表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

「な、なにを仰っているのですか!?」



 ロザンネはミランダの悲痛な叫びで我に返る。そして、ミランダと同じ言葉を心の中で叫んだ。

 しかし、叫ばれている側のガイレルは、何がおかしいのか、と言わんばかりだ。



「何をとは? 私の心の内を述べたまでですが?」

「何故彼女なのです!?」

「何故と言われましても、好きだから、それだけです。私は父から好きな者と結婚しても良いと言われていますからね。ですから、婚約者など勧められなくても自分で決められるのですよ。あんなにもたくさんの方に慕われているミランダ嬢なら、きっと素晴らしい方と巡り会えるでしょう。私などには勿体無いですよ」

「そんな……」



 力尽きたようにフラついたミランダは背後に立つ崇拝者に支えられる様にして、何とか立っていた。その光景を見ると居たたまれなくなるが、ミランダがやってきたことを思うと同情する気にはならない。こっちだって噂のせいで眠れぬ夜を過ごしてきたのだから。



「貴方様は見る目がございませんわ!」



 崇拝者の誰かが叫ぶ。その声を聞いた瞬間、ガイレルの纏うオーラが冷たいものへと変わった。思わず隣にいたロザンネも息をのむ。



「それは、私の愛する人を侮辱しているのでしょうか?」

「ひっ!」



 どこからか小さな悲鳴が漏れる。誰の反論も批判も許さない、そう言うかのようなガイレルの表情を見て、口を開く者はいなかった。



「これ以上、私に迷惑をかけてくるのなら、それ相応の対応はさせてもらいますよ。警告はしましたからね。それでは失礼」



 ガイレルは優雅に一礼すると、そのままロザンネを連れてその場を去る。ロザンネはされるがままに、ついていくしかなかった。



 学校にある小さな庭まで来ると、ガイレルは繋いでいた手を離しロザンネに向き直る。一瞬、ロザンネは手が離れていくことに寂しさを覚えるも、すぐに気を取り直し顔を上げた。



「申し訳なかった」



 ガイレルの最初に発した言葉は謝罪であった。ロザンネは、何に対しての謝罪だろうか、と考える。


 勝手に会話に入ったこと? ミランダと崇拝者を言いくるめたこと? 私を婚約者にすると言ったこと?

 でも、その全てだとしても



「ガイレル様が謝られることではありません」



 私はガイレル様のためになるのなら、なんでもすると決めたから、彼を非難するつもりなど毛頭ない。



「いいや、謝らなくてはならない。あの時、君が絡まれている時、放っておくべきだったのだ」



 確かに、ロザンネさえ我慢していればガイレルが来なくても凌げた。いや、来ない方が婚約者について触れずにすんだのだ。



「しかし、身体が勝手に動いてしまった。君には放っておけと言ったというのに」

「……ガイレル様」

「申し訳ない」



 やはり真面目な方だとロザンネは思った。何故なら、ロザンネには、放っておけ、と言ったのに自分が約束を破った事を謝ってきたのだから。



「お気になさらないでください。結果的には何とかなったのですから。しかし、今後の事を考えますと少し困りましたね。ミランダ様との噂は消えるでしょうが、ガイレル様が私を好きだという噂が流れては、ガイレル様の負担が減りませんでしょう?」

「負担?」



 ガイレルは心底驚いたとばかりに橙の瞳を見開いた。



「え? だってあれはあの場を上手く凌ぐための嘘なのですよね? よく考えてみれば、ガイレル様が私のことなど」

「嘘ではないですよ」



 次に驚いたのはロザンネである。あの時は舞い上がってしまったが、よく考えてみれば、ほとんど話したこともないロザンネのことをガイレルが好きになるはずない、と思っていたのだ。

 言葉の意味を理解したロザンネは、顔を赤らめ目を泳がせる。そんなロザンネの様子をガイレルは困った表情で見つめていた。



「私が貴女を好きだと思うのはおかしいでしょうか?」

「い、いいえ。そうではなくて……その、そんな素振りが全くなかったので驚いているといいますか」

「それはそうですよ。貴女が婚約者であることは隠さなければなりませんから」

「たしかにそうなのですが」



 嬉しいはずなのに、そんなことがあるはずない、とロザンネの心は訴える。こんな夢のようなことーー



「信じられない?」

「え?」

「そんな顔をしていますから」



 ガイレルは苦笑いを浮かべると、一度深呼吸をし、意を決したように真剣な眼差しをロザンネに向ける。その美しく凛々しい姿にロザンネは思わず息をのんだ。



「正直、ロザンネ嬢のことはただの政略結婚の相手としか思っていませんでした。オーランド殿下のためになる、それしか考えていなかった」

「……はい」

「でも、いつからでしょうか。貴女を意識し始めたのは。仕事のやり取りしかしていないというのに、その優秀な仕事ぶりや手紙で見る整った美しい文字を見るだけで、貴女はどんな人なのかと思い始めました」



 ロザンネはガイレルから向けられる熱い視線に胸が高鳴っていくのを感じながら、なんとか落ち着こうと胸元をキュッと握りしめる。



「一度気になり始めると、仕事以外の貴女も知りたくてたまらなくなった。時々学校で見つける貴女は、手紙でイメージしていたよりも明るく表情豊かで、直接話しかけてみたいと何度思ったか。それでも、貴女は聡明な方だった。私達のことを知られないようにと、私を見ることはなかったし、仕事だって頼んだ以上の成果を上げてくれる。だから私も懸命に隠してきたのですよ」

「……ガイレル様」

「本当は手紙もたくさん送りたかった。ですが、貴女の負担になるのならと我慢してきましたし、動物が部屋を行き来する回数が増えれば見つかるリスクも高まる。そうしたら、貴女にも殿下にも迷惑がかかります。だから我慢してきたといのに……あの日の食堂で、悲しそうな表情の貴女と目が合った時、嬉しかったのです。私を見てくれていた事も、貴女の表情にも期待してしまった。しかし、嬉しいからといって表情に出すべきではなかったんです。結果的に貴女に不快な思いをさせることになったのですから」



 ガイレルは美しい顔を歪め、心の底から悔いているような表情を浮かべていた。私が全て悪い、そう懺悔するようなガイレルを目の前にして、ロザンネは胸が締め付けられる。

 どうやって今の気持ちをガイレルに伝えればいいのだろう。この喜びやガイレルへの想いをどうやって吐き出せばいいのか。



「私は……ガイレル様のお役に立ちたかったのです。殿下を懸命に支えている貴方様のお役に。でも、今考えれば、それは言い訳だったのかもしれません」

「ロザンネ嬢?」

「私は貴方様の中で必要とされる存在に、特別な存在になりたかったのです。例え愛がなくても、手放しがたい存在、そう思われたかった」



 そう、貴方の側にいられる理由が欲しかっただけ。


 ガイレルは懸命に溢れるものを堪えるロザンネの頬にそっと手を触れた。その瞬間、薄緑色の瞳から一筋の光がガイレルの手へと溢れ落ちる。



「もう私は貴女を手放すことができませんよ。いいえ、手放すつもりはない」

「しかし、婚約者とバレてしまっては……」



 このままではガイレルも私も国を裏切ることになってしまう。ロザンネは、こんなにも国のために動いてきたガイレルの頑張りを無駄になんてしたくなかった。

 しかし、そんな心配を他所に、ガイレルはロザンネに優しく微笑みかける。



「大丈夫ですよ。貴女は婚約者としてではなく、恋人として認知されるのですから」

「え? 恋人?」

「えぇ。ミランダ嬢達に言ったじゃないですか『婚約者になる者は決めている』と。婚約者だなんて一言も言っていませんよ」

「な、なんという屁理屈……」

「だから、貴女さえ許してくだされば、すぐにでも広めたいのです。噂には噂を、ですよ?」



 そう言ったガイレルは今までで一番素敵な笑顔をロザンネに向けた。



 ****


 あれから、学校には瞬く間に新しい噂が広まっていった。



『ガイレル・バイセロンはロザンネ・サイソニアに一目惚れをし、懸命に愛を囁いている』そして『バイセロン公爵家は恋愛結婚を認めている』と。



 学校の中にある小さな庭、そこに銀髪の美しい男性と亜麻色の髪を靡かせた可愛らしい女性が仲睦まじく座っている。



「ガイレル様、なぜあんな内容の噂になったのでしょうか?」

「嫌でしたか?」

「嫌というか……」



 ロザンネは苦笑いを浮かべる。今流れている噂の一つ(ガイレルが流した方)は、ロザンネにガイレルが好かれようと頑張っている、そう捉えられても文句が言えないような内容だ。ロザンネは恐れ多くて内心びくびくしていた。



「しかし、あれくらいの噂で良いのですよ。私がそれほど貴女を愛している、と周りに思われていた方が、何かとスムーズでしょう?」

「あ、愛し……ス、スムーズ?」

「えぇ。なんたって、私は父上に好きな人と結婚していいと言われていることになってますからね。きっと、ミランダ嬢達は、私の婚約者になるチャンスを狙って、あの時の私の言葉を広めたんだと思いますが」



 そう言いながら、クスクスと小さく笑ったガイレルを見てロザンネは唖然とした。



「ま、まさか……」

「もちろん、そんな事一言も言われていませんよ。なんたって貴女と政略結婚させたのは父上なんですから。でも、そう思わせておけば、私達が婚約者と発表しても、恋が実ったくらいにしか思われないでしょう? ほら、スムーズです」

「ほ、ほらって」

「父上は私がいつかやるだろうとは思っていたようですが、今回の様な事がなければ、ちゃんと私の卒業までは待つつもりでしたよ。まぁ王宮で『恋愛結婚を認める愛に夢見るような純粋な男だったのだな』とからかわれたと怒られはしましたがね」



 ロザンネはもはやどこから突っ込めばいいのかわからなくなっていた。あの日の行動が無計画なものではなかったのではという考えが浮かぶと、喜んでよいのかさえわからない。しかし、ロザンネが一番気になったのは。



「待つのは、私の卒業ではなくガイレル様の卒業までだったのですか? 当初の約束では私の卒業までと聞いておりましたが」

「だって、私が卒業して変な虫が貴女については困るじゃないですか」

「へ?」

「その約束は、お互いに愛情がなかった場合は一番良い案ですが、今の私には受け入れがたい内容なのですよ」



 あぁ、もう。どうして彼はこんなにも簡単に嬉しく恥ずかしいことを言ってくれるのだろうか。

 ロザンネはつい数日前まではこんな夢のようなことが起こるなんて想像できなかったのに、とあの日から何度も経験している胸の苦しさに耐えていた。


 気持ちが伝われば、そう思っていただけなのに、まさかガイレルからも気持ちを受け取れるなんて。あの苦しくもどかしかった日々が、簡単に吹き飛んでしまった。



「本当は私も、貴方様のお側に堂々といられる日を夢見ていました。事務的な手紙ではなく、貴方様と温かな手紙のやり取りをしてみたかったですし、こうやってお話もしてみたかったのです。私は今、とても幸せですわ」

「私もですよ。貴女に想いを伝えられただけではなく、貴女からも想いを返してもらえる日がくるなんて、思ってもいませんでした」



 ガイレルは壊れ物を扱うようにロザンネの手をとると、唇を落とす。真っ直ぐロザンネを見つめる橙の瞳には、溢れんばかりの愛が詰まっていた。



「愛しております、ロザンネ。貴女の婚約者になれた幸運を感謝しております」

「ガイレル様……わ、私も愛しております。貴方を支え側にいられる名誉が与えられたことを心から感謝しております」



 暖かな風の吹く小さな庭で、愛を誓いあった二人。その側では、ずっと二人の橋渡しをしていた栗鼠や小鳥が嬉しそうに見守っていた。

 お互いの気持ちを知らぬまま、相手のことを想い、隠し続けた二人の関係が、今幕を閉じ、新たな未来が開かれた。





「そうでした。私、実は一つ、貴女に謝らなくてはいけないことがあったのです」



 今思い出した、と少し慌てたガイレルの様子にロザンネは一瞬不安そうな表情を浮かべるも、ガイレルの手元から出てきたものを見て、彼の言いたいことがわかり表情を緩める。



「仕事で連絡しあっている手紙は燃やすのが決まりでしたが、これを燃やさず持っていたのです。決まりをやぶってしまい申し訳ない」

「ふふふ、なぜ燃やさなかったのです?」

「貴女の言葉が嬉しかったのです」



 ロザンネは優しく笑顔を浮かべ、くすくすと笑い始めた。それにつられるようにガイレルも小さく笑い出す。


 本当に真面目なお方ね、とロザンネは思う。それでも、それが彼の良いところで、彼の側にいたい、役に立ちたい、そう思う要因の一つに他ならないのだ。



「これからは燃やさなくてもよい手紙をたくさん書き合いましょうね」

「そうしましょう。ただ、貴女の友人には迷惑をかけてしまいそうだ。しっかり文量を気にしなければ」

「まぁ!」



 幸せそうに笑う彼らの間で、小さな手紙が揺れる。そこに書かれていたのはたったの一言。


 〈貴方様のお役に立てて嬉しいです。〉


あとがき


『私と貴方の秘密な関係』を最後までお読みいただきありがとうございました。


今作品は以前書いた『王子が絶対に欲しいもの』に登場するガイレルのお話なのですが……実はこの作品、書きたいように書いた作品だったので、全く設定集などがなく、思い出すために何度も読み返す必要がありまして。

設定がズレていないか心配しております(汗)


ですが、最後にガイレルのタガが外れた感じが書けただけで満足しております(おい)

真面目なガイレルが一度解放されるとこうなるのでは? そう思いまして。ただ愛を囁くと言うよりは、愛を述べている感じにしたかった。

しっかりと書けていることを願っております。


きっと、あの噂が流れてからガイレルはオーランド殿下に、どうして教えてくれなかったのか、と責められ、それでも殿下が成人して事情を知るまでは真実を絶対黙っているんだろうなぁ、とか色々妄想しつつ。

作者の自己満足にお付き合いいただけたこと、心から感謝いたします。


少しでもほっこりしてもらえればと願いつつ、これにて失礼いたします。


史煌

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ