ストーカーと宗教
そのうち先輩は『僕と契約して魔法少女になってよ』と会話させられると思う。
TPという名の賄賂に負けて。
吾輩はアヤネコである。
猫に似たヌッコという生物に頭部だけは似ているが非なるものだ。ゆるキャラを間違えてネタキャラに走らせたような八頭身である。この姿をデザインした挙句、ゴーサインで作ってしまった神様の趣味を疑う。
私は推しを愛で、推しに尽くし、推しに貢ぐ日々を満喫している。
まあ、姿が化け物なので基本こっそりストーキングだ。
推しのお家を増築するためのエルダートレントを伐採しまくり、ハゲ野を作ったりしてしまうが御愛嬌だ。
自分で作るのは不可能ではないけれど、そればっかりしても経済は回らないと最近気づいたアヤネコです。
ほどほどにアヤネコトランクルームに詰め込んで、残りは市井に流した。
最初こそは狩った魔物もすべてトランクルーム行きだったけど、最近はちょいちょいそうやって市街のほうへ流通させている。
最近は推しの生活も安定してきた。でも推しの周りをギラギラ成金のように飾りたいわけではないのです。推しに似合うような瀟洒で機能美溢れるものを提供したいのです。
カミゾンで注文することは可能なんだけど、あんまりにも不自然だとバレるからね。
なので職人の皆さんが育つといいなぁと思いつつ素材を流しながら、貯めたお金でオーダーメイドしている。デザイン画ならいける。ハンドメイドには限度がある。
最近は革製品の仕入れを念入りにしている。
猪や鹿、蛇は一般的。魔物だとちょっと高級になりドラゴンなんかは、庶民じゃ手に入らないらしい。
あー、だからワイバーンをトランクルームに詰めたらアインズのおっさんが悲鳴上げてたのかな?
私は顔と体が面白ミックスだけど、フードローブを羽織って、お面を付ければわりといける。庶民のお店は金払いが良ければある程度不問にしてくれるのだ。
まあ、不審者がいるって顔されるけど毎回傷の少ない良素材を搬入しているとだんだんと対応が良くなってきた。
顔に酷いやけどや傷があるという噂が立っているけど、ただ顔面がそもそも人じゃないんだよ。
最近の職人街は活気がある。
いい素材が安く手に入るから良い加工品ができて、商人が沢山仕入れにやってくるそうだ。経済が盛んなのはいいことだ。ついでに金を落として、フェルゼン領の税金となり、まわりにまわって推しの生活が豊かになればいいと思う。
私は時々領民の様子を見ながらお告げをしていた。
パン屋さんには
『クロワッサン……クロワッサンを作るのです。
メタボも血糖値も悪玉コレステロールも恐れず、しこたまバターを入れたデニッシュ生地。
カロリーの暴挙と言われようと、セルライトの申し子と言われようと躊躇わずに……
サクサクふわっとした美味しいクロワッサンを作るのです………』
数か月後、そのパン屋さんは行列になっていた。
予想より美味しくなかったのでケツをハリセンでしばいて、もっと美味い物を作れとしごいた。推しに献上できる品質になるまでしばいた。
何故って?
私が所用でこの領にいなくなる時がある。モンスターや賊を殴りに行くときとか、将来的に推しの敵になりそうなやつらをしばきに行くときとか。
今までは必死に帝都(王都ともいうけど)を往復したり、日持ちする料理でなんとかしていた。シェフを散々扱いたけど、人間得手不得手があるからね。
他にも知っている限りで色々なレシピを各方面にお告げという形で伝える。
投げっぱなしだけどまーそのうち何とかなるでしょう。
推しの生活向上委員会永久会長のアヤネコは、今日も頑張っています。
ん? なんでクロワッサンかって?
推しに似合いそうだからだよ!
推しは意外と甘党です。
なのでデニッシュ生地と山の木苺をふんだんに使ったベリーパイを作った。
推しは学園に入学するため、独学で勉強している。
田舎では思い通りに人脈を得られない。そして帝都にいっても螺髪妃たちに狙われる。
ん? なんで螺髪かって? 私は推しに害ある人間はそれ相応の罰が必要だと思うのです!
軽率に命ナイナイをしてしまうと、とても権力者である人物が死んでいけば推しの生活に余計な影響が出るかもしれない。
なので、髪は女の命と云いますし、派手に飾り立てることを生きがいにしているよーなので全力でその楽しみを阻害することで手打ちとしました。
アヤネコは優しいのです。毒殺とか暗殺なんてまどろっこしいことしない!
欲望に溺れまくって権力闘争はほどほどに、悟りを開いてくださいとささやかに祈りを込めて観音様や菩薩様をリスペクトする螺髪にしたのです!
髪の毛は一切ちょんぎってないので、彼女たちが欲望もそこそこに心を入れ替えれば元の髪型に戻るはずです。
今のところ、誰一人戻ってない。
えー……反省の色なさすぎ?
まあ、お妃様たちは基本外見がとてもいい。自慢の美貌を抜群に阻害する最強悟りヘアー。噂によれば、螺髪になったお妃様たちは、一切御渡りがなくなりヒステリーが激しいとのこと。必死にこの呪いを解こうとしているんだって。今までドレスや宝石に湯水のように使っていたものを全て解呪にあてたものの全く解けず破産寸前の人もいるらしい。
お陰で推しへの暗殺者が激減しました! わーい!
その分、聖職者や呪いに詳しい呪術者にガンガンお金が使われているんだって。
で、幅を利かせているらしい。
「――というわけで、我が主神マキナゼウスの素晴らしさを是非フェルゼン伯にもお伝えしたくお伺いしました」
最近はぶりの良いアインズのおっさんに、聖書を持ったこてこて聖職者系の真ん丸なオッサンがやってきた。
聖職者の癖に成金みたいなギラギラした貴金属身に着けてるんじゃねーよ。
お布施目当て丸わかりだが、仮にも貴族のフェルゼン辺境伯。雑に突っ返すわけにもいかないらしく微妙な顔している。
「申し訳ございませんが、私はヌッコ様をお祀りさせていただいていますので」
「は? ヌッコ? あの潰れ白パンみたいな猫もどきのことですか?」
「――は?」
その時、アインズのおっさんの顔がマジ切れカットインが入った。
しかもその「は?」がめっちゃ怖い。いつもより4オクターブは低い。超低音。
「ヌッコ様は我が領地から災いを取り除いてくださる、それは素晴らしい神の御使い様です」
違う。私がしばいているのは推しの為でオメーの為じゃねー。
「あの方が我らに祝福をくださってから魔物は減り、賊は消え、我が領土の食糧不足も塩不足も解消しました」
祝福はした覚えはないが、推しをストーキングした記憶はある。
「我らが困窮していた時は見向きもせず、裕福になったら布施をせびりに来るとは……これが聖職者の、教会のやり方か……」
そーいえば聞いたことある。
宝くじで高額当選すると、どっからか嗅ぎ付けた宗教系の勧誘とか寄付金のお願いとかめっちゃ来るんだって。
異世界でも同じなんだぁ。世知辛い。
情けないおっさんだと思ってたけどおっさんはおっさんなりにちゃんと大人や貴族としてやっているようだ。
アインズのおっさんの剣幕に負けて、メタボ聖職者は居心地悪そうに逃げていった。
あわよくば教会を立ててもらって、寄付金を定期的に巻き上げようと思っていたらしい。とんだ馬糞野郎である。
その馬糞野郎は庭でお茶会をしているロヴェルとアリエッタを見て止まった。
そして、二人の整った容姿ににんまりと色欲蛙のような笑みを浮かべた。そして、芝生をサクッと一歩踏んで、道からそれて二人に近寄ろうとした。小姓のような少年が、その笑みに気づいて止めようとする。
「お、おやめくださいドート様! あの方たちは王族とお聞きします!」
「ふん、宮殿を追われた卑しい妾腹の子供なのだろう? 他の妃に嫌われ、貴族たちからも見放されてこんな田舎に追い出されたような皇子たちならワシにどうとでもできる」
本当に排せつ物野郎である。聖職者じゃなくて性職者じゃねーか。
小姓少年の様子からして、常習犯か?
「あの双子もなかなかだが、同腹の上の皇子のエリオット……? いや、エルストンだったか? 先ほどすれ違ったがあれも良かったな。ああいった気位の高そうなガキ程、その矜持をへし折った時の顔がイイものだ……」
グフフ、とまさに三流悪者みたいなガマガエル性職者ドート。
よし、めっちゃ呪う。
一物がウミブドウやデラウェアみたいなぶつぶつになる呪いでもかけてやろうか。
それともそんなにお金が好きなら、触れたものが全部黄金になってしまう呪いのほうがいいか? 餓死するやつ。
それとも眠るたびに悪夢見るようにしてやろうかな。ゾンビが追っかけてくるとか、虫ケラになって人間に踏みつぶされる夢とか。
「ワシが栄えある教会の一つを構える場所として選んでやり、折角祝福を授けてやろうというのに、あのような邪教を信望するとは。ダルシアの貴族として情けないとは思わないのか……嘆かわしいことだ」
嘆かわしいのはお前の見てくれと中身と根性だよ。全部腐れ落ちているじゃねーか。
「正義は我が神に、我が身許にあり! 悪しきものは粛清されるべきだろう?」
うん、そーだね。
お ま え が な 。
お前の正義は間違っていると思うよ。
やっと汚い権力争いから抜け出して、慎ましやかに生活している三人になんの咎があるんだろう。
でも、そんなに正義を気取りたいなら協力してやろう。
その夜、アヤネコはドートの夢に入ります。
奴は今宵も年端もいかない未成年相手に酒池肉林を夢でも現実でも外道なパーリーナイトフィーバーしていました。
うむ、酌量の余地なし。
一応神様に聞いた。アンタを祭っているらしい聖職者が腐ってんだけど、しばいていいかと。
神様は「やれ!! 徹底的にやれ!!」と強めのゴーサインをくれた。よし、御上のお許しは得た。そもそも、神様的にはそんな名前だけ使われて悪行をされると、逆に名誉棄損なんやてー。うん、確かに。
『ドートよ、聞こえますか。私は神の使いです』
「は? はー? どうみてもヌッコ……例の邪教か!」
『私は神使です。貴方には選ぶ権利があります。
若いからだと美しい容姿、そして悪を倒す力を上げましょう。
世の悪をくじき、弱きを助けるのです。そのために必要な力をあげましょう……」
「若さと美貌……!?」
そこくいつくんかーい! まあ見てくれコンプレックスでもあったのかな、ガマガエルだし。
でも痩せればだいぶましになるのでは? 努力の形跡は見えないけど。
『神の力をほんの一部ですが、差し上げましょう。ですがいきなりは大変かと思うので、まずは半年です。
貴方の人生にときめきと情熱と、青春のきらめきを……』
「く、くれ! おお! 神よ感謝します! ワシの努力は報われたのだ……っ!
ワシは田舎の司祭などという閑職に収まる器ではないのだ! フハハハハ! やった! やったぞー!」
夢の中だからってはっちゃけすぎじゃねーか、この色爺。
お前のやってることは貴族から金を巻き上げて不憫な少年少女を食い漁っているだけじゃねーか。
神のギフトという名の力を上げると、ドートは大喜びして跳ねまわっていた。
ドートは頭を抱えていた。
傍に居る小姓は、生ぬるいような憐れむような視線をドートへ向けていた。
小姓としてドートに仕えていた少年は、いち早く彼の異変――という名の天罰を知った一人である。
(おお、神よ。貴方はおわしたのですね……私の横暴な振る舞いを見ていたのですね)
ドートを乗せた馬車の目の前で茶番が繰り広げられていた。
「ようよう、お姉ちゃん可愛いねー! ちょっと遊ぼうぜ!」
「きゃっ! やめてください!」
「きゃーだって、カーワイー。ほらこっち行こうぜ? 俺たちと楽しいことしようぜー?」
「いやーっ、だれかーっ」
ドートはふぐぅ、と呻いてカーテンのきっちりと閉まった馬車に乗り込む。そして、きっちりと馬車の入り口を締めた。
そして、数十秒後。
現れたのはパステルグリーンのふわふわヘアーと純白の修道女風の衣装。胸にはロザリオと、華奢な肩を包むパフスリーブとふんわりと広がったミニスカート。裾から幾重にも重なったパニエとペチコート。
うるうると羞恥で潤んだ瞳は円らであった。長い睫毛にほんのり雫が乗り、赤く染まった頬と目元が可憐だった。小作りな鼻とぷっくりとしたチェリーのような唇が何とも可愛らしい。
文句なく美少女だった。
十代前半の少女は華奢な足を包む編み上げブーツをもぞもぞとすり合わせている。
「うう……なんで、なんでワシがこんな姿に……」
「ご自身が若さと美しい容姿が欲しいなどといったからだと思います」
達観した表情で小姓の少年は言う。
いやじゃーっと喚くドートを不良と女性の前に突き出そうとする。
「解決しないと戻れませんよ。頑張ってください『プリンセス☩シスター・ハピネスエメロード』様」
「ええい! その名で呼ぶでない!」
「いや、どうせ不良に『なんだてめーは』とか言われたら条件反射でポーズ付きで名乗っちゃうんでしょう? さあ、さっさと行きましょう。普通に行けば馬車で10分の距離ですけど、毎度トラブルに巻き込まれるせいで一時間じゃたりないんですよ。
巻いていきましょう、巻いて」
「おのれーっ!」
「早く行かないと『ラッキースケベ』が起こってまた赤っ恥かきますよ。
つーか、まごついているとここ最近エメロードにご執心の商家の息子がまたすっとんできますよ? それとも騎士見習いが先ですかね? 領主の次男坊? 純潔が守られるといいですね」
「うわああああん! そこの悪者! やめなさーい!」
ドート、お前への罰はこれだ!!!
『強制魔法少女の刑』
その名の通りだ! 『お前が魔法少女になるんだよ!』的な刑である。
それプラス『トラブル体質』と『ラッキースケベヒロイン体質』をプレゼントだ! ティーンズマガジンのちょっとエッチ系のヒロインのようになってしまえ!
これで酷いセクハラを反省しろ! 猛省しろ! 地の果てまで!
困っている人を助けるまで、魔法少女は解除されないぞ! ちなみに魔法少女の時はトラブル体質やラッキースケベヒロイン体質は倍仕事する。
………あとは解るな?
ガワは美少女でも中身はおっさん! そして狙われる貞操! フハハハハ! 反省するがいい!
今まで酷い目に合わせた少年少女の心を少しは理解するといい!
今日も枕を「こんなはずじゃなかった」と涙で濡らすドートを、小姓たちは憐み1000%の視線で慰める。自業自得だが、男の矜持を全力で圧し折られ、もし周囲にバレたら聖職者の地位も怪しいし変態扱い一直線。しかも、その変身後の姿を熱愛する若いイケメンたちがいる。呼吸をするように口説き、フラグは乱立し、メッチャ体を狙われている。性的な意味で。
悪は改心したのだ。
アヤネコ、とっても良いことした。
神様にも伝えると「よかったね」と褒められた。
ただファンシーマスコット先輩だけは顔色が青い。ガタガタ震えながら、私を見てドン引きだ。酷い。
「お前に人の心はないのか……」
次はぬいぐるみ好きのブルドックに似たワンちゃんの玩具にして差し上げた。
勢い余って綿をまき散らされないといいね!
エルストンは困っていた。
最近、自分の後見人であるフェルゼン辺境伯がけったいな宗教にドハマりしているのだ。
その名もヌッコ教。
主にやっていることはヌッコを模した石像に祈りをささげること。
そして、その祭壇が当然のように屋敷にあった。石像もまたあった。それはいい。まだスルー出来たのだが、それに飽き足らず屋敷の中にも外にも大量にヌッコの石像を飾り、小物がいちいちヌッコ柄やヌッコ模様なのだ。
もとであるヌッコ自体が落書きのようなシンプルな顔なので厳かとは無縁。むしろ間抜けた愛嬌がある。
ある日、自分の服に袖を通そうとして止まった。ボタンが全てヌッコだった。シャツからベスト、ベルトの金具までヌッコ。
普通に外に出られない。というより、弟妹にすら見られたくない。
あまりにヌッコが溢れかえっていた。テラスで読書をしようとしてヌッコクッションをどかそうと思ったらリアルヌッコだったときがある。初めて触ったヌッコはマシュマロの柔らかさとベルベッドの肌触りだった。抱き上げられて驚いたヌッコはしゅばっと逃げた。もっと触りたかったのは内緒だ。
数日後、何故か顎にガーゼを付けたフェルゼン辺境伯がいたが。同時にクローゼット内の服もフルヌッコ仕様が解除されていたから誰かにどやされたのかもしれない。
よかった。この屋敷の執事も従僕もメイドたちもなぜかヌッコ教徒なので、誰も止める気配がなくて心配だった。
いつもの習慣で、テラスで本を広げて読み始める。
(この前のベリーパイは美味しかったな。今日も当たりだといいんだが……)
この屋敷に来てから頻繁に食べられるようになった甘味。
昨日も良かった。スコーンに添えられるフルーツジャムも苺、林檎、ブルーベリー、桃、イチジク、ラズベリー、アプリコット等豊富だった。読書後の脳にあの味は癖になる。
ただ甘ったるいだけでなく、果物の酸味と香りが舌先から鼻に抜ける。色々な種類を食べ比べても美味しい。
そして、その日――エルストンは運命と出会う。
プリンという魅惑的で甘美な味と。
悪をもって悪を征すればいいと思います。
というより、推しに迷惑が掛からなきゃいいと思います。
それがアヤネコ。
読んでいただきありがとうございました。




