13 初陣波乱含む
「さってと、んじゃチューちゃん。ルールはちゃんと把握してるか?」
「あ、はい。まあ、一通りは一応」
知結の試合参加に話がつくと、早くも切り替えた光利が何事も無かったかのように話題を振ってきた。なので知結も見習い、激しかった浮き沈みを棚に上げて冷静に答える。
「一応なら確認しとくぞ。反則で負けるなんて情けねえ。……まず、ドロはケイの体に故意に触ったらアウト。相手の手を払ったり外したりしたらその場で捕まった扱いになる。捕まってから十秒以内に離れたらセーフっつっても、その時は触らないように暴れんのがルールだ」
「さっき見てた通りですよね」
「そうだ。んでケイ側も、事故防止の為に首より上は掴んでもノーカンって事になってる。この意味が分かるな?」
「……………………私が有利、って事ですね」
「長えよ。長所なんだからむしろ自慢したらどうだ?」
言い草にムスッとする知結だが、光利としては嫌味でなく本気で言っているのだ。ケイドロ至上の考え故に。すぐやんわりと蒔愛にたしなめられたが。
的が小さければ、それだけ捕まりにくい。
下方にあって手が斜めになる分、真っ直ぐ伸ばした場合より近付かなければならない。無理をすれば体勢を崩す。ほんの少しの差だが、それが勝敗を分ける事もある。
その理屈は理解出来るのだが、やはりコンプレックスへの認識は簡単に覆らなかった。
「あとは捕まった時か。ポールに片手でも付けてればどんな体勢でもいい。一人にタッチしたら全員解放。で、そっから三十秒はまたドロが逃げる時間だな。こりゃグダグダんなるのを避ける為のルールだ。……ここまで分かってるか?」
「はい。大丈夫です」
確認した内容は覚えている。普通のケイドロと競技ケイドロとの違いは思った以上に大きく、実際にやるとなればまた勝手が違うのだろうが。
そして議題は最後にもう一つ。
「んじゃ、次は今日の具体的な作戦だがな。二手に別れようと思う。アタシが右、チューちゃんとぷちゃにょが左だ」
「え? ……はい。何か理由があるんですか?」
「そりゃ泉刻のキャプテンはまずアタシを狙ってくるからな。二択ならぷちゃにょと一緒の方が安全なんだよ。あと、初心者狩りはしねえってプライドに甘え過ぎんのも気持ち悪いしな」
「……独特な表現ですね」
特等席云々はなんだったのか。
微妙な呆れ顔で思いつつも、理由自体は勝算と正々堂々の両立なのだと文句は言わない。
そして時間が限られているからと、早速切り替え。打ち合わせを実行する為の練習を始めるのだった。
短時間でのスパルタなウォーミングアップの時間が終わり、両チームが整列する。
その直前の事。
「更に評価が下がりましたわよ雨園光利!」
泉刻女子キャプテン、巴が非難めいた目付きでやってきた。絵になる姿勢で光利を指差し、正当性を誇示するように告げる。
「一刻も早く上級生の責任を自覚なさい。あのような様子で参加させるだなんて、本当に大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫に決まってんだろ。大体先にウチのチューちゃんを誘ったのはそっちじゃねえか」
「やはり貴女はろくでもない人間ですね。とうの昔に理解していた事実でしたけれど」
「ありがとよ。誉め言葉として受け取るぜ」
「もう結構。話が通じない相手とは口以外で語るしかありませんから」
バチバチとやり合う二人は険悪だが、喧嘩する程仲が良い関係という印象だった。尚、知結は巴と同意見だ。
そんな二人も顧問から注意されれば、きちんと整列はする。
「ハンディキャップ付きのミニゲームとはいえ、わたくしはこの前哨戦に負けるつもりはありません」
「当たり前だろ、んなもん。勝つつもりじゃなきゃ何の為の試合なんだか分かんねえ」
引き続き睨み合い、火花散る口喧嘩を交わす。
ここまで来れば蒔愛や他の泉刻部員も真剣な顔付き。仲良くはしゃいだりはしない。知結もまた気が引き締まる。
最後にじゃんけん。
選択権はまたも相手が手にし、じゃんけんとはいえ負けた光利は本気で悔しそうだった。
「先攻を選択します」
いよいよ試合の準備。
泉刻がコートから出て並び、豊乃森はコート内で時計が動き始めるまで待機。
その時間で、光利は顔を向けずに言ってきた。
「チューちゃん、やる事は分かってるな?」
「はい。房野先輩に付いていきます」
「おいおい、頼るのはいいがちゃんと自分でも考えて動けよ」
「ミィちゃんこそ、しっかり強いところを見せるのですよ。誘った以上は、責任持って楽しませるのです」
「分かってるよ。いつも通りやりゃいいんだろ?」
不敵に微笑む横顔に知結は安心を覚え、そこで試合開始。
それと同時に光利は叫ぶ。
「よっし、チューちゃん。全員で右の斜めんトコに隠れるぞ!」
「え、はいっ!?」
すっとんきょうな声を上げてしまう知結。
しかし実際には、打ち合わせ通り光利と蒔愛は二手に別れていく。戸惑う中で蒔愛に手招きされ、慌てて追いかけた。
要するに嘘で駆け引きの一環なのだろう。がくりと気が抜けそうになりながらも、蒔愛の後ろについていった。
奥側、縦に置かれたフェンスに隠れ、息を潜めて三十秒。
二回目のホイッスル。
泉刻がコートに入り、豊乃森を探し始める。
その様子を、蒔愛がフェンスの端ギリギリから窺う。最低限、ほぼ顔は出さず、横目で。
知結はその反対側の端で、先輩の指示だけを頼りに待機。信じていない訳ではないが、流れるのは辛い時間だった。
やがて足音が近付いてきて、蒔愛のハンドサインが警戒、すぐ走れるように、と示した。
ごくりと喉が鳴る。足が強張る。高まる緊張を意識しながらも、腰を落としてスタート姿勢。
そこに、鋭い声がかかる。
「知結ちゃん!」
「っ!」
すぐに知結はフェンスの陰から飛び出し、逆方向へ向かって走った。蒔愛も出てきて、しかしすぐに追い抜き先導する。
軽くない驚き。だがそんな暇は無い。
想像以上に引き付けていたらしく、泉刻選手の姿が近かったからだ。置いていかれないよう、必死に速度を上げた。
それからは後ろを振り返らず、気配だけで背後の泉刻選手を感じ、目の端で左からの追っ手も確認した。自然と前傾姿勢になり足が速まる。
蒔愛に続き二つのフェンスを通過し、一気に中心部へ向かって走る。
するとこちら側に逃げてくる光利が見えた。
「まだ顔が固えな! 笑え!」
「無理です!」
相変わらず凶暴な笑顔をする彼女の背後には相手のキャプテン。光利となにやら因縁のある人物、樽蔵巴。
少し後ろ、付かず離れずの距離で走っている。知結には見向きもしない。
だがそれほど速くはない。捕まえようとしているのではなく、まだ様子見。追いつめる為にマークしている段階といった感じだ。
蒔愛は安全重視で二人を大きく迂回して走り、反対側のコート半面へ入る。
そのフェンス手前でスピードを緩めた。
「知結ちゃんは先に行くのです」
「はいっ」
快く返事をし、二手に別れた。
蒔愛はブロックするようにその場で立ちはだかる。知結は前方のフェンスの陰へ。
それは相手も同様。一人は蒔愛に抑えられたが、しかしもう一人は迂回して知結の方に。
「知結ちゃん!」
蒔愛が優しい大声で呼んでくれた。
心配は要らない。する余裕が無い。体を捕まれても簡単に振り払っている。
時間的余裕と挟み撃ちの構図を避けさせてくれた事は、非常に有り難い。
あとは自分自身で。
相手は同じ一年。しかし一ヶ月の練習を積んだケイドロ選手。速いだけでなく、コース取りも巧い。再び味わう事になったのが、ライオンに追いかけられる兎の気持ち。
正面からぶつからないよう、あっちこっちへ目を回すように方向転換を繰り返す。とにかく必死で、とても笑っていられない。
「はぅっ……はっ……」
そろそろ疲れが溜まってきた。
足が上がり辛くなるのに、息が上がる。見るからに遅くなっている。
それを待っていたのか。足音が大きく、激しくなる。直接見ずとも、圧迫感が縮まった距離を知らせてくれる。
世界はスローモーション。思うように動かない体の代わりに、感覚が冴える。焼けつくような、チリチリとした刺激が知結を襲った。
緊張。警戒心。本能が疼く。
反射的に、体が動いた。
「っ!」
快音が鳴った。
背後を振り返れば驚き顔が見える。外側に流れていくお互いの手も。
知結の手が背後上方から迫っていた相手の手を叩いたのだ。
「………………………………あ」
その、己の反射が起こした結果を理解し、硬直。
そして立て続けに響く甲高いホイッスル。
「ファウル! ドロ五番!」
競技ケイドロのルール。ドロはケイに故意に触ってはならない。
よって現在のドロ――豊乃森チームの五番の選手、つまりは知結にペナルティが下された。
――ルールも守れないド素人ですみません……。
声に出さす、しかし心から謝る知結だった。




