M-069 ハーピィ?
尾根伝いに大山脈を北東に進んで行く。
森林限界以下に高度を下げると、色んな奴がいる。特に気になるのはサルのような連中だ。見かけるのはゴリラとオランウータンだが、他の種類もいると思う。
しかし、どうしてあのような形態になったのか。
進化を全く無視しているし、突然変異だとすれば数が多すぎないか?
この辺りにまでいるとなれば推定生息数は100万を越えるんじゃないかと思う。そうなれば立派な種になるな。
俺の知るサル達とあの姿の中間段階が存在しないのも妙な話だ。
「マスター、この辺で東に向かわなければコンロンを通り過ぎます。」
「そうだな…、だが、東に連なる山並みの高度は低いぞ。また変わった獣達に会いそうだな。」
俺の言葉に頷いたフラウだったが、進路はしっかりと東へと変更している。
まぁ、どんなのが出て来るかも、遠征の楽しみではある。
東へ向かうにつれ、高度は3千mを切って2千m程度の尾根が続いている。
森林限界以下ではあるが、尾根は風雪に削られたような地肌だから植物は生育できないのだろう。尾根の左右100mはそんな感じだな。その下は鬱蒼としたジャングルにも見える森林がどこまでも広がっている。
そんな尾根の中に大きな岩山が聳えていた。周囲数百m高さは50m位ある巨大な1つの岩の塊だ。
その中腹にある岩棚で、俺達は久しぶりの休憩を取る。
軽々と、重力傾斜を操って下に広がる森の木立から枯れた枝をフラウが運んで来た。
焚火を始めると、直ぐにポットを乗せる。
周囲をフラウが警戒する中、俺はのんびりとタバコを楽しむ。
3箱貰ってきたタバコは、まだ数本しか吸っていない。
「森に生体反応多数。既知の反応はありません。」
どうやら、この辺りで見る獣は全て初め手見る事になりそうだ。
「危険な奴は?」
「今の所は、こちらに注意が向いておりません。彼等にとって尾根は危険な場所と考えられます。」
小さな草食獣のようだな。
だとしたら、自分の姿をさらけ出す尾根には近づかない筈だ。
ディーが入れてくれたお茶は、アッサムで手に入れたお茶だ。微かな甘い香りと渋い味が懐かしく感じる。
シェラカップに1杯のお茶を飲み終えると、新たにお茶を継ぎ足してくれる。
合わせて0.4ℓ。32時間の活動延長だ。
ヘッドディスプレイの活動時間が一口毎に増えていくのが分かる。現在の累計活動時間は200時間を越えている。
10日には満たないが十分な数値だ。
たっぷり2杯のお茶を飲み終えると、荷物をバッグの袋に仕舞いこみ、東を目指して歩きだした。
「私達を監視している者がいます。」
「追跡者か?俺には感知出来ないが…。」
ヘッドディスプレイで確認できるのだが、それでも周囲をキョロキョロを見渡す。
「地上ではありません。上空600m付近を旋回しています。」
見上げた空は曇っていて、姿を捉えきれない。
それでも、フラウがいう事だから何かが舞っているのだろう。
生体探知は周囲だけでなく。自分を中心とした半球状にする事も出来るのか。
「監視だけで襲う気配は無いのか?」
「今のところは…。それでも、用心はしていた方が良いでしょう。」
猛禽類なら厄介だな。コンドルでさえ2mはあるって言うから、この世界だと巨大な奴がいてもおかしくない。
そんな事を考えているとフラウが突然俺の腕を掴んで滑るように水平移動を行なう。俺の重量制御システムに一瞬で介入したようだ。
尾根に突き立った岩陰に俺達は隠れる。フラウが岩陰から上空を除き見ている。
「急降下してきました。戦闘は避けられないようです。大きさは人間と変わりません。」
「なら、この杖で十分だろう。…さて、どんな奴だ?」
フラウの視線を追って上空を見上げる。
そこにいたのは、ハーピィとか言う奴に良く似ている。
鳥と人の合体したような奴だ。頭はかろうじて人の形を保っているが、腕は翼になり、足は猛禽類の足に変わっている。
奴等もキメラなのだろうか。だとしたらいったい何があったのだろう。
かなりめちゃくちゃな組み合わせだぞ。
「さて、攻撃してくるのかな?」
「来ますよ。続々と仲間がやってきています」
生体探知機能を半球体に展開して上空を見ると、…なるほど増えてるな。
キェー!っと叫び声を上げて数体が突っ込んできた。
繰り出していた足を杖で殴りつけ、その動きを利用して翼を打つ。
ゴキ!っと骨の砕ける鈍い反動が杖を伝わってきた。
俺が1体を相手にしている時に、フラウは3体を倒したみたいだ。
相変わらず空の上で俺達を見てるな。
「数が増えすぎました。ベレッタをお勧めします。」
「了解!」
フラウの言葉に杖を下ろして、ベレッタを引き抜く。弾速はLで良いだろう。そしてセーフティを解除するとヘッドディスプレイにターゲットマークが表示される。
後は、トリガーを引くだけだ。
タバコを1本取り出して口に咥える。指先にスパークを飛ばして火を点けると、襲撃をのんびり待つ事にする。
だが、一向に襲ってこない。
「どうしましょう…。私達が疲れるのを待っているのでしょうか?」
フラウも気になっているようだ。
だが、フラウの心配は無用だ。俺達は生体ではないから疲れる事は無い。たとえ生体であっても、俺達より空の上でホバリンガしている彼等の方がエネルギー消費量は激しい筈だ。
「これを使ってみますか?」
フラウが取り出したのは爆裂球だ。そういえば俺達は持ってたんだよな。
「一番群れているところに投げられるか?…それ程威力は無いようだが脅しには使えるだろう。」
俺の言葉に頷いて、爆裂球の紐を引くとハーピィの集まっている所に投擲した。
流石は、オートマタの腕力だ。群れの直ぐ真上で爆裂球が炸裂し、数体が翼を損傷したかのように舞い落ちた。
そして、他の連中は黒い塊のような群れを作って俺達に向かってきた。
ヘッドディスプレイのターゲットマークをハーピィの群れに合わせて連続射撃で対応する。
20発程の射撃でハーピィの群れは壊滅した。
群れから離れたハーピィを1体ずつ始末していく。
1人だと群れに襲われた可能性があるが、俺達は2人だ。正確に敵を捉える腕がある以上数十体のハーピィなら問題はない。
もう少し数が多ければ弾丸の速度をHにすれば衝撃波で狩る事も出来ただろう。
「どうやら、全滅させましたね。」
「あぁ、だが奴等の姿は人間にかなり近いキメラのようだ。コンロンに近付くに連れて酷くなるような気がしてきたぞ。」
「元凶がコンロン…。とも考えられます。寄り道と言うよりはきちんと調査をしておいた方が宜しいかと。」
「そうだな。まだかなり先だぞ。」
そう言いながら、ベレッタのマガジンを交換する。次に休んだ時に、フラウに弾丸の補充をしてもらおう。
そんな事を考えながら、地面に転がった杖を掴む。
「行こうか。」
俺の言葉にフラウが急いで杖を掴むと東へと歩き出した。
その後をのんびりと周囲を伺いながら付いて行く。
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◇
・
その後、1日おきに水場を探して休憩を取る。
軽くお茶を2杯。これで30時間程度活動時間が延びる。余裕時間を200時間として行動する事にして飲むお茶の量を調整する。
更に10日程過ぎると前方に4千m級の頂が見えてきた。
周辺にも鋸状の頂が聳えているから火山では無さそうだな。
半数近くが雪化粧をしている。
あれの稜線を迂回するとなると森林限界を超えた場所を歩く事になる。
次の休憩で谷に下りると周辺の森から薪を集めた。蔦で丸めて背中に背負う。何か山里の住人みたいな格好だが、薪が無ければお茶は飲め無いからね。
谷底で簡単なスープを作っていると、フラウが森に入っていく。
しばらくして何やら薬草のような物を沢山摘んで来た。
「葉の成分含有量を分析して有用な種類を摘んで来ました。乾燥させてお茶を作ってみます。」
少し、お茶の葉の減り方が多かったかな。
俺達に毒は心配ない。有効成分があるなら変わった味でも楽しめるかも知れない。余り苦いのはイヤだけどね。
笊に乗せて焚火の近くに置いた薬草はたちまち水分が蒸発して萎びていく。
何度か繰り返して混ぜる心算のようだ。
水分を補給して筒の水を交換したところで、俺達は重力傾斜を利用して谷を飛び越え斜面を登り、再び東へと進む。
森林限界ギリギリの所を山脈を迂回するように歩いて行く。
直線距離では後200km程だが、このような回り道をするから実際の距離は2倍以上になるようだ。
まぁ、それも旅の楽しみの一つだろう。
たまに、明人にメールで現在地と遭遇したキメラの写真を一緒に送っている。
まぁ、奴も忙しそうではある。
厄介事に巻き込まれる体質だから、仕方がない事ではあるけれど…。
「マスター。この地面ですが、気が付きましたか?」
フラウの言葉に地面を見る。
どこにでもあるような地面だぞ。まぁ、違いがあると言えば、草が生えていない。そして、色は岩の瓦礫と言うよりもサビが混じった瓦礫だな…。
ん?…何故、こんな場所にサビ色をしたものが転がっているんだ?
そんな瓦礫を1つ拾い上げて観察してみる。
これって?…コンクリートの破片なのか。
「倒壊した建築物が風化してこのような瓦礫に変わったと推定します。千年以上の期間は過ぎているでしょう。」
「2千年以上前らしい。超磁力兵器でマントル対流の流れを変えて天変地異を引起したようだ。明人が俺達の国は海に沈んだと言っていた。海から離れた所でもこんな事態になってしまったんだな。」
前に見つけたコロニーはある意味、奇跡的な確率で逃れたようだな。だが、一瞬で終るのか、終わりまでの長い時間を過ごすのかの僅かな違いに過ぎない。
しかし、そんな大災害を生き延びた人類があんな姿になっているのは不思議な感じだな。明人達が暮らす王国には、トラ族やネコ族の連中がいたけど、キメラと言うような感じじゃなかった。
だが、東に向かえば向かうほど、生体を無理やり変えたような連中が多すぎる。
明人は元凶はコンロンだと言っていた。
遺伝子変異ナノマシンの暴走と聞いたが、そんな事だけでこのような変異が起きるのだろうか。
それに、生き残った4つのコロニーの内、ククルカンの沈黙も気になる話だ。
別の大陸、それも殆んど地球の反対側の大型コロニーだから、遺伝子改変ナノマシンの影響は余り受けなかった筈だ。
明人に託されたこの旅は、中々謎が多くて楽しめそうだな。
色んな推論が出来るのも面白いし、それを辛口で評価してくれるフラウがいるのも助かるな。
「午前中は少し南に移動していましたが、現在の移動方向は少し北を向いています。」
「どうやら裾野の半分を回りきったという事じゃないか。別に山麓を一周する訳じゃない。コンロンに最接近したところで進路を変更してくれ。」
「了解です。…このまま歩けば4日後に東に進路を変えることが出来そうです。」
そしたら、いよいよコンロンか。
かなり時間は掛かったけど、ようやく大型コロニーを見る事が出来るな。




