英雄譚 序章
「今日は……飲みすぎかもな…」
何度も迫ってくる吐き気と既に失った平衡感覚でよろめきながら街灯の薄暗い光に照らされた道を進む。
焼けた様に赤い肌色と紅潮を滲ませた顔をうつ伏る男がただ一人で歩いている。息を荒げても何度呼吸をしようとも肺が空気を受け入れない。
「俺……死ぬかもな…」
そんな憶測が脳裏によぎった。朦朧とした意識の中で死の恐怖心が確かによぎった。
込み上がってくるのは嘔吐と後悔だった。
「ぁあ…最後まで胸糞悪い人生だ…最後ぐらい…」
「母さんに謝って……も謝って…謝って…馬鹿みたいだな…ッ…結局…俺は…」
迫ってくる恐怖の中で常に怯えていた。気持ち悪さが全身に立ち込め。一気に吐き出された。
何もかも吐き出した。だがその気持ち悪さは体に溜まっている。その気持ち悪さだけが自分の意識を保っていたのだろうか。脱力感と共に一気に体が電柱に倒れかかった。何もかも考えられなかった。考えたくなかった。親のことも自分のことも後悔しかなかったから。
焼け爛れた肌はさらに熱を増してくる。
何にもなれなかったな……これが俺の最後か…
焼かれる様な暑さと倦怠感はいずれ意識をも途絶えさせた。
瞬きを最後に目が開かなくなった。自分の声を最後に耳が聞こえなくなった。大きな溜息を最後に彼は一一
雑音がする。
(死んだの…か?)
心なしか意識がはっきりしている気がする。
何が起こっているのかも分からないし、死んでいるかも分からない。でも…どこか落ち着くような感じがした。
じっとこのままでいたかった。
そのままでいるとその雑音が自分の呼吸音だと気づいた。自分は生きてるのか?
恐る恐る目を開くと。
教室だった。何の変哲のない。ただの教室。
「はっ…?」
言葉も出なかった。その教室は高校時代の学校のもの、3-2の教室そのものだったからだ。
「なぜ、俺はここに?」
そんな言葉が口からこぼれ落ちた。唖然とした。
喋った直後、外から微かな足音がした。
その音はどんどんとこの教室に向かってくるようだ。
思わず身構えた。自分がなぜここにいるかも分からなかったし、自分が死んだのかも分からなかった。
その音が迫ってくる。軋む音を立てながら。
その足音は教室の前に止まった。




