第109話 需要
ソフィアは侍女長のアドバイスに素直に従っていた。
釣り糸は、岩の影や、水草の近くに垂れる。
流れで糸が引いているのか、魚が食いついて糸を引いているのか
感覚で覚えるように言われていた。
1匹釣れたら、もうソフィアの独壇場だった。
川の中で、釣り糸を持ち上げて魚を見せるソフィアに
オーリーは微笑みながら、こいつは姫なんだが……、まあいいか……。
と眺めていた。
ソフィアが釣った魚を、ジョシュアが桶に放ち、また餌を付けてやる。
至れり尽くせりだった。
「ジョシュ、今度は私も魚を桶に放つ」
そう言って、見よう見まねで魚を掴んだ。
当然、魚は手の中でビチビチと跳ねる。獲り立てだから当然だ。
ソフィアは、跳ね返る水しぶきに負けず、
魚のヌルヌルとした感触も新鮮だった。
ようやく桶に放った魚は、キラキラして見えた。
「魚はヌルヌルしているのだな。初めて知った」
ソフィアは、なぜか複雑そうな顔をして桶を眺めていた。
しばらく考えて、ジョシュアに言った。
「ジョシュ、10匹釣ったら、今日の釣りはおしまいにする」
「あんなに楽しみにしていたのに。……いいのか?」
「それで良い。好奇心を満たすためだけに獲るのはイヤだ。
10匹あれば、村人の土産になるか?足りなくてもしょうがない」
「ソフィア様、ご立派でございます」
侍女長が、感動したように言った。
「誰でも釣れれば楽しゅうございます。
でも親がいなければ子は産まれません。
未来の魚の子供達のために、
食べられる分だけ自然の恵をいただく事がよろしいかと」
ソフィアは、満足そうにうなずいた。
「そうだな、私もそれに倣いたい。
でも……1匹だけは食べてみたい……。」
オーリーは笑っていた。
「そりゃあ、食べるのが釣った魚への礼儀だろう。
いつもなら火を起こしてやるんだが、
グリフォンがたくさんいる時期だ。刺激するのは良くないだろう。
いいさ、持って帰ってジョシュに焼いてもらえ」
ソフィアの釣りは、順調すぎて2時間ほどで休憩することになった。
小屋に戻って荷物を置き、広場で昼食をとることにする。
5匹は穴場を教えてくれた子供達にやることにしてあった。
それでもソフィアは満足そうだった。
ソフィアの生活……王族の生活は国民に誠実であればあろうとするほど
地味で単調な毎日になる。
学生の内は真面目に勉学に励み、職種が決まれば真面目に仕事に励む。
視察も入るし、隣国とのバランスも大切だ。
ソフィアのように、魔法書を読んだり魔具を改良したり、
趣味があることは幸せなことだった。
少なくとも皆のように、何かの楽しみのためにも
仕事に励むことができるからだ。責任や義務のためだけでなく
自身の幸せのためもある。
ジョシュアは、だからこそソフィアの楽しみを大切だと思っていたのだ。
オーリーは村の長に許可をもらい、広場で火を起こしてやった。
野外用の火種をおける大きな缶の容器に、いくつかの木をのせ、
上に網を置く。
2匹は留守番していた2名に、ジョシュアが焼いて置いてきたので
残り3匹を網に乗せたのだ。
もちろんジョシュアが魚の下処理はしてあった。
侍女長は敷物を敷き、持たせてもらったバスケットから
サンドイッチや、チーズ、飲み物を準備していった。
ソフィアは魚の近くに張り付いて、喜んで焼ける様子を見ていた。
美味しい魚は、油が落ちふっくらとジューシーに焼き上がるのだそうだ。
オーリーは文字通り、美味しそうに焼き上がった魚を1匹、
ソフィアの皿に乗せてやった。
「閣下、出来上がりました」
さすがに村の広場で、いつもの言葉遣いはマズイ。
オーリーは、にこやかに言った。
ジョシュアと侍女長にも同じようによそってやる。
「……ありがとう、オーリー……」
魚の匂いにつられて、ソフィアの鼻はヒクヒクしていた。
ソフィアはふと気がついた。
「ジョシュ、ナイフがない……」
ジョシュアは笑って見本を見せた。
「閣下、フォークだけで大丈夫です。ほら、こうして魚をすくって
かぶりつけばよろしい」
ジョシュアがかぶり付くと、ソフィアの大好きな
ホカホカ湯気が登っていた。
「さ、閣下。召し上がってください。熱いうちに。
熱い食べ物は、お好きでしょう?」
ソフィアは、ふとキョロキョロとした。
その様子に侍女長が、にこやかに安心するように助言する。
「ソフィア様、オーリー様の分は、こちらのお皿に。
ご心配のないよう」
「侍女長、それではあなたの分がない。今日の功労者はあなたなのだ。
この皿をあなたに。ジョシュ、半分寄越せ。お前と半分こにする」
オーリーは笑いながら、ソフィアを制した。
「閣下、構いません。私が侍女長殿と半分にします。
侍女長殿、それで良いですか?」
侍女長は目をパチクリしていたが、結局はうなずいた。
「はい、オーリー様がお嫌でなければ……」
それを聞いたソフィアは、安心して魚にかぶりついた。
はらぺこだったのだ。
ハフハフしながら食べる魚は、とても美味しかった。
塩がきいており、油の旨味とあいまって最高の味だ。
そして、熱々だ。
「うまい!!とてもうまいぞ!!」
ソフィアは夢中になって食べていた。
3人は、ソフィアを嬉しそうに見ながら自分たちも
魚にありついた。
オーリーは器用に魚を食べやすいよう、身をほぐし
侍女長の皿にどんどんと置いていった。
「オーリー様、お先にオーリー様から……」
そんな侍女長に、オーリーは笑っていた。
「ジョシュが結界を張っているとはいえ、警護があります。
あなたからどうぞ」
ジョシュアが食べ終えると、自然とオーリーが食事を始めた。
もはや暗黙の了解で、2人はかわるがわる食べることが普通なのだ。
持たせてもらった昼食も綺麗に平げ、
ソフィアは大満足だった。
侍女長は素早く片付け出し、ジョシュに口元を拭ってもらったソフィアは
敷物に大の字で寝っ転がった。
「うまかった!!!」
そんなソフィアに、いくらなんでも見目が悪いぞと
ジョシュアはブランケットをかけてやるのだった。




