第十四魚 過去
闇ありし所にサンマあり。
死をもたらす災厄の化身。
サンマの前にあるのは絶望による死のみであった。
だが、人は希望の光を手に入れた。
人を守り、人を導く存在。
人は彼らを称えてこう呼んだ。
『日魔星』
(前奏)
ゆけ〜さんまの戦士〜
魔を討つ戦士よ〜
秋刀魚を掲げて〜
(オォォォォ~)
鳴り渡るサンマの咆哮
終わりを告げる魔笛
散りゆく人の運命
響く
慟哭を聞け
さんまの戦士よ
叫べ!
怒りの声
振るえ!
怒りの秋刀魚
戦え!
怒りの戦士
正しき心
秋刀魚の一太刀
魔を討つ戦士 三魔〜!!
『戦え!日魔星』
記憶はいつもお母様のあの姿から始まる。
「秋魚女ごめんなさいね」
冬のさんまのように細く痩せたお母様は、枯れた声で私に謝り続けた。
その悲しそうな顔を見ると胸が傷んだ。
「お母様は何も悪くないのよ」
本心だった。
お母様は何も悪いことをしていない。
「秋魚女は優しい子ね」
私がそう宥める度にお母様はさらに悲しそうな顔をして呟いていた。
お母様は悪くない。何も悪くないのだ。
だからこそ、私にはそれが理不尽であった。
何故、お母様は死んでしまうのか。
「秋魚女ごめんなさいね」
お母様がそう口にする度に死が近づいてくるようで。
私はお母様に会うのが怖かった。
お母様を見たくなかった。
お母様と、死の気配を。
だから、求めてしまったのだ。
それは決して許されないことだと知っていたのに。
お父様に厳しくいい聞かされていたのに。
呪いを求めた。
お母様に生きて欲しいと。
私には生きることと、生き続けること。
その違いを私は知らなかった。
ここからの記憶は早回しだ。
私はグリルでさんまを焼いた。
立ち上る黒煙が部屋を染めていく。
「やめろ…秋魚女!!」
お父様の悲鳴。
「サンマを呼んではならない!それはお前が求めるものなど…」
お父様の真剣な表情。
私はようやくそこで自分の間違えに気づいた。
「秋魚女…お母さんの所に行ってなさい」
お父様に抱きとめられ、その温もりを感じる。
家の中を駆けて、お母様の部屋に入る。
もう助からない。そう告げられたお母様は元気だった頃のように、たくさんの本に囲まれて横たわっていた。
「さ…な…めん…ね」
お母様の声は変わり果てていた。
もう、元気だったころの声を思い出せなかった。
お母様の傍により、目を固く瞑る。
大丈夫。お父様は強い日魔星なのだから。
願った。
お父様が私の過ちを正してくれることを。
勢いよくドアが蹴破られ、何が部屋に入ってくる。
「お父様…?」
目を開き、ドアの方へ視線を向ける。
お父様だった。
入口でお父様が直立していた。
サンマに胴体を貫かれて。
大樹のように大きくて、私たちを守り続けていたお父様。
そのお父様の向こうで、サンマが嗤っていた。
幼子が買い与えられた玩具を振り回して遊ぶ時のように。
無邪気に嗤っていた。
お父様から爪を引き抜くと、サンマは一歩ずつ私へと近づいてきた。
お母様に迫っていた死の気配。
それが私に向けられている。
恐怖が爆発した。
赤子のように喚き続けた。
サンマはただ嗤いながら私へと近づき、鉤爪を振り下ろす…その直前にサンマの首が飛んだ。
「秋魚女ちゃん…だね?」
サンマの背後より、男が現れた。
お父様の仕事仲間でよく家に遊びに来ていた。
名前は秋水三魔。
「遅くなってしまって…ごめん。早くここから逃げよう?」
三魔さんは私に手を伸ばす。
「お母様は?お母様も一緒に逃げなくちゃ」
その手を取らず、背後にいるお母様の方へ顔を向けようとした。
「ダメだ」
三魔さんの声が響く。
「ダメだよ、それは」
再び言い放つと、三魔さんは私を胸に抱え部屋を飛び出した。
「なんで?お母様は?」
「…今は君しか助けられない」
「なんで?そんなのおかしいよ。お父様はいつもあなたの事を最高の日魔星だって。あなたに任せておけば大丈夫だって。いつもそう言ってたよ」
「……ごめんね…俺は」
三魔さんはそのまま押し黙った。
「おかしいよ…」
沈黙し続ける三魔さんに私の中の言葉が溢れ出す。
「おかしいよ…三魔さん」
私は溢れ出す言葉をそのまま三魔さんに投げかけて。
そして、決定的な一言を投げ出してしまった。
「人殺し…!!三魔さんの人殺し!!」
人殺し。
その一言が決定打であった。
三魔さんの足が止まり、私を抱えていた手が震えた。
私は三魔さんの手を払いのけると、来た道を戻り始めた。
「ダメだ!!まだサンマが!!」
背後から三魔さんの声が聞こえた。
私はそれを無視して廊下を走った。
そして。
壁を打ち破って、目前にサンマが現れた。
私の何倍もある巨躯を持ったサンマは、無慈悲な死の化身として鉤爪を振り落とす。
迫る死の気配。
けれども、それはまたしても私まで届かなかった。
三魔さんが、迫る鉤爪から私を身を呈して庇ってくれたのだ。
「うぉぉおおおおお!!」
三魔さんの絶叫。
手にした秋刀魚でサンマを斬り落とす。
それが、彼の最後の力だった。
自ら斬り捨てたサンマと同時に、三魔さんは崩れ落ちた。
「ゴフッ…」
倒れた三魔さんは血を吐き、そしてサンマから受けた傷から留めなく溢れる血は、薄茶色の廊下を朱く染めていく。
「…燦馬ごめんな」
それを言い残し、三魔さんは息絶えた。
恐ろしかった。
自分が巻き起こした結末が。
自分が巻き起こした結果が。
自分が巻き起こした呪いが。
その場で震え続けていた。
やがて、そこにはもっと多くの大人たちが現れ、私は外に連れ出された。
何があったのか。事細かに聞かれた。
私は素直に答え、大人たちを落胆させた。
答え終え、日が開けるとお父様とお母様の葬式が始まった。
私の家は日魔星として名家で、二人の死に多くの人が悲しんで、式には多くの参列者がいた。
誰もが勇猛果敢な日魔星とお父様を称え、悲しみ続けた。
けれども、みんなが悲しんでいるのは日魔星であるお父様の死で。
優しくて大好きなお父様とお母様の死を悲しんでいる人はいなかった。
それが居心地が悪くて。
私は式を抜け出して、葬儀場を彷徨いていた。
そして、隣りの会場で同じく葬儀を行われていることを知った。
お父様と違ってこじんまりとしていて、参列者は私と同じぐらいの男の子一人だった。
誰の葬式だろう?
祭壇に目をやると、三魔さんの写真が飾られていた。
私はその式から目を離せなくなった。
粛々と続けられる式は三魔さんの死を悲しむ声、それどころかすすり泣く声さえも聞こえなかった。
やがて、式が終わると唯一の参列者であった男の子が
立ち上がり、私の方へ振り返った。
その顔を見て息を飲んだ。
三魔さんの生き写しと見紛う程、似ていたのだ。
私は式場まで入ると男の子に声をかけた。
「あなたが燦馬くんですか?」
男の子は声をかけた私を訝しげに見回してから答えた。
「いや…僕の名前は三魔だ」
記憶から目を覚ます。
私が全てを失い、全てを奪ったあの日の記憶は時折私の夢という形で現れる。
「全く、最悪の気分ですわ」
呟いてから伸びをして、ベットから這い出でる。
まだぼんやりとした頭をサンマウンテンコーヒーで覚醒させてから、装備を入念にチェックする。
私は一度、三魔の全てを奪った。
だからこそ。
もう二度と三魔には何も失わせない。
例え命に変えても…。
奈落が如き闇。
闇が在るのはサン魔界なれど、その闇は確かに人界に存在した。
その闇の名はサンマキシマム。
人界に存在していいはずもない災厄の闇は己の剣を振るい、更なる高みを目指し続けていた。
「サンマキシマム様、こちらにおいででしたか」
闇がゆれ、一体のサン魔が現れる。
「何用だ」
「仕事の話ですよ」
「…某に何を斬れと?」
「日魔星ですよ。ここ一体の管轄であるサンマランド、あれ落としてしまいましょう」
「…遂に侵攻か。面白い。…して、兵は?」
「私を含めて三体ほど。実は早とちりをしたバカが一体狩られてしまいましてねぇ。…まぁしかし、貴方様がいれば頭数など問題ないでしょう」
「どうかな?人間を見くびるなよ」
「えぇ。それはもちろん。私はもう二度と油断したりしませんよ」
「それがよいだろうとも」
「して…サンマキシマム様。秋水三魔という日魔星と立ち合ったとか」
「あぁ。そのためにこちらまで来たのだ。…奴は強くなる」
「ほぅ?では、まだ生きていると」
「生かした。…某を責めるか?」
「いえいえ、とんでもありません。私、そのものと顔見知りでして。いやぁ、次会ったら確実に殺してやろうと思ってたんですよ」
「…奴に恨みか。面白い、貴様にやつが倒せるか見物だ」
「何も問題ありませんよ。…何故なら私は不死身ですからね」
闇が嗤う。
サン魔は己の爪を血で染めんと悪鬼たる嗤い声を響かせ続けていた。




