第8話 考察
部屋にはコーヒーの良い香りが漂っていた。
ソフィアは苦味の中に美味しさを見つけてからと言うもの、
酸味よりは苦味の強い豆を好んだ。
これに小さなお菓子を合わせると、どちらも味が引き立つ。
そこも好きだった。
ソフィアは、ひと口飲むと目の前に積まれた本を
一冊手に取った。それは普段目にしなれない
表紙で、少し戸惑った。
そして皆の顔を眺めて、首を傾げた。
「これを今、読むのか?」
モリンがおっとりと答える。
「ソフィ、私はあなたの感想が聞きたいのよ?」
「別に構わんが……私では無い方が参考になるのでは無いのか?」
「いいえ。公平な意見が聞きたいんですもの。
もう婚約なさった方や、恋人のいる方は聞けば教えてくださるから、
そうでは無い立場の方の意見も聞いてみたいのよ」
ジョシュアは、内心感心していた。さすがはソフィアの相手を
長年してきただけのことはある。
当のソフィアは、首を傾げながらジョシュアを見た。
「ジョシュ、お前も読め。どれでも良い」
「俺もっ……?!俺もなのか?!」
「お前が読むなら、私も読む」
ソフィアは、いつになく真面目な顔をしているが
これはイヤだからジョシュアも巻き込んだのだ。
ジョシュアは、ため息をついた。しょうがない、自分の為にと
皆が動き出したのだから。
「分かった。ただ、大した感想は無いかもしれないぞ」
そう言ったジョシュアにモリンが優しく微笑んだ。
「ジョシュ、あなたは女性作家のものを読んで?
ソフィは男性作家の物を」
そう言ったモリンにソフィアが感心していた。
「モリン、それは良いアイディアだな。異性が書くと視点が
違うかもしれん。」
「そうでしょう?良かった、ソフィにもジョシュにも
きたんのない意見が聞きたかったのよ」
「そうだったのか。でもお前たちは読んでいる間、どうするのだ?
退屈ではないのか?」
「ありがとう、ソフィ。私達は心配はいらないのよ?あなたたちが読んでいる間は、
自分の好きなことをするわ? それでもよろしくて?」
「分かった、モリン」
ソフィアはそう返事をすると、勧められた本を手にとった。
ジョシュアも仕方なく、本を手に取る。
それは自分がいつも読む本とは、表紙の装飾も違い
甘い香りがするような挿絵の本だった。
……これがウワサの……。
ジョシュアは、そう思いながらページをめくった。
これは最近流行っている、恋愛小説なのだ。
女性が憧れるように設定されているように思った。
大いなる妄想と、ほんの少しの現実。
この国の男性は、紳士であるよう教育されるので
側からは自然と女性を守るように見える。
では中身も小説のようかと言ったら、なかなか現実は厳しい。
生来の優しさで行う者、そういうものだと思って行う者、
挙句は人からよく見られたいと思って行う者、
その対象者から愛情を受けたいと思って行う者。
実に様々だ。
でも小説を読むとわかる。
女性はいつの時代も、自分がその人にとって特別であり、
大切にされるほど恋に落ちることができるのだ。
ついでに言うと、外見は良いにこした事はない。
まあ、外見は色々と好みがありそうだが、
現実世界は、心が1番だろう。
突然自覚する恋が、ドラマティックで小説として受けるのかもしれない。
長年片想いの自分には無い設定だった。
30分ほどたった頃、ソフィアがポツリと言った。
「読んだぞ……」
その顔は、ゲンナリしているように見える。
モリンは首を傾げて尋ねた。
「ソフィ?私たちのために読んでくれてありがとう。
どうだったかしら?」
ソフィアは、分かりやすくため息をついた。
「男性作家は、癒しを求めているように思う」
そう言ったソフィアは、うんざりだという顔をした。
マイアも首を傾げた。
「すごいわ、ソフィ。的確な感想だと思う。
でも何故あなたは、浮かない顔をしているの?」
「初めて真面目に読んだから、疲れたのだ。
私は本を読むときは、いつも疑問かワクワクする気持ちでしかない」
リリーが笑い出した。
「それはそうね、魔法書か文献しか読まないもの。
でも疲れだけではなさそうに見えるわよ?」
「本を読んで、感情を使うと疲れるのだな。それが分かった」
それは、いかにもソフィアらしい答えだった。
しかしジョシュアは、ソフィアが感情を使ってまで
真面目に読んだことに少し驚いていた。
なるほど、そう言うことか……。
ジョシュアはソフィアが周りが思っているよりも、
王族の女性らしく振る舞えない自分に傷ついていることを悟った。
でなければ感情を使ってまで読もうとは思わないはずだ。
ジョシュアはソフィアが話しやすいようにと、いくつか質問をした。
「お前の感情は、どのように動いたんだ?共感?反発?
投影?それは心地よかったのか?」
そう聞かれたソフィアは、コーヒーを一口飲んで頭をスッキリさせた。
「恋愛小説にしては、男性作家はロマンチストなのに人間味が現実的な気がした。
この感情に共感するものは沢山いるのだろうと思う。
まあ、だから流行るのだな。でも私には共感できなかった。
だから疲れたのだろう」
それを聞いてリリーは、微笑んだ。
「面白い意見だわ、ソフィ。あなたに聞いたかいがあったというものよ。
どこに共感できなかったの?」
「何故、女性ばかりが癒さねばならん?男性が癒してもよかろう?
対等に仕事を持ち、お互いに癒されるのも場合によってはある。
この手の小説は、基本的に男性が女性を守ることにロマンスを置く。
反対ではいかんのか?」
その意見は、この国の中では かなり斬新だった。
固まったメンバーの中で、いち早く動いたのはリリーだった。
「さすがソフィね」
「イヤミか?」
「いいえ、本心よ。男性に癒されるって、考えたら素敵だわ」
何年かぶりに褒められたソフィアはパッと顔を輝かせた。
「そうか?!そうだろう?なかなか良いアイディアだと思うんだ」
「では、あなたの理想の恋は自分が男性を守る恋なのね?」
「いいや、違う」
あまりの即答に、マイアは大笑いした。
「さすが、ソフィ!!そうでなくちゃ!!
あなた、理想の相手像とかはあるの?」
「考えたことがない……でも、そうだな、
こんな事を真面目に考えずとも、ありのままの私が良いと言う人物なら
考えても良いかもしれん」
3人は、そう言ったソフィを見つめ、次にジョシュアを見た。
……いっ、いやっ……まてっ……!!こんな急展開についていけるかっ……!!
面食らっているジョシュアをよそに、ソフィアはゆったりとした笑顔を浮かべて
ジョシュアを見た。
「ジョシュ、お前の本はどうだったんだ?」
ジョシュアは動揺しながらも、助かったと言わんばかりに
本の感想を話しだしたのだった。