279:魂を懸けて
日色と別れたアダムスだったが、少し離れた場所で難しい表情を浮かべながら唸っていた。
『どうしたの、アダムス?』
現在表に出ているのはアダムスで、イヴァライデアの声が心の中で響く。
「うん、オリザスの奴、一体どこに魂の保管場所を設置してるのかって思ってね」
『…………大丈夫』
「イヴ?」
『魂がたくさん集まってる場所、何となく分かる』
「おお~、さっすがワタシのイヴ! んで、どこどこ?」
『下、かな』
「下?」
アダムスが自分の立っている足元に視線を落とす。
「な~る、地下施設ってとこか。そういやオリザスってば、故郷でもよく地下に穴掘って研究所とか造ってたっけ」
彼曰く、その方が集中しやすいらしい。
また研究資料などを保管するのも便利で、侵入者を阻むような罠なども設置しやすいことから進んで地下に拠点を造っていた。
『でもどうやって地下に行く? 入口とかそう簡単に見つかるとは思えない』
「あーダイジョブダイジョブ! ワタシってばこういう時の勘ってすげーから」
そう言うとアダムスは直観に従って周囲を走り回る。
時折何か感じるものがあり、その方向へとベクトルを向けて進んでいく。
先程までいた玉座から北部に位置する場所にも街並みが広がっているが、そこには憩いの広場として作ったのか、美しい噴水が目立つ公園があった。
周りには街灯やベンチ、街路樹などが公園を彩っている。
その中でアダムスが注目したのはアダムスを模った像だった。
「うひゃ~、オリザスめぇ、どんだけワタシのこと好きなんだってーの」
『彼の好きは本物。ただ歪んではいるけれど』
「好意を向けられるのは嬉しいんだけどね~。おっと、時間もないしさっさと地下施設の入口を見つけないと」
『ここにあると思うの?』
「んーと、多分コイツがカギだと思うなぁ」
件の像にアダムスが口を若干尖らせつつ触れてみた。
コンコン、コンコン、コンコン。
ノックでもするかのように、像のあちこちを叩いていく。
『アダムス、ほんとにこの像がカギなの?』
不安そうにイヴァライデアが尋ねるが、アダムスは自分の直観を微塵も疑っていなかった。
「あーもう面倒じゃい! せーのぉぉ……」
『え、あ、ちょ、もしかして!?』
「おおおりゃあぁぁぁぁぁっ!」
アダムスが目一杯右腕を振り被り、その魔力を乗せた拳を像に叩きつけた。
――バキャァァァァッ!
たった一撃でものの見事に粉砕した像。
『あーあ、やっぱりやっちゃった。もう、相変わらずヤンチャなんだから』
「へっへ~ん、でもほら。ワタシの勘も捨てたもんじゃないっしょ?」
アダムスが示したのは先程まで像があった場所。そこには網状の扉が設置されており、その奥には地下へ通じる階段が視界に映った。
『ていうかいつも思ってたんだけど、アダムスのその勘ってどうなってるの?』
「フッフッフーン。ほら、ワタシってば神に愛されてるから!」
『もしかしてわたしのこと?』
「ウンウン。だからこの世界ではワタシは無敵なのだー!」
『はいはい。ヒイロも待ってると思うから早く行く』
「オッケー! じゃあこの扉をっと……おりゃっ!」
網に手をかけ、またも力づくで扉を引っ張り抜いて壊したアダムス。
「よーし、じゃあさくっと行っちゃうぜ!」
無邪気な笑顔を浮かべたまま、さして警戒せずに階段を下りていく。
『アダムス、あのオリザスの地下施設だよ。もっと警戒するべき』
「ダイジョーブだって。何があったって、イヴはワタシが守るからさ!」
階段の先には細長い直進通路があり、そこに入った瞬間にサイレンが鳴り響く。
同時に天井から石壁が下りてきた。
「およよ?」
『ほら、やっぱりタダじゃ済まない』
「アハハ、ヘーキヘーキ! こんなもん、ぶっ潰してやりゃいいんだっての!」
アダムスの行く手を阻む石壁は、厚さは一メートルほどあり、とてもではないが普通のやり方では突破することはできない。
しかし石壁は一つだけでなく、通路の先まで何枚も侵入者を食い止めようと下りている。
だが――。
「たあぁっ、てやぁっ、おらぁっ、くらぁっ、ふぬぅっ!」
先程の像を思い返すがごとく、一撃必殺、いや、一撃粉砕の要領で壁を次々と徒手空拳で破壊していく。
第三者から見ればその圧倒的な力は壮観だと思うが、守る立場として見るならこれほど理不尽な存在はいないだろう。
世界を救った日色でも、ただ魔力を宿した拳だけでこうまで壁を破壊し続けることはできない。
『さすがはあの接近戦の天才――シリウスに肉弾戦で戦いたくないって言わせるほどだね』
肉体の強さと接近戦に関して天賦の才を持つシリウスだが、こと肉弾戦、ただの殴り合いだけを見るならば、シリウスでさえ尻込みするほどの力量をアダムスは持っているのだ。
アダムスがその気ならば、たとえこの壁が鉄でできていても貫通させることができるのだから。
そうやってアダムスが突き進んでいくと、その先に開けた場所を発見した。
アリの巣のようなあちこちに分岐点らしき通路の入口があり、何も知らなければ確実に迷ってしまうだろう。
しかしこれもまたアダムスの直観が冴え渡る。
「何となく右から三番目ぇっ!」
そう言って何の迷いもなく口にした通路を進んでいく。
その先も幾らか入り組んだ道が続いたが、アダムスの見据える目線はただ一つの道。
同じように壁が下りているが、最早アダムスを止められる者は誰もいなかった。
そしてついに――発見する。
これまでと明らかに違った雰囲気を漂わす重厚な白亜の扉が立ちはだかっていた。
『……ここ?』
「ん、多分ね」
『けれどこの扉、今度は簡単に突破できそうにないね』
「かもね。全力でぶっ壊してもいいけど、その反動で周りまで崩れそうだし」
『ちょっとわたしと変わって』
「……ダイジョブなの?」
『少しの間だけなら』
そうしてアダムスの人格が裏へと引っ込み、代わりにイヴァライデアが表へ現れる。
イヴァライデアは軽く深呼吸をすると、扉に人差し指で触れ素早く動かしていく。
それは日色が扱うような漢字ではないが、明らかに文字の形をしている。
書き終わった直後、イヴァライデアが「《文字魔法》発動」と小さく呟く。
同時に文字が金色に輝いたと思ったら、扉がひとりでに自動ドアのごとく動き出した。
『ヒュ~、さっすが神様! よっ、このチート妖精~!』
「……妖精じゃない」
『ワタシと同化するまで妖精みたいだったじゃん』
「そんなことより早く奥へ行く」
アダムスの相手をしている時間などない。自分たちのために戦っている日色が待っているのだから。
室内は半球状のドーム型になっており、何の材質かは分からないが周りの壁や床は硬度の高そうな鉱石で固められている。
そして中央には大きな台座が存在し、そこから太い蔓が幾重にも伸びており、あるものを包み込んでいた。
そのあるものというのは見たこともないほどの――巨大な本。
一見すると表紙が金色なので、成金趣味のように感じられるが、その本から伝わってくる存在感は、一度目にしてしまうと二度と逸らせないほどの魅力を持つ。
それは恐らく本が放つ命の輝きに魅せられているからだろう。
間違いない。この本こそ、オリザスが世界中の魂を封じ込めた代物だ。
数え切れないほどの命の集大成。
「す、凄いわね……圧倒されるわ」
ただ対面しているだけでアダムスさえも言葉に困るほどの衝撃を受けている。
『アダムス、魂を解放しなきゃ』
「うし! けど……どうやって? 壊してもいいの?」
『ダメ。傷つけたら、魂までも傷ついちゃう』
「だったらどうすんのさ? やっぱイヴの魔法で――」
アダムスは言葉を止めた。
同時に悔しげに表情を歪める。
何故ならアダムスの右拳が在るべきところになかったのだ。
「マッズイなぁ~。さっき暴れたから粒子化が早まっちゃったかぁ」
『多分わたしが魔法を使ったせいが大きい。もうほんとに時間……ない』
「このままだといつ全身がひょっこり消えちゃってもおかしくないよね。……けど、やっぱこの子たちを解放できるのはイヴだけだと思う」
『…………いいの?』
「何で?」
『だってせっかく生き返れたのに』
「…………ふぅ。まあ本物でないにしろ、やっぱ死ぬってのは怖いね~。でも……それを言うならイヴもだよ。今の状況、分かってんでしょ?」
『……わたしはこの世界のためなら何でもする。それが不甲斐ない神として唯一できること、だから』
「ふ~ん、ヒロヒロに怒られちゃうと思うよ?」
真面目な顔をしてアダムスが言う。
『…………それでも、だよ。ヒイロは何度も世界を救ってくれた。わたしが勝手に呼びつけたにもかかわらず』
「…………」
『わたしは世界の危機に今まで何もできなかった。シンクたち……アダムスも犠牲にするだけだった』
「それは……アタシはそんなこと思ってない。シンクだって」
『ううん。わたしがちゃんと神として世界を守るべきだったの。でも結局他の人たちの力を借りなきゃ何もできなかった。だから今度はわたしが頑張りたい』
「イヴ……」
『アダムスにはまたわたしのせいで犠牲に――』
「バーカ」
『へ?』
「イヴのバーカバーカ、おたんこなーすのでーべーそー」
『で、でべそなんかじゃない!』
「いいから聞きなさい。いい、イヴ? アタシは犠牲になったなんて思ったことこれっぽっちもない。アタシはアタシがしたいことをしただけ。だから……そんなに自分を責めないの」
『アダムス……』
「今回だってそう。アタシは本物のアダムスってわけじゃないけど、それでもこの想いだけはアタシだけのもの。アタシはアタシの意思で、アンタの力になりたいって思った。この想いは本物にだって負けない」
真っ直ぐで一切揺らぎのない澄んだ瞳だった。偽りや冗談などでは決して放つことのできない覚悟の光。
「だから気にせずやりなさい。後悔や泣き言なんて神様には似合わないでしょ?」
『…………うん、分かった』
すると再びイヴァライデアが表に現れる。
そして両手の人差し指を立てると、指先に金色の輝きが周囲を照らし始めた。
※
空から無数に降ってくる剣の雨。
それを日色は『飛翔』の文字を使いながら回避し続けていた。
だがそれだけではない。空から降る剣ばかりに意識を向けていると、『クピドゥス族』たちの襲撃を受けてしまうのだ。
しかも『クピドゥス族』たちは死人兵士のように、死を恐れずに向かって来るので厄介である。
実際に剣に貫かれて息絶える者もいるのだ。しかしそんな状況でも怖れを微塵も見せずに日色を攻撃してくる。
せめて『クピドゥス族』だけでも動きを止めてやろうと文字を書こうとするが、すぐに文字自体が灰化して消失してしまう。
当然これは高みの見物をしているオリザスによる《創剣の魔眼》の力。
さらにいうなら、絶命した『クピドゥス族』がすぐに立ち上がってゾンビのように襲い掛かってくるのだ。
この力はアヴォロスの持っている《黄泉の眼》の能力である。
「くそっ! ならこれで!」
《釈迦金気》を凝縮して弾丸のようにオリザスに向けて放つが、今度は《菱毘眼》を行使し吸収してしまう。
(くっ、複数の魔眼で攻めてきやがる!)
さらにいえばアヴォロスと違って、何度も何度も死した者を蘇らせてくるので、酷い無限ゾンビアタックである。
もしこの力がアヴォロスにあれば、依然の戦争でもっと苦戦、いや敗北していた可能性だってあるだろう。
オリジナルを超えるほどの能力を発揮してくるとは、オリザスがどれほど規格外が嫌ほど痛感させられる。
魔眼というのは絶大な力を有する代わりに大量のエネルギーを使用するはず。
三つの眼を延々と使いこなし続けるオリザス個人にそれだけの力があるようには見えない。
「ククク、僕が何故疲れもなく力を行使し続けられるか疑問ですか?」
日色に聞こえるように声を張り上げながらオリザスが言う。
「その理由は簡単ですよ。この何千年もの間、僕が集め続けた魔力の結晶体。その力を使っているのですから」
そう言いながら懐から取り出したのは、青白く輝く細長いクリスタルだった。
そこから大量の魔力がオリザスへと終始流れ込んでいるのが分かる。手に持てるほど小さいというのに、あの魔神ネツァッファ以上の魔力を感じた。
「まあもっとも、アダムス復活のためや《封魂禁書》の起動にそのほとんどを費やしてしまいましたがね」
「セロアウマ……!?」
「ああ、アダムスが探しているはずの装置ですよ」
つまり世界中の記憶を封じ込めている代物だということ。
「ずいぶんと余裕だな! イヴァライデアたちなら必ずその装置のもとに辿り着くぞ!」
てっきりすぐにでもイヴァライデアたちを追いかけていくと思ったが、こうして日色の相手をし続けているので不思議に思う。
「何、アダムスだけならまだしも、イヴァライデアの人格が残っているというのなら放置していても問題ないですから」
「! どういうことだ!」
「イヴァライデアは今まで数多くの命を犠牲にしてきました。それは君も知っているかと思いますが」
確かに彼女は自分が動けない代わりに周りを動かしてきた。
その結果命を失った者は決して少なくないだろう。
「彼女は命を奪うことに恐怖しています。知っていますか? 彼女が何故小さくなったのか」
「それは力の使い過ぎだろう!」
事実、イヴァライデアからそう聞いている。
「クク、真実は違いますよ。もちろん力を使い過ぎたということもあります。しかし一番大きな理由は、彼女には大きな心の傷があるからです」
「っ……心の傷、だと?」
「ええ、自分のせいで数多くを犠牲にしてきた重責に彼女は心を圧し潰されてしまった。そしてできる限り力を使いたくない、神として民たちを見守る資格などもうないと無意識に思い込み、現在の状態になっていたんですよ」
そんなことまったく気付かなかった。
しかしよく考えればサタンゾアとの戦いから大分経ったというのに、完全に回復する気配すら感じない。
それどころか最近は眠りの時間も増えていて……。
「イヴァライデアは神として大きな欠陥を持っています。それは……命を愛し過ぎること」
「それのどこが欠陥だ! 神ならば自分の世界やそこに住む者たちの命を大切に想うのは当然だろうが!」
「ククク、ハーッハッハッハッハ! 本当にそのようなことを思っているのですか? それが神の在るべき姿だと? あまり笑わせないでください!」
「何だと!?」
「神とは創造主。創造したものは神の玩具でしかありません。玩具など壊れればまた創ればいいだけなんですよ?」
「んなっ!?」
「それが神。創造されたものは決して対等ではない。ただの傀儡人形なのですから。だが彼女は人形に情を込め過ぎてしまった。そのせいで招いたのが現状です」
彼の言う通り、神というのは超常の存在。
創造主と、創造された者たちには決定的な差があるかもしれない。
玩具――オリザスの言い分も一理ある。
神になろうとしたサタンゾア。もし彼がイヴァライデアの力を飲み込み本当にこの世界の神として君臨していたら、きっとすべては彼の玩具と化していただろう。
「神に余計な感情は必要ありません。従う者たちはただの駒。利用価値があるかないかだけでいい。それが世界を永遠に保ち続ける秘訣。それを分かっていないイヴァライデアは、人形たちの命を大切にし過ぎ、その命を奪ったことで心に傷を負った。そして……」
ニヤリと口角を上げつつオリザスは続ける。
「そして彼女はきっと力を行使できない。何故ならそんなことをすればアダムスが、自分の親友がまた自分のせいで死んでしまうのですから」
「何だとっ!?」
そういえばアダムスの手が粒子化していた。
神の力が大き過ぎて器が崩壊しているとのことだが……。
「《封魂禁書》は、イヴァライデアなら起動を止め、封じられた魂を解放することができるでしょう。しかしそれには親友の命、また自身の命すら対価とせねばならない」
「!? 命を……対価……っ!」
イヴァライデアにとって恐らく自分の命を捨てることはあまり苦にならないだろう。世界を守るためならば、きっとその選択を彼女は取る。
しかしそのせいでアダムスを殺すことになるとしたら?
たとえ本物ではないとしても、同じ記憶と外見を持つアダムスをイヴァライデアが犠牲にすることができるのか……。
「ククク、結局あの神モドキは何も救えないというわけです。やはり神はアダムスがなるべきで――」
その時だった。
遠く離れた地上から天へ向けて光の柱が突き抜けていったのである。
(何だあの光は――?)
と思った日色だったが、愕然とした表情を浮かべるオリザスを見て察した。
恐らくあの光はアダムスとイヴァライデアによるものであり、オリザスが予想だにしない事態が起きているのだと。
事実……。
「バ、バカな……っ!?」
それまで硬直していたオリザスが、ようやく声に出してまで驚愕を示した。
「あ、有り得ないっ! どうして《封魂禁書》が解放されるんだっ!?」
それは世界にとってもちろん望まれた解そのもの。日色でもその解は欲していいたところ。
しかし先程オリザスが口にしたことが気になっていた。
それは解放するにはイヴァライデアとアダムスの命を対価にしなければならないということ。
だからこそ日色もまた彼女たちのことを想い心配になる。
するとさらに光の柱は大きく育ち、天を覆う白い衣を徐々に剥がしていく。
それはまるで何も描かれていないキャンパスに、空を映し出していくかのよう。
直観的にこれでミュアたちは元に戻るのだろうと予想できた。
だがそこへ座して待てないのがオリザスだ。すぐにその場から光の柱へと向かうために空を飛ぶ。
「――っ、そこをどけ!」
そんなオリザスの前に立ちはだかったのは日色。
彼が日色から意識を完全に離したことにより、『転移』の文字を使って彼の前に飛ぶことができたのである。
「どうした? 口調も変わってて。何をそんなに焦ってるんだよ」
日色の挑発に対し、明らかに今までとは断然に違う焦燥感をオリザスから見て取れる。
「もう一度言う。そこをどけ。貴様などに構っている暇はないんだよ!」
再度《創剣の魔眼》の力を使い、無数の剣を生み出し弾丸のように飛ばしてくる。
しかし余裕がないのか、攻撃が単調になっており魔法を使わずともかわすことは容易だった。
そうこうしているうちにも世界が元に戻っていく。
その様子に益々オリザスが慌しく攻勢に出てくる。
それを日色はしかと見極めて回避し、そして――。
「――《金波斬》っ!」
オリザスの懐へと入り、《釈迦金気》を纏わせた斬撃を放った。
――ズシュゥッ!
オリザスの左腕を切断することに成功。
しかし日色はオリザスに対して違和感を覚える。
何故なら腕を切断されたというのに、繭一つ動かさないのだ。
それどころかその切った腕を右手で取り、あろうことか投げつけてきたのである。
咄嗟のことで日色も両腕で防御するしかできず、後方へと吹き飛ばされてしまう。
互いに一定の距離を取りつつ睨み合う。
オリザスが懐から出した何かを口に含み嚥下すると、血が噴き出ていた左腕の筋肉が収縮し出血を止めた。
そして何事もなく自分を見据えてくる様子で、日色は感づく。
「お前、痛みを感じていないのか?」
「そんなもの生きるために必要ですか?」
口調が戻っている。少しは冷静さを取り戻した様子。
「痛みがあるからこそ人は前に進める。痛みのない人生など価値があるわけないだろう」
「クク、それは低レベルの存在だけが持つ思考。神へ、またその近似に至る者には到底必要のないものですよ。痛みなど……あっても辛いだけだ」
コイツ……と日色は思わず口にする。
最後の言葉だけ、オリザスが寂し気な表情をしたように見えたのだ。
「――それは違うよ、オリザス!」
そこへ上空から聞き慣れた声が降ってきた。
見れば背中から翼を生やしたアダムスが浮かんでいたのである。
「アダムス……!」
「ううん。わたしはイヴァライデアだよ、オリザス」
「!? 貴様……何故だ! 何故魔法を使えた! やはり貴様にとってアダムスは犠牲になるべき存在でしかないっていうことかっ!」
オリザスの怒りがイヴァライデアへと飛ぶ。
日色もまたその答えには興味があった。
いや、実際のところイヴァライデアの気持ちはすでに理解している。
曲がりなりにもここ数年、ずっと傍にいたのだ。
同じ魂を持つ者同士、彼女が何故この解を示すことができたのか、何となく分かっていた。
「……そう、だね。わたしは……愚かで、バカで、みっともなくて、意地っ張りで……結局一人じゃ何もできないダメな神様。だけど…………こんなわたしでもやっぱりどうしても守りたいものが、あるんだよ」
それはね……と空を見上げて続ける。
「――――――この世界」
「っ!? このくだらない世界のためなら親友だって平気で殺すっていうのか貴様はっ!」
激昂するオリザス。そんな彼の次に言葉を発したのは――。
「ったく、親友だからこそ、なんだよ。バカオリザス」
「ア、アダムス……!?」
今度はアダムスが表に出てきた。
「イヴだってね、好きでこんな決断したわけじゃないよ。神様として、ただやるべきことをしただけ」
「だ、黙れ偽物がっ!」
「うーわ、ひっど。まあ確かにアタシは偽物かもしれないけどね。でも……アタシはアタシの意思で、イヴに命を捧げた。だってさ、親友が命を懸けるっつってんだ。ならアタシはアタシにできる最高をしてやるだけ。たったそれだけだっつーの」
「くっ、やはり感情なんてものは邪魔でしかない……!」
「だからそれは違うよ、オリザス」
またも人格が入れ替わり、今度はイヴァライデアが前に出てきた。
「ヒイロが言ったでしょ。痛みがない人生なんて価値はないって。確かに痛みがあるから辛いし悲しいし寂しい。けれど、だからこそ……感情があって痛みを感じる心があるからこそ人は成長できるんだよ」
「そんな詭弁たくさんだ! 僕にだって痛みはあったさ! けど誰も僕の痛みなど理解してはくれなかった! ただ一人アダムスを除いてはなっ!」
オリザスはその眩いばかりの才から他から疎まれ弾かれていた。
あまつさえ危険だからと命まで狙われたのだ。
そんな中、アダムスだけが彼に救いの手を伸ばした。
オリザスにとって、アダムスこそが救世主であり――崇拝すべき神なのだろう。
だからこそ自分にとっての神を奪ったこの世界が憎いし、アダムスを救えなかったイヴァライデアにもまた恨みを募っているのだ。
「オリザス……」
「アダムスは……僕を見てくれた。誰も認めてくれなかった僕の才能を…………欲してくれたんだ。……嬉しかった」
その時、オリザスの目が僅かに光ったかのように見えた。
だがすぐに表情を引き締めオリザスは宣言する。
「だからこそ完全なるアダムスを復活させ、彼女と僕で不可侵の永久世界を構築する! この世界を一旦リセットし、僕たちが新たに創り直す! そう、これは僕にとっての革命だ!」
高らかと己の真意を宣言するオリザスに対し、日色は静かに答えを返す。
「そんなものは革命なんかじゃない。ただの自己満足の押し付けだ」
「!? ……何だと?」
「たった一人だけのバカげた妄想を叶えるために革命があるんじゃない。お前のそれはお前以外全員を不幸にする腐った理想だ」
「言わせておけば……っ、クク、まあいい。下等生物が神に連なる者の考えを理解できようはずもないですしね」
まだ自分が神に等しい存在だと思っているらしい。
「それに《封魂禁書》を解放したとはいえ、すべてが元通りになるのにも時間がかかる。その間に君たちを滅ぼしやり直せばいいだけ。もちろん、そこの失敗作もね」
そうしてアダムスを一瞥するオリザス。
見れば彼女の身体はすでに右腕と左足が粒子化して失われていた。
とりあえずまず日色を彼女のもとへ飛び、『復元』の文字を彼女に向けて発動させる。
しかし――バチィンッ!
文字は弾け飛び失敗に終わってしまう。
「ちっ、ならもっと文字数を増やして――」
「ううん、ダメなのヒイロ」
「イヴァライデア……?」
文字を書こうとする日色の手を取り、イヴァライデアが静かに首を左右に振った。
「この現象は《文字魔法》では止められない。わたしがこの人造体の身体にいる限り崩壊は免れないから」
「ならその身体からお前だけを抽出すればいい」
だがイヴァライデアはまたも頭を横に振る。
「わたしの魂は、この身体……ううん、アダムスの意識と融合しているの。そしてこの身体はアダムスの意識そのもの。わたしの魂だけを取り出すのは不可能」
「じゃ、じゃあどうすれば! 本当に手はないのか?」
実際日色は《文字魔法》があれば、何とかイヴァライデアを救えるのだと思っていた。
しかし神である彼女からの絶対の真実に絶望を感じる。
「僕を放置して何を楽し気に会話しているんですか?」
オリザスの冷たい言葉が日色たちの鼓膜を震わす。
それと同時に、オリザスが空へと飛び上がった。
右手には、日色に切断された左腕が握られている。
「やり直すために全力で君たちを駆逐する。さあ、我が知識の結晶を見せて上げます!」
すると地上にいた無数にの思える『クピドゥス族』たちが、ふわりと浮き上がってオリザスのもとへと向かう。
オリザスは切断された左腕を高々に放り投げる。
その腕に向かって『クピドゥス族』たちが向かったと思ったら吸収されて消えていく。
(そうか。あの腕には《菱毘眼》が……!)
恐らくその能力を駆使して『クピドゥス族』たちを吸い込んでいるのだ。
しかし何故わざわざ戦力を自分で減らしているのか疑問である。
「! ……ヒイロ、気をつけて」
「は?」
「まだオリザスは何かをするつもりだから」
そう言うイヴァライデアの言葉を証明するかのように、オリザスは続けて動く。
まず右手に存在する《創剣の魔眼》を繰り抜き、それを放り投げ吸収させ、また額の《黄泉の眼》までも同様にえぐり取って《菱毘眼》に送った。
二つの魔眼を吸収した直後、左腕が膨れ上がり徐々に形態を変えていく。
それはやがて巨大な一つの瞳へと姿を変貌させた。
まるで天から地上を睨みつける竜の眼のように思え、その威圧感につい背筋を震わせてしまう。
硬直する日色たちをよそ目に、オリザスは自らその瞳へと近づきスタッと上に乗った。
するとそのままズズズズズと瞳の中へと自らを飲み込ませていく。
完全に瞳の中へ入り込むと、瞳から恐怖を感じさせるようなドス黒いオーラが溢れ出てきた。
そして直接脳内に響くようなオリザスの声が聞こえてくる。
「これぞ我が最終兵器――《エクヘトル・イデアル》。たった二匹の害虫には過ぎたものですが、確実に滅ぼすことにしましょう。特にヒイロ・オカムラ、君をね!」
瞬間、瞳から放たれた一筋の黒い閃光。
瞬きすらも許されない僅かの時間で、光の槍は日色の胸を貫いてしまった。
「ヒイロッ!?」
イヴァライデアが落下していく日色へと手を伸ばす――が、その日色の身体は無残にも灰化して消える。
ただその現象を見てか、イヴァライデアはハッとなり消えた日色から《エクヘトル・イデアル》へと視線を移した。
するとオリザスの最終兵器の上空から、《絶刀・ザンゲキ》を構えた日色が凄まじい速度で落下していく姿があったのである。
「なるほど。咄嗟に分身体を作って、本体は上空へ転移していたというわけか」
オリザスの見解通り、オリザスから攻撃がくると予想していたので、分身体を残してそれを陽動に、オリジナルは奇襲をかけるために上空へ飛んだというわけだ。
「このまま貫かせてもらうっ!」
日色は『超加速』の文字を使い限界まで速度を上げ、《エクヘトル・イデアル》へと突撃していく。
「フッ、無駄なことを。逆にそのスピードがアダになりますよ」
日色が一点目掛けて突き進んでいると、《エクヘトル・イデアル》の身体から無数の刃が突き出てきた。
「んなっ!?」
このまま突っ込むのは自殺行為に他ならない。
瞬く間に体中が穴だらけになってしまうことだろう。
日色は「ちぃっ」と舌打ちをすると、すぐさまブレーキをかけて突撃を中断する。
だが勢いがつき過ぎたため、なかなか速度が落ちない。
(仕方ない!)
魔力がもったいないが、再び『転移』の文字を使って別の場所へと飛ぶ。
「ハーッハッハッハッハ! 惜しいですね! もう少しで殺せたものを!」
確かにあと少し文字の発動が遅れていれば、今頃死んでいたかもしれない。
「ヒイロ!」
「大丈夫だ! お前はどこか安全な場所で休んでいろ!」
今はとにかくオリザスを倒すことが先決だ。イヴァライデアのことはその後で何とか考えればいい。
イヴァライデアも今の自分が何の役にも立てないことを承知しているようで、悔しそうではあるが日色の言うことを聞いて離れていく。
「これは避けられますか――《闇雨》」
空を支配している瞳から、先程日色の分身体が受けたのと同じ黒い光が無数に日色へと降り注ぐ。
一撃でもくらったら灰となって消失してしまう。
日色はすぐにまた『転移』の文字でその場から離脱する。
黒き雨を受けた大地は、無残にも灰になって崩壊していく。
(あの現象……そうか、《創剣の魔眼》の力を使って……)
吸収した魔眼の力をも備えているということは、先程の刃もまた魔眼の力なのであろう。
だとするとおいそれと《エクヘトル・イデアル》の体内に潜むオリザスに近づけない。
(どうするか……このままだと俺の魔力も底を尽きてしまう)
日色は消耗率の激しい《釈迦金気》を使っているのだ。このままだと先に力尽きるのは日色で間違いない。
しかし突破口が見つからない。
遠距離でもあの光の刃で追い詰められ、接近戦でも無数の刃で迎撃されてしまう。
かといって逃げ回っているだけではいずれ日色が墜ちる。
せめてこちらも刃に貫かれないほどの防御力があれば……。
いっそのこと極限まで防御力を上げる文字を使うか?
いや、そうすれば今度は攻撃力が足りなくなる。
両方同時に上げることもできるが、かなりの魔力を消費してしまうため効率が悪い。
(いいや、そんなこと言ってる場合じゃないか。どちらにしろ、敵の懐に近づかないと話にならないんだ)
だったら今できる最善を尽くすだけだ。
「……ちょっとキツイが、アレを試す良い機会でもあるしな」
数年前と比べて、最近ではあまり戦闘を行わなかったため身体も鈍っていたが、戦闘手法については脳裏で研鑽を続けていたのだ。
日色は《釈迦金気》を纏ったまま、少し《エクヘトル・イデアル》から離れる。
「む? 何をするつもりか……?」
オリザスは離れていく日色を怪訝な表情で見つめる。
日色は一定の距離を保ったところで立ち止まり、大きく深呼吸をした。
そして左右の両手に意識を集中させる。
右手には魔力を示す青白い光が収束し、左手には身体力を示す黄色い光が現れた。
日色は目の前で合掌し、二つの光を融合させる仕草を取る。
そう、これは《太赤纏》を使う時の所作。
だがこれまで《釈迦金気》を纏ったままで使用したことは皆無だった。
直後、金色の光を包むように赤いオーラが出現する。
「名付けて――――――――《涅槃如来》!」




