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ベネチュアの風と太陽


地中海一水の都ベネチュア。

此処の空は抜ける様に蒼く、

太陽は古都の遺産を数千年照らし続けている。

詩人は此処の潮風に吹かれ、

此の港に佇むと、

胸が張り裂けそうに成るそうだ。

胸に病いの有る詩人は、

ベネチュアの前で踵を返すべきだ。

港の見える公園に若者が佇んで居た。

—水の都ベネチュア

なんて素晴らしい、

私の船は行く

さざ波の上—


「お〜暫くだ。」

「…元気か。」

「トッポ。」

「ピーター。」

「相変わらず歌って居るかい。」

「はっはっはっはっはっは。」

「ベネチュアの子すずめ。」

「ローマの土鳩。」

「酷いじゃないか。」

「はっはっはっは。」

二人は学生時代、

一つのパートを狙い、奪い合ったものだ。

ピーターが仕事でローマへ立ち寄った序でに、

ベネチュアへ足を伸ばしたのも、

トッポに会うのが目的だった。


二人の乗ったゴンドラは

波の静かな水路を

いにしえの建築物の間を縫って、

進んだ。

「なあ、おい。」

「何だい。」

「男同士でゴンドラも無いだろう。」

「はっはっはっはっお似合いかもな。」

「止してくれ。」

「はっはっは。」

その時、

突然耳を劈く音響がした。

「…。」

遠くで大きな土煙りが上がった。

間もなく遠方や、近くの橋の上をパトカーや、

救急車のサイレンが、

けたたましく鳴った。

「何だろう。」

トッポが何か気掛かりらしく、

「済まないが、

今日はベネチュア観光のお付合いの気に成れない。」

「判った。」

「どうしたんだろう。」

「ちょっと、家に帰って見る。」

「じゃあな。」

「後で連絡を入れるよ。」

「ああ。」

ベネチュアの午後は

ピーターにとって

退屈なものと成った。


何やら街中が騒然とした中、

電気店の前の

テレビを見ると、

どうやら、

ベネチュアの中心部で事件が

あったらしい。

「本日昼前、

観光地で有名なベネチュアで

爆発事故が起きました。

現場中継に変わります…。」

何か不安な気持ちの中、

夕方ホテルの部屋で電話が鳴った。

「ピーターかい。」

「トッポだね。」

「ああ。

今日は済まなかった。」

「いいんだよ。それより…。」

「ピーター…。」

「どうしたんだい。」

トッポが泣き声で、

「もう、

駄目だ。」

「…。」

「今日、家のアパートでガス事故が有った。」

「…。」

「僕は独りぼっちに成ってしまった。」

「トッポ…。今行くよ。」

ピーターは電話を切ると

タクシーを拾い、事故現場に急いだ。

現場はベネチュアの山の手の

見晴らしの良い場所だった。

「ピーター。」

「トッポ」

多くの被災者に、関係者、警察、

救急隊員、野次馬が駆け付け、

大変な事態に成った。

「良く来てくれた。」

「もう、僕の心は暗い闇の中だ。」

「…。」

「もう、音楽なんてどうでも良くなっちまった。」

「トッポ。今は心を休める事だ。」

ピーターは十数年前の自分の事を思い出して居た。

泣き続ける友を、

優しく抱えて上げる事しか出来なかった。




Lux terna luceat eis, Domine:

Cum Sanctis tuis in ternum,

quia pius es.



Requiem ternam dona eis Domine:

et lux perpetua luceat eis.



Cum Sanctis tuis in ternum,

quia pius es.



主よ、彼らを永遠の光でお照らしください。

聖者たちとともに永遠に

あなたは慈悲深くあられるのですから。

主よ、永遠の安息を彼らに与え、

絶えざる光でお照らしください。


聖者たちとともに永遠に

あなたは慈悲深くあられるのですから。


トッポが気付くと

祭壇の前に

一人の仮面の歌い手が居て

透き通った声を

躯を震わせて歌って居た。


誰だろう。

何と極めた

人の心を酔わせる声だった。

トッポはしかし、

直ぐ誰だか気が付いた。

「彼しか居ない。」

仮面の下の顔は苦悩に

包まれていたのが判った。


人々の心は

彼の歌声に

慰められたのであろう。


いつの間にか

仮面の歌い手の姿は消え去っていた。


彼の癒されない姿を、

その後、

ニューヨークに見たと

或る人は語った。



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