M-083 閉鎖区画
閉鎖区画は地下8階に及ぶ広大な区域だ。
200時間を越える調査でようやく目的の物を見つける事が出来た。
その核爆弾は保存しているというよりは、何らかの目的を持って地下8階の中央に設置されていた。
まぁ、此処にいた連中の目的はどうでもいいが、俺にとってその核爆弾の種別がガンバレルタイプであるという事が重大だ。
やはり、此処にあったなと自分の判断に満足しているとフラウが問い掛けてきた。
「この核爆弾はこの場所で私用することを目的としているようです。炸裂すれば、閉鎖区画は全て破壊されます。そんな使い方は、私には理解できません。」
「それが目的なんだ。たぶん、何らかの遺伝子組み換えか、ウイルスの研究をしてたんだろうな。この区域からそれが漏れる恐れが出たときに、核爆弾で消毒するつもりだったんだよ。しかし、何らかの事故はあったみたいだけど、核を使うまでにはいたらずに済んだようだな。」
「此処の空気が窒素で置換されていたのは単なる劣化防止だと思っていましたが…。」
「6階の制御室に数人倒れていたろ。あの人達がこの施設を封印したんだろうな。」
何らかの事故が起こった。それが取り返しのつかない事故ならば、施設の人員を脱出させて施設を封鎖する事になる筈だ。
そして、封鎖は施設の外側から出来ない以上誰かが残ることになる。
施設の浄化手段は核以外にもあったんだろう。浄化して、そして施設内を窒素で満たした。これで、施設内の高等生物は死滅するはずだ。
原因がウイルス等であれば核で浄化したかもしれないけど、どうやら違うらしい。
「さて、それではこれの性能を調査してくれ。俺はちょっと標本室を見てくる。」
早速、フラウが調査を始める。フロイにも手伝って貰うみたいだ。
フロイは俺達よりロボットらしいからな。繊細な作業は無理なようだがそれなりに重量物のハンドリングを行うことが出来る。
地下8階の中心にある部屋を出て、同心円状に配置された倉庫と標本室を調べる。
マグライトの光を拡散モードにしているから、20m程前方まで明るく見る事ができるけど、それだけでは不安だから、生体探知と動体探知のスイッチを入れておいた。
とりあえず一度は見ているのだが、こんな連中がいるのかと思うとやはり下調べは入念に行う必要があるだろう。
体育館程の広さの標本室には50本以上ガラスのシリンダーが置かれている。その内、半数以上には漂本体が入れられていた。
俺が一番興味を持ったのは、その中央にあるシリンダーに納められている標本体だ。
身長は2m近くで、足も長く非常に釣り合いの取れた体だ。
筋肉質だが、太ってはいない。正に戦士の体である。
だが、朝黒い体には人類の持っていないものが2つ着いている。
角と羽だ。米神から左右に1本、そして額から1本。牛の角のようなものが生えている。そして背中には蝙蝠の羽が着いていた。
意外と顔は丹精なのだが、怒っているようにも見える。
確かに変わった生物は見てきたが、これはちょっと違うような気がするな。
変わった生物の多くが異常進化を起こした結果だと思う。しかし、この体には進化では考え付かない羽を持っているのだ。
途中で見たハーピーは腕と翼が合体していた。ちょうど蝙蝠のようにだ。しかし、この体には腕とは独立した羽がある。これは、遺伝子異常というよりはキメラに分類されるものかもしれない。何ものかが、複数の生物を合成して作り上げた感じだな。
となれば、いったい誰がこのようなおぞましい生物を作り上げたのだろう。
人体をベースにしている事は間違いない。それはこの生物に知性を持たせるためだろう。少なくとも命令をこなし、その命令の遂行上に問題があれば対応可能な知性を持たせれば、単独で作戦を遂行出来る。
そして、近くにあるシリンダーにはゴリラに似た例の生物が入っていた。片方には頭があるがもう片方のシリンダーには頭が無く、腹の位置に顔がある。そして足元に小さな頭が転がっていた。
これも、進化というよりは改造だな。この小さな頭が改造後の個体を支配するのだろう。下に転がってる頭には触手のような手足が付いているし、胴体もあるからこれ自体が一つの生物なんだろうけど、寄生しなければどうしようもないような脆弱な生き物だ。
とは言え、この小さな生物がこれらの改造を行なったとも思えない。もう一つの高度の知性を持った生物がこの大陸にいると考えるのが妥当だな。
南西に住んでいる住人に聞くのも手ではあるが、かなり文化が低下しているようにも思える。何といってもフリントロックを使っているような始末だ。
それが武器レベルだけとは限らないだろう。文化レベルの低下は思考レベルの低下に繋がる。正しく全体を認識出来るだけの知性を持っていれば良いんだけどな。
変に宗教にでも退避してると、周りが見えなくなってることも予想しなければなるまい。俺達の訪問が俺達への攻撃になることだってあり得るのだ。
まぁ、手土産で誤魔化すか…。
彼等の文化に見合った手土産なら俺達をぞんざいには扱わないだろう。
「マスター、調査を終了しました。報告はここで聞きますか?」
「そうしてくれ。概要でいいぞ。」
俺の傍にフラウとフロイがやって来て早速、核爆弾の状態を報告してくれる。
「地下8階、センターコア区画に設置されていたシリンダーは、ガンバレル型ウラン核爆弾に間違いありません。推定爆発力はTNT火薬17ktと計算しました。
重量約1.3tになりますが、現状での起爆は不可能です。起爆装置と連動した圧縮用炸薬が取外されています。起爆装置自体の集積回路も劣化しています。
使用前に起爆装置の更新と炸薬を調達する事が必要になります。」
「まぁ、それは想定範囲だ。この施設を使えばそれらを再組立てする事も出来るだろう。この後の課題は2つ。爆裂制御機材の調達と運搬手段の調達になるな。」
「前者はこの研究所跡で調達可能です。問題は後者ですね。現状で資材を確認した結果では運搬手段はありません。新たに製作することになります。」
「可能なのか?」
「重力制御でアシストしたイオンクラフトであればこの研究所の資材を使用して作り上げる事は可能です。但し、作業期間はかなり必要になりますよ。」
「まぁ、その辺は大丈夫だ。明人達もそれなりに苦労はするだろう、直に同時爆発を実施することもない筈だ。」
「では、作業に取り掛かります。作業場所は整備建屋を使用します。」
そう言って部屋を出て行った。
直に運び出すのだろうか? 興味本位に2人の後を着いて行くと、少し離れた倉庫に入っていく。2人に続いて俺も入ってみると、重量物を運搬する架台の搬送用の台車部分をはずしている。
それが終ると、部屋の棚にあったワイヤーの束を架台に運び、台車をフロイが引き摺って倉庫を後にした。
あの架台に括り付けて核爆弾を運ぶんだろうか? 衝撃で爆発したりしないよな。少し心配になってきたぞ。
「核爆弾を運搬する時には気を付けろよ。」
思わずそう大声を出したけど、フラウは片手を振って了解を俺に告げている。
一応、気にはしてるみたいだから大丈夫だろう。
そう考え直して、再び標本室のシリンダーを見て回る。
奥の方にあったのは人間だ。
眼は白く濁っているが、保存液のおかげで身体に損傷は受けていない。
その標本を数体見て直に気が付いた。どうやら先祖帰りを起こしたようだ。ゴリラと思った生物は俺達人間の先祖に当たるのだろう。
一旦先祖帰りを起こした後で、人類への新化を別に辿っているようにも思える。
そして、どうやら2系統に分かれたらしい。肉体に特化した者とそれ程特化しない代わりに器用さを思い起こす細い指先を持った者だ。
互いに争う事は無かったようだ。シリンダーに納められた体にあるのは銃創だ。彼等を葬ったのは人間ということになる訳だ。
ゴリラの次にシリンダーに入っていたのは、研究所の周囲に生息していた獣達なのだろう。
おおよその元の姿を想像出来るのもあるが、殆どは元の姿すら想像出来ない種類のものだ。
狼と熊は何とか分るが、カエルと蛇の合体したような姿はどちらから進化したのだろう。
ただの肉の塊に見えるものは、生物なのだろうか? それとも大型獣の内臓なんだろうか?
そして、ただ単に体を大きくした獣もいる。体長5mのビーバーなんてどんなダムを造るのか想像出来ないぞ。
虫も幾つかのシリンダーに入っていた。
ミミズはアナコンダ並みの大きさだし、歯まで生えている。まぁ、向こうの大陸にも似たようなのがいると聞いたから一般的な生物なのかも知れないな。
ちょっとヤバイのは蜂の一種だ。子犬程の大きさで1m近い針を持っている。群れで来られたら頑丈な建屋に避難する外なさそうだ。
倉庫はフラウ達に任せて、次の標本室に向かう。
次の部屋は解剖用の寝台が2つ並んでいた。
ここで捉えた獣や人間を調査していたんだな。
まさか生体解剖はやらなかったと思うけど、寝台には拘束用の金具が付いている。
その後ろには溶液の入っているシリンダーや空のシリンダーが並べられ、数個のシリンダーには取出された内臓が保管されている。
一通り部屋を歩いて行くと、部屋の片隅に数体の遺体がミイラのようになって倒れている。
死因は腹に大きな穴が空いているからたぶんそれが原因なのだろうが、まるで引き裂いたような傷だ。
その犯人と思われる遺体も、少し離れた場所にうずくまるような形で見つける事が出来た。背中だけで10本以上のメスが深く突き刺さっている。見えないけれど腹の方にもあるんだろう。どうやら、調査中に拘束具を引き千切って脱出したようだ。四肢に深い傷跡がある。
その体を足で転がしてみる。
醜悪なゴリラ顔がミイラ化した姿で見て取れた。
肢体の変化した住人を捉えて検査しているところで暴れ出した…ってとこだろうな。
かなり発達した筋肉を持っているみたいだから、検査担当者を次々と襲って殺害したんだろう。最後には抵抗する検査担当者の反撃を受けて絶命したと考えられるな。
肢体が変化した者達を同じ人間と見ていないようにも思えるが、差別は簡単な相違から生まれるものだ。まるっきり姿が変われば互いに反目しか起こらなかったろうな。
人間の姿を保った者と変化した者達の抗争が、この区域を閉鎖した原因だったのだろうか?
もっと別な気がするな。
人の手では遺憾ともし難い事象が発生し、その対策として窒素を充填しているはずだ。酸素を遮断して何かを根本的に始末した筈なんだが、それが何かが分らない。
そんな事を考えながら次の標本室へと歩きはじめた。
次の標本室は小型のシリンダーがずらりと並んでいる。
100個はあるんじゃないかな?
そして端から中の標本を見ていくと、殆どが昆虫のようだ。
大きさ的には50cm位だが、渡りバタムと同じようなバッタもあるぞ。
見た事が無いものは…この辺りからかな。
カタツムリのような殻を持った蜘蛛や、腕程の太さのムカデもいる。トンボはカマキリのような鎌を持っていた。
それ程大きい物は無い様だが、こんな大きさではちょっと不気味な感じがするな。
そして、シリンダーの中に人間の腕が浮いていた。
ちょっと場違いな感じだが、その原因は直ぐに分かったぞ。
腕から妙な触手が伸びていたのだ。まるで腕から直接生えているみたいだ。
しかし、よくよく監察してみると腕の中から伸びているのが分る。腕殻飛び出した場所には傷も見当たらず、触手の太さに合わせて穴があいているようにも見える。
次のシリンダーにも同じように腕から2本も触手が延びている。
シリンダーの中には人体の一部分に寄生したような触手のオンパレードだ。
これがこの施設を閉鎖した原因なのか?
次のシリンダーには触手だけが液体に漬けられていた。
触手のように見えるのは、寄生虫の一種だろうか? 頭と思しき端には鋭いカギ爪の突いた吸盤状の口が開いている。全長30cm直径1cm程のミミズにも似た形状だが、コイツが原因か?
こんな小さな奴のためにこの施設を閉鎖したんだろうか?