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きみの知らないぼくのこと  作者: さか
僅かな気持ちの変化

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第四十七話



 ――律希の部屋にて。

 あれから一時間程度勉強をしていたところで、電池が切れたように、凪が机に突っ伏した。

「もう無理です〜……。頭痛い〜……」

 そんな凪を見て、律希は優しく微笑んで立ち上がった。

「もう一時間もやったからね。おれ、何か持ってくるよ。待っててね」

 そう言って、律希は部屋から出ていった。

 凪は頭だけ動かして、律希の部屋の中を見渡す。

「……前来た時も思ったけど、必要最低限って感じ……」

 ボーッと部屋の景色を見ていると、律希の机の上に見覚えのある箱が置かれていた。

 凪は身体を起こして、机に近づく。

「これって、私がバレンタインにあげたお菓子を入れてた箱……」

 物を必要以上に置かない律希の部屋に、凪があげた物が置かれている。

 その事に気づくと、凪は頬が緩んだ。



 ――……私があげた物は、大切に残してくれるんだ。やっぱりそういう所が……。



「……好きだなぁ……」

「何でお前がここにいんだよ」

 凪の後ろから、険しい表情をした理央がヌッと顔を覗かせた。

「――っ!? ひ、……ひぇえぇぇえ――!?」

 驚いた凪は思いきり叫び声を上げて、その場に座り込んだ。

 そんな凪の口を慌てて片手で塞ぎ、理央は人差し指を自身の口に当ててシーッと言う。

「ばっ……か!! 大声なんか上げたら……」

「――っ、蓮實さん! どうかした!?」

 慌てた表情で、飲み物を持って部屋に駆け込んで来た律希。

 律希は黙ったまま、二人の状況を見る。


 凪の上に覆い被さるように、理央が凪の口を手で塞いでいる状態。


 飲み物を机に置いた律希は、笑顔で理央の首根っこを掴んだ。

「…………何してんの」

「これは不可抗力だ! もうすぐで親父帰って来るのに、こいつが大声なんか出すから!」

「だからって、兄の彼女の上に乗るとかどうかしてない?」

「だから不可抗力だって!」

 理央はキッと凪を睨んで、涙目で訴えた。

「お……、お前のせいで、リツ兄に怒られてんだけど! どうにかしろよ!」

「え、えぇ〜……。どうにかって言われても……」

 凪はチラリと律希を見上げる。

 目が合った律希は笑っていたが、目は一切笑っていなかった。

 それを見た凪は小さく首を横に振った。

「……無理。私には無理。頑張って」

「こ、こいつ……!」

「理央は一旦外に出てってね〜」

 律希は理央を部屋の外に放り投げ、部屋の扉の鍵を閉めた。



 


 

 振り返った律希は、凪の前でしゃがんで頬に手を伸ばす。

「さっき、何かされた?」

「何もされてないです! ……あの子がいきなり後ろに現れた事に私が驚いただけなので……」

「そっか。それならいいけど……」

 そう呟いて、律希は大きくため息をつく。そしてポスンと凪の肩に自身の頭を預けた。

 凪は驚いて目を丸くする。

「――っ、り、りり、り、律希さん……!?」

「…………、……最悪…………」

 訳の分からない凪は目を丸くしてさせた。

「……え?」

「……弟なんかに、……嫉妬とか…………、本当に最悪…………」

「……嫉妬……?」

 凪が首を傾げた。

 律希は小さく唸りながら、凪の肩で頭をぐりぐりと動かした。

 律希のサラサラの髪の毛が凪の首に当たり、凪はくすぐったさからクスクス笑う。

「ちょ、くすぐったいです……。なんか猫みたい」

 そう言って、凪は律希の頭を撫で始めた。

「…………子ども扱い?」

 律希のその声は、どこか不貞腐れているような声音だった。

 いつもよりも幼く見える律希に、凪は目を見開き、すぐにクスッと笑う。

「違います。彼氏扱いです」

「……………………そ」

 律希はそのまま凪の背中に手を回して、ギュッと抱き締めた。

 その瞬間、凪が顔を真っ赤にさせて慌てた。

「えっ!? り、律希さん!?」

「……おれ、こんなに欲張りだと思わなかった」

「…………え、欲張り……?」

 律希の凪を抱き締める力が強くなる。

「こうやって君に触れるのも、おれだけがいい。君の色んな表情を知っているのも、おれだけがいい」



「……こんなおれを知っているのも、君だけがいい……」



 その瞬間、沈黙が流れる。




 律希は何も言わずに、凪から離れる。そして凪の顔を見て、フッと笑った。

「……顔、真っ赤だよ」

「だ、だって……、いきなりそんなこと言われると思ってない……」

 凪は両手で、自身の真っ赤な顔を隠そうとする。

 しかしそれを律希が止めた。

「だめ。見せて」

 律希は凪の両手首を掴んで、横に広げる。

 潤んだ瞳で真っ赤な顔をしている凪と目が合うと、律希は嬉しそうにしていた。

「……揶揄ってる蓮實さんよりも、揶揄われてる蓮實さんの方が好きだな。おれ」

「ド、ドS過ぎませんか……!?」

「そうかも」

 小さく震わせている凪の口に、近づく律希。



 それは扉を叩く音と、理央の声で静止した。

「ちょお、リツ兄! マジでそろそろ親父帰ってくるってば! お――い!!」

 その声に、律希は凪から顔を逸らして、小さく舌打ちをする。

 そんな律希に、目を輝かす凪。

「ちょっと治安悪い律希さん、レア……! カッコいい……!!」

 凪は口元に手を当てて、キラキラした目で律希を見ていた。

 律希は小さくため息をついて、凪から離れる。

「…………、……父さん達が帰ってくるから。最寄りまで送ってく」

 律希は近くにあった凪の荷物を持って、その場に立ち上がった。

 凪も慌てて立ち上がり、首を横に振る。

「いいですよ、そんな!」

「いいの。おれがやりたいから」

 そう言って、律希は凪の手を握って部屋の扉を開けた。

 そこには焦りと苛立ちと不安と、色んな感情が混ざったような表情をしている理央がいた。

「あ! やっと出てきた! おいお前! リツ兄に変なことしてねーだろーな!?」

 理央の言葉に、凪は顔を赤くして、首を横に勢いよく振る。

「し、してません! 出来る訳ないです! ……私からは……」

 凪の最後の方の言葉は小さく、ボソボソと呟きのようになっていた。

 理央は訳が分からないといった顔で、首を傾げる。

「あ? 訳分かんねぇ」

「理央、話なら後でいくらでも聞いてあげる。父さんが帰ってくる前に蓮實さんを帰してあげたいから、退いて」

 律希は少し焦ったように、理央の肩を軽く押す。

 理央も大人しく退いたが、横を通った凪のことはジロリと睨んでいた。

「……高校では、見てるからな」

「――っ、は、はい……」

 理央の迫力に、年上であるはずの凪は気圧された。



 ――……遥人さんよりも強敵なんだけど、この子……!



 理央とはそのまま離れ、律希と凪は玄関まで行き、扉に手を掛けた時だった。

 律希が扉を開くよりも先に、扉が開いた。



 そこには律希にそっくりの男性が立っていた。

「……っ、チッ……」

 律希は不機嫌そうに舌打ちをして、凪の姿を自身の背中で隠す。

 凪は訳が分からず、目を丸くしていた。

「……あ、あの、律希さん。この人って……」

「………………おれの父親。一応ね」

 凪は律希の背中から少し顔を覗かせて、律希の父親を見る。

 彼は背格好も顔も雰囲気も、律希がそのまま大人になったような姿をしていた。



 ――……律希さん、そっくり……。



 凪は父親と目が合うと、思わず顔を逸らす。

 父親は何も言わずに律希と凪を見ていた。そしてゆっくりと口を開く。

「…………名前は?」

「……え、名前……」

 凪はキョトンとして、父親を見る。

 その凪の視界を律希が遮り、キッと父親を睨んだ。

「もう、おれに関わるな。この子にもだ。……行こう」

 そう言って、律希は凪の手を引っ張って外に出る。

 凪は引っ張られながらも、父親の方を見て軽く会釈だけした。


 


 

 その場に残された父親と理央は、黙ったまま二人の背中を見つめていた。

 父親が理央に聞く。

「……お前は知ってるのか、名前」

「…………知ってる。けど、勝手に教えたらリツ兄に嫌われそうだからやだ」

「……そうか……」

 父親はそう呟き、何も言わずに扉を閉めた。









 * * *









 ――帰り道。

 腕を引かれたまま歩いていた凪は、次第に足がもたつき、その場に座り込んだ。

「ちょ、ま、待って……。……っ、……律希さん、足速いから……」

 はぁ、はぁ、と息を切らす凪。

 律希はそこで自分の行動に気づき、慌てて凪の前にしゃがんだ。

「ご、ごめん。焦ってた。……大丈夫?」

「私は大丈夫、です。……それよりも……」

 凪はパッと顔を上げて、律希を見た。

「……律希さんは、大丈夫ですか?」

「――っ、何で……?」

 律希は目を見開き、僅かに瞳を揺らす。

 その変化を凪は見逃さなかった。

「……だって、辛そうです」

「………………そんなこと、ないよ。両親とは、縁を切るつもりだから」


 ざぁ、と風が吹く。

 律希の髪の毛が風で靡き、律希の表情が隠れる。


 凪は律希の手に触れる。

 自分よりも体温が低く、僅かに震えているのが分かった。

「……大丈夫なら、嘘つかないでください。嬉しくないです」

「…………うん。でもいいんだ、本当に。あの人たちは、おれに興味がないもの」

 律希は俯きながら、自嘲気味に微笑む。

「律希さん。お父さんは、違うと――」

 凪の言葉を遮るように、律希が悔い気味に反論した。

「違わないよ。違わない。理央が生まれてから理央に付きっきりで、理央にしか興味がない。あの人たちにとって、おれはいてもいなくても関係ないんだよ」

「……律希さん……」

 凪は悲しげに眉を下げて、律希を見る。

 そんな凪の視線を感じ、律希は眉を下げて微笑んだ。

「……暗くなる前に送ってくよ」

 そう言って、律希は凪の手を引いて歩き出した。

 その背中はどこか悲しげで、今にも消えてしまいそうな儚さも感じられる。


 凪は握られた手を強く握り返した。




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