#92 可哀想な鉄太さん
ちょっと騒ぎになってしまったけど、火龍の咆哮との約束の時間が迫っていたので、さっさと換金を済ませて富士森公園支部を後にした。
「よう春斗!こっちこっち!」
「鉄太さん声大きいですって!」
「ん?あっ!悪い悪い」
「お兄ちゃん!気を付けてよね!みんなはもう一般人でも知ってる様な有名人なんだからね!」
「わ、分かってるって」
鉄太さんの声に反応して、支部内にいた人達がこちらに視線を向け、俺達に気付いてざわつき始めてしまった。
「取り敢えず場所を替えましょうか」
「お兄ちゃんがごめんね。悟くんの家に行きましょう」
支部の外に出て、鉄太さんの用意した車で悟さんの家に向かった。
「美紀ちゃん、悟さんはもう大丈夫なのー?」
「ええ、唯佳ちゃんの回復魔法で怪我は完治していたのよ。でも、輸血したり、念の為に検査したりしていただけだから、もう前と変わらず元気よ」
「そっかー、よかったー」
車で移動する事20分、悟さんの家に着いたらしく車が停まった。
「ここが悟の家だ。中に入ろうぜ」
そう言うと鉄太さんは勝手にドアを開けて家の中に入って行った。
「勝手に入っていいんですか?」
「ダメよ」
「えっ?だって...」
俺が言葉を続けるより先に、家の中から女の人の声が聞こえて来た。
「ちょっと鉄太!何回言えば分かるのよ!勝手に入って来るなっていつも言ってるわよね!?あんたの頭には脳みそ入ってないの!?」
「沙知ちゃんちょっと待て!いくら探索者でもそんなので殴られたら痛いんだぞ!」
恐らく悟さんの奥さんに鉄太さんが怒られているのだろう。自業自得である。
「いつもこうなんですか?」
「ええ、いつもこうよ。さあ、私達も中に行きましょう」
「え、ええ」
正直、自分に対してじゃないとはいえ、怒っている人がいる所に自分から入って行くのは気が進まないのだが、ここが目的地なので行かない訳にも行かず、美紀さんの後に付いて行く。
「悟くん!沙知ちゃん!お客さん連れて来たわよ~」
「ようこそ我が家へ。白坂さん、先日は命を救ってくれてありがとう。お陰で可愛い嫁にまた会えたよ」
「えへへー悟くん元気になってよかったねー」
「ああ、玄関で立たせっぱなしですまない。中に入ってくれ」
「「「「「お邪魔しま〜す」」」」」
悟さんに連れられリビングに行くと、正座させられている鉄太さんと、鉄太さんの前で仁王立ちしている女性、その女性を宥めている火龍の咆哮の光一さんがいた。
「沙知、その辺にしておけ。お客さんが来たぞ」
「あっ!お出迎えもしないでごめんなさい。悟の妻の熊田 沙知です。この度は夫の命を救って頂きありがとうございました」
「元気になってよかったですねー」
こちらも自己紹介をして座らせてもらい、今回の目的であるお祝いの品を渡す事にした。
「お子さんが出来たとお聞きしたので、お祝いに僕達ならではの物を持って来ました。どうぞ使って下さい。唯佳」
「はーい。春くん受け取ってー」
唯佳が空間収納から出した元古代竜の大盾、今は融合により古代竜の溶岩大盾という名前になった盾を受け取り、悟さんに差し出した。
「普通のお祝いは他の人からももらうだろうと思ったので、僕がスキルで作った物をもってきました」
「これを...俺に?」
「ええ、古代竜の溶岩大盾という名前の盾です。今まで使っていた物より頑丈だと思いますよ」
悟さんも他の火龍の咆哮のメンバーも唖然と俺が差し出している大盾を凝視している。
「ちょっと、悟もみんなもどうしたのよ。いつまでも持たせたままじゃ悪いわよ?すみません黒木さん」
「いえ、大丈夫ですよ」
「春斗...?それはそこら辺で売っている様な大盾じゃないだろ?お前が作ったって言ったな?それってお前らの武器と同じ様なランクの物が出来たんじゃないのか?」
「悟さん。この大盾は生まれて来るお子さんの為に作りました。悟さんの為じゃないのでちゃんと受け取って下さいね?」
「おまっ!?その言い方は狡くないか!?」
「そうか?」
「いいえ、事実なので特に狡いという事はないと思いますよ?」
「悟くんじゃなくて、奥さんと赤ちゃんの為のものだもんね〜」
「ねー」
「ぷっ!悟くん、沙知ちゃんと赤ちゃんの為じゃしょうがないじゃない」
「そうだな。悟、もらうしかないだろ」
「悟、お前の為の物じゃないんだから、お前に断る権利はないぞ」
火龍の咆哮のメンバーからもこう言われてしまっては、悟さんも受け入れるしかなかった様で、俺から大盾を受け取った。
「春斗いや、クローバーのみんな、この大盾で家族の為にガンガン稼いで余計な心配は掛けないように頑張るな」
「頑張って下さいね」
「「頑張って〜」」
「奥様に安心してもらえる様に頑張って下さい」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、鉄太さん達も武器を出して下さい。持って来てますよね?」
「はっ?いやまあ、持って来いって言われたから持って来ているけど、まさか...」
「パーティーメンバーが強くならないとタンク役の悟さんの安全性が上がらないですからね」
そう言って、引き攣った顔をしている火龍の咆哮の残りのメンバーから武器を預かり、目の前で圧縮マグマを融合して行った。
「春斗?今、何をしたんだ?」
「富士森公園ダンジョンの40階層のボスのレアドロップの圧縮マグマを、みなさんの武器に融合したんです」
「融合?」
「はい。みなさんの武器に攻撃成功時にマグマで追加効果っていう能力が付きましたから、今まで以上に戦いやすくなると思いますよ」
序に言うと全員の武器がレアに進化していた。
やっぱりBランクくらいになると元々いい武器を使っていたんだな。
「私は探索者じゃないのでよく分からないけど、悟の安全性を上げてくれたのよね?ありがとう」
「お子さんが生まれるのにお父さんがいなくなっちゃうのは困りますもんね」
「ええ、ホントに...」
「沙知、心配掛けてすまないな。でも、これからはこの大盾もあるし、安心してくれ」
沙知さんが悟さんに抱き着いて涙ぐんでいる。
やっぱり家族からしたら相当心配だったんだろうな、今回の事もあるしな。
「沙知ちゃん、俺達が付いてるんだから安心してくれ!これからはもっと稼ぐぞ!」
「お兄ちゃんは少〜し黙ってようね~」
「鉄太、お前がモテないのはそういうとこだぞ?」
「な、何でだよ!?春斗、俺何か間違ったか!?」
「今は稼ぎの話より安全面の話をするタイミングだったかと...」
「えっ!?そうなのか!?」
「春斗くんは分かってるね~。唯佳ちゃん達が好きになる訳だよね~」
「えへへーでしょー?」
「春斗くんは気遣いが出来る人ですから」
「鉄太さん、春斗っちの爪の垢でも飲む?」
「それいいな。悟、爪切り出せ。鉄太に春斗の爪の垢を飲ませるから」
「分かった」
「悟、そこの引き出しに入ってるわよ」
「お、お前ら言いたい放題言いやがってって、悟ホントに爪切り出すんじゃねえ!そもそも光一はこっち側だろう!」
「ん?俺は彼女いるぞ?」
「なっ!?聞いてねえぞ!!」
「お兄ちゃん、私達付き合ってるんだ〜来週の土曜日、両家の家族集めて顔合わせだよ?」
「はあっ!?来週の土曜!?用事いれるなって言っていたのってその為か!?」
「あれ?言わなかったけ?」
「美紀ちゃん、両家の顔合わせって事は結婚するのー?」
「ええ、その挨拶も兼ねた顔合わせよって言っても、昔から全員知った顔しかいないんだけどね」
「美紀姉、おめでと〜」
「美紀さんおめでとうございます」
「美紀ちゃん、おめでとー幸せになってねー」
「光一も漸く決心したか!おめでとう!」
「美紀ちゃんも光一もおめでとう!美紀ちゃん、困った事があったら何でも相談してね?」
「みんなありがとう!沙知ちゃんよろしくね」
「何だか照れ臭いな」
鉄太さんを誂っていたら、美紀さんと光一さんの結婚の話になって、一気にお祝いムードになった中、1人頭を抱える鉄太さんがいた。
「ちょっと待て。て事はパーティーで結婚していないのは俺だけになるって事か?」
「お兄ちゃんはまず、彼女を見つけないとだけど、その前に好きになってもらえる人間にならないとね」
「......」
妹からの辛辣な言葉に何も言い返せない兄の姿に自分を重ね、俺まで胸が痛かった。
「春くーん」
急に唯佳が甘えた声を出して腕に絡み付いて来た。
「春斗っち?アタシ達も美紀姉達とか悟くん達みたいになりたいな〜」
反対の腕には雛が、今の俺達の関係から一足飛びで関係を進めたいと言いながら絡み付き。
「このままだと凛ちゃんにヘタレ扱いされますよ?」
ほのかが俺の心を抉るセリフを言いながら、背中に抱き着いて来た。
最後のほのかの一言は思いっきり心に突き刺さったけど、思わず結婚しますって言いそうになったけど、何とか踏み止まる事に成功した。
俺達まだ、結婚出来る歳じゃないしね。
部屋の隅で壁に向かって膝を抱えて座っている鉄太さん以外、甘い空気に支配された空間で、必死に理性に働き掛けて流されない様に頑張りました。
3人の事を好きなのは間違いないけど、俺の倫理観がまだゴーサインを出せずにいる。
俺の倫理観からゴーサインが出るまでは流される事なく真剣に考えて答えを出したいと思う。
3人の事を待たせる事になるけど許して欲しい。
そんな事を考えながら、頑張れと自分の理性を応援する事しか出来ない時間が過ぎて行く。




