M-048 ガトルの狩り方
村に帰ると早速吊り橋を渡ってギルドに顔を出す。
カウンターのお姉さんにダームの成虫の狩りの証である触覚を渡すと、80Lの報酬を渡してくれた。
明日の依頼は何にしようかと掲示板を覗く。
「どうでしょう。明日は俺達と一緒にこれを狙いませんか?」
後ろからの声は、ガリクの声だな。
そして、指差した依頼書は…。
ガドラーに率いられたガトルの群れを狩りだ。群れの規模は十数匹。ガドラーの魔石で報奨金を200L渡すとある。ガトルの牙は別料金だから狩りが成功すれば350Lは入るわけだ。4人で分けても80L以上になる。
「良いぞ。明日の朝にギルドで待ち合わせだ。」
「では、待ってます。…あのう、ユングさん達は【クリーネ】を使わないんですか?」
ん?…不思議に思った俺が後ろを振り返ると、バツの悪そうな顔をしたガリク達が立っていた。
「【クリーネ】って何だ?」
「やはり知らなかったみたいですね。服や、体の汚れを除去する魔法です。ギルドの職員なら大抵その魔法が使えますよ。1回3Lですが、風呂の無い時や、獲物の返り血を浴びた時は重宝します。」
なるほど、道理で洗濯物を見かけない訳だ。そして風呂場が無くても気にせずにいられるんだな。
「そんな魔法があるとは知らなかった。感謝するよ。」
そう言って、フラウを伴なってカウンターに向かう。
早速、お姉さんに言うと、6Lを要求されたが。フラウがカウンターに料金を置くの確認すると。小さな声でお姉さんが【クリーネ】と2度呟いた。
足元から、風に包まれるような感じでそれが頭上に抜けていく。
それが済むと、俺達の革の上下にはチリ1つ付いていなかった。
これで、体の汚れも落ちるのだろうが、俺達の下着は全く汚れる事は無い。上着と髪の毛だけが汚れてしまうのだ。
でも、これでスッキリするな。1日おきにこの魔法を掛けて貰おう。
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◇
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「最初は兵隊上がりと思っていたが、どうしてどうして…。中々頑張ってるぞ。」
「あぁ、あれもイゾルデ様のお蔭だな。数百人の開拓団を率いて来た時には驚いたが、村に狼藉を働く者等一人もいねぇ。流石、軍隊上がりは違う。」
「そして、俺達の開墾する場所は上等な場所を残してくれた。村と開拓団の砦の間だから、獣の心配も然程ねぇ…。願ったり適ったりだな…。」
食事を取りながら隣の農夫の会話を聞いている。
どうやら、国が開拓団を組織したようだ。その場所が今日俺達が見た砦なんだろう。
国境はどの辺りか分からないが、意外と屯田兵的な役割を負っているんじゃないか。だとすれば、耕作は然程重視しないで国境線の守りに重点が置かれている筈だな。今日は見なかったが、あの2つあった立木の西にパトロール部隊を展開しているのかも知れないな。
「ところで、オメェはリザル族を見たか?」
「あぁ、見たぞ。毛皮を穀物に引き換えに雑貨屋に入って行った。後で雑貨屋に行ったんだが、雑貨屋も慣れたものさ。通常の八掛けで商いをしているそうだ。かなり悪どい事をしているとなじったんだが、国もリザル族も知っていると言っていたな。」
「俺ならちゃんとした値段で売ってやるんだが…。」
「そうもいくまい。前の戦で俺達の村を攻めた侘びだそうだ。あれは俺も同情するよ。子供を人質にされてたんだからな。だが、流石はリザル族だ。その侘びをしている心算らしい。」
「それを分かっているから、オマケとして余分に袋に詰めているらしいぞ。そういうところがあいつにはあるからな。」
リザル族は戦を嫌う種族と聞いたが、去年の国境争いには参加したんだな。それにしても子供を人質にとって戦を使用なんて国は、やはり滅びる運命なのかも知れない。
これも、因果応報という奴だろう。
しかし、余計に興味が湧いてきたぞ。トカゲの姿をした義理堅い種族。そして勇猛で戦を好まない…どんな連中なんだろうな。
食事を終えると、部屋に戻って、明日の準備を始める。
と言っても、俺は昼間森で手に入れた杖を丁度良い太さに削る作業だし、フラウは長剣を俺の分まで研ぎ始めた。
シャー…っと良い音を出して研いでいるんだけど、面白いのかな?
宿で朝食を取り、3Lで弁当を作って貰うと、俺達は前に使っていた長剣を背負ってギルドに出掛けた。
新しい長剣は切れ味は良いのだが、ガトル相手ならぶん殴る感じで使えるこの長剣のほうがいいように思える。
俺の作った長さ1.5m程の杖を片手に持って、ギルドの扉を開く。
「やぁ、待ってました。こちらです。」
そう言って、テーブル席の方から声がした。そこにはガリクとアリオンが俺達に手を振っている。
「待たせたか?…直ぐに出掛けても良いぞ。」
「そうですね。でも、お茶を飲んでからにしましょう。今日は群れを探して明日に狩ればいいですから。」
そう言ってガリクがお茶を頼みに行った。
でも、俺達がガトルを狩ったのは殆どが夜だ。こいつ等は昼の狩りをどうやってするんだろう?
やがてお茶のカップが載ったトレイをガリクが運んできて俺達の前に並べる。
「どうぞ。」
「ありがたく頂くよ。ちょっと確認したいんだが、俺達はだいぶガトルを倒している。だが、俺達の狩りは夜だ。昨日のガトル狩りは昼間だったよな。どうやってガトルを誘き寄せるんだ?」
俺の問いに2人は顔を見合わせる。
「良く、夜のガトルを倒せますね。たぶんやってる事は同じだと思います。餌を撒き、ガトルが寄って来たら一気に勝負に出る。」
基本は同じか…。
「夜の狩りも面白そうね。ねぇ、私達も仲間に入れてくれない?」
俺の後ろから、若い女の声がした。そして、近くの椅子を持って2人の20歳過ぎの女性が現れた。髪の毛からピョコンと耳が飛出ているからネコ族出身だな。もう1人は典型的なエルフ族だ。
「俺達はどちらでも良い。この依頼はガリク達が見つけた物だ。彼等が了承しない限りは無理だ。」
「俺達も構いませんよ。ネコ族やエルフ族とは初めての狩りになります。宜しくお願いします。」
そう言って新たにお茶を2人に運んできた。
「さっき、気になることを聞いたんだけど、ガトルを夜に狩るなんて危険じゃないの?」
「俺達はネコ族並に夜目が利く。そして勘を働かせる距離は遥かに広い。かなりの数を狩ったが殆どが夜だ。」
「ネコ族だってやらないにゃ。夜はそれだけ危険にゃ。」
「確かに…。だが、その方が数が狩れる。」
「今のレベルは?」
「黒3つ。エントラムズのギルドを破壊して手に入れた。」
「聞いた事あるニャ。若い娘さんがギルド長の対応に腹を立ててギルドの天井に穴を開けたって聞いたにゃ。あれは、あんた達にゃ!」
「あぁ、俺達の狩りの実績を他に譲ろうとしたらしい。真実何とかが仲裁に入ってこのカードをくれた。」
「確か、あれは1年位前よね。ギルドの水晶球に反応しないのがその原因だって私は聞いたわ。それからかなり経ってるから実力はかなり上の筈ね。…夜の狩りか…。確かに1度経験したい狩りよね。」
どうやら、俺の夜の狩りに反応して参加を希望したみたいだな。
でも、今回はガリク達が主導だから、夜の狩りになるかどうか判らないぞ。
「さて、出掛けましょうか?…目的地はこの村の東だそうです。東に向かって森を抜けると大きな農地が広がっておりその東の外れの森でガトルの群れが目撃されたと聞きました。」
という事で、俺達は席を立ち、東の門を通って少し北に歩く。
森の道は荷車が通るくらいに広い、そして10分程で森が切れ、広い畑が現れた。
たぶんカイナル村はこの畑を中心に発展してきたのだろう。そして畑を開墾する場所が無くなったので村の西に橋を掛けて新たな開墾を始めたに違いない。
森を抜けた道は、真っ直ぐに東に向かっている。その道を歩いていくと、1km程の間隔で南北に交差する農道があった。昼を過ぎた辺りで遠くに森が見えはじめた。後、3km程だな。
畑が尽きて森まで数百m程の所で昼食を取る。近くの潅木から薪を取ってお茶を沸かすと、宿で手に入れた黒パンサンドを食べ始めた。
「結構、深そうな森ですね。200m付近に小型の獣がいます。その先1km付近にはイネガルが2匹北に移動しています。」
「200mは1.3M。1kmは6.6Mと言うところだな。」
「そこまで分かるんですか?」
「不気味な森としか感じられないにゃ。」
食事を終えてお茶を飲んでいた2人が、フラウの言葉に驚いて言った。
「まぁ、1度出会った奴は分かるんだ。結構遠くまでね。ネコ族の人よりは遥かに勘が良いよ。」
「不思議にゃ。…でも、安心にゃ。」
「ところで、名前とレベルをまだ聞いていませんが…。」
「あら?そうだったかしら。私がクラウゼ、そしてレジア。2人とも黒4つになるわ。」
俺達より上なのか…。まぁ、その内、銀にも会えるだろう。上級者なのに、赤8つのガリク達に従って行動しているのも好感が持てるな。
「ガリク。これからどうするんだ?」
「周囲の偵察をしようと思っていたんですが、フラウさんがいれば必要ないみたいですね。となれば、餌の確保になります。今夜周囲に罠を仕掛けますから捕えた獲物を餌にしましょう。」
「ラッピナなら今夜捕まえられるぞ。」
俺の言葉にフラウは頷いてるが、他の者達は驚いている。
「ユングさん達は、畑に罠を仕掛けるんですか?」
「いいや。これで捕まえる。」
ガリクの言葉に、俺は傍においていた杖を見せた。
「まぁ、夜になったら判るよ。少しはお腹に入るところを残しておけ。」
そんな俺の言葉を半信半疑に聞いているけど、フラウのラッピナ狩りは名人級だぞ。
そうは言っても周囲の偵察は必要だろうという事で、俺とフラウで森の中を歩く。焚火の場所から1km程の所を半円形に探索しているがガトルの反応は皆無だ。
それでも、森は豊穣のようで小さな草食獣の反応がかなり見受けられる。これなら絶対にガトルは出てくると思うんだが…。
俺達が森を出ると、ガリク達は森の傍の岩陰に場所を移していた。
2角岩が重なるように盛り上がって背後に控えている。その岩の森側に焚火を作っているから、岩陰で休めば背後から襲われる危険性は無いな。
「こっちに変更したのか。良い場所を見つけたな。」
「ここなら背後を取られずに済みます。薪をこれだけ集めたんですが、足りますか?」
「もう少し俺達が取って来るよ。沢山あっても困らないからね。」
再び森に入って、フラウと共に薪を抱えて戻って来た。
クラウゼさん達も薪を拾ってきたようで、2つ併せるともう1つ焚火を作れそうだ。
少し離れた場所に、薪を積上げてイザという時の防壁変わりに使う事にした。
夕食の鍋を焚火に3つ掛けるのも面白い。
それぞれの好みで材料を入れてスープを作ると、硬いビスケットのような黒パンを齧る。
それが終るとお茶を飲みながら一服だ。
フラウはクラウゼさんにお湯を分けてもらって食器を洗い始めた。
「罠を4つ仕掛けました。明日の朝が楽しみです。」
「結構森には獣がいたよ。だがガトルは1匹もいない。ホントにいるんだろうか?」
「昼間だからかにゃ。酒場の人が朝早くか夕方にしか見た事ないって言ってたにゃ。」
となれば、やはり夜の狩りなのか。
「マスター。食器洗い終了です。では、出掛けてきます。」
そう言うと真っ暗な中を杖を持って出かけていった。
「フラウさんはどこに行ったんですか?」
「あぁ、ラッピナ狩りだよ。昼に言っただろう。俺達はこれで捕まえるって。」
傍に置いた杖を掴んでアリオンに教えてあげる。
「そんな事出来るのかにゃ。ラッピナは臆病で近付くと直ぐに逃げちゃうにゃ。」
「もう少し待てば分かるよ。」
俺のヘッドディスプレイには、フラウのラッピナ狩りがはっきりと映し出されている。サーマルモードを重ねると、フラウが数匹のラッピナを掴んでいるのが分かった。
そして、闇の中からフラウが現れた。
「終了です。6匹仕留めました。」
そう言って、焚火の前にドサリと獲物を置いたのを、皆が目を丸くして見ている。
「さて、ガリク。これをばらして少し離れた場所にばら撒いとけ。1匹は焼いて今夜の夜食だ。」
早速離れた場所で、ガリクとアリオンそれにレジアさんの3人が手分けして作業を開始したようだ。
「これは焼いて食べるにゃ!」
太い木に差したラッピナを持ってレジアさんが現れると、焚火の傍で肉を炙り始めた。
少し経つと香ばしい匂いがしてくる。そして、ガリク達も帰って来た。
「200D程先にばら撒いてきました。…美味しそうですね。」
そんな後の言葉に、「まだダメにゃ!」ってレジアさんに言われている。
「それにしても驚くべき能力ね。レジアだって夜にラッピナは狩れないわ。具体的にどうやって狩るのか教えて欲しいわ。」
お茶を飲みながら俺達を見ていたクラウゼさんが聞いてきた。
「100Dまでの接近ならラッピナは逃げません。そこまで近付いて杖を投げて仕留めます。」
「私達じゃ真似出来ないわ。弓でも難しい距離を杖を投げて当てるなんて…。」
「でも、信じるにゃ。ここにラッピナもあるにゃ。」
信じるかどうかは微妙だが、現物を目の前に示されれば信じるしかないという事だな。
ネコ族の人って現実主義なんだな。