M-070 コンロン
大山脈を大きく迂回して、今は東に向かって歩いている。
この辺にはハーピー達はいないようだ。代わりにトカゲのような連中がいる。と言ってもリザル族のような見るからに強そうな奴ではなく、身長1m程の立って歩くトカゲだ。ボロボロの獣の皮を羽織って、石の槍を持っている。途中で見かけたゴリラモドキと文化の程度は同じと見た。
俺達を度々襲ってくるのだが、50匹程の集団で一斉に襲ってくるから始末が悪い。その上、意外と敏捷なのだ。100mを10秒以下でこいつ等は走る事が出来るとフラウが言っていた。
何度かその石槍を受ける事になったが、まぁ俺達にはそんな武器は通用しない。それでも皮の服が破れた方が気になるぞ。
途中で見つけたコンバットスーツのお世話になるのもそう遠くないような気がするな。
「連中は、未だ追い掛けてくるのか?」
「300m程西で私達を監視しています」
フラウが作ったハーブティーのようなお茶を、2人で飲みながら西に目をやる。
ちょろちょろと姿が見えるぞ。
意外と知能があるんだか無いんだか判らない奴らだな。
とは言え、集団となると決して侮れない。
少なくとも俺達に攻撃を加える事に成功した初めてのやつ等だ。
「意外と、いけるな。フラウの作ったお茶は美味しいよ。」
「そうですか?」
そっけなく疑問文で返してきたけど、口元は微笑んでるぞ。どこでそんな仕草を覚えたんだ?
そんな事を思ってみたが、美味しいのは確かだ。
何だろうな。どっかで似た味の物を飲んだ覚えがあるのだがどうしても思い出せない。
「そろそろ出掛けるか。これで、水筒2本が空になったな。」
「はい。腰の水筒には手を付けていませんから、もう一度お茶を飲んでからで水源を探すのは良いと思います。」
俺達は、焚火荷土を被せて先を急ぐ。
ヘッドディスプレイを見ると、やはり追い掛けて来るようだ。
まぁ、退屈凌ぎにはなるな。
スタスタと尾根を歩く俺達の歩みは速い。追っ手の連中は走っているようだ。まぁ、足の長さが違いすぎるからな。好い加減、諦めてくれれば良いのだが、ずっと付いてくるぞ。
問題は、連中が諦めた時だ。
俺達に追い付けないと諦める事は無いだろう。それならとっくに諦めている筈だ。そんな連中が諦める場合は唯1つ。彼らの天敵のいる区域に差し掛かった時になる。
彼らが付いて来るなら、そんな連中がいないという事だから、ある意味安心出来るという事だな。
焚火をした場所から数時間程歩いたろうか。日暮が過ぎ去り満天の星空の中、俺達は昼間と同じように軽快に歩いている。
「追っ手が消えました。突然立止まり引き返して行きます。」
「ちょっと、不味いな。周辺の監視を強めてくれ。俺は動体探知機能を起動する。」
いよいよか。出来れば見通しが良い昼間であって欲しかった。
ハーピーの次は小型のトカゲ、この旅で出会っていないの虫位なものだ。
確かに肉食の虫の攻撃速度はトカゲを凌ぐ。だが、トカゲは大勢だ。そして肉食の虫は得てして単独行動を取る。となれば、虫以外と言う事になる。
その時、俺のヘッドディスプレイの端がブルっと動いた。
「フラウ。生体反応はあるか?」
「生体反応及びサーマルモードによる周辺探索共に異常はありません。」
「動体反応があったぞ。方向は北東だ。尾根の影でちょっと動いた。」
俺達は立止まった。視界を暗視モードに変更する。星明りでモノトーンではあるが十分な視界が広がった。
「感知しました。確かに動きがあります。ですが…。」
「あぁ、動きが変だな。まるで波のような動きだ。どうやら、奴は不定形生物と見た方が良さそうだ。」
「それは、原生生物という事ですか?」
「たぶんな。アメーバみたいな奴が大きくなったんじゃないかな。SFでそんな奴を扱ったのは多かったが、殆んどは冷凍にして対応してた。俺達はそんな芸当は出来ないぞ。」
ビュンっと甲高い音がした。
隣を見ると、フラウがベレッタを構えている。撃ったのか?
「貫通しました。杖よりは長剣が使えそうです。」
そう言ってベレッタをホルスターに戻して杖を袋に仕舞い込み、長剣を取り出す。例の斬るに特化した奴だな。
片刃だけど通常の長剣より長い。俺もフラウに倣って杖を長剣に換えた。
「どの程度の反応速度かは予想が付きません。尾根から少し南に下がります。」
「そうだな。任せるよ。不味いと思ったら上に逃げよう。」
俺の言葉に頷くとフラウは尾根を20m程下りたところを歩き出す。
丈の短い針葉樹が地を這うようにして俺達の足元に生えている。
尾根に近い急峻な土地は歩きづらい事この上ないな。
30分程歩いた時、フラウが突然長剣を抜きざまに俺の左側に斬り込んで来た。
思わず、斜面を1歩下に下がる。
そして、俺に向かい合う形で長剣を振り下ろしたフラウの剣先にあるのは、ウネウネと動く触手のようなものだった。
やがて力尽きたように地面に転がる。足で踏むとガチリと言うような音を立てて砕ける。
「何だ、これは?」
「例の原生生物の一部です。一瞬に触手状に体の一部を伸ばしてきました。動体検知で捕らえたので斬り払いましたが、やはり切断する事は出来ますね。」
ふむ。…やはり、動きは素早いか。不定形でそれなりに俊敏、更に斬る事しか出来ないとなれば、小さなトカゲでは手に負えないな。
「まだ、尾根の向うにいるのか?」
「はい。触手の動きは素早いですが、移動速度はそれ程でもありません。」
「なら、少し歩く速度を速めよう。後、数時間で日が昇る。奴の全体像をその時上空から見てみよう。」
俺達は、早歩きで先を急ぐ。
直ぐに原生生物が後ろに下がっていく。
「まだ、付いて来るか?」
「相変わらずです。距離は離れていきますが、追ってくるのは変わりません。」
やはり、決着を付けなければならないようだな。
しかし、現在のモノトーンの視野よりは通常の視野がやりやすい。もうしばらくは時間稼ぎをしなければなるまい。
やがて、東が白み始めた。直ぐに暗視モードを通常の視野に切り替える。そして、周囲のモノトーンの光景が少しずつ色が混じり始めた。もうすぐ日の出だな。
完全に朝日が昇ったところで、後ろの生物の距離を確認する。
動体感知の範囲ギリギリのところに蠢いているのが判る。
「上空200mで奴の全体像を確認する。良いか?」
「了解です。上空200mで西に300m移動、5秒間停止後に東に500m移動します。」
フラウと一緒に俺の体が上空に移動する。重力制御の微妙な制御はフラウに任せておけば良い。
俺はじっくりと地上を観察する。
こげ茶色の地面に10m程に広がった奴が見えた。少し白いがボンヤリと奴の体内が透けて見える。直径3m程の球体は奴の核なんだろうな。その近くに原型を止めない生物の塊が見えるが、大きさからするとあのトカゲのようだ。
ゆっくりと体内で消化しているのかもしれない。
あの核が奴の急所かな?
ベレッタを取り出して核に1発撃ち込んだ。
何と、Mレベルの速度の弾丸は奴の体と核を貫通したが直ぐに塞がってしまったぞ。
衝撃波を伴った秒速2kmの弾丸は5cm程の貫通口を一瞬開けたのだが…。
「かなりしぶとそうだな。」
「やはり小さく切り刻む外、方法が無いのではないでしょうか?」
東に移動しながら俺達は対策を考える。
「ちょっと面倒だが、フラウ、手伝ってくれないか?」
作戦はこうだ。
俺がベレッタで奴のコアに穴を開ける。Hレベルの弾丸は秒速3kmを越える。奴の体とコアに直径10cm以上の穴が開く筈だ。そこに爆裂球を投げ込む。フラウのコントロールなら、俺の開けた穴に正確に爆裂球を投げ込む事が出来るだろう。
後は、ドカン!だ。密閉された状態での火薬の炸裂は威力が高まる筈だ。
まぁ、これでダメなら逃げた方が良さそうだ。
俺はベレッタを取出し、フラウはバッグから爆裂球を取り出す。
互いに頷き合うと、俺の体が上空に移動する。
急いでレールガンのレベルをHに切り替えて、奴の核を狙った。
ピュン!と言う甲高い音がした途端にフラウが爆裂球を投げた。その場で更に100m程上空に移動すると、奴の核が弾け飛んだのが見える。
100m程離れた場所に着地すると様子を覗った。
「動きがありません。表皮が溶けていきます。」
「あぁ、そうだな。体内の酵素で自らを消化しているようにも見える。やはり核が急所みたいだ。」
「でも、し止めるのに爆裂球1個では…。」
「あぁ、それも問題だな。次に合った時は逃げよう。」
俺の言葉にフラウが頷く。
確かに費用対効果が一致しない。
俺達が持っている爆裂球や手榴弾は限りがある。こんな生物には余り使いたくないものだ。
更に2日程歩くと、小さな谷があった。
早速、谷底に下りると、水の補給と久しぶりのお茶の時間だ。
俺が薪を取って来る間にフラウがバッグの大型水筒に水を補給する。焚火に谷川の水を入れたポットを掛けると、腰の水筒の水も交換しておく。
久しぶりの休息だ。パイプにタバコを詰めてのんびりと一服を楽しむ。パイプの方が長く吸っていられるな。
そんな俺にフラウがお茶を入れたシェラカップを渡してくれた。
これは、緑茶だな。アッサム茶葉だから香りが良いぞ。
2杯目で稼働時間が200時間を越えた。更にもう1杯を飲む。幾ら飲んでも直ぐに分解精製が行われるようだ。汗が吹き出るように感じるのは、重水素を取り除いた水分なのだろう。
パイプを仕舞うと今度はタバコだ。最初に封を切った箱にはまだ半分以上残っている。
俺が一服を始めるのを見てフラウは長剣を研ぎだした。
さっき使ったからかな。入念に研いでいるぞ。
3時間程休憩して、焚火を消すと谷を重力傾斜で上り、更に東を目指す。
低い尾根が続いている。
こんな場所にコンロンがあるのだろうか?
「後、100km程で目的地になります。」
「ちょっと楽しみだな。異形の生物が溢れたと明人が言っていたぞ。たぶん淘汰は起っただろうが、どんな奴が最後に残ったんだろうな。」
少し歩調を速める。1時間に6km程で歩けば、明日の昼前にはコンロンに着くだろう。
あの生物を最後に、俺達の周囲から生物が姿を消してしまった。
コンロンは生き物を拒む場所なのか?…そんな思いが浮かんでくる。
そして、次の朝。
遠方の山の中腹に大きな穴が見えてきた。
「あの巨大な穴がコンロンの座標です。」
フラウが穴を指差して教えてくれた。
やはりというか、期待外れというか…複雑な心境だな。
進むに連れて、その桁違いの穴の大きさに驚かされる。
内部で爆発が起り、その爆風で山の一部が吹き飛んだようにも見える。
暴動が起きたとも言っていたな。残された正気を保った連中が苦し紛れに動力炉を暴発させたのかも知れない。となれば…。
「フラウ。放射線の状況が判るか?」
「今の所は異常ありません。気になって私も調べていました。」
フラウも動力炉の爆発を危惧したようだな。
もっとも、千年以上前の話だから、今では放射線を放つ核分裂生成物も拡散したり、放射能量が低下したのかも知れない。
「ここまで来たんだ。一応、覗いて行こう。」
俺達はコンロンの巨大な穴を目指して更に進んで行った。




