M-085 南西の集落
一人で作ろうと思っていたが、結局フラウとフロイの手を借りてしまった。
やはり、人間一人では何も出来ないということなんだろうな。
そんな自己反省をしたところで、焚火の傍でパイプを楽しんでいるのだから我ながら呆れてしまうな。
フロイにフリントロックの試射を頼んだところ、50m以上の有効射程がある事が分った。100m以上飛距離はあるのだが、飛ぶだけでは意味がない。
これが、10丁だから貰った方も喜ぶだろう。
更に鋼板を使って、大型ナイフを10本作ったから過分な贈り物になりそうだ。
「これだけあれば十分だろう。では、行ってくるぞ!」
「私も同行します。修理建屋の防衛はフロイで十分です。緊急事態発生の場合は1時間も掛からずにここへ戻れますから。」
荷物をコンテナに詰め込んで、出掛ける前に作業中のフラウに告げたところそんな応えが返ってきた。
核爆弾の作業場所は修理建屋の奥まったところだから、たとえ何者かに襲撃されても直には破壊されないだろう。
閉鎖区画から持ち出したシートをフロイと一緒になって被せているところを見ると、一応隠しているつもりらしい。
更に、近くの車両を移動させて、直接見えないようにしている。
フロイは部屋の隅の方に歩いて行くと、レールガンを両手で持ってきた。確かにこれを持って建屋の前に立てば近づけないな。
「修理建屋の前20mの位置で修理建屋に侵入を図る者を攻撃しなさい。この指示は私達が修理建屋に戻るまでは有効とします。」
「了解シマシタ。直チニ位置ニツイテ命令ヲ遂行シマス。」
フラウの指示に機械的な応答をフロイがすると、修理建屋を出て行った。
まぁ、これで十分だろう。フロイとフロイの持つレールガンの性能を考えると、過剰防衛の感じはするんだけどね。
「それじゃ、俺達もで掛けようか?」
俺の言葉に、フラウは足元に置いてある旅行用トランク並みの大きさのコンテナを片手でヒョイと持上げて肩に担ぐ。
中身と合わせると軽く100kgは越えているんだけど、フラウにとっては問題ないようだ。
ジッと俺を見ているのは、俺の後に付いてくるつもりなのかな?
ヘッドディスプレイに周辺の地形図を表示する。南西方向30kmにあるのが目的の集落だ。
地形図を閉じないで俺達を青色の輝点で表示すれば、丁度いいナビゲーションシステムに使える。
「集落が見えるぎりぎりの場所まで重力制御を使って飛んで行くぞ。集落が見えたら、そこからは歩いて行く。」
修理建屋を出ながらフラウに告げる。
返事は返ってこないけど、了解してくれたんだろう。
フロイが仁王立ちしている場所まで歩くと、フロイに軽く片手を上げて挨拶する。そして、フラウと顔を見合わせて頷き合うと、重力制御を開始する。途中から制御シーケンスの流れが速くなったから、フラウが俺の分までコントロールしてくれるようだ。
体が軽くなったかと思った瞬間、一気に上空300m付近にまで持上げられる。
そして滑空するような感じで、俺達は滑るように南西方向へ飛行する。
10回程度飛行を繰返すと集落の近くに俺達は辿り着いた。ちょっとした林の外れに降り立った俺達は林を横切って集落の見える場所へと歩いて行く。
林が切れて草原が前方に広がる。その草原の奥に目指す集落を見つけた。
双眼鏡で状況を確認する。距離はおよそ2km程だから丸太を並べた塀の上で周囲を警戒する数人の姿を捕らえる事が出来た。
持っている武器はマスケット銃のような形をしたフリントロックだ。
「古い西部劇を見てるような感じだな。まるで開拓地の砦のような感じだぞ」
「であれば、わたしたちの服装も違和感を持たれないで済みますね。」
「あぁ、だが一つ問題がある。彼等の言語が俺達と同じかどうかだ。」
「この世界の言語及び最終戦争前の言語であれば言語変換機能で対応出来ると思います。」
たぶん、英語なんだろうな。
言語変換機能が正しく機能してくれる事を祈るしかなさそうだ。俺の英語の成績はクラスで最下位だったからな。
「ゆっくり歩いて行くぞ。幾らなんでもいきなり発砲はしないだろう。それに俺達は見掛けは若い女性だからな。歓迎してくれるかもしれないぞ。」
そう言って、林から出て歩き始めた。背中に長剣を背負って、杖をつきながら歩く姿は明人達のいる王国ならハンターで通用したが、ここではハンターという職業自体が存在していないだろう。しかし荒野を行くアウトローの感じは出てると自分では思ってるんだけど、それが通用するかは微妙だな。
2人でとことこ草原を歩いて行くと、砦の見張りが俺達に気付いたようだ。数人が俺達の方を見ながら話をしてるようだ。
どうやら、双眼鏡を持っているようだ。たまに彼等のいる場所で光が反射する。
近付くにつれ砦の規模が分ってくる。
上空からの画像では東西に広がる長方形をしていた。およそ1:2の比率だったと記憶している。俺達が歩いているのは南側からだ。東西の塀の長さは約300mもある。その真ん中頑丈そうな丸太の扉がある。
扉の上には櫓があり、今はそこで数人が俺達をみている。敵が来れば10人以上が櫓に陣取るのだろう。
塀の材質は丸太だが下のほうは焦げている。たぶん腐食を防止する為だろうな。
高さは身長の2倍位だから4m程の高さだな。
俺達が女性の姿なのか、櫓の上の連中は銃を構えない。
そんな彼等の姿をちらちら見上げながら門の前数mのところまで歩くと、そこで俺達は脚を止めた。
門の前は横幅2m程の木橋が作られている。左右を見ると空堀が掘られていた。
「何ものだ。何処から来た。そして何用だ!」
門の上から大声が聞こえてきた。ちゃんと言葉が分るな。言語変換機能に異常はないようだ。
「ユングとフラウという。北東の廃墟からやって来た。要件はこの砦の長に聞きたい事があるからだ!」
同じように大声で言い放つ。
壮年の男が少年に何事か伝えているようだ。そして少年が姿を消した。
「長老の判断を待つ。そこで待っておれ!」
フラウが担いできたコンテナを下して、2人で腰掛けて待つ事にした。
パイプにタバコを詰めて、指先で火花を飛ばして火を点ける。
ぷかりぷかりとパイプを楽しむ俺の姿を、興味深そうな目付きで上の連中が見ているのが分った。
しばらくするとギリギリと重い軋み音を上げながら扉が開き始めた。
「通れるだけの広さに扉を開く。直に入ってくれ!」
「分った!」
そう言って俺達は立ち上がる。パイプはタバコを捨ててバッグに仕舞い込む。フラウが再びコンテナを担ぎ上げた。
2m位扉が開いたところで、俺達は中に滑るように入った。
そこは周囲50m位の広場になっており、20人近い男が銃を持って立っている。
「長老はどこだ?」
「こっちだ。案内する。」
一人の男が俺達の前にやって来た。
その後ろを、付いて歩くと俺達の後ろに数人の男が少し離れて付いてくる。
警備のつもりらしいが、少し人数が足りないな。
門から伸びる通りは幅5m位だ。真っ直ぐ北に伸びている。そしてその真正面に大きな木造の建物があった。
そこが目的地かと思っていたがその建物の前に東西に伸びる通りがある。右に曲った突き当たりの石作りの平屋が目的地らしい。
「長老はこの中だ。北東の廃墟から来たと話したら、長老も話を聞きたかったようだ。」
そう言って、扉を開ける。
入って場所は大広間のようだ。教室の2倍程の部屋には中央に炉が切ってあって薪が赤々と燃えている。
その焚火の明かりで部屋の様子が分った。長老は従者2人を従えて炉の北側に座っている。
案内者は俺達を炉を挟んだ長老の前に案内してくれた。そして、俺達の後ろに付いてきた者達は、俺達2人の後ろに距離を置いて並んでいる。
「北東の廃墟から来なされたか。あの地は我等の先祖が住みし土地じゃ。故あって、あの地を離れここに今は住んでおる。」
長老は老婆だった。俯きながらゆっくりと話してくれる。
「我らはここから遥か西の大陸からやってきた者です。この土地の将来を作るためにロスアラモスである物を探しました。そして閉鎖区画の奥底でそれを見つけましたので、現在修理を継続中です。修理に要する時間は確定出来ません。長ければ1年以上あの地で作業を継続します。
ここに来た目的は、あの地で何が起こったのかが知りたかった。それに、あの地でしばらく過ごす許可を得たかった為です。」
「確かに、我等がかの地を離れた理由を知るのは今ではワシ一人じゃろう。そしてかの地は我の物でもある。許しを得るためにお主達2人で何が出来るのじゃ? できればこの砦に2人が暮らしてくれるなら、何の遠慮も要らぬのじゃが…。」
人口を増やしたいということだな。俺達2人は確かに若い娘に見える筈だ。
「残念ですが、それは出来ません。代わりにこれを持って来ました。」
そう言って、フラウの持ってきたコンテナを開ける。
途端に後ろで待機していた男達から溜息が漏れた。
「拳銃が10丁に弾丸が500発、それと火薬が10kgです。その他には簡単な作りですが大型ナイフを10本用意してきました。」
「これを我等に贈るというのか? 確かに我らからすれば喉から手が出る程の品物じゃ。」
「これで、我等の願いを聞き届けてほしい。」
「分った。じゃが、その前にもう1つ教えてほしい。かの地におる部隊の数は如何ほどじゃ?」
「俺達2人にもう1人の3名。」
「それで、かの地に滞在するのは無謀じゃぞ。急ぎ砦に来るがよい。」
「我ら3人の戦力は、この砦の住人全てを足した数よりも優れていると自負している。心配はありがたいが、助けはいらない。」
どかどかと靴音を響かせて男が駆け込んできた。
俺達の左側に肩膝をついて息を整えている。
「報告します。ゴリアテが約300南より移動してきます。ルシフルを3確認しました。急ぎ避難して下さい。」
「あい分った。贈り物は早速使うがよい。そして、客人の避難をガデム宜しくな。」
老婆を従者が抱えるようにしてどこかに運んでいった。
そして、後ろにいた男達がコンテナを持って走って行く。
さて、俺達を避難させるだと…。ここは協力してやるか。
「避難場所にご案内します。」
振り返ると、俺達を案内してくれた壮年の男が立っていた。
俺達は立ち上がるとガデムと呼ばれた男を見詰める。
「俺達を避難させる必要はない。何かの縁だ。ここは協力してやる。南から来ると言っていたな。あの門の櫓でいいぞ。」
「だが、お前達の武器は背中の剣だ。奴らは俺達より大きくて力も強い。剣では立ち向かえんぞ。」
「心配ない。俺達の武器はこれだ。背中の剣は見せ掛けだな。」
そう言ってレッグホルスターからベレッタを引き抜いて見せた。
「フリントロックより10倍は威力があるぞ。それに連発が可能だ。俺達がいれば被害は最小限で済むだろう。」
「なら、急いでくれ。こっちだ。」
そう言って駆け出した。
俺達は彼を見失わないように、付いて行く。
「退け退け!」
ガデムが怒鳴りながら、逃げる人達を掻き分けて南門に向かって走る。
そして俺達が南門の広場に来て見ると、マスケットを持った男達が集まっている。人数は100人位だな。そして、真新らしい拳銃を持った男達も遅れてやってきた。槍を持った男達や小さな一輪車に木箱を積んだ者も集まってくる。
「銃5に槍5が1チームだ。お前達のお蔭で2チーム増えた。少しは助かるな。」
編成が済んだチームが次々と広場を離れていく。
柵を越えてきた奴らを狙うつもりのようだな。
「もし、お前達の言葉通りなら助かるのだが、単発でもそれなりに役立つだろう。こっちだ!」
ガデムの後を付いて行くと、門の上部に作られた櫓に登る梯子があった。俺達は急いで梯子を上って行く。
櫓は奥行き5m程で東西方向は20m程の長さを持っていた。その一角に板で囲いが作られている。たぶん火薬を置いているんだろうな。
年配の小母さんが3人程、少年を2人連れて上ってくる。そして板囲いの向こうに居座る。
「ご婦人が火薬と玉を詰めてくれる。少年がそれを俺達に運んでくれるんだ。」
なるほど、フリントロック故の配置だな。
そして、俺達は南を眺める。
ゆっくりと動いてくる黒い塊があるな。
双眼鏡を取出して見てみると、例のゴリラのようだ。腹にはしっかりと面を着けている。
その後ろに、角を持った背の高い人間がいる。背中に翼まであるぞ。あれはどう見ても悪魔にしか見えないな。
「距離、1200。ゆっくりと近付いて来ます。」
「そうだな。レールガンはHを選択。距離150で発射する。」
「了解しました。」
ヘッドディスプレイにターゲットマークが現れる。直隣の数字は距離だな。
このままだと、20分は掛かるぞ。
俺は風下に移動すると、のんびりとパイプを楽しむ事にした。