
兵士のおっさんもビビったらしく、すぐに話を切り上げていた。
レックスに子供だって言うのはNGワードだったの!?
「よし、じゃあ入るぞ」
コクリッ
緊張してか、いや兵士達の視線を感じたので僕は三人に囲んでもらう形で頷き返した。
あれ?なんか見られてる...レックスのせいかな?
しばらく街道を歩き、人気のない横道に逸れるとキロが口を開いた。
「しまったなフードは逆効果だった」
「そうさね」
「だな」
「え?」
見られていた原因はフードのようだ。
「フードはそもそも雨の日につけるものだ。今日はむしろ天気がいい。変に思われただろう」
「むしろ目立ってたってこと?」
「顔は隠れるからいいと思ったんだがなー。あの関所の兵士がビビリで助かったぜ」
「殺気漏れてたしさー。ハクトのためとはいえレックス怖いんだからやめてさね。もうっ」
コクッコクッ!
「はは!わりぃ!」
そうだそうだ!暴力反対!僕も怖かったんだから!
でも僕の為だったらしいから許す!
僕はまだなんとなく声を出すのが怖くて心の中で返事をした。
「でも今回はレックスのおかげでハクトが見つからずに済んだ。悪いが俺は今からフェルト帽を買ってくる。あれなら農民の帽子だし目立たないだろう」
「そうさね。頼んだよキロさんさ」
「ああ。ニーミはハクトをちゃんと見ておけ。すぐ戻る」
そう言うとキロは人混みに紛れていった。
「はぁ...悪かったなボン。入れはしたが穏便にいかなくてよ」
「んーとなんで僕は見つかったらダメなの?亜人系の種族はこの町にもいるんでしょ?」
ようやく落ち着いて声が出せた。
「そうさね。ダメって訳じゃないんさよ。ただ言ったようにこの町には奴隷や農奴の亜人が多いからさ。周りの視線がハクトには痛いと思うんさよ。ほら...」
「あっ」
視線の先には飲食店からつまみ出されている猫というか豹のような顔をした猫人族の姿があった。
「ほらあそこも見てみろボン」
「...あれは?」
飲食店にいる狼の顔をした狼人族の隣にはそれなりに身なりのいい男性がいて、その人が握っている鎖に首輪で繋がれている。
ただ立って主人の食事が終わるのを待っているようだ。
「あれはあいつの奴隷なんだろうな。飼い主と一緒なら入れはするが一緒の食卓を囲むことはねぇ」
「どういうこと?」
「この国は今も獣人族の国と戦争しているんさ。それで得た捕虜をこうやって遠い土地に奴隷として売り払っているんさ」
「そうなんだ...なんか...虚しいね」
よくよく見てみると、笑って街道を歩いているのは人族のみで他の獣人族はみんなどこか虚ろで下を向いている。
なぜ仲良くはできないのだろう。
僕がまだまだこの世界の常識に慣れていないせいもあるだろうが、折角のファンタジーの全貌がこれだとあまりに勿体無い。
この気持ちはそのうち変わるのだろうか。
「悲しいじゃなくて虚しいか...うん!そうさね。でもハクトは龍人族だから見つかっても平気だけどさね。そうは思わない人がこの町にいるのも事実だからこうして配慮をすんさ!大丈夫!何があっても守ってあげるしさ、楽しもうハクト!」
「買って来たぞ!ハクト!」
「!キロ」
キロがフェルト帽と呼ばれる水泳帽のようなツバのない帽子を持って、再び人の波を華麗に避けてするするっと戻ってきた。
「これを被ってゆくぞハクト」
「おう!いいタイミングだキロ!」
「じゃあ気を取り直してゆくのさー!」
「うん!」
心に降り積もった埃は拭えないけど、今は三人に心配を掛けないように元気に振る舞おう!
それに無理にでも楽しまないと損だしね!次いつ来れるかわからないし!




