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人界魔討伝〜三魔〜  作者: 人工サンマ
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第五十九魚 自粛

 夜闇に街が呑まれ街を照らすのは僅かな光のみになる。

 昼の気だるい暑さと低く飛ぶ月が夏だと告げる。

 しかし、鳴り渡るのは鈴音の声や蛙の声ではない。

 甲高い悲鳴。

 耳をつんざくような悲鳴は一度だけ鳴り渡った。

 主の声が枯れたのではない。

 絶望し諦めた訳でもない。

 命を断たれた。ただそれだけの偽りようのない事実だけがそこにあった。

 脆い。あまりにも脆すぎるのだ。

 人の命などサンマの前では風の前の塵と同じ。

 どれほど嘆こうと。どれほど抗おうと。

 所詮、どうということもなし。

 ただの人がサンマに勝てる道理などなし。

 唯、絶望し果てるのみ。

 サンマの足元には一体の死体が転がっていた。女性のものである。

 その番だろうか。物陰で一人の男が息を潜め、死体を弄ぶサンマに身を震わせていた。

 サンマがその姿に気づいているのか、はたまた気づいた上で弄んでいるのか。

 そのどちらであるのか判別はつかない。

 ともかく男は未だサンマに命を刈り取られることなく恐慌に陥っていた。

 もはや正気など打ち捨て、恐怖に呑まれしかして男は己の恋しい者を奪ったサンマを憎悪していた。

 そしてそのために男はとある結末へと向かっていく。

 一つ、既に息絶えた人の体より頭部が切り離される。切断面より垂れ落ちる血の一滴をサンマは美酒として呷る。

 二つ、美酒に飽いたサンマは残された胴に爪を喰いこませ左右に裂き開き、朱の花を咲かした。

 そして、三つ。

 男は物陰から躍り出るとサンマへ向かって吶喊した。

 雄叫びを挙げ、もつれる足を懸命に前へ前へと運ぶ。

 サンマの眼前へと迫ると体を捻り、拳を引き力の限りサンマを殴りつけた。

 それは特筆すべきことなのだろう。

 命を貪られるだけの人が、戦き恐怖に支配されど愛する者を奪い命の尊厳を汚すサンマ憎しと立ち上がったのだから。

 男は奮い立っていた。

 人を舐めるなと。人は抗うのだと。人は強いのだと。

 さながら正義の味方である。

 憎悪という感情を正義と塗り替え、拳を振るう。

 なんとも人間らしい。

 男は歓喜した。

 恐るべきサンマへ立ち向かい、己の拳を突き立てたのだから。

 幻想を抱いたのだ。このまま悪しき怪物を打ち倒し、愛する者の仇を打つのだと。

 ……所詮は狂気に堕ちた男であったのだ。

 己の拳を受けたサンマが僅かでも動じることも無く、下卑な笑みを浮かべていることに男は気づかなかったのだ。

 なんとも愚かしく、人間らしい。

 男が続いて放った拳は空を切る。

 更にもう一度拳を放とうと構え男は気づく。

 自身の胴をサンマの鉤爪が貫き、空いた穴から留めなく血が流れ続けていることに。

 そこから先は…そう、男は幸福であったのだろう。

 痛みが体を駆け巡るよりも先に、男はサンマに持ち上げられ宙ぶらりんと、抵抗する暇もなく頭からサンマに齧りつかれ絶えたのだ。

 痛みに呻きながら、恐怖に呑まれ死に絶えるよりは幾ばくが幸福であったのだろう。

 悲鳴の代わりにゴリゴリと、骨を噛み砕く音が鳴り響く。

 サンマの口から唾液と共に血が滴り、足元に水溜まりを作る。

 やがてサンマは口の中ですり潰され元の形など想像することも叶わくなった肉の塊を吐き出した。

 所詮は戯れ。サンマが人を食すことは無いのだ。

 …サンマが嗤う。

 無惨にも打ち捨てられた人の肉味を嘲り、悦楽のままにひた嗤う。

 人よ哀哭せよ、この場に命の尊厳などない。

 人よ嘆け、その身はただただ脆い。

 そして。

 人よ、抗うのだ。

 人には牙はなく戦うすべがない。

 されど、人がサンマを討ち倒せぬ道理は無いのだ。

 牙がないのであれば、牙を手に入れればよい。

 彼らはそうやって戦い続けてきた。

 人でありながら、サンマを討ち倒すために牙を研ぎ狩り続けてきたのだ。

 彼らの名は日魔星。

 己の魂と秋刀魚でサンマを断つ牙である。

 鯉口を斬る音と共に、今宵も人とサンマの戦いの幕が上がる。


「俺が終わらせてやる」

 村正刀魚を抜き放ち、サンマへと向ける。

 サンマの足元には事切れた二体の死体が転がり、撒き散らかされた血の跡はこの場で起きた虐殺の凄惨さを物語っていた。

 月下を反射させた切っ先の先でサンマが嗤う。

 対峙するは所詮、人。

 サンマが恐れる道理などないのだろう。

 …それでよい。畢竟俺のやることは変わらない。

 村正刀魚を上段に構え吶喊する。

 鋼鉄よりも硬きサンマの皮膚を断つ為には上段より勢いよく放つ袈裟斬りがよい。

 村正刀魚の切れ味から為せる力技であるのだが、対敵を斬ることが出るのであれば上も下もなく選り好みするつもりなどない。

 一挙一足の間合いまで詰め村正刀魚を一閃。

 サンマの上体を両断するために刃を走らせる。

 受け止め、迎え撃つつもりなのだろうか。サンマはその場で両の腕でを重ね腰を落として構える。

 振り落とされた刃がサンマの皮膚に喰いかかる。

 身を固くして受けて立つサンマ。その顔には嘲笑が浮かび、俺の刃に微塵も脅威を感じていないことが窺える。

 そして、刃がサンマの皮膚を斬りさき鮮血と共にサンマの腕が舞う。

「鋼鉄程度の硬さ、斬るのは容易い」

 瞠目するサンマに事実を突きつけ、逆袈裟に斬りあげ無防備な胴に一線の斬り傷を作る。

 それが致命傷となり、サンマは留めなく溢れ出る己の血で出来た血溜まりに溺れ息絶えた。

 人に仇なし暴虐の限りを働いたであろうサンマ、されどその幕切れは呆気ないものだ。

 村正刀魚を振るい、血払いを済ませる。

 だが、納刀はしない。

「またサンマを殺したんですか!!反省の色が見れませんね!!」

 闇に一条、サン魔の声が響く。

 コツコツと地面を叩く音と共に、マイクを持つサン魔とカメラを持つサン魔の二体が顕れる。

「謝罪はないんですか!?」

 マイクを持ったサン魔…サンマスコミが俺を糾弾する。

 先日、対敵した時はこの糾弾の声に押し負け強制的に謝罪をさせられ煮え湯を飲まされた。

 恐らくそれがこのサン魔が操る超常の力、サンマジックなのだろう。

「謝罪をしてください!!」

 サンマスコミが再び俺を糾弾し、カメラを向ける。

 相手に強制謝罪をさせる恐るべきサンマスコミのサンマジックの波長を感じる。

 このままであれば先日の二の舞になるだろう。

 だが無論、無策ではない。

「今だ!」

 闇の向こう、秋刀魚銃を構え息を潜めていた仲間へ叫びをあげる。

「はい、であります!」

 一発の銃声。

 弾丸が宙を駆け真っ直ぐにサンマスコミのうち一体へと飛び構えていたカメラを打ち砕く。

「なっ!?」

 カメラを撃ち抜かれたサン魔は呆然とカメラを見つめ、そのまま飛来した次弾で脳天を撃ち抜かれて絶えた。

「後はお前だけだ」

 残されたマイクを持つサンマスコミへ村正刀魚を向ける。

「よくもカメラサンマンを!謝罪なさい!」

 声を荒らげサンマスコミが俺を指さす。

 俺はその糾弾を受けながら、一歩近づく。

「謝罪しなさいと言っているでしょう!!」

 さらに一歩、サンマスコミを間合いに捉える。

「何故…何故です!!謝罪しろと言っているでしょう!!」

「…俺が謝罪すべき相手はお前なのか?」

「なっ…!?」

 俺の指定の意味を捉えられず、顔を顰めるサンマスコミ。

 その虚をつくように村正刀魚を放つ。

「─っう!」

 振るわれた刃は一歩足りず、後方へ退いたサンマスコミの肌を撫でるだけであった。

「お前は一つ違えている。お前らサンマスコミは正義の味方であって正義ではない。俺はサンマを無慈悲に屠る悪としてお前らの正義に破れた」

 自らを悪として自嘲し、サンマスコミに突きつける。

「されど、今のお前に正義を語ることはできない。お前らの正義を発信できないのだからな」

 村正刀魚を上段に構えて先程サンマにそうしたように振り下ろす。

 人を守る殺戮者として、告発者へ刃を走らせたのだ。

 ──キーン。

 と。一つ、甲高い刃鳴る音。

「……ええ、確かに。今の私に貴方の悪逆を民衆に伝える術はなく私は私の報道(せいぎ)を行えない」

 サンマスコミは俺の刃をマイクで受け止めていた。

「だけど、私は正義を語るものとして悪逆な日魔星に負ける訳にはいかないのよ!!」

「──っ!?」

 押し返され、体勢を整えながら距離をとる。

「侮ったはね。私たち(サンマスコミ)の武器は報道、そしてそれを成すための機材。己のが芯鉄に報道(せいぎ)の二文字を刻み、武器として振るうのであればそれはもはや剣よ」

 マイクを構え、サンマスが高らかに吼えたてる。

「正義は死なないのよ」

「…諸共に撃ち砕くのみだ」

 再び刃を上段に構え直し駆ける。

 狙うはサンマスコミの上体…ではなくマイク。

 サンマスコミの正義を打ち砕くためである。

 踏み込んだ勢いと共に上腕を使い振り下ろす。

「はぁぁぁぁ!!」

 叫びと共にサンマスコミがマイクで村正刀魚を受ける。

 重い手応えを感じつつ体重をかけて押さえ込もうと刃を傾けるが、押し切れない。

 サンマスコミが構えたマイクはサンマの皮膚などよりも遥かに固い。

 刃は通らず、そして揺るがない。

「正義は折れない!!」

 マイク一閃。焼けるような痛みと共に、俺の肩口が抉られる。

「報道は行えない。されど私が敗れる道理はないのよ」

 サンマスコミが一閃したマイクを引き戻し、着く様に放ち続ける。

 一つ一つが一条の剣閃。俺の肉を抉り、命へ喰らいつく。

「くっ…!!」

 マイクの嵐の中、既のところで致命傷を避けつつ後ずさる。

 放たれ続けるマイクの勢いを削ごうと村正刀魚で弾くがその勢いが落ちることはない。

 ただ苛烈に俺の肉を削ぎ、刻一刻と俺の命の灯火が弱まっていく。

「これほどにも…!!」

 これほどにも、サンマスコミが語る正義とは強固なものなのか。

 猛然にして勇猛。

 剛強にして剛健。

 正義の二文字を刻んだ在り方は純然な強さを示す。

「さ、三魔さん!」

 マリアンヌと悲鳴、そして銃声。

 押し切られつつある俺を助けるためにマリアンヌが割って入ったのだ。

「ちっ…!」

 軽い舌打ちと共にサンマスコミが飛びのき六間程の距離が取れる。

 その隙を逃すまいと村正刀魚を中段に構え、サン魔力を込める。

 正義を語るサンマスコミ。

 例え、報道という己の正義を行えなくともその有り様は変わらず己のが善。

 ならばこその強さ。

 俺はサンマスコミに取って打ち倒されるべき悪。

 そして、悪とは正義の味方に討たれることが道理。

 このままでは俺が敗れるのも必然となるであろう。

 俺は俺が唯一放てる至上の一刀に全てをかける。

 サンマスコミ(正義)を討ち倒すためにはただの剣戟による一刀など相応しいはずもない。

 言うならば必殺技。

  それこそが唯一にて至上の一手。

「──零刀・散魔」

 村正刀魚へと流れたサン魔力が荒れ狂う吹雪となる。

「戒刀」

 サン魔力が刃へと凝縮され絶対零度の一刀として周囲一帯を凍てつかせる。

 そして、俺はサンマスコミ(正義)へと刃を走らせる。

「秋刀魚ノ開闢」

 放たれた刃。

 サンマスコミを討ち倒すために放たれた全霊の一撃。

 されど。

 サンマスコミはそれをマイクで受ける。

「─────っ!!」

 戦慄、動揺。

 胸の中で一抹の不安が走る。

 何故…何故、ここまで揺るがぬのか。

 その在りようを喝采する。

 (たっと)く強靭なそれを。

 だが、俺は負ける訳にはいかぬのだ。

 サンマを討つ。

 それが俺の、俺たち日魔星の単純にして絶対の在り方。

 折れぬ、揺るがぬ、敗北は許されぬ。

 善悪などない。正義などどうでもよい。

 サンマを討つためにそれらなど不要なのだ。

「魚オオオオオオオオオオオ!!」

 獰猛な獅子のように吼えたてる。

 対敵を討つ為に刃を押し込める。

 ──そして。

 遂にサンマスコミのマイクが砕け散った。

「終わりだ…!!」

 武器を砕かれ無防備になったサンマスコミに刃を放つ。

 赦しや憐憫などなく、敵意を持って。

 サンマスコミの肉を村正刀魚が断ち、切り開かれた胴より溢れ出る返り血に身を染める。

 抵抗することも出来ず、無惨に斬り裂かれたサンマスコミは陸に揚げられたさんまのように地に倒れて息絶えていった。

 遺体に背を向け、血払いを済ませ納刀する。

「ありがとう、マリアンヌ。助けられた」

「い、いえ。何も出来なかったでありますよ…そんなことより大丈夫でありますか?」

 血を流し過ぎたせいか、足取りを上手く掴めない俺をマリアンヌが心配そうに覗き込んでくる。

「大丈夫…だが、少し休みたい」

 全く情けないな。と心の中で自嘲する。

 相手が強敵であったとはいえここまで追い込まれてしまうとは…。

 歯噛みしながら、覚束無い足で秋刀馬の元へ向かう。

 マイクで斬り付けられた痛みと七輪で焼かれるような痛みに耐えながら帰還した。


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