ストーカーは推しに貢ぎたい
アヤネコはフリーダムです。
推しにさえ迷惑が掛からなければいい。
心地よい音律が聴こえてくる。
エルストンは無意識に笑みを浮かべ、その音の方へ向かう。
そこには、漆黒のグランドピアノと真っ白なグランドピアノが並んでいた。ここは例のごとく、いつの間にか屋敷に作られていた音楽ホール。壁にはヴァイオリン、オーボエ、フルート、トランペットなどと様々な楽器が掛けられている。
最近、ここの屋敷の持ち主のアインズ・フォン・フェルゼン辺境伯すら卒倒することの無くなった増築。彼はただ「ヌッコ様の思し召しでしょう」となにやら感慨深げに言っている。訳が分からない。
ヌッコというのは潰れまんじゅうの猫に似た謎の生き物だ。日向ぼっこをする雑食の生物。逃げ足はとんでもなく早い。何故か近年、フェルゼン領で神の使いとして崇められている。そのせいか、フェルゼン領はヌッコグッズに溢れている。先日、クッションかと思ったらリアルヌッコを持ち上げてしまった。綿入りヌッコクッションより、リアルヌッコのほうがマシュマロボディでずっと柔らかかった。
(……できることなら、また触りたいものなのだが)
ヌッコは逃げ足が速い。触ろうと思って触れるものではない。
良く芝生の上や屋根の上など屋敷でも見るが、触れるのは難しいのだ。
楽し気に連弾をするロヴェルとアリエッタ。その楽譜は、最近帝都で流行りの『ロイヤル☆ラヴァーズ・リヴサーラ』の最新楽曲であったりする。知らないエルストンは、幸せだった。色々な意味で。
「お兄様、一緒に協奏しましょう!」
エルストンに気づいたロヴェルが、眩しい程の笑顔で手を振ってくる。
フェルゼン領に来て、ますます弟妹達は明るくなった。
たまに「妖精さんを探しに行きます!」と二人で屋敷を歩き回っている。
ついでに言うと、その妖精さんはたまにアリエッタを外に連れ出す。
最初、その報告を聞いたときは椅子から腰が浮きかけたが、笑顔のアリエッタが「ホワイトベリーを摘みましたの」と、余りに嬉しそうに報告するのだから何も言えない。
ちなみに、そのホワイトベリーは三つ山を越えた向こうの、断崖絶壁で怪鳥が飛び交う場所だと聞いて卒倒しかけた。
その日の夕方、屋敷内のトランクルームに人と魚の中間のような頭に、鳥の翼と足がついた妙なモンスターがみっちり詰まっていた。
どれも損傷が少なく、一撃で仕留められた玄人の仕業だった。
ちなみにその鳥のモンスターは羽、爪、皮、そして肉に至るまで稀少な素材となる。また、断崖に主に生息しているので倒すと落下して殆ど潰れてしまうことが多いそうだ。
無傷に近い状態は本当に希少で、かなりの財となったようだ。
妖精さん武闘派説がフェルゼン邸に駆け巡る出来事だった。
(……となると、もしや今までのワイバーンやブラッディボアやイーヴィルフィッシュもその妖精が捕まえたのか……?)
エルストンの中で、妖精さんマッチョ説が浮上した。
こんにちは、アヤネコです。
推しをストーキングすることに人生ならぬ神使生を捧げています。我が人生に一片の悔いなし、といつでも拳を天へ高らかに向けられます。
弟妹達とセッションする推しが尊い。
語彙が死滅した状態で、神様に推しの素晴らしさを訴え掛けました。
『プライバシーは守ってあげてね?』
アヤネコの失ったはずの良心とモラルに滅多打ちの言葉でした。
無理です。推しを推しているかぎりそれは守られないモノなのです。推しを守るために推しのプライベートはちょっとのぞき見しますが、推しには全力でバレないように努力します。
バレなきゃいいんです、バレなきゃ。
最近、皇帝がようやく股間小爆発の呪いから解放されたようです。
また権力をかさに着て女性に乱暴するつもりでしょう。
エロ同人誌みたいに! エロ同人誌みたいに! そしてそれをリアルにやるのがあのビチグソ親父です。
あれが推しの遺伝子の製造元なんやで……?
信じられるか? あのお腹が常に脂肪でパツパツの性欲の塊で女にだらしないビチグソ汚物があの麗しい推しの父親なんやで?
どんだけ推しのお母様の遺伝子がファインプレーをしたんだろう。
とりあえず、また悪さをしないように皇帝のイチモツがポークビッツになるように呪った。
そんでもって、性欲をたぎらせるとそのポークビッツが水色のデフォルメゾウさんになってパオーンと鳴くようにした。
これで少しは自重するようになるだろう。
アヤネコとってもいいことをした。これであの皇帝の女癖の悪さも治るといいのだが、
だが、ニチアサマスコット先輩は真っ青な顔して、私にドン引きするのです。
「悪魔に謝れ。お前のせいでもう悪魔は悪魔と名乗れなくなる」
どういう意味だ。
あの皇帝に溜まった周囲からのヘイトを呪いという形で具現化しただけだ。
とりあえず、呪われた皇帝のパジャマズボンにマスコット先輩を入れた。直におパンツに入れなかっただけ、アヤネコは優しいと思います。
アヤネコは推しに貢ぐためにたまに来る暗殺者を張り倒し、モンスターをしばきます。
サボると体が鈍るから、たまに隣の領地まで出張するときもあります。
そーいえば、フェルゼン領はスタンピードが起きるはずなんだが何も起きやしない。あれが起これば、簡単にお小遣い稼ぎができるのに。
神様から支給されている端末で、スタンピードの発生がないか確認しているんだけどないんだよ。何故だ。
もうちょっとだけTPが溜まれば、推しに凄く似合いそうなお靴を貢げるんだよ!!!
この世界では再現できないようなエナメル素材にモノクロチェックの布を組み合わせた、ちょっとお洒落でハイソな靴!
推しは自分だけそんなもんを履くなんて、と思うに違いない。だが、ロヴェルとアリエッタにもそれぞれ揃いの編み上げ靴とコサージュ付きの可愛いパンプスを送れば絶対に履く!
推しのおみ足を私の貢いだ物が包んで守るってもう最高じゃねーの!?
それだけでご褒美だ。労働すら、推しに貢ぐ過程だと思えば幸せだと思える。
お洒落なだけの普通の靴のはずが、なぜかレジェンドウェポン相当のオリハルコンの剣並みにTPえぐいけれど。一生懸命貯めている。
一度神様になんで高いの? 何とか特殊機能あるの? って聞いたら。
『需要があるから高く設定してあるの』
とご返信。
カミゾンにもマーケティング事情とかあるの!?
え? 私以外も狙ってるの? 取られちゃう? まずい! それはまずい!
効率よくTPを稼ぐ方法ってないの? えーと……
世界特定害悪種に指定されているモンスターを狩るといいらしい。なんだ、その以前の世界でいう特定外来種みたいな扱いは。
端末で調べていると、いわばそいつらは世界の毒や膿、もしくはウィルス的な存在らしい。自浄作業が追い付かなくて具現化してしまい、大抵碌でもないことしかしでかさないとのこと。
この辺にはおらず、蝕や瘴気、魔界と呼ばれる淀んだ場所に生息していることが多い。
そこはほとんどの生物にとって死の世界。
RPGでいうと毒沼地やトラップゾーンみたいなものかな?
私はこの辺ではそこそこ強いけど、なんかボスマップ付近に居そうなやつらにも勝てるかは不明だ。
でも、推しに貢ぎたい。
このお靴を履いた推しを見たい。
………とりあえず、試しに行ってみますか
結論、圧勝。
というより、思ったより脆かった。
とりあえず腐海とも魔界ともいえない妙な場所に、思い切って飛びこんだ。渾身のダイブだった。
そしたら、近場にいたアンデットドラゴンだのボーンドラゴンだの、ナイトメアスネイク、ブラッディファングだのという、よくあるファンタジーのTUEEEE的なのがごろごろいた。
それを、飛び込んだ勢いで轢いた。
嘘じゃねえ、そんなつもりなかった。本当だ。思ったより勢いが強かったんだ。まさか、あんなふうにドミノ倒しというか、ボーリングピンみたいにぶっ飛ばすことになるなんて思わなかったんだ。
うっかりその奥にあった魔王の根城みたいなのにぶつかるまで、頭からスライディングした。激突したお城は半壊になった。やべえ、損害賠償請求されたらどうしよう……
私は覚悟を決めました。
よし、しらばっくれようと。
なんか足元にいっぱい広がった青紫のミンチがあったけど、あれなんだったんだろうか? ねじりのキツイ山羊みたいな角があった。一応記念品として持ち帰った。なんかピカピカして、加工したらいいアクセサリーになると思ったんだ。
もしも追いかけられたら困るので、ライトジャベリンという光の槍をドンドコ振らせまくり、普段は使わない魔法で盛大に更地にして、建物も全て地面のはるか下に埋め込んだ。
汚物は消毒して埋め立てた。証拠隠滅完了!!!!
テンション上がりすぎて、周囲で聖なる炎でファイヤーダンスを踊っていた。観客いなかったけど。つーか、いたら困るわ。メッチャ困る。ナイナイしないといけなくなる。
よし、これで目撃者はいない。いたとしても、これだけ破壊し尽くしたら絶対巻き込まれているはず! ここには人間が生きられる場所じゃないし、安心して帰れるわー。
ホックホク顔でフェルゼン領に帰った。
思ったよりいっぱい溜まっていたTPにさらにホックホクの恵比須顔になってしまう。
まあ、ワシの顔はぶれなくヌッコ顔だからあんまり変化ないけどな!!
ご機嫌に私のベッドこと、推しの部屋の上にある屋根裏部屋のポットに入る。
あのポットの絶妙な狭さがフィットするんだ。
どうもヌッコ要素があるせいか、ああいう狭くて暗いところが好き。だがしかし、推しはもーっと好きです!
マイ寝床はメイドがうっかり落とした楕円形のひび入りティーポットなんだけど、あれ以上の寝床はねえと断言できる。
それに推しを見守りやすい屋根裏スペースもいい。外に出て、屋根の上で日向ぼっこもできるしね。
なんだか最近やけに賑やかなフェルゼン領。特にフェルゼン邸の周囲の街というか、城下町? その辺が活気づいているのが良く見える。
その町にヌッコを高々と掲げた教会を見つけたときは宇宙に思いを馳せる猫になりかけた。
フェルゼン領の公教ヌッコ教。いいんか、宗教戦争とかにならないのか。
ヌッコは神様の御使いです扱い。
だが、厳格な宗教ではなくヌッコを大切にするヌッコ愛護団体的なゆるーい感じだった。
そして、その周囲にはヌッコまんじゅうだのヌッコぬいぐるみだのヌッコクッションだのヌッコグッズが店に並んでいる。
ヌッコまんじゅうは美味しくなかったので、その店主を夢の中でギッチギチに締めながらレシピを改良させた。
今ではヌッコまんは肉、芋あん、カレー味、栗あん、ジャムとバリエーションが加わった。ちなみに肉は塩味・タレ味とある。おやつでも軽食でも人気だ。
うん、勝手に人の名前で看板掲げて不味いのを売られるのは困るよね!
私もたまに首から下をしまって、ヌッコ擬態をしていると拝まれる。
この姿だと、堂々と街中闊歩できるんだよね。
ちなみにこの町でボス猫ならぬボスヌッコをやっている。
時折、何を思ったか人間が手を伸ばして触りたがってくる。大抵は尻尾でパァンだ。そんでびっくりしている間に逃げる。
私は安いヌッコじゃないんだ。
さ~て、今日は推しに何を貢ごうかなー。
エルストンは新聞を読みながら、おやと片眉を上げた。
なんでも隣国が魔王討伐のために編成した勇者パーティが、呪怨王と恐れられる呪いと魔法に長けた魔王を討伐したのだという。
おかしい。エルストンはつじつまが合わないことに気づいた。
確か、出発したのは先月。討伐対象の魔王の根城は、瘴気が濃厚に漂う魔境。距離だけでも馬を使い潰しながら全力でいったとしても三月は掛かるはずの場所だ。計算だと、勇者がつく以前の問題である。
華々しい凱旋をしているということだが、権力のごまかしの気配しか感じない。
そういえば、先週あたりに例の魔王がいるという方角がやけに光っていた。
昼間だったので、何か光るものが偶発的に反射したのかと思ったが‥‥…
(まあ、気のせいだろう)
そんな都合のいい話があってたまるか。
だいたい、勇者パーティが編成されたのはもうこれで六回目。前回のパーティは半年ほど前、なんとか魔境の付近に行けたそうだ。しかし、そこから吹く瘴気の風にやられて、皮膚が爛れ肺が腐り落ちたそうだ。
運よく生き残った者もいたが、それでも瘴気の影響は防げず腐り落ちていく体に悲鳴を上げながらもがき苦しみ、ついに治療の甲斐なく亡くなったと聞く。
そんな状況で、第三者が見返りもなく恐ろしい魔物――それも魔王と呼ばれる存在になど立ち向かうものか。
ぺらりと読み終わった新聞をめくる。
その見出しは『連続令嬢誘拐事件を解決! 謎の美少女! 正義の使者プリンセス☩シスター・ハピネスエメロード!』と見出しが躍っている。頭湧いてやがんな、この記者。エルストンは呆れながらもちゃんと目を通す。
挿絵ではパンチラ寸前の涙目の愛らしい少女が、片手でスカートを押さえながらロザリオのついた錫杖で男を殴っている。心なしか殴られている男は嬉しそうだ。
なんかひでえもんをみた。
エルストンはスンと真顔になった。
そんなエルストンの心へ清涼な風を届けてくれたのは双子の弟妹だった。
ティーセットのワゴンを押すロヴェルと、本日の茶菓子だろうものがはいったバスケットを持ったアリエッタ。車いすに乗ったアリエッタを、メイドが後ろから押している。
いつもより、少しだけ時間が早い。ロヴェルたちの催促に負けたのだろう。
「お兄様、今日のおやつは町で評判のヌッコまんですよ!」
何故か自慢げなロヴェルが微笑ましい。エルストンも思わず笑みがこぼれた。
素早く配膳をするメイドは流石というべきか。
白い皿に鎮座する白パンは三角耳とシンプルな目とマズルが描いてある。
「へえ、ヌッコ型か。面白いな」
「ヌッコさんの形をしているんですか? なるほど! 確かにヌッコさんですね」
手を拭いたアリエッタが、お皿からヌッコまんをとって触りながら頷いた。
ヌッコまんは作ってから時間がそう経っていないのか温かい。
ロヴェルはさっそくかじりつき、中身の熱さにハフハフと不器用に食べている。そして、アリエッタやエルストンが自分とは違う中身のヌッコまんと気づいて、視線が行き来していた。
「熱いから気を付けて食べるんだよ、アリエッタ。ロヴェル、そんなに気になるなら半分こするか?」
「ありがとうございます、お兄様!」
翌月、シーフード味とプリン味ができたとかできないとか。
きっと神様はアヤネコがあの靴を買ったことに引いている。
魔王はとばっちり。
アヤネコはヌッコに擬態して推しを見守っていることもあります。触られるときっと
『ああああああ! おやめください! おやめください! 自分×推しも推し×自分も地雷ですのでおやめください!!!』ってなる。
罪悪感で溶ける。
読んでいただきありがとうございました。




