ダメ姉は、未来を見据える(後編)
「――ほーん?一応コマからも話は聞いてたけど、マジで進路変更したんだなマコ」
「うん。報告遅れてごめんよ叔母さん」
とある休日。久しぶりに叔母さんの待つ家に帰ってきた私は。めい子叔母さんの匠の手によって見事なゴミ屋敷と化した部屋を片付けながら……進路変更した事を報告していた。
「そりゃご苦労な事だな。まあけど自分で選んだ道なんだし、適当に頑張りなー」
「…………それだけ?」
「ん?それだけって何がだマコ?」
割と一世一代の報告をしたと思っていたんだけど。思った以上に叔母さんの反応は薄い。逆に報告した私の方が困惑してしまう。
「いや……曲がりなりにも叔母さんって私とコマの保護者だし……『今更進路変更とか遅いだろ!』とか『もうちょっと真剣に考えろ!』とか……怒られても仕方ないだろうって覚悟してたからさ……」
「はぁ?怒る?あたしが?なんでだよ」
「め、迷走しすぎなんじゃないかって……自分でも思ってたから……転科するって事はまた別に学費がかかっちゃうし、今までの学費も無駄になっちゃうし……大人しく今のまま頑張ってたら薬剤師とかにもなれた可能性だってあったのに……巡り巡って結局料理の道に舞い戻るとか……」
私のそんな一言に、やれやれといった具合に叔母さんは鼻で笑ってこう返す。
「ハッ!迷走?何を言うかマコ。……お前が迷走するなんて、いつもの事だろうが!」
「それに関しては全くもってその通りだけどさぁ!?」
叔母さんはもうちょっと悩める姪っ子に対して言い方ってものをだね……
「てかさ。その程度の事、迷走でもなんでもないじゃんか」
「え、そう……?」
「そうさね。進路変更なんて誰しもある普通の事だろ。その当時はこの道しかないって思っても……後になってやっぱ違うわって思うことなんざ誰でもあることだろうが。このあたしだって将来の事で悩んで悩んで悩みまくって。んで色々と迷走して……やーっとこさ今の職にありついたんだしよ」
「……叔母さんもそうだったの?」
「おうよ。マコ程度の進路変更なんて可愛いもんさね」
本当になんでもない風に、あっけらかんと話す叔母さん。知らんかった……叔母さんにそんな歴史があったとは……
「寧ろあたしは安心したよ。コマと一緒の大学受験するって言いだした時から……正直やっていけるのか色々不安だったしな。だいたいよぉ……おっちょこちょいなマコが薬剤師だぁ?ミスって患者に変な薬調合してとんでもない事件事故に繋がりそうでそっちの方が怖いだろうが」
「い、言ってくれるじゃん……」
言いたい事はわかるし、今冷静になって考えると私でも『ないな』とは思うけどね……
「その点、料理に関しては長年の経験もあるし。実際お前の料理は美味いしな。お前らしい道だってすっごい納得するし、お前の意志でそういう職に就きたいっていうなら……応援こそすれ、止める理由がどこにあるってんだ」
「叔母さん……」
「学費の事も気にするだけ無駄だぞ。お前も言っただろ?あたしはお前とコマの保護者なんだ。もっとどーんと構えつつ脛も囓れる時に囓っとけよ。親代わりのあたしがお前ら二人に出来る事なんてそれくらいしかないしなー」
……叔母さんのそんな言葉に不覚にもグッとくる私。ああ、本当に……普段は色々アレなのに……こういうところ、めい子叔母さんって凄いなって思う。
「……ありがとね、めい子叔母さん」
「礼を言われるほどの事でもなんでもねーよ。それよかマコ。料理の道を目指すなら……早速その腕を振るってくれ。久しぶりにお前の美味い手料理が食いたい」
「……はいはい了解。叔母さんの好きなもの、いっぱい作ってあげるからね」
◇ ◇ ◇
「――というわけで。叔母さんにも進路変更した事を報告したよコマ」
「そうでしたか。叔母さま、何か言っていましたか?」
「特に何も。『お前らしい』とは言われたかな?」
叔母さんへの報告も終わり、ついでに昼ご飯(+昼酒)に付き合ったその日の夜。今日あった事をコマに話してあげる私。
「ふふふ……そうでしたか。実は今日たまたまヒメさまにもお会い出来たのですが……姉さまの進路変更の事を伝えたら『マコらしい』って、同じ事を仰っていましたよ」
「私らしい……かぁ。言い得て妙だわ。……あのさコマ」
「……?はい、何でしょうか姉さま?」
「今更だけどさ。……コマは反対しないの?私が……料理の道に足を踏み入れることをさ」
「え……反対、ですか?私が?……何故そう思われるのですか姉さま?」
いつものようにベッドで二人横になりながら。隣のコマに恐る恐る尋ねる私。聞かれたコマは愛らしくおめめをぱちくりしながら聞き返してくる。
「ほら……この間私が一時的に味覚障害になった時にね。コマ言ってたじゃない。料理だけが姉さまの取り柄じゃないとか……そう言ってくれたじゃない。その言葉に救われたのに……結局私、料理する事を捨てられてないっていうか……それに関して思うところがあるんじゃないかって……思って……」
「ああ、なんだそんな事ですか?」
「うん……ど、どうなのかな……?」
私がそこまで尋ねると、コマはくすくすと笑う。
「もしも……『料理しか出来ない』と姉さまがこだわっていたら、きっと私は止めていたでしょうね。ですが……明確な未来のビジョンが見えているなら反対する理由なんてありませんよ」
「ホントに……?私がその道を進むの……コマは嫌じゃない?」
「ええ。昨日も言いましたが私は全面的に姉さまの言うことは正しいと思っていますし、姉さまがどんな道を選ぼうともどこまでもお供するつもりです」
「コマぁ……!」
「きゃー♪」
あまりにも良くできた妹の鑑のような発言をする最愛の我が半身に、感極まって思い切りハグする私。コマも嬉しそうに抱きしめ返しながらこう続ける。
「反対どころか……応援したくなっちゃいましたもの。私やかなえさまに……『進路変更する』と切り出した時の姉さま……私たちに『やっぱり私、料理が好きだから』と何の憂いも後ろめたさもなく、堂々と告げた時の姉さま……本当にかっこよかったです……あんなお顔を見せられたら……もう一生付いていくしかないじゃないですか」
「……どんな顔してたの私?」
「それはもう素敵なお顔でした……♡今までにないくらい自信に満ちあふれていて……これこそが、私がずっと求めてやまなかった姉さまの理想のお姿でしたから」
理想の私……か……
「ねえ、コマ。私……ちゃんと変われたかな?コマの理想のお姉ちゃんに……なれたかな?」
「……そうですね。変われた……というよりも。元に戻った、といった方が正確かもです。今の姉さまは……まさしく私の理想の姉さまですのでご安心を」
「…………全然実感ないんだけどなぁ。私、まだまだ結構なダメ姉じゃない?」
コマと比べてあれが出来ない、これが出来ない……なんて今更悲観する気はないんだけど。それでも私の理想はコマのパーフェクトなお姉ちゃんなわけで。ダメなところだらけなお姉ちゃんなんだけど……それで本当にコマは良いのかしらん?
そんなちょっぴりの不安を抱く私に。コマは慈しむように笑って私の唇を奪いながらこう告げる。
「ダメなところも含めて私の理想なんです。ダメなところが良いんです。これまでも……これからも。ダメな姉さまを……私は全力で愛していますから」