#62 舎弟なんていらないです
9月7日(土)
朝8時からダンジョンに潜って、攻略を進めている俺達だが、夔の雷と魔法耐性には相変わらず苦戦していた。
「ちょっ!?危なっ!」
「気を付けろ!こいつら見てなくても、気配を感じて雷を放って来るぞ!」
「そういうのはもっと早く教えて欲しいんだけど!?」
「すまん、俺もさっき気付いた」
夔の雷は、刀に受けても身体まで痺れてしまい、下手をすると動けなくなってしまう事が、雛の分身体が動けなくなった事で判明している。
ほのかのウィンドアーマーで、攻撃力だけじゃなく、防御力も上がってはいるものの、無防備に被弾すれば大怪我を負いかねない。
唯佳の回復魔法があるとはいえ、出来れば大怪我なんて負いたくはない。
痛いのは嫌だし、煮干しだけの夕ご飯ももう嫌だ。
戦いづらさを感じていた俺達だったが、唯一人例外がいた。
唯佳の弓での攻撃だけは、夔の雷を諸共せず、今までの魔物と同じ様に一撃で屠って行った。
それに気付いてからは、夔は唯佳に任せ、俺達は他の魔物に集中して討伐して行く事にした。
「唯佳っちのお陰で、厄介だった夔と戦わなくてよくなったのはホントに助かるよ~」
「ホントだな。唯佳の武器が弓に変形出来る様になってくれてよかったな」
「そうですね。弓形態になれていなければ、こんなにサクサク進めませんでしたね」
「えへへー。サラマンドラすごいでしょー」
自分の武器が褒められた事で、ご機嫌で矢を放っている唯佳のお陰で、攻略のペースが格段に上がった。
午前中の攻略もそろそろ終わりにして、お昼に行こうかと思い始めたタイミングで、60階層への階段を発見して降りて来た。
60階層から出て来る魔物は、どうやら鬼の様だ。
階段から真っ直ぐ伸びる通路では、デイラボッチの巨体や1本足で立つ夔と共に、真っ赤な巨体に額から伸びた2本の角が特徴的な赤鬼が見えた。
「60階層は鬼か〜」
「超有名どころが出て来たな」
「そだねー」
「今までの傾向から考えると、この階層のボスは鬼系の魔物となりそうですね」
「そうだね~」
「何か思い付くー?」
「山梨県が絡んでいる物でそれらしいのは、酒呑童子でしょうか?」
「酒呑童子って京都じゃないのか?」
「有名なお話は確か平安時代の京都が舞台ですし、出生地は新潟県とも言われていますが、1989年発行の〝忍野村誌 第二巻〟という本に、酒呑童子の事が記載されているらしいです。ネット情報なので真偽は不明ですし、どの様に記載されているのかも分かりませんけどね」
「ほのかっちはホントによく知ってるね〜」
「ねー」
「ホント、いつも助かってるよ」
「そんな、大した事ではありませんよ?チラッとネットで調べただけですから」
「それでも助かってるのは事実だよー?」
「ね~」
「て事だから、俺達の感謝の気持ちを受け取っといてくれ」
「分かりました。そうしますね」
「取り敢えず、お昼食べに行こー?」
「さんせ〜い。お腹空いたよ~」
「そうだな。そうしようか?」
「はい。私もお腹ペコペコです」
という事で、支部に戻って来た。
「アニキ!昼飯ですか?俺達も丁度これからなんですけど、一緒に如何っすか?美味い店に案内しますぜ?」
突然、そんな風に話し掛けられて顔を向けると、そこにいたのは昨日絡んで来た探索者の男だった。
「アニキって俺の事ですか?明らかに俺の方が年下だと思うんですけど...?」
「歳なんて関係ないっすよ!俺は尊敬出来る相手が男ならアニキって呼ぶ事にしたんすよ!因みに女の人なら姐さんです。て事でヨロシクっす!アニキ!姐さん方!」
「「「「却下!!」」」」
「な、何でっすか!?」
俺達が揃って却下すると、探索者の男は心底意外だったかの様に驚いている。
何で受け入れられると思っていたんだよ...
「任侠映画じゃないんですから、その呼び方はおかしいでしょ...」
「年下に対する呼称としてもおかしいです」
「恥ずいし」
「ねー」
「いや、でも尊敬の証なんで...」
「「「「却下!!」」」」
今度は最後まで言わせる事なく全員で声を揃えて却下した。
「じゃあ、親ぶn」
「却下!!」
「お嬢」
「「「却下!!」」」
「様付k」
「「「「却下!!」」」」
「何でっすか!?」
「いや、何でそんなおかしな呼び方ばかり提案して来るんだよ!」
「どこがおかしいんすか!?敬意を示した呼び方ばかりじゃないですか!」
「普通でいいだろ普通で!」
いつの間にか、俺の口調が年上に対しての物ではなくなっているけど仕方ないと思う。
俺は釣られているだけでこいつが悪い。
「あなた達何をしているの?」
そんな俺達に可憐さんが声を掛けて来た。
「いや、何でもないです。さっさとドロップアイテムの受け渡しをして、お昼に行きましょう」
「そう?」
「昼飯なら美味い店に案内するっすよ!」
「だから、何でそんな舎弟みたいな話し方してるんだよ!」
「舎弟っすから」
「いつから!?」
「昨日からっす」
「認めてないから!」
「はいはい。春斗くん、折角だしこの辺りの美味しいお店を教えてもらいましょう?私、こっちに来てからここら辺の物食べていないもの」
そういえば、可憐さんは休みだったから、谷川さんに連れてってもらった店で、ほうとうを食べてないんだったっけ。
「でも、これにですか?」
「それなら美紀姉待とうよ~」
「うん!それがいいねー」
「火龍の咆哮はさっき戻って来て、お昼に行っちゃったわよ?」
「なら、この間ご一緒した受付の谷川さんにまた、お願いしてみませんか?」
「谷川さんは今日はお休みよ?」
「他の職員さんに聞くとかは...?」
「聞いてみてもいいけど、そんなに彼らに案内されるのは嫌なの?昨日とは別人みたいになってるけど?」
「これはこれで鬱陶しいですよ...」
「鬱陶しいって、ヒドイっすよアニキ...」
「ふふっまあ、いいじゃないの。どうせもうじきここのダンジョンも完全攻略出来ちゃうんでしょ?そうしたら次のダンジョンに移動するんだし、短い期間だけよ?だから、美味しいお店を教えてもらって地元の物を頂きましょうよ」
「ハア〜分かりました。早ければ今日か明日には完全攻略出来ると思うので、我慢します...」
「じゃあ、決まりね!じゃあ、案内お願いするわね。アニキである春斗くんにちゃんと美味しいお店を紹介してね?」
「勿論っす!あ、あの、今日か明日には完全攻略出来るってマジっすか?」
「ん?ああ、ホントだよ。60階層が想定通りの難易度ならね」
「完全攻略が終わったら、他のダンジョンに行っちまうんすか?」
「ああ、そのつもりだが?」
「.....」
「それより案内してくれるんだろ?早速頼むよ」
「あっ!はいっす」
道中で聞いた情報だと、彼は高潔な狼というDランクパーティーのリーダーで、芳賀 力というらしい。
他のパーティーメンバーも一緒にいたので、これでいいのか聞いてみたら、悪い奴ではないし実力もパーティー内では1番なので妥当なのだそうだ。
パーティーメンバーの人達は、普通に接してくれるので、力よりも話しやすい。
名前で呼び捨てにしてくれと譲らなかったので、仕方なく力と呼んでいる。
因みに女子達は、苗字の方をアレンジして呼んでいる。
「芳賀やんまだ〜?」
「雛の姐さんもう直ぐっす!」
「芳賀ちゃん、何屋さんに行くのー?」
「唯佳の姐さん、ほうとう屋っす」
「芳賀さん、9月になりましたしわかさぎ料理も食べてみたいのですが?」
「ほのかの姐さん、大丈夫っす!これから行く店にも置いてあるっす!」
「楽しみね」
「可憐の姉御、任せて下さいっす!」
女子達は姐さん呼びを渋々受け入れ、可憐さんは何故か姉御呼びで、可憐さんもすんなり受け入れている。
案内された店は、この前谷川さんに連れて来てもらったお店だった。
「あー!ここ前に来たお店だー」
「そうだね~」
「美味しかったですし、安心して入れますね」
「そうだな」
「谷川さんに連れて来てもらったお店ってここなの?」
「うん!そだよー」
「来た事あったんすね...」
「まあ、いいじゃん!入ろ入ろ」
知ってる店だった為、安心して店内に入り、注文して行く。
「それにしても、アニキ達はホントにここを完全攻略したら、他のダンジョンに行っちまうんですか?」
「ああ、最初からそのつもりだったしな」
「そうなんすか?」
「ああ、それよりもさっさと食べよう。温かい物は温かい内に、冷たい物は冷たい内に食べた方が美味いからな」
そう言って、俺はわかさぎ定食を食べて行く。
因みに女子達もわかさぎ定食を食べていて、可憐さんはほうとうとわかさぎの天ぷらを単品で頼んでいた。
サクッとした衣とふわふわしたわかさぎの身の食感を楽しんでいると、力が意を決した様に言葉を発した。
「俺もアニキ達と一緒に他のダンジョンに行くっす!」
「いや、お前はDランクだろ?転籍出来ないからな?」
「今日中に40階層のボスを倒して来るっす!」
突然の宣言に、高潔な狼のメンバーからストップが掛かった。
「いやいやいや、俺達にはまだ無理だって」
「そうだぞ力。もう少しレベル上げをしてからじゃないと危険だ!」
「それに、転籍なんて簡単に決めるなよ!そういうのは、ちゃんと話し合ってからだろう!?」
聞いてる感じでは、まだ40階層のボスと戦うのは時期尚早の様だし、転籍に関しても他のメンバーの意見を聞いて、きちんと話し合ってから決めるべきだろう。
それに。
「俺達は、次のダンジョンもさっさと完全攻略してその次のダンジョンに行く予定でいるから、付いて来られてもお前達の適性階層に辿り着く前にまた、転籍する事になるかもしれないぞ?」
それだと、稼ぎ的にもレベル上げの面でもキツいだろう。
「力、それだと流石に色々とキツいって」
「そうだぞ。このままここで地道に頑張って行こうぜ?」
「そうだよ。取り敢えずの目標として、今まで通りここの完全攻略を目指そうぜ?」
「...分かった。取り敢えずはここの完全攻略を目指すよ。アニキすんません!俺はここに残るっす」
パーティーメンバーによる説得は成功したらしい。
「ああ、それがいいさ。無理せず頑張れ」
「はいっす。頑張ります」
こうして、他のダンジョンに移動してまで、アニキと呼ばれずに済んだのだった。




