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カクメイ部 〜字園奉仕メイド部〜  作者: 翡翠
第一揆 風紀は咲き乱れた
2/8

ようこそ学園奉仕メイド部へ(1)

青葉紅葉の手元には一冊の鈍器、いや、校則集がある。それは校則集というにはあまりに大きすぎた。大きく分厚く、そして詳細すぎた。


『九条立九条学園 校内自治規則及び付属細則 第七十二版』


 厚さは辞書並み。紙質は無駄に上等で、箔押しされた装丁からは、この校則たちの正当性と絶対性が主張されている。

 内容は実に三百項に及ぶ学内規則だ。


 自由を謳う学園が、なぜここまで過剰な規則を抱え込んでいるのか。

 入学して間もない頃、生徒会長の是乃氷羽にその理由を尋ねたことがある。


 自由とは秩序のもとに成り立つ


 返答は簡素で、完結で、何とも温かみのないものであった。


 ここ九条学園では校則の制定および改定は生徒会によって行われている。

 理事会は最終承認こそ行うが、その内容に意見を差し挟むことはない。

 少なくとも、学内において生徒会以上の権力を持つ存在は、俺の知る限り存在しない。ゼーレだとかNERVはーーたぶん存在しない。


 今現在、俺はこの校則たちを暗記しなければならない状況にある。

 俺がディアフォロンであるからだ。

 ディアフォロンとはギリシャ語で「優秀・卓越」という意味なのだが、九条学園においては特待生を指す呼称である。

 何だか仰々しい名前ではある。

 もっとも、年頃の男子としては、そういう二つ名めいた響きに、まったく心が動かないと言えば嘘になる。

 ディアフォロンであれば、この学園の莫大な学費は免除される。

 加えて、ディアフォロン専用と銘打たれた、やたらと豪華な寮に無償で住むこともできる。

 他にもいくつか特典はあるらしいが、重要なのはそこではない。


 時として権利にはそれ相応の義務が生じる。


 九条学園において、ディアフォロンに課される義務とは、学園自治補佐への所属である。

 学園自治を支える名誉ある役職。生徒会の右腕、あるいはその予備軍。

 聞こえはいいが、実態はただの生徒会の雑用係だ。


 校則の確認、申請書類の整理、各部活動の実態把握。

 要するに、生徒会が手を出すには些末すぎるが、放置するには面倒な案件を一手に引き受ける便利屋である。

 そのためには、校則を知らなければならない。

 知らないという言い訳は、許されない。それが俺に与えられた義務だから。



 俺は生徒会室にて机に肘をつき、鈍器をめくっていた。


「……第三十七条、部活動の決闘制度に関する補則、っと」


 声に出しながら校則の暗記に勤しんでいたところ、背後から気配がした。


「暗記は進んでいるか」


 振り返らなくても分かる。

 この学園で、こんな無駄に冷えた声色を使う人間は一人しかいない。


「まあ、それなりに」


 校則集から目を離し、その男の方を見る。

挿絵(By みてみん)

 生徒会長、是乃氷羽(ぜの ひばね)

 白銀の髪に黒縁眼鏡。感情の温度が感じられない整った顔立ち。

 自由を謳う学園の頂点に立つ男は、今日も相変わらず冷え冷えとしていた。


「ならば仕事を任せられるな」

「……嫌な予感しかしないんですけど」


 是乃は俺の手元の校則集にちらりと視線を落とし、それから淡々と告げる。


「学園奉仕メイド部について調査してこい」


***


 生徒会室を出てからしばらく、俺は歩きながら資料に目を通していた。

 資料の表紙には、簡素なフォントで部活動名が記されている。


 ――学園奉仕メイド部。


 昨年新設されたばかりで、設立経緯や活動目的、所属人数など、多くの部分が不明瞭だった。

 一通り目を通してみても、活動の実態はぼんやりとしており、奉仕内容の具体性は曖昧にされ、活動実績の欄も抽象的な表現が並ぶばかりだった。


「奉仕活動を通して清く正しい心を磨く――か」


 ページをめくる指が、わずかに軽い。


 ……メイド部。


 その単語を視界に入れるたび、胸の奥で小さな高揚が生じる。

 理由は言うまでもなく…言うまでもないので言わないでおこう。


 パラパラと資料をめくっていると、あるページが目に止まった。


 決闘記録一覧


 学園奉仕メイド部と、学園内各団体との決闘履歴がまとめられている。


 生徒会。

 風紀委員会。

 体育会系各部。

 文化系各部。

 同好会に至るまで、漏れはない。


 学園内すべての団体の名前が列挙されていたのだ。

 俺は一瞬、目を疑った。

 九条学園における決闘制度は、生徒間あるいは団体間の争いを収束させるための最終手段だ。

 俺は無意識のうちに、決闘規定の条文を思い出していた。


 勝者は相手に一つだけ要求を提示できる。

 敗者はそれを拒むことができない。


 たとえ生徒会であろうとも、その結果に従わざるを得ない。


 さらに俺を驚かせたのは、結果欄に並んでいる文字であった。


 生徒会 ――引き分け

 風紀委員会 ――引き分け

 剣道部 ――引き分け

 科学部 ――引き分け

 演劇部 ――引き分け


 ……引き分け、引き分け、引き分け。


 ページをめくる。次のページも、その次も、結果は変わらない。

 偶然というにはあまりにも多すぎる。

 まして全団体と引き分けるなど、あり得ない。


「……なるほど」


 俺は、資料を閉じた。

 ――これはただものではない。



 気がつけば、周りの景色が変わっていた。

 本校舎から離れ、人気の少ない道を抜けた先。かつて使われていた名残だけが残る、旧校舎の一角。

 学園奉仕メイド部の部室は、その旧校舎の一室にあると資料には記されていた。


 旧校舎に入って直ぐに違和感を感じた。壁のペンキは剥がれ、ひび割れた廊下には埃が積もっている。古びた下駄箱の扉はところどころ外れ、その奥には蜘蛛の巣が密やかに広がっていた。


 あまりにも手入れがされていない。


 使われなくなった校舎なのだから当たり前なのだが、メイド部の根城であることを踏まえると途端に不気味さが増してくる。


 埃舞う廊下の突き当たり、一枚の扉の前で足を止める。

 そこに掲げられていた部活プレートを見て、思わず眉をひそめた。


「……字園奉仕メイド部?」


 見間違いではない。「学園」ではなく、「字園」と、はっきり刻まれている。

 誤字にしては、あまりにも堂々としている。

 プレートは新しく、文字も丁寧だ。ふざけているのか、それとも意図的か。


 俺は一度だけ深呼吸をした。

 この扉の先の存在に興味が湧いた頃、俺は静かにメイド部の部室の扉に手をかけた。


 そのとき、内側から声が聞こえた。


「……様、…が来ました」


 くぐもった声で、そう告げる誰かがいる。


「じゃあ、始めましょうか」


 軽い調子の少女の声が返る。

 まるで、これからお茶会でも始めるかのように。


 その声を聞いた瞬間、背中にひやりとしたものが走った。

 明らかな違和感、悪い予感。

 それでも、扉にかけた手は止まらない。


 ***


 扉を押し開けた瞬間、鼻先をかすめたのは埃と、かすかに甘い香りだった。

 積み上げられた机。横倒しにされた長机。椅子を楔のように噛ませた即席の壁。

 それらはまるで砦のようであった。


「……何だ、これ」


 部室というより、立て籠もり現場だ。奉仕活動の拠点とは思えない。

 その砦の向こう側から、人の気配がした。


 布擦れの音。

 そして、留め具を外すような金属音。


 俺は一瞬、ためらったが、既にここまで来て引き返す理由もない。

 机の隙間を縫うようにして、砦の奥へ足を進める。



 その先で、俺は見てしまった。


 黒を基調とした衣装。

 腰の後ろで揺れる、エプロンの結び紐。


 そして―― 着替えの途中であることを告げる白い肌。


「……っ!?」


 声を上げるより早く、彼女が振り返った。


 青みがかったショートヘア。

 こちらを見つめる澄んだ青の瞳。

 咄嗟に胸元を覆うように腕を抱えたその仕草は、羞恥というより反射に近い。


 その姿に、俺は思わず息を呑んだ。


 整いすぎている。

 線の一本一本が無駄なく、まるで彫像のようで、「見てはいけない」という思考より先に「綺麗だ」という感覚が脳を占領した。


 しまった、と気づいたのは、その一拍遅れだった。

 

 次の瞬間。


 ――カシャ。


 乾いた電子音が、部室に響いた。


「……は?」


 理解が追いつく前に、別の声が降ってくる。


「はい、撮れた」


 軽やかで、愉快そうで、余裕に満ちた少女の声。

挿絵(By みてみん)

 砦の上――机の上に腰掛けるようにして、カメラを構えた少女がいた。

 赤くたなびく長い髪に、こちらを見下ろす燃えるような真紅の瞳。ふわりと広がるスカート。完璧に整えられたメイド服。

 その顔には、悪戯が成功した子どものような笑み。

 彼女は俺の前に飛び降りて、立ち塞がるように仁王立ちをした。


「ちょ、違っ――!」

 反射的に踵を返し、俺はその場から逃げ出そうとした。

 逃げ道を探すより先に、振り向いたその正面に彼女が立っていた。

 さっきまで着替えの途中だったはずの少女。

 だが今、そこにいるのは、寸分の乱れもないメイド服に身を包んでいた。


 目を合わせる間もなく俺の腕が掴まれた。


 抵抗する間もなく身体が引き込まれ、視界が跳ね上がる。

 床に背中から叩きつけられた。

 すぐさま腕を捻られ、背中へと回される。関節を的確に抑えられ、力が抜けた。


 俺はものの数秒で地面に組み敷かれていた。


 体重のかけ方は最低限。だが完全に身動きは取れない。

 上から落ち着いた声が降ってきた。


「動かないでください」


 後ろ目で見ると、彼女は冷静な目でこちらを見下ろしていた。

 その表情には羞恥も動揺もなく、ただ任務を遂行する者の冷静さだけがあった。


「よくやったわ(ほむら)、計画通りよ」

「ありがたきお言葉です。アリス様」


 アリス、と呼ばれた少女はくすりと笑う。

 そしてメイドらしくスカートの裾を指先で摘み、俺に優雅に一礼した。


「ようこそ、我が学園奉仕メイド部へ」


 まるで世界の時間が止まったような静寂が訪れる。


「…いや」


 彼女は顔を上げ、赤い瞳を細めて不敵な笑みを浮かべた。


「カクメイ部へ」

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