7 紅虎ヴェルサーチ
1
「ダイアン迷宮はね。迷宮自体が罠なのさ」
木人がデニッシュにいう。
「罠とはどういうことですか」
デニッシュが木人に聞き返す。
「おかしいと思わなかったかい。中規模迷宮で未踏跛なんてね。今までもあんたみたいに、最下層までいったパーティーはいたのさ。ソロでもいたね」
「皆、門番にやられたのですか。確かにあそこには武器がまるで墓場のようにありましたが」
「もちろん、門番にやられて主部屋にたどり着けない奴もいるさね。門番はまだいいさね。問題は迷宮主を倒してはいけないんだよ」
「何故ですか、迷宮主を倒さなければ迷宮由来の秘宝が手に入りません。むしろ、冒険者は皆、それを狙っています」
デニッシュが木人にいう。
「……ダイアン迷宮はね。迷宮主を倒したら、倒した相手が迷宮主になっちまうんだよ」
木人の目がうっすらと光る。
「……どういうことですか」
「どうもこうもないさね。そのままの意味だよ。良かったね。王子様や、あんた達あのまま迷宮踏破してたら、四人ともパーティーで迷宮主になってたよ」
「……」
デニッシュは言葉がでずに放心状態となった。
デニッシュは寒気を感じた。そして、背中がゾワゾワと感じたあとに冷や汗をかいた。
「ウォン、ウォン」
ホクトが心配してデニッシュの顔を舐める。
「あんたが戦ったブラックロータスっていった牛魔獣が何かは分からないし、私がいったヴェルサーチもどういう仕組みでどうなったかは分からないさね。ただね! ヴェルサーチは元々、獣王だったんだよねぇ。なかなかに強い獣王でね。最後に見たのは門番としてだったよ。戦いが好きな戦闘狂でねぇ! あんたのご先祖様ともバチバチしてたよ」
木人が懐かしそうにいった。
デニッシュは色々と言いたいことや聞きたいことがあったが、「とりあえず木人殿のお歳は?」とは流石に聞けなかった。
「ウォン、ウォン」
「ホウ、ホウ」
ホクトと梟が色々と察して「気にするな」と鳴いた。
2
ダイアン迷宮主部屋
「ガルラァァァァァ」
ヴェルサーチの漆黒であった身体が紅く染まる。
『グモオォォ』
ブラックロータスは反射的に漆黒籠手の手を離して、鎖となった部分を引き戻した。
部屋の空気が変わった。
ピリピリとした乾いた感覚がブラックロータスの全身の皮膚に危険を知らせる。
「ガルラァァァァァ」
ヴェルサーチが叫ぶ。
ブラックロータスは下がらないが、並々ならぬ圧を感じる。
ニヤリ
何故かブラックロータスが笑った。
3
ヴェルサーチの全身が紅く染まり蒸気に包まれる。
見るからに魔力を、命を、魂を燃やしているのだろう。
これから始まる甘美なる蕩けるような時間を噛み締めるために。
「ガルル」
ヴェルサーチが一呼吸置いた後に突進した。
『グモゥ』
ブラックロータスは引き寄せた籠手に魔力を流し、鎖分銅に変化させた。
ブラックロータスが迫り来るヴェルサーチに向けて鎖分銅を力のままにぶつける。
バゴォーン
鎖分銅はヴェルサーチにぶつかった。間違いなく、腹部は損傷している。
「ガルラァァァァァ」
しかし、ヴェルサーチはそんなことお構いなしに突進の速度を落とすことなくブラックロータスに体当たりする。
『グモゥ! 』
これにはブラックロータスも意表をつかれた。
ブラックロータスはヴェルサーチを止めることできず、壁に背中をぶつける。
ガァァン
やっとヴェルサーチを止めることができたが、ブラックロータスは背中の衝撃で息が出来ない。
しかし、そんなことヴェルサーチには関係ない。
「ガルラァァァァァ」
ヴェルサーチは現在、左手を動かすことは出来ないが残された右腕が左手の分も狂気を孕みブラックロータスを殴り付ける。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る
そこには、白虎や黒虎の時のような技はなく純粋な野生の暴力だけである。
『グモゥ!』
ブラックロータスも無酸素の状態で、応戦しようとするがヴェルサーチの狂気を直に感じ身体を丸めて防御することしか出来ない。
その時だった。
フゥー
狂乱状態のヴェルサーチが、確かに溜め息を吐いたのだ。
4
「グモオォォォォォォ! 」
それは純粋なる怒りだったのだろう。
ブラックロータスは溜め息をついたヴェルサーチを見る。
(コイツは我を、バカにしただと)
ヴェルサーチは全身全霊で最後の戦いを挑んだ。だが、それは予想に反して退屈であり、動かない亀をいじめているのと変わらなかった。
溜め息の一つもつきたくもなる。
しかしその溜め息がブラックロータスの神経を逆撫でしたのだ。
ブラックロータスは内なる怒りを暴力という狂気を解放する。
強者としての尊厳を踏みにじられた今、もはや、息苦しさなど関係ない。
ブラックロータスがヴェルサーチの横っ面を殴打する。
「ガルル」
ヴェルサーチは痛みを感じていないであろうが、喜びをあらわにする。
「グモオォォォォォォ! 」
「ガルラァァァァァ! 」
二匹の獣は殴り合い、噛みつきあい、お互いの血肉を分かち合うかのように獰猛に笑った。
二匹は歓喜した。
二匹の獣達が荒れ狂う様はまるで、美味なる料理に心踊らせる血にまみれた晩餐会のようであった。
ブラックロータスは既に魔力切れを起こして《治癒》も発現出来ない。
魔力欠乏症により、意識は途切れそうであるが精神がなにより心が戦いを求めていた。
(これだ! )
(我が求めるもとは! )
ブラックロータスが朦朧としながら笑う。
ヴェルサーチも阿鼻叫喚に似た歓喜のままに笑う。
だが、獣達も身体は限界である。
ガゴォン
『がぶっ、がぶっ』
ブラックロータスがヴェルサーチの殴打を胸に受けて隙ができる。
ヴェルサーチが拳を振り上げ追撃しようとする。ブラックロータスは一瞬遅れて漆黒籠手の左腕でヴェルサーチを殴りつけようとした刹那に……
ピタリ
ブラックロータスが拳を止めた。
ブラックロータスがいつまでたっても来ないヴェルサーチの振り上げた拳を見る。
ブラックロータスが見た先には……
紅虎ヴェルサーチが満足そうな笑みを浮かべたまま事切れていた。
『グモォ』
ブラックロータスはヴェルサーチに何かをいった後に意識を失った。
第二部 『獣たちの晩餐会』 完
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