第一話
――……人には、誰にも言えない秘密がある。
それの重大さは感じ方によって様々で、それでも自分にとっては一番大事なこと。
自分の身を守るために、自分の秘密を隠す。
それが人間という生き物なのだ――。
* * *
――夕方の教室にて。
一人の生徒が、席に座って頬杖をついたまま、窓の外を眺めていた。
視線の先には、楽しそうに部活動をする男子生徒たちの姿が映っている。その時、窓の外を見ていた生徒の瞳が揺れた。
「……いいなぁ……」
その時、教室の扉が勢いよく開いた。そこには右耳にピアスをした男子生徒が立っていた。
「おーい、リツ。帰ろうぜ」
「……うん、帰ろっか」
"リツ"と呼ばれた生徒は席から立ち上がり、鞄を持ってピアスをした男子生徒の近くに行った。
二人は教室から出て廊下を歩き始める。
リツの隣を歩いていた彼は少し怪訝そうな顔をして、リツの頬に手を差し伸べる。
その瞬間、二人が同時に歩みを止めた。
「…………また、なんかあったのか?」
「何でもないよ。窓の外見てたら部活動してる人たちを見てさ、いいなぁって思っただけ」
「そっ……か。……今日は寄り道しよーぜ、リツ!」
そう言って、彼は太陽のような明るい笑顔でリツに笑いかけた。
彼の笑顔にリツは瞬きし、目をキョトンとする。そして、彼の方を見て微笑んだ。
「うん、いいよ」
「よっしゃ! 俺さ、今日発売の新作飲みたくてさ! ……って、リツは甘いもの苦手だったよな」
「大丈夫だよ。わたしも遥人の好きな物、飲んでみたいな」
リツの言葉に、遥人と呼ばれた彼は眉間に皺を寄せた。
「……お前さ、俺のこと知ってるくせにさぁ。そういうこと言うの?」
「何が? わたし何か悪いことでも……」
リツは不安そうな表情で、遥人の顔を覗き込んだ。
遥人は少しムッとした表情で、リツの頬を片手で掴んだ。
「……お前は俺以外にそういうこと言うなよ。絶対に!」
「ふぁ、ふぁかった……?」
「わかったならいいんだよ。ほら、行くぞ」
そう言って、遥人はスタスタと先に歩き始めた。
「あ、待って! はる……」
リツは急いで遥人を追いかけようとした時、目の前から来た生徒とぶつかってしまう。その勢いでお互い尻餅をついてしまった。
リツは目の前の生徒に手を差し伸べる。
「――っ、いたた……。ごめんね、大丈夫?」
「いえ、こちらこそ……、……っ!?」
目の前の生徒は、リツを見て固まってしまった。
リツはどこか怪我をしたのかと不安に思って、その生徒の顔を覗き込む。
「大丈夫、ですか?」
「………………き、です」
「え? なんて……」
目の前の生徒がボソッと小さい声で呟いたことを、リツは聞き取れず、耳を近づけた。
その時に見知らぬ生徒はバッと顔を上げて、大声を出した。
「――っ、好きです! 付き合ってください!」
その声が廊下に響き渡った。
あまりに突然のことで、リツは目を丸くした。
そんなリツの表情を見たその生徒は顔を真っ青にして、焦った様子で両手をアワアワさせる。
「すっ、すんません! 誰かもわからない奴に言われても困りますよね! オレ、一年の蓮實凪って言います! お名前を聞いても!?」
「えっと……、わたしは園田律希。二年生……です」
凪の勢いに負けて、律希はつい名乗ってしまう。
律希の名前を聞いた凪は、更に目を輝かせて律希に詰め寄った。
「律希さんって言うんだ! 名は体を表すとはこのこと!」
「えぇ、なにこの人……」
律希は今までにないほど、グイグイと来る凪に戸惑いながら身を退く。
あまりにも近すぎる距離感に、律希は自然と身体が強張る。
「おーい、リツ。一体何して……」
先に歩いていった遥人が引き返してきて、律希と凪が異様なまでの近い距離に驚く。
律希は遥人の姿を見て、安心したように肩の力を緩めた。
「あっ、遥人……」
「――っ!」
遥人はスタスタと早足で近づき、勢いよく二人を引き剥がした。
そして律希の肩を両手でガッシリ掴む。
「お……っまえは、すぐ変な奴に絡まれやがって……! 気をつけろって今さっき言ったよな!?」
「ごめんごめん。彼とぶつかっちゃって。変な奴ではない…………、多分……」
「明らか変な奴だろ! 見ず知らずのお前にいきなりこの距離感!」
「そ、そうだね。次は気をつけるよ」
そう言って、律希はスカートの埃を払って立ち上がった。そして凪に手を差し伸べる。
「えっと、蓮實くん。立てる?」
凪は、律希と遥人を交互に見比べて悲しそうに眉毛を八の字にさせた。
「……律希さん、恋人いたんすね」
「え? いや、遥人はそういうんじゃ……」
律希は頭にハテナを浮かべる。
そんな律希の手を取って立ち上がった凪は、ビシッと遥人を指差して言った。
「オレ、諦め悪いんで! 律希さんのこと諦めるつもりないから!」
凪は至って真面目な表情で言っているが、当の本人たちは目を丸くしたままだった。
そして遥人は怪訝そうな顔をして言った。
「……何か勘違いしてないか? お前」
「……え、何を?」
律希と遥人は目を合わせ、凪に聞こえないぐらいの声でヒソヒソと話す。
「……見せた方が早い?」
「いやいやいや、お前はそれでいいのかよ。せめてそこの空き教室入れよ」
「わたしは別に良いんだけど。その方がいっか」
律希は決心したように、凪に向き直る。
「……蓮實くん。わたし、君が思っているような人じゃないよ。とりあえずそこの空き教室行こっか」
そう言って、律希と遥人は空き教室に入っていく。それに凪もついていった。
夕陽の光が教室に差し込み、部屋全体がオレンジ色に輝いていた。
教室の扉を閉めた時、律希が凪の方を向く。
「……今から見ること、驚かないでね」
「……? オレ、律希さんがどんな人でも好きでいますよ! 惚れたら一直線なんで!」
「そういう問題じゃないんだけど……。まぁいいか」
律希はそう言って、ネクタイを緩ませ、シャツのボタンを開け始めた。
突然の脱衣に、凪は顔を赤くして慌てる。
「ちょっ! いくらオレでもいきなり……、……っ!?」
律希の姿を見て驚愕する凪。
それもそのはずで、開いたシャツの隙間から見える肌は女性のものではなく、男性特有のゴツゴツした肌。
適度についた腹筋、引き締まった腰回り。よく見れば首元には喉仏が動いているのがわかる。
言葉を失う凪を見て、律希は自重気味に微笑んだ。
「……おれ、実は男なんだ。君が思っていた人じゃなかったでしょ?」
律希がそう言うと、凪はフラフラと一歩ずつ後ずさったが、勢いよく顔を上げて、嬉々とした表情で言う。
「そういうことならオレ、まだ勝機ありますよね!? 律希さんが男だろうが女だろうが関係ないです! オレは律希さんの顔に惚れたんで!」
「あ、そう……なんだ」
律希は制服を直しながら、凪の言葉に驚いて目を丸くする。
凪はそんな律希にお構いなしに、手を差し出した。
「……ってことで、オレにはあまり関係ない話なんで、付き合ってくれますか?」
そう言って、凪は笑った。
一瞬の間が空き、律希は真顔で手のひらを凪に見せるように拒否を示した。
「え、ごめん。普通に無理」
「辛辣っ!!」
あまりにもズバッと切り捨てられた言葉に、凪は胸を押さえて悔しそうにする。
感情がジェットコースターのように、あちこちにいく凪を見ていた律希は自然と頬が緩む。
「……面白いね、君」
「えっ、面白いって? それなら付き合っ……」
「無理」
「秒でフラれた!!」
律希はクスクス笑いながら、凪に背中を向けた。そして振り向いて、口元に人差し指を当てた。
「わたしのことを秘密にしてくれるなら、名前ぐらいは覚えとくかもね。……じゃあね、蓮實くん」
そう言って、律希は手を振りながら教室の扉を開けて出ていった。
律希の後を追いかけるように遥人も教室の外に出ようとするが、険しい顔をして凪の方を振り返る。
「……お前、リツのことを言いふらしなんかしてみろ。俺が許さねぇからな」
それだけを言って、遥人は律希についていった。
正面玄関で靴を履き替える時、遥人はイライラしながら靴を勢いよく落とす。
そんな遥人の様子を見た律希は「どうしたの?」と聞く。
「どうした……じゃねーよ! 変な奴に関わるなってあれほど言っただろ! しかもリツが男と知ってても……」
「それは遥人もじゃ……」
「俺はあんな軽薄じゃねーの。ちゃんとお前のこと大事に思ってんだから」
「なるほど」
あまり危機感を感じていない律希に、苛立ちを覚えた遥人は大きくため息をつく。
「しかもいきなり女装のこと言うとか……。本当にお前って変なとこ思い切りいいよな」
「女装がバレることは重要じゃないよ。女装している理由がバレなければいいから」
そう言いながら律希は、なんでもない顔で爪先を地面でトントンと叩く。
遥人は怪訝そうな顔で律希を見つめ、その視線に気づいた律希は眉を下げて微笑む。
「……大丈夫だよ。遥人が思ってるほど、彼に関わるつもりないから。遥人も分かってるでしょ?」
「そりゃあ、そうだけど。……あいつは……、……いや、なんでもない」
遥人は腑に落ちない表情を見せたが、すぐに切り替えてニッコリ笑った。
そして律希の手を握る。
「ほら! 早く行かねーと時間なくなる!」
「うん、そうだね」
二人はそのまま校門から出て行った。
その様子を、廊下の窓から眺めていた凪。
「……いいなぁ。オレが先に出会ってたら、ああなれてたのかな……」
凪は胸に手を置いて、速くなる拍動を感じた。
律希のことを考えるたびに、速くなる鼓動に自然と頬が緩む。
「……やっと、会えた。諦めないで良かった」
凪はポケットからハンカチを取り出して、それを大事そうに抱えた。




