抱く意思
風紀規定第56項 【強制解散および事後の処遇について】
風紀委員会は、学内秩序を乱す、あるいはその恐れがあると認めた団体に対し、活動の即時凍結を命じることができる。
これらの要請に応じない団体、または改善の兆しが見られないと判断された組織について、風紀委員会はこれを『学内反乱分子』と認定し、一切の通告なく強制解散を執行する。この執行に対して、当該団体による決闘権の行使は認められない。
当該団体に属していた者は、解散後も更生対象として風紀委員の常時監視下に置くものとする。
***
「活動の都合上、新しく作られた規則は逐一確認してるの。焔、一枚追加して」
「承知しました」
「へぇ、それはまたッ…勤勉なことで……っ、が……ッ」
「新設された風紀規定を見た時、風紀委員長から私へのラブレターかと思ったわ。焔、もう一枚」
「承知しました」
「…ふぐっ…というかこんな物どこでぅえ…」
「3枚上乗せしてもいいなら教えてあげるわ」
「遠慮ぉ…しでォきまず…」
石抱。江戸時代に行われていた拷問の一つ。そろばん板と呼ばれる三角形の木を並べた台の上に正座させ、その膝上に大きな石板を積み上げていく責苦である。
そして俺、青葉紅葉は現代でも数少ない石抱の経験者--というか経験中である。助けて!
「ぞれで…ン俺は何をすれば…ゅるじでもらえるんですかッ?」
「まぁ待ちなさい青葉君。そう急かすものではないわ」
「急かしますよ!もう限界なんですよ!足が!俺が!」
「まだ元気そうじゃない。それに…」
「それに?」
「これをやめてしまったら、私は何をお茶請けにこの紅茶を飲めばいいのかしら?」
「どこの悪徳貴族ですか!」
「アリス様、ご指示を」
「コラそこ、俺に石乗せたそうにウズウズしない」
アリスは愉悦に浸っているし、焔も無表情ながら楽しんでいる気がする。
サッカーに誘われてボール役を押し付けられた気分だ。
結局この拷問から解放されたのは、石が俺の目線ほどに積み上げられたころだった。
***
俺は生まれたての小鹿のように足を震わせながら、ようやく椅子に座る。犬の次は小鹿ですか。俺は前世で一体何をしたんだ?
「青葉君、償いはまだ終わってないわよ」
「鬼ですかあんたは…」
石抱の道具は焔によって既に片付けられていた。
今度はどんな拷問をされるのかと戦々恐々としていたが、アリスは先ほどの余韻をお茶請けのクッキーに浸し口にする。
その甘美な味わいに舌鼓を打ちながら彼女は事も無げに話し始めた。--というか、普通にお茶請けはあるじゃないですか…。
「償いの代わりに青葉君にしてもらうこと、いや、青葉君にしかできないことがあるの」
「俺にしかできないこと?」
「ええ、ディアフォロンの青葉君にしかできないことよ。」
ディアフォロン。それは俺とこの学園をつなぎとめる鎖であり枷。学費免除と専用寮という甘い蜜の裏で、生徒会の雑用を請け負うという契約。
しかし、その仕事をこなすための特権がいくつか与えられている。
「あなたにやってもらうことは2つ。風紀委員長、帝羅小鞠の弱点を見つけることと…」
アリスは俺の目を見つめる。そして、瞳の奥にいる誰かに向けて言い放つ。
「帝羅小鞠を決闘の場に引きずり出すことよ」
***
俺は一人寮の自室に戻り、入学時に渡されたPCを開いていた。
『生徒及び学内団体情報の限定閲覧権』
それは俺に与えられ特権の一つ。しかし、「限定」とつくように、アリスとの初会合した時につらつらと語られていた俺の情報のようなプライベートなものは閲覧することはできない。…マジでどうやって調べたんだよ。
俺以外誰もいないはずの室内にキーボードの音ばかりが虚しく響く。画面の青白い光が俺たちを照らしていた。
「青葉様、コーヒーなどはいかがでしょうか?」
「ん?ああ…ならブラックを頼む」
「承知いたしました」
焔は慣れた様子で俺の部屋の台所でお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。いつも飲んでいるようなインスタントのものとは違う上質な豆の香りが部屋に充満する。
「お待たせいたしました」
「ん、サンキュ」
俺は軽く礼を述べ、差し出された漆黒の液体を一口すすった。
「ブーッ、ゲホッ…ゲホ」
俺は思わずコーヒーを吐き出す。
「お口に合いませんでしたでしょうか?」
焔は心配そうに俺を見つめていた。違う違うそうじゃない。
「ッケホ、じゃなくてなんでお前がここにいるの?」
「アリス様から、青葉様の手伝いをするよう仰せつかっておりますので」
焔はどこからか出してきた純白のシルクで、コーヒーで汚れた机やPCを拭きながら何でもないように答える。
「一体いつからいたんだよ…」
「青葉様が部室を出られてから、ずっと後ろを付いて行っておりました」
「怖ッ!全然気づかなかったんだけど」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「褒めてねえよ」
少し不思議そうに首を傾げる焔。顔がいいだけに様になっているのが腹立つ。
「青葉様、何なりとご命令下さい。私に出来ることなら何でも致します」
「何でもって…」
二人ぼっちの空間。どんな命令にも従うメイド。電気を消せば窓の外からでは室内は見えないような暗い時間帯。
男ならば憧れるはずの状況。
だが、男だから成立していない。
「んなもん特にないよ。願わくは今すぐ帰って欲しい」
「そう…ですか」
焔はしょんぼりとした表情を見せた。やめろ、俺が悪いみたいじゃないか。
「ったく分かった、分かったからそんな顔をするな。じゃあこの部屋の掃除でもしていてくれ」
「はい、承知しました」
心なしか焔の表情が明るくなる。コイツ意外と表情豊かだな。部室では鉄面皮を被ったようにアリスの後ろで立っているのに。
「とりあえず帝羅について調べるか」
誰に訊かせるためでもない独り言を言ってから、俺は再びPCと向かい合った。
ディアフォロンや他の一部の生徒にしか入ることのできないサイトにアクセスし、そこで帝羅小鞠について検索する。
表示されるのは主に学園内での活動について。
まず目についたのは、帝羅が風紀委員長になってから作られた風紀規定。
それも、風紀委員長になった直後に作られた『制服規定』。
「なぁ焔、去年帝羅が風紀委員長になるまでは、この学園に制服は無かったのか?」
俺は振り返る事なく、後ろで掃除している焔に問いかけた。
画面に表示された「制服規定」の内容から目が離せなかった。
「左様でございます。帝羅様が風紀委員長になる前、というよりこの学園が始まって以来制服というものはありませんでした」
「どうしてこんなモノを…」
今まで当たり前のように袖を通してきた制服。だが、今ではこの身の自由を奪う拘束衣のように感じられた。
「これに対して学園内で反発はなかったのか?」
「もちろんございました。風の噂では風紀委員会内部でも反発があったようです。しかし、帝羅様はその全てを跳ね除けられたとの事です」
「さすがは「小さな暴君」と言ったところか…」
次に気になったのは、昨年帝羅が中等部生ながら生徒会長選挙に出馬していたことだ。
この学園の生徒会長や他組織の長には年齢問わず立候補出来る、と校則に記されてはいたが、本当にそんな事をする者がいるとはつゆほども思っていなかった。
そして、その選挙で戦った相手は現生徒会長である是乃氷羽。ご丁寧に選挙での得票率まで書いている。
『是乃氷羽:得票率 93%』
『帝羅小鞠:得票率 4%』
『依代要:…』
大敗どころか惨敗と言っても差し支えないレベル。
そりゃ会長を目の敵にする訳だ。
その後、風紀委員長に当選か。生徒会長選挙に負けた直後によく頑張ったものだ。
そして最後に決闘記録。
「53戦か。焔、やっぱりこれって多いほうなの?」
「はい、アリス様ほどではありませんが多いほうだと思います」
「へぇ、やっぱりこれって…」
「帝羅様はその強引なやり方故に、生徒との衝突の絶えない方だと聞いております」
やはり「小さな暴君」と呼ばれるだけはある。
だが、彼女を暴君たらしめているのがその仕事ぶりではない事は、決闘の戦績を見て分かった。
「52勝1分…」
あまりに圧倒的だった。自らに刃向かう者全てをを力でねじ伏せる様はまさに暴君そのもの。
「小さな暴君」という呼び名は、彼女に対する畏怖嫌厭の象徴なのだと思い知らされた。
しかし、それと同時に違和感も感じた。
風紀規定第56項にある
『当該団体による決闘権の行使は認められない』
という文言。
決闘においてほぼ無敗を誇る彼女が、こんな一文を入れているなど不可解である。
「何かを怖がっているのか…?」
そんな小さな独り言は、焔がこの部屋を掃除する音でかき消された。




