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14 きっと、この瞬間が

 女子のミニゲーム前半、豊乃森のドロ。知結が反則のペナルティで捕まり、残り時間は約半分。

 勝負はまだまだ分からない。この状況ではどうにでも展開が動く可能性がある。積極的に攻めるか、守りを固めるか、方針は二つに一つ。

 泉刻が選択したのは後者だった。


 コート中央、捕まった知結が待機する中央の牢屋(ポール)。その周りを泉刻の三人全員が囲んでいた。腰を落とし、油断なく周囲に目を配りながら。

 脱獄狙いの仲間を通すつもりのない、徹底的な防御陣形である。


「おいおい、守りに入んのかよ! 随分腰抜けになったな!?」

「なんとでも言いなさい。そちらこそ、このまま逃げ切るはずがないでしょう。この子を解放する為に攻めてきた時、必ず仕留めてみせます」


 姿を見せずに煽る光利、威勢よく応じる巴。

 やはり二人は熱く戦意を高めていた。

 ただし審判に挑発行為だと警告を受けた。このままでは退場しかねない。知結は少しだけ心配になる。


「あと、チューちゃん! 折角いいトコまでいけたと思ったのに残念だったな! 自分の手ぐらいコントロール出来るようにしとけよ!」

「蒸し返さないで下さいよ、先輩!」


 的確な指摘のような気もしたが、知結は棚に上げて怒鳴り返す。その光利は再び審判に警告され「同じチームだからいいだろ!?」と噛みついた。

 この調子では負けるかもしれない。


 とはいえそんな事は杞憂で、以降は沈黙。そして膠着も僅かだった。

 光利が動く。

 隠れていたフェンスから出て、隣のフェンスへ移動した。また出て、中央線を越えて円を描くように次へ。

 泉刻は目で追うのみで中央に留まっている。

 誰もが注視する中、光利がまた出てきて、次のフェンスに行く――その半ばで急激に、向きを直角に変えた。


「!」


 奇襲気味の突撃だったが、驚いたのは知結だけだった。

 泉刻は反応し、陣形を変えてスムーズに対応する。当然のように、続いた更なる攻勢にも。

 蒔愛もフェンスの反対側から飛び出してきたのだ。そのまま二人で左右両側からの同時攻撃。


 どちらも警戒せざるを得ない。

 だから光利をキャプテン、蒔愛をもう一人の三年生がマーク。一年生は遊撃といった役目か。

 基本は直進だが時折ペースや方向を変えて進行する豊乃森の先輩二人。焦らし、惑わせ、隙を窺う。

 単なる力押しではない、狡猾な獣の狩りである。


 僅かな距離が埋まるまでの濃い数秒。

 それを経て、遂に接触する。


「房野先輩!」


 思わす声を上げてしまって、慌てて口を押さえる知結。

 原因は蒔愛の危機だった。


 彼女に対して泉刻が反応し迎撃。維持していたポールとの距離を崩し、自分から攻めこんだ。

 後ろからでは捕まったかと思ったのだ。

 しかし実際には、捕まる直前で蒔愛がバックステップ。

 見た目からは想像出来ないような機敏な動作で回避していた。確実に下がり、回り込み、捕まらない。

 先程と同じく、心配の要らない立ち回りである。 


 光利もまた、違う方向――九十度程ずれた場所から獰猛に仕掛ける。

 迎える敵手は当然、巴。

 激しい駆け引きの応酬が始まった。じゃれつくように、踊るようにステップを刻む。


「ほらほら、あっちの助太刀しなくていいのかよ!?」

「必要ありません。信用していますので」


 蒔愛は捕まらないが、攻められもしない。

 強引に突き進もうとしても、先に行こうとすればもう一人、一年生が加わって固く守る。そうなれば引き返すしかない。この間に泉刻は進み過ぎていた分だけ戻り、一定の防衛ラインを構築する。

 捕まえられずとも守れていれば充分といった判断らしい。


 その膠着を打破したのは、光利。


「ま、アタシは行くけどな!」


 空振る巴に背を向け、合流すべく蒔愛の方へ向かった。

 新たな動きに気付いて一年生が光利を見る。蒔愛から視線を外して注目する。

 両者が相対し、その直後。

 光利は蒔愛へ視線を向け、ニヤリと笑って叫んだ。


「ナイスぷちゃにょ!」


 反射的に振り返る泉刻一年。

 だが蒔愛は動いていない。目の前の三年生と対峙したまま。

 動いたのは、またも光利だ。

 棒立ちする一年生の横を颯爽とすり抜け、遅れて伸びてきた手も振り切り、鋭い角度で切り込んでポールへと。知結の下へ進む。


 しかし、そこには。


「ええ、そう来るのでしょうね!」


 巴が左からしっかり走り込んでいた。味方との接触を避けた、遠回りのコースで。

 キャプテン同士の一騎打ち。


 このままのペースで二人が直進すれば、丁度直角を描いてぶつかるだろう。

 だから光利は速度重視、フェイントなど一切ない全力疾走を仕掛けた。巴も同じくスピードを上げ、真っ向勝負に乗った。

 両者は激しい闘志を剥き出しにしながらも、無駄のない綺麗なフォーム。どちらも譲らず限りなく同速かつ高速で、あっという間に距離が縮まる。


 そして、最後まで互角だった。

 つまりは同着であり、光利の敗北。巴の腕がドロを正確に捕らえる。


 はずだった。


「っ!」


 しかし巴の手は空を切った。

 標的の正しい位置はその下。

 光利は半身の姿勢で右足だけを伸ばした、ローキックのような変則的なスライディングで潜り抜けたのだ。

 巴も反応はしていたが、体は間に合わず届かなかった。だから素早く次の動作へ。接触しないように光利をジャンプで跳び越え、勢いを完全に殺してしっかり止まった。


「まだ、終わっていません!」


 熱い声が意思を告げる。

 そして背中を向けた状態で突き出す手。どう把握したのかノールックでユニフォームの端を捉え、力強く握った。


「ああ、そうこなくっちゃな!」


 光利も高らかに応じ、地を強烈に蹴る。

 先程避けた、次の瞬間には既に先手を打っていた。

 全身を使ったスムーズな重心移動により、上体は左足から右足の上へ移動している。そこから更にしゃがんだ体勢で、獣めいた前傾姿勢で、強引に走ったのだ。

 全身運動と、無理な姿勢で力が十分に入らない一本の腕。どちらが勝つかは、明白。

 力ずくで引き剥がし、巴の手を――背後へと置き去りにした。


 彼女と知結の間に、もう障害は無い。

 数メートルのウイニングロード。思わず見入る、千両役者の花道。


「手ぇ出せっ!!」

「……は、はいっ!」


 猛々しくも弾んだ声で我に返る知結。どもりながらもなんとか応え、咄嗟に光利へ手を伸ばす。

 そして。


 二つ、快音が響く。

 タッチした手と、解放のホイッスル。


 次いで知結が感じたのは強烈な衝撃。

 痛い。熱い。痺れる。顔が歪む。

 強く叩き過ぎだと思った。


 涙目になりながら、知結は横を通り過ぎようとする光莉の顔を見る。 

 彼女はニヤリと得意気に、無邪気な子供のように、羨ましくなる位に、楽しげに笑っていた。


「よーし、逃げるぞ!」

「はいっ!」


 今度は即答出来た。明るい顔で、かすかに笑って。

 そして悠々と走り出す。

 すぐに蒔愛も合流してきた。


「上手くいって良かったのですー」

「まだ一分ある。もう最後まで気ぃ抜くなよ」

「分かりました!」


 答える声は高らかに弾む。特等席で光利を見たせいで、あるいは熱い手で叩かれたせいで、知結の内には熱が戻ってきていた。

 残り時間はあと僅か。逃げ切れば相手は無得点。

 散々悩んでいたが、ここまで来たらもう単純である。あるいは闘争本能。頭ではなく、体だけをがむしゃらに動かす。


 ホイッスルが鳴るまでの間、知結は、ただ無心で走った。

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