ストーカー、恋する乙女を応援する
アヤネコはお馬鹿さんなので、深く考えずに行動しています。
私はアヤネコ。
元は綾瀬寧々子という拗らせたオタク女子だった。
現在は『見習い神使』という立場で、新しい人生? 天使生のために、今の世界を勉強中。
だが、やっていることは主に推し観察。
推しを愛で、推しに尽くし、推しに貢ぐという幸せな日々を過ごしている。
そんな私の姿はヌッコという猫に似た生き物に白タイツの八頭身を足したヤベースタイルである。神の悪戯というか、神様が酔っぱらったか過労がすぎてイカれた挙句にうっかりミスった造作としか言いようがない。
ヌッコというのは白い潰れまんじゅうに三角耳、円らな真っ黒な小さなおめめにシンプルマズルというぱっと見マスコットである。猫に似て非なるものだ。
私はそこで本来であれば不遇の幼少期を過ごす推しを、全力でバックアップしている。
推しを脅かすものはシバいて呪う。そんな簡単なお仕事だ。
先輩神使は「楽じゃねーよ、この邪神モドキ」といったので、姿を消す魔法を封じてちょっとお口のだらしない幼児にプレゼントしてやった。
三日ほどよだれでべったべったにされながらもぬいぐるみを突き通した先輩。
ぱっと見は日曜朝の小さい女の子むけアニメのマスコットキャラクターだからできることだ。
次やったらアンデッドドラゴンの巣に投げるか選ばせてやると慈悲深い選択を提示してやったら大人しくなった。
この幼女向けマスコット先輩はその姿に相応しく能力がショボイ。
らしい。
とりあえず、モンスターをぶちのめしてお手軽にTP稼ぎができない。徳ポイントが稼げないということは、カミゾンで通販ができないのだ。これはかなり不便である。
そんな先輩は、地道にいろんな人間にアドバイスして稼いでいるらしい。
私もそーいえばそんなこと最近したな。
相手はこの国の第一皇子、フェリド・エル・ダルシア。
今では乙女ゲームの悪役令嬢リヴサーラに入れあげている、サーラたん廃人だ。
夢に干渉して奴のサイコパスを矯正しようとした結果、ガチオタになった。嘘じゃねえ。こんなはずじゃなかった。
ちょっとヤツの完璧な人生に極大な屈辱か墨汁をぶちまけたばりの汚点を残したかっただけなんだ。出来心だったんだ。
夢の世界でサーラたん抱き枕と8分の1スケールフィギュアを置いたら、物凄く必死に魔法を勉強しだして、必死に現実世界に持ち出せないか奮闘していた。
今のところ惨敗している。
だが、それだけでは飽き足らず婚約者のメルローズ嬢をリヴサーラたんに寄せようと画策している。
夢の中で珍しくフィギュア鑑賞もせず、抱き枕に埋もれてもおらず、ゲーム画面のリヴサーラたんに愛を囁いていないと思ったら奴は恐ろしい計画を立てていた。
その名も『メルローズ、リヴサーラたん化計画』。当然即刻破り捨てた。
思わずクッション擬態もやめて、ゴミ箱に投げ入れたわ。
婚約者とはいえ、他所様のお嬢様に何しようとしていやがる。このクレイジーリヴサーラオタク野郎め。無駄にロイヤルな顔面しやがって。
「何をする!?」
だまらっしゃい!
アイアンクローでぶらぶらさせると、最初の40秒ほどは激しく抵抗していたが、下手に暴れると自分の首がゴキャると気づいて大人しくなった。
その理由が、暴れた奴の足がリヴサーラたんフィギュアに当たり、転がったせいだとは思いたくない。命を大事にしたと思いたい。
冷静ぶってアヤネコ様を説得にかかるが、明らかに見くびっている気がしたのでもっと手に力を掛けてギリギリさせると謝りだした。よろしい。
女の子に変なことすんな! この変態! クレイジーロイヤル!
サイコパス要素は消えたのに、なぜか変態とオタクが煮詰まった。解せぬ。
この変態皇子の毒牙にかからんように、リヴサーラたん……ではなくメルローズには罪滅ぼしをしようと思う。
あわよくば推しに迷惑がかかる前に、メルローズにあのクレイジーロイヤル皇子を押し付けげふん。
ごふんげふん。
えー、いくら政略結婚でも仲がいい方がいいよね!
そーいうわけでメルローズ嬢の様子を観察してみた。
メルローズ嬢は自棄酒ならぬ自棄茶をしていた。
メイドに泣きながら「フェリド様が浮気をなさっている。他の女の影がありますわ!」と騒いでいる。
恋する女の勘は侮れないものだ。
フェリドがそれとなくメルローズをリヴサーラたん寄りにしようとしていることに気づいたようだ。
そーいや、フェリド恋愛シミュレーションへたくそだったな。あれか。政略的に駒を動かすことは得意でも、私情や感情が絡むと途端にドヘタになるタイプか。
「わたくしに魅力がないから……っ! フェリド様の御心はリヴサーラなどというどこの者とも知れない女に取られたの……っ!?」
おーっと! メルローズにヤンデレフラグが立ちそうだ!
つーか、ロイヤル皇子うっかりリヴサーラたんの名前をこぼしたな! 馬鹿め!
メルローズはずっと自分を追い詰めてまで努力をしていた。才色兼備の天才肌のフェリドの隣に立とうと、優秀とは言え努力の秀才タイプのメルローズにはなかなかに難しい。
アヤネコとしては、あの人の心の分からないアホにお腹を捌いてもかまわんのだよ? と言ってやりたいが、あいつ一応王位継承権一位なんだよね。回りに回って推しに迷惑かかったら困る。
あれか? メルローズに心の浮気相手ことリヴサーラたんを超える自信を付けさせればいいんか?
アヤネコは考えました。
現実にいるならともかく、リヴサーラは二次元の令嬢だ。フェリドはリヴサーラたん推しだが、その辺の区別はついている。だからこそ、夢の中で思い切りだらけている。
最近じゃ、名前入りのゼッケンの体操服と小豆色ジャージの糞ダサコラボさえ受け入れているだらけっぷりだ。ちなみに奴はしっかりシャツはズボンにINタイプだ。糞ダセエ。
それは置いておいて!
ここはメルローズ嬢自体の自信が問題だ。
ゲームではヒロインの自信とかはテスト結果とかイベント結果。要はパラメータの高さだよね。
そもそもメルローズは生粋のご令嬢で基本パラメータも相当高いはず。本人努力家だし。
王宮や社交界の噂をかき集めたけど妬み嫉みは多いけど、それは彼女の淑女としての振る舞いや家柄に対する羨望の裏返し。
要は彼女の内面だ。
ゲームで云えば魅力とか? その辺か?
その辺の数値って社交やお洒落をすることによって上げるってやつだよな。あとはアルバイト……
魅力特化ってなんだっけな。ぽちぽちと神様からもらっている某電子端末に似たもので調べると出てきた。
『アイドル活動』
魅力があがり、裏パラメータの度胸、自信が上がる。
だが初期の収入は非常に低い上、費用が掛かる。
………
……………
私の中で一人の令嬢のプライドと良心、推しの安全という天秤が生まれた。しかし、一瞬のうちに推しへと傾く。
アヤネコの一番は不動の推し。
すまぬ、メルローズ。だが魅力がアップするように尽力するよ。
彼女の夢に現れて、霊験あらたかそうな後光を背負ってアドバイス。まあ、わしの姿は相変わらず潰れまんじゅうなんだけどな!
『アイドルです……アイドルになるのです、メルローズ。
そうすれば貴女の愛しい人は貴女のことを見るようになるでしょう』
公爵令嬢アイドル『ロイヤル☆ラヴァーズ・リヴサーラ』の爆誕の瞬間だった。
フィアンセでもいいけれど、アイドル的な印象がそっちの方がいいのでラヴァーズになったらしい。
なぜメルローズ嬢がリヴサーラという源氏名というか芸能名を使っているかといえば、フェリドの中にいる『最愛のリヴサーラ』という存在を自分が上回ってやるという向上心と野心からだった。
舞台用のメイクで顔立ちをきつめなほどしっかりと、さらに髪の毛を大きくドリッと巻き、そしてアイドルらしく大きなリボンや派手な色の衣装を纏うようになったメルローズ嬢改めリヴサーラ。
活動をし始めてひと月もしないうちに、どこから嗅ぎ付けたのかロイヤルオタが最前列でオタ芸をして応援をし出す。
なんか魔石で一生懸命ちまちま作っている気配がしたけど、才能の無駄使い。魔石のペンライトとLOVE♡リヴサーラのハチマキと法被が戦闘服のロイヤルオタ。
しかし、リヴサーラたんはトップアイドルの階段を突如現れた彗星ごとく颯爽と駆け上がる。そんなリヴサーラたんのあらゆるライブやイベントを追いかけるリヴサーラたんファンクラブ永久名誉会長F。
ちなみにメルローズは瓶底眼鏡にボサ髪のヤベーキレッキレのオタ芸野郎が自分の愛する婚約者とは知らない。
……何故だろう。
余計に大惨事になっている気がする。
アヤネコは円満な婚約者同士になって欲しいと願っただけのはずなのに。
一方、その頃フェルゼン辺境伯邸。
ミルクたっぷりのアッサムティーを飲みながら、情報収集もかねて新聞を読んでいた。
どういうわけか、定期的に王都の新聞がフェルゼン邸にあるのだ。
流石に毎日というわけではないが、1~2週間に一度でまとめて書棚の近くのラックに置いてある。これのおかげで、王都の情報があくまで市民目線ではあるが手に入る。
また、どういうわけかフェルゼン邸の横にいつの間にか図書館が増築されている。最初は空っぽだったのに絵本、童話、神話から歴史書、経済学から帝王学、魔導書や錬金術の教本、料理本や雑学本までそれはもうあらゆるジャンルが雑多に入っている。
アヤネコ最愛の推しことエルストン・ジル・ダルシア。
彼の知らぬところで、彼を慮る余りに異腹兄の性癖が暴走したなどとは知るはずもない。
その日、天気が良かった。
庭では車椅子を押すロヴェルと押されるアリエッタ。エルストンの愛する双子の弟妹の楽しげな声を聴きながらテラスで新聞に目を通す。
ふと、紙面に『人気絶頂! ロイヤル☆ラヴァーズ・リヴサーラ密着取材!』とどどんと出ていた。そこにはドリルを思わせる縦ロールの少女がマイク片手に飛び跳ねている姿があった。
(………どこかで見たことがある気がするような……?)
だが、位の低い妃の皇子とはいえ、エルストンの知り合いにこんな膝上15センチはありそうなミニスカートで歌って踊るアイドル系女子はいなかった。
というより、アイドルなどという職業を新聞に目を通すようになり、俗な情報とともに初めて知ったといっていい。そういった意味でも、新聞は貴重な情報源だった。社交界に出れないエルストンの、平民向けとはいえ鮮度の高い情報を得られる稀少な機会だ。
一応は思い出そうとするが身分の高さに応じて気位の高いものが多いのは、どの年代も性別問わず変わらない。
気のせいだろう、とエルストンは次の紙面をめくったのであった。
次のページには、貴族の間で次々と尻が四分割されるという謎の流行り病があるというニュースだった。
阿呆な話題が流行っているな、と思わず紅の双眸を半眼にした。
渦中ど真ん中過ぎて逆に平和な事を、彼はまだ知らない。
フェルゼン辺境伯領はアヤネコが推しにせっせと貢ぎ、フェルゼン辺境伯にやる気が無いけどそこそこまともなアドバイスをしているので今年の冬越しはとても安心でした。
多分そのうちヌッコ教とか流行る。
読んでいただきありがとうございました!




