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仮面に隠された過去


歌は我が命

歌は心を癒し、

人の悲しみを救わん

共に歌おう


旅行姿の青年が或る港町を訪れた。

顔の半分を前髪で被って居た。

彼にとって、此の街は特別なものであった。

「おい。ピーター。」

「…。」

「ピーターじゃないか。」

「ああ、小父さん。」

「元気だったかい。」

「ああ。」

「どうした五年ぶりじゃないか。」

「そうだね。」

街のレストランの前で昔の知人に会った。

店のオーナーだった。

「今夜は家でパーティだ。」

「…。」

「良いんだろう。」

「小父さん有難う。」

街で五本指に入る人気レストランだ。

其の夜は店中アコーディオンが鳴り響き

女の子が踊って居た。

客の間からは笑い声が沸き上った。

「さあ皆。家の放蕩息子が帰って来たよ。

今夜のビールは儂の驕りだ。

断って置くが、

驕りは飲み物だけだよ。」

「わっはっはっはっは。」

「食い物は駄目みたいだ。」

「馬鹿云うんじゃ無い。」

「わっはっはっはっは。」

「なあ、放蕩息子は今迄何をして居たんだい。」

「放蕩息子は止してくれ。」

「わっはっはっはっは。」



十二年前の或日少年ピーターは火事で家族を失った。

其の時転がり込んだのが、

街のレストラン

「ミミー」

の親爺さんだった。

「ま、頑張りな儂だって親は居ないんだぞ。」

「…。」

「と云って儂も木の股から生まれた訳じゃなし。

はっはっはっはっは。」

「…。」

「店を手伝いな。

あとは何とかしてやるよ。」

「小父さん有難う。」


レストラン「ミミー」の主人には

可愛い娘が居た。

色白で痩せっぽっちのミミ。

「娘に構うんじゃないぞ。」

「…。」

いつの間にかピーターは

家族の一員であった。


暮の寒い晩

使いの帰りにピーターは

或屋敷の前を通った。

クリスマスも近かった。

それは市長さんの屋敷だった。

広間は煌々と明るく

何やら、

魅惑的な歌声が聞こえて来た。


Vide ‘o mare quant’e bello,

Spira tantu sentimento,

Comme tu a chi tiene mente,

Ca scetato ‘o faie sunna.


美しい海 感傷をさそう

君の優しき囁き 夢の中へいざなう


Guarda, gua’, chistu ciardino;

Siente, sie’ sti sciure arance:

Nu profumo accussi fino

Dinto ‘o core se ne va…


軽やかな風は オレンジの香りを運び

その芳しさは 恋心に沁みる


E tu dice: "I’ parto, addio!"

T’alluntane da stu core…

Da sta terra de l’ammore…

Tiene ‘o core ‘e nun turna?


「私は行くわ、さようなら」 君は言った

僕の恋心を見捨て

僕の気持ちを置き去りにして


Ma nun me lassa,

Nun darme stu turmiento!

Torna a Surriento,

famme campa!


行かないでくれ

これ以上僕を苦しめないでくれ

ソレントへ帰って来てくれ




何の歌だろう。

甘く切なく

何とも

懐かしい歌声だろうか。


腹が空いて居たが、

其の歌声が心を満たしてくれた。

すると、市長の屋敷の門が開くと、

外出先から、主人が帰って来た。

車の窓から、

市長が顔を出すと。

「おい、ピーターだったね。

こんな所で何をして居るのかね。」

「ああ、市長さん。」

「寒いだろう。中へ入るかね。」

するとピーターは、

「いえ、あの歌声が

素晴らしくて…。」

「ああ、あれは娘のパーティで、

彼女の知人の声楽家のジョンの歌だ。」

「…。」

その歌声に聞き惚れて居ると。

「ピーター。歌は好きかい。」

「ええ。」

「よし。じゃ入り給え。」

「歌が好きなら私がパーティに招待する。」

と市長は名刺に招待状の文字を書いて、

ピーターに手渡した。

「さ、入り給え。」

市長の屋敷に通されると、

広い玄関を

執事が出迎えてくれた。

「…。」

無言で通る廊下には

家具調度が並び…

しかし、

ピーターにとっては

そのような飾りは目に入らなかった。

ひたすら、

市長に追いて、

二階の広間へと

導かれて行った。

扉が開くと、

垢抜けた衣装を身に付けた

多くの客がステージの上の

声楽家ジョンの歌声に聞き入って居た。

喝采を浴び

悦に入ったジョンが

「では最後に皆さんで、○○の歌を

歌いましょう。」

和やかな合唱が始った。

すると、ジョンはステージを降りて

通路を歩き始めた。

「君。名前は。」

「ピーターです。」

「…良い声をしてしてるね。」

「…歌は嫌いかね。」

「はい。好きに成りそうです。」

するとジョンは嬉しそうに、

「そうだろう。」

「…。」

「光るよ、君。

磨けば光る。」

「…。」

合唱は中途で止まってしまった。

「君。後で私のテーブルに来なさい。」

また合唱は続き、

フィナーレと成った。


ピーターがジョンのテーブルに座ると

「あ、市長さん。」

「食べてるかね。」

そしてジョンが

「ピーターと云ったね。」

「はい。」

「はっはっはっ市長。

今日は良い日だ。」

「何か有ったのかね。」

「いや、この少年が

良い物を持って居るんです。」

「ほ〜。宝物でも…。」

「そうなんです。宝です。」

「判る様に話してくれんかね。」

「いえ、市長。

彼はテナーですが、

此れは磨けば光る。

逸材です。」

「…。」

「私の音楽家人生を賭けて、

本物です。」

「ん〜。

君に、そうまで言わせる。

…きっと本物かも知れない。」

「…。」

「此の子は確か、

数年前の火事で、

ご両親を亡くされた。」

「それはお気の毒に…。」

「どうして暮らして居るの。」

「はい。レストラン・ミミーで

世話に成っています。」

すると市長は

「うむ、それは知って居るよ。」

ジョンはピーターの顔を見つめ

「ピーター。

君、音楽を本格的に習ってみないかね。」

「うむ、

私は政治屋だが、

音楽の価値に関して

理解が有るつもりだ。」

「ピーター音楽に人生を賭ける気持ちは無いかね。」

「でも、ぼくは…。」

「ああ、今の環境だね。」

「市長、ダイヤモンドも

土の中では永遠に石ころでしかない。」

「勿論判っとる。」

「引受けよう。

私が彼の面倒を見よう。」

「ピーター。音楽の世界を

元気よく歩いて見ないか。」

「少し、考えたいんだ。ミミーの小父さんと。」

「お〜、悪かった。

君の人生だ。

大切な人を困らせてはいけない。」


レストランミミーの

パーティは

盛んだった。

「しかし、良く帰って来たね。」

おかみさんも

真っ赤な顔をして歓んだ。

「あれから市長さんは、

12年間、

僕の未来の為に

投資をしてくれた。」

「そうね。」

「ピーターは俺達の自慢だ。」

「市長は大切な恩人だよ。」

「うん。明日行って来るんだ。」

「きっと、大喜びさ。」


その夜

此の地方では珍しい嵐に見舞われた

月も無く

星も無く、

真っ暗闇の中、

雷鳴が轟いた。

そして他所の街から

流れ着いた

三人の強盗が

市長の屋敷に

忍び込んだ。


「うわぁ〜っ。」

「くわ〜。」

続いて、

銃弾の音が鳴ったが、

雷鳴がそれを

かき消してしまった。


真っ暗な中、

何処からともなく、

サイレンの音が

聞こえて来る。

ピーターは

ベットの中で、

微睡んで居た。


どんどんと

ドアをノックする音で

目を覚ました。


「どうかしましたか。」

「殺されたよ。」

「だ、誰の事。」

「市長だよ。」

「……。」

「あの優しい市長がねえ。」

「…。」

ピーターは頭の中が

真っ暗になってしまうのを感じた。

今日の為に帰って来たのに…。


翌朝

市長の屋敷は

人でごったがえして居た。

「14号車。

こちら3号車。

只今市長邸。

どうぞ。」

警察官の業務通信が

緊張を伝えて来る。

「ピーター。残念だったね。」

レストランミミーの店長の言葉に

思わず、

泣き崩れる

ピーターだった。

ピーターが

此の街に帰って来た目的は

12年間身寄りの無い

自分の

音楽への道に

ずーと投資してくれた

市長の善意に

感謝する為だった。

市長邸の

古時計が

悲しい音色で

鳴り出した。


市長の為、

葬儀が行われた。

市内の大きな教会の

礼拝堂に市民が集まり、

多くの涙を誘った。


「人は皆、

この世を去る日が訪れてきます。

天地の造り主である主なる神を礼拝する。


イエスは彼女に言われた、


「わたしはよみがえりであり、

命である。

わたしを信じる者は、

たとい死んでも生きる。

また、生きていて、

わたしを信じる者は、

いつまでも死なない。

あなたはこれを信じるか」


牧師の言葉は続く…


軈て賛美歌が流れます。

人々の悲しみは

また一段と強く成る頃、



賛美歌の流れに続き

異例の事が始りつつあった。


突然一人の青年が立上がり、

「鎮魂歌」を熱唱し始めた。

その声は低く、

そして高く、

朗々とホールに木霊した。

その歌声は

人々の心を震わせ、

老いも

若者の魂をも

揺さぶった。

見知らぬ若者は

顔にマスクをして居たが、

その美しい、

悲しい歌声に

皆聞き入るのみだった。


Lacrimosa dies illa,

qua resurget ex favilla

judicandus homo reus:



Huic ergo parce Deus.

pie Jesu Domine,

Dona eis requiem. Amen.




涙の日、その日は

罪ある者が裁きを受けるために

灰の中からよみがえる日です。



神よ、この者をお許しください。

慈悲深き主、イエスよ

彼らに安息をお与えください。アーメン。


若者は

人々の興奮が醒める前に

何処へともなく

去って行った。


「誰だったのだろう。」

時は経ち

人々の記憶から

その日の事は

次第に消え去ってしまった。






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